今、僕はとてつもなく機嫌が悪い。
原因はわかっている。
「いやー、やっぱり出来たては美味いですね」
目の前で暢気にラーメンを啜っているこの男のせいだ。
Watch with a jealous eye
なんで僕がこんな男と顔をつき合わせてラーメンを食べなくてはいけないのか。
そんな憤りからか箸が止まる。
気に食わない男の顔を睨み殺す気で見据えると
「ほらほらお兄さん、もたもたしてると折角のラーメンが伸びてしまいますよ」
「・・・・君に言われなくても」
わかっている、と言葉を続けようとしてやめる。
いちいち注意をされるほど親しい間柄でもない。
ましてや僕はこの男と会話をしたいわけじゃぁない。
まともに返事を返す道理も無いからだ。
止まっていた箸を動かし、スープの中から麺を掬い上げ、啜り上げ、咀嚼して胃の中へ落とす。
「それにしてもすごい繁盛っぷりですねぇ」
同感だ。
黙ってラーメンを啜りながら男の話に心の中で同意した。
「まさか楽々軒で合い席を頼まれるとは思いもしませんでしたよ」
同感だ。
なんでこんな日に限ってこの店はこんなにも混んでいるのか。
「しかし折角来たのに看板娘のあの子が居ないのは残念極まりない」
同感だ。
驚かせてやろうと思って黙ってココに立ち寄ったというのに。
「お兄さんももしかしてあの子目当てだったり?」
ぴくっと、一瞬動きが止まったことを自覚する。
「おや?図星ですか」
男は面白そうに笑う。
嫌なところを見られた、と心の中で悪態をついた。
「だとしたら何なの?」
「いえ別に。でもこの店もあの子目当ての客が増えたなぁと思いまして」
「・・・・・・へぇ・・・・・」
面白くないことを聞いた。
「例えばあそこのカウンターに座っている男。さっきから玄関が開く度に視線を向けてあの子が帰ってくるのを待っている」
視線だけそちらに向ければ、確かに男がそわそわと落ち着かない様子で何度も玄関を見ていた。
「向こうのテーブルに座っている二人組みなんか、どうにか滞在時間を延ばそうとちまちまと何度も追加注文しているし」
言っている傍から餃子一人前を追加していた。
「誰も彼もあの子に逢いたくて仕方ないんでしょうね。皆必死になっちゃってまぁ」
「・・・・・そういう君は?」
「あたし?あたしは・・・・・・・」
ずずっと大きく啜り、考え込むように咀嚼してゆっくり嚥下したところで答える。
「あたしはどちらかというとお兄さんに逢いたかったんですよ」
「へぇ。君、僕のこと知ってるんだ」
「この町に住んでてお兄さんのことを知らない人はいませんよ」
「まぁそうかもね」
「お兄さんがあの子の恋人だってことまで知っている人はそういないでしょうけど」
「わぉ。君そんなことまで知ってるんだ。何者?」
「しがない不動産屋の息子ですよ」
「ふぅん・・・・・」
嘘ではなさそうだが、本当のことも言っていない。
そんな感じがした。
「で?僕に逢いたかった理由は?」
「あの子が選んだ男がどれほどのものか見てみたかったんですよ」
「それで?実際見てみてどう?」
「安心しました」
ニッコリと人のいい笑みを浮かべて。
その実、腹に一物を潜ませて。
「この程度の男ならあの子を奪うのも簡単だな、と」
「・・・・・・・・・」
隠そうともしない敵意。
加えて浮かべる笑みが相まって癇に障る。
「・・・・・何なの君?」
「だから、しがない不動産屋の息子ですって」
「・・・・・・・・」
「おや?チャーシューはお嫌いですか?ならあたしが頂きましょう」
静止する間も無く勝手に僕のどんぶりに箸を伸ばし、器に残っていたチャーシューをつまみ上げ口内に納めてしまう。
「ほら、お兄さんから奪うのなんてこんなにも簡単」
「・・・・チャーシューなんかと一緒にしないでくれる?」
「変わらないですよ。お兄さんの手に入らないという点に関しては」
「君・・・・・・むかつく・・・・・」
「そうそう。その性格も」
行儀悪くピッと箸の先端をこちらに向けた。
「こんな短気じゃ可哀想でならない。もっと別の人と一緒になった方があの子も幸せだろうに」
「君が心配することじゃないよ」
「そうですね。あたしが幸せにしてやればいいだけですからね」
さも当然のようにそんなことを漏らす。
「少なくともお兄さんよりかは上手くあの子を愛してやれると思ってますよ」
「・・・・・・・・・・・・」
自分の不器用さは自覚している。
だが、こんな男に言われるのは果てしなく癇に障る。
「そういえばあたしこの前あの子とお出かけしようと思って遊びに誘ったんですよ」
そんな話はあの子の口から聞いていない。
とすれば暗に黙っていたということか。
「そしたら『考えさせてください』って。これって脈ありってことですかね?」
「さぁ」
平静な口調になるよう努めたが平素からの仏頂面は全面に押し出されてしまった。
「折角だから水着も贈ったんですよ」
「殆ど変態だね。下心丸見え」
「でも、それでいて『考えさせてください』ですよ?嫌だったら即断るでしょ」
「・・・・・・・・・・」
「少しはその気があるってことだと思いません?」
それをわざわざ僕に聞くか。
なんてあざとい。
僕の口から何を言わせたいのかはわからないけれど、とにかくこの男は癇に障る。
「知らないよ」
テーブルに置かれた伝票を二枚取って席を離れる。
これ以上この男と時間を共有したくなかった。
「お兄さん?それあたしの伝票」
「要らないことを教えてくれたお礼。二度とあの子に近づかないでね“川平のおじさん”?」
「あら、あたしのこと知ってたんですか」
「さぁね」
それ以上会話を交わすことも無くさっさと会計を済ませて店を後にした。
□■□
店で待つことが出来なかったからピンの自宅前で待つことにした。
バイト上がりがいつになるかわからなかったけれどとにかく待った。
早急に確認しなければいけないことがあったからだ。
本当は夕方のフライトでイタリアに戻るはずだったがそんなことはどうでもいい。
そんな仕事よりも、ピンのほうが重要だった。
大分長くなった日も西の空に沈む時間になった頃、ようやくあの子の影が現れた。
「・・・・・わ、本当に居た・・・・・」
「・・・・・随分な物言いだね」
「だって、今日イタリアに帰るはずじゃぁ・・・・・」
「君のために残ったんだよ」
綱吉には無報告で、とは知らせてやらなかった。
今すぐにでも空港に輸送されかれないから。
「どういう・・・・」
「取り合えず中で話そうか」
「え、あ、そうですね」
そそくさと玄関の鍵を開けると中へと招きいれた。
「アレ出して」
部屋に入って早々に、イーピンに向かって手を差し出す。
「あれ・・・・・って?」
何のことやら見当がつかない様子のイーピンは小首を傾げる。
とぼけているのか、本当にわからないのか、若干冷静さを失いつつある僕には判断はつかなかった。
「あの男から貰ったもの」
「!?・・・・・ヒバ・・・ヒバリさん・・・・なんでそれを・・・・・!!」
そう言うだけで予想以上の動揺が見られた。
それはつまり真実だと暗に言っているのと同じで。
いよいよ平静ではいられない。
「やっぱり本当に貰ったんだ」
「いや、でもそれは・・・・・」
「遊びに誘われて、断らなかったんだって?」
「そ・・・れは・・・・・・」
「へぇ、それも本当なんだ」
「や、ヒバリさん目が・・・・怖いです・・・・」
そうさせているのはどこの誰だ。
その手を自分の胸に当てて考えてみろ。
「なんで受け取るわけ?なんで断らないわけ?」
「それ・・・は・・・・・その・・・・・」
「君はそんなこと一言も僕に言わなかったよね?黙ってあの男に逢うつもりだった?」
「ちがっ・・・・!!」
「僕のことなんてどうでもいいって思った?」
「違いますっ!」
「言わなきゃわからないと思った?」
「違いますってばっ!!」
「ならなんで?」
あぁ、まずいな。
返答次第では手が出てしまいそうだ。
それこそあの男が言ったように、こんなことで手を上げられるんじゃこの子は可哀想かもしれない。
頭では思えるのに、体を突き動かす感情の方はどうしてか抑えられずにいる。
「君は僕のものなんだから勝手に他の男のところにいくなんて許さないよ」
「っいきませんよ!私のことなんだと思ってるんですか!?」
「・・・・・・・・・・・」
「私がそんなほいほい他の男のところに行くような軽い女に見えますかっ!?」
「・・・・・・・・・・・」
「・・・・・そんな風に思われていたなんて心外です・・・・っ!」
手が出そうになっているのはイーピンも同じだった。
引っ叩きそうになっている手をどうにか押さえ込んでいた。
どうしようもない憤りを感じているのはお互い様。
だが、どう考えても悪いのはこちらだ。
「・・・・・・・悪かったよ」
驚くほど素直に謝罪の言葉が自分の口から出たことに驚く。
生まれてこの方、まともに謝ったことなんて無かったのではないだろうか。
「信じてもらえないかもしれないけど、ピンを軽視したわけじゃない・・・・」
謝罪なんてしたこと無いものだから何て言ったらいいのかわからない。
これじゃただの言い訳だ。
「信じますよ。私の知ってるヒバリさんは、そういう人のはずですから」
「嬉しい答えのはずなのに、これ以上ない嫌味に聞こえるのは何でかな」
「ヒバリさんが悪いからに決まってます!」
そりゃそうだと納得。
「でも、私のほうにも否はあるからこれ以上は弾劾しません」
「・・・・・そこは認めるんだ」
やっぱり本当は何かあの男とあったのではないかと勘繰る。
そんな思考を感じ取ったのか、間髪入れずにイーピンが追加の説明を入れた。
「ヒバリさんに何も言わなかったことについてです!」
弾劾はしないと言いはしたが、それですっぱり憤りが治まるわけではない。
言葉の端々になにやらとげとげしいものを感じる。
「確かにこの前川平のおじさんに遊びに行こうって誘われました。これは事実です」
「それで君は断らなかった」
「『考えさせてください』って言ったんです」
「同じ意味だよ」
「全然違います!川平のおじさんは楽々軒のお得意様だから無下に断りにくかったんです!
だからどうやったら失礼の無いように断れるか、考えようと思って・・・・・・」
つまり何か。
断るつもりだからその言葉を『考えさせてください』ということなのか。
「プレゼントは?」
「・・・・・これです。お断りする時に返そうと思っていたので開けてもいません」
棚の上に置いてあった包みを差し出す。
言葉通り本当に開封した形跡もない。
中身はあの男の言うとおりだとすれば・・・・・・・・。
想像して嫌悪感しか生まれなかった。
「・・・・・なんで僕に相談しなかったの?」
「社交性皆無のヒバリさんに相談したって解決策なんか出るわけないですもん。意味ないでしょう?」
「わぉ!」
正論過ぎてぐうの音も出ない。
確かに僕に話しても話は何も進展しなかったに違いない。
失礼の無いように、何て僕からもっとも遠い位置に存在している言葉だもの。
「それに・・・・・わざわざ心配させるようなこと伝えたくなかったし・・・・・」
「僕が心配するって思ったんだ」
「・・・・・してくれないんですか・・・・・?」
「したから君に怒鳴られたんだけど?」
「それはヒバリさんの心配の仕方が悪いんです!」
私のせいじゃない、と機嫌を損ねてしまった。
まったくもって今日は踏んだり蹴ったり。
厄日というのはきっとこういう日のことを言うのだろう。
「あと、川平のおじさんの名誉のために言っておきますけど、おじさんは悪い人じゃないです」
果たしてそうだろうかと疑問に思い、楽々軒での男の一挙一動を思い起こす。
・・・・・・・・向けられたのは最初から最後まで敵意だけだった。
「僕には敵意剥き出しだったんだけど?」
「ヒバリさんが仏頂面だからですよ。川平のおじさんは並盛町愛想のいいランキング5位なんですもの」
「・・・・・・なにそのランキング?」
死んでもそんなものに名前を連ねたくは無いと心に刻む。
「第一、ヒバリさんが私のこと待ってるから早く帰ってやりなさいって大将に口利いてくれたのだっておじさんなんですよ。今だって私の代わりにお店で皿洗いしてくれてるんですから少しは感謝しても罰は当たらないと思います」
「あの男が?」
「自分のお店もあるのにわざわざ手伝ってくれてるんですよ。ヒバリさんもおじさんを見習って少しは社交性を身につけたらどうですか?」
言葉の端々から感じ取る限り、あの手の男は自分のメリットが無いことには一切関与しないタイプだ。
こうやって恩を擦り付けてピンと出掛けるのに漕ぎ付ける気なのかもしれない。
まるで悪徳商法のようじゃないか。
そんなことにも気がつかずに『おじさん』『おじさん』とは、なんと暢気な。
「・・・・・・・いい加減五月蝿いよ、ピン」
「・・・なんですか。逆切れですか?」
「違う」
解らせてやらないといけない。
「僕の前で他の男の名前を何度も呼ぶな」
君は僕の女なんだって。
「僕のことだけ呼んでいればいいんだ」
そっぽ向く体を無理矢理振り向かせ、逃げられないように身体を抱きしめ拘束する。
「ヒバりさん!」
「それでいい。そうやって僕のことだけ呼んでいなよ。」
「・・・・・なんでヒバリさんて、そこまで不器用なんですか・・・・・」
素直に言えばいいのに。
嫉妬しましたって。
もっとも、そんな一言が言えない位不器用な男を、私は好きになったのだから人のことは言えなかった。
□■□
「さーて。あの二人は上手くやってますかねぇ」
老婆心ながら世話を焼きすぎたかもしれない。
「何て、ばばぁでも無いのに老婆心ってのはなんともまた」
年を重ねるとどうにも世話を焼きたがるようになるものだ。
特に、それが気になる子であればあるほど。
「幸せになってくれれば、あたしはそれでいいんですよね。結局」
入り込む隙がないことくらいわかっていた。
でも、少しくらいは彼女の幸せに関わりたかった。
その結果がこれならば―――
「川平ぁっ!!客待ってんぞっ!早く注文取りに行け!!」
「はいはーい!」
その結果、なじみの店で無償のアルバイトをしているのだとしても、きっと、それは本望なのだ。
・・・・・・・たぶん。
サイト2周年リクエストで頂いた雲雀さんが焼きもちを焼く話でした。
焼きもちというか最早嫉妬。
同義語ではあるけれど焼きもちよりも陰湿さとか後ろ暗さが増量されてる感じ。
本誌で今後登場するのかわからない川平のおじさんを今のうちにキャラ付けしてしまおう!
が自分に課した裏課題でした。
いわゆるいやんばかんなラブラブカップル的な焼きもちにはどうしても出来なかった・・・・げふん。
リクエストありがとうございました!!
2010/03/23
※こちらの背景は
Sweety/Honey 様
よりお借りしています。