納得してくれとは言わない。
納得して貰おうとも思っていない。
これは俺のわがままだ。
誰が何と言おうと決定は翻らない。
納得も理解もしなくて良い。
だから、許して欲しい。
ワルサーP38 8+1発装填 9mm×19口径
暇をもてあましていた。
卒業後の高校生でバイトもしない奴はたいていそんなものだろう。
進学進学とかじりついた机からも開放された三月。
暇だなどと言っていられるのも今だけだろう。
一月後、私の居場所はここには無い。
私がいるべき場所はイタリアのボンゴレファミリーだ。
ツナさんと共にイタリアへ渡る。
出国までもうそれほど時間はかからないだろう。
こちらの準備は整っている。
あとはイタリア本部からの連絡を待つばかりだ。
そうは言ったものの、実際いつ来るかも分からない連絡をただ待つのは性に合わない。
友達とどこかへ遊びに行ってもよいのだが、二度と会えなくなることを考えると顔を見ることが辛かった。
覚悟が鈍ることを懸念して、卒業式以来会っていない友人達。
今頃どうしているだろう。
懐かしいな・・・。
みんなで遊んだことがとても昔のことに感じられる。
会いたいな・・・。
覚悟はした。したつもりだ。
家族と別れ、友達を捨て、安息を失う道を自分は選んだ。
けれど揺らぐ気持ちがあるのも事実。
取り戻せない過去をいつか後悔してしまうのではと、戸惑いを覚える。
ツナさんのそばに居たい。
日本に居たい。
平和でありたい。
失いたくない。
全て本音だ。
決して、全てを叶えることなど出来ないけれど。
願いが全て叶うほど、この世界は優しくないと知っている。
その程度には自分は大人になったつもり。
だから私はツナさんを選んだ。
ツナさんと歩む道を、他の全てを捨ててでも、選んだ。
間違いかどうかなんて確かめるすべもないし、比べるものでもないけれど、少なくとも私の心は『コレでいい』といった。
私は私に従う。
絶対に、後悔なんてしたくないから。
■ ■■■ ■
暇な時間を解消すべく、今日も今日とて愛しのツナの家に。
友人と遊べないからといって家でおとなしくしているなどハルには無茶な注文だった。
ツナの家ならば暇人どもが集まっているに違いない。
共にイタリアに渡る者だから会ってつらい思いをすることも無い。
唯一、気が休まるところだ。
ピーンポーン
「ハルでーす。こんにちはー」
声をかけた意味はあったのか、返事も待たずにドアを開ける。
台所から顔を覗かせたツナの母、奈々も別段気にもせず笑顔で出迎えた。
「いらっしゃい。ツっ君上にいるわよー」
「ハイー。お邪魔しますー」
勝手知ったる他人の家。
足取りに迷いも無く、一直線にツナの部屋へ。
「ツナさーん。ハルが来ましたよー」
ドアを引くと同時に扉の奥から黒い何かが飛び出す。
真っ直ぐ、ハルの顔を目掛けて。
べしり
「はひぃぃぃっ!?」
どことなく生暖かいソレは顔にしっかりとしがみついてしまった。
局所的に湿り気があるのは・・・まさか・・・
「ハル!!ランボ捕まえてっ!!」
「はひっ!」
・・・やっぱり・・・
顔に張り付いたのは間違いなくランボだ。
ならばこの湿り気は二つに一つ。
悪い予感を抱きつつも覚悟を決めて引っぺがし
胸の前で抱えなおす。
そこには泣きじゃくってぐちゃぐちゃに顔を崩したランボが。
鼻水は・・・・・・・ヨシ、出てない!
自分の顔に付着する水分が涙だけと判断すると
安堵の息をつく間も無く状況確認を始める。
というか、考えうる可能性など一つしかない。
「獄寺さんっ!何度言ったら解かるんですかっ!ランボちゃんをいじめないでください!!」
キッと睨み付ける先にはツナに羽交い絞めされた獄寺。
もちろん獄寺の悪態からランボを守るためにさりげなく体を半身引くことも忘れない。
「うるせぇぇっ!!いいからそのあほ牛をこっちに寄越せっ!!」
「渡しませんっ!ちびっ子を虐めるクソ野郎なんか正義の鉄鎚でデストロイされちゃえばいいんです!」
「んだと!このアホ女がっ!」
「もうやめてよー」
半ばなみだ目になりながら獄寺を取り押さえるツナ。
ダイナマイトを使わせまいと必死だ。
頭一個分開いた体はとても小さく見える。
実際ハルよりも少し高いくらいしかなくてお世辞にもがっしりとしているとはいえない極標準の体格。
この人こそ私の付き従う人。
私の好きな人。
ツナさんの為に、・・・いや、ツナさんを追っかけてイタリアに行くのだ。
ツナさんこそ私の全て。
「ランボだって別に他意があったわけじゃないだろうし、許してやれよ」
必死なツナをよそになぜかにこやかに笑う山本。
また何かの遊びとでも思っているのだろうか。
緊張感などかけらもない。
そもそもこの男に緊張などと言う言葉は似合わないのだが。
安らぐのとは違うが安心できる、頼りになる男だ。
時たま、何を考えているのかさっぱりわからないところがあるのが玉に瑕で、よりによって今がその時のようなのだが。
まぁ、それ以外は概ね良好な人間だ。
「黙れっ!他意が無いわけねぇじゃねぇか! ・・・十代目と・・・・なんて、うらやま・・・ぃいや!恐れ多いっ!」
それに引き換え、一体何を妄想したのかは知らないが
鼻血を垂らしながら怒鳴る獄寺隼人十八歳は十一歳相手にマジ切れ。
格好悪い上に果てしなくキモイ。
少しは山本の大人らしさを見習って欲しいものだ。
これからは皆でツナを守っていくのだ。
何にも動じない鋼鉄の意志を携えて人を殺める。
何にも揺るがない不屈の精神で裏社会を生き抜く。
冷静な判断も下せない様ではのたれ死ぬのが関の山だ。
それなのに獄寺ときたら、精神年齢なら五歳児以下なのだから救えない。
こんなのがツナを守れるのか甚だ疑問だ。
当のツナが腕を認めている以上口出しの余地などないのだが
やはり、コレは一度議論した方が良いかもしれない。
「ところで、今日の原因は何です?」
「んー・・・・」
どう説明すればいいものかと頭を掻く山本。
見たまんまを言えばいいのだろうか。
「ランボがツナのベットで寝てた」
「はい」
「終わり」
「・・・・・・・・・・・は?」
うん。やっぱわかんねーよなぁ。
山本は心の中で相槌を打つ。
けど男には絶対に譲れないものがあるんだよ。
「それだけ・・・ですか?」
「俺が見る限りそれだけだな」
心が狭すぎる・・・。
十一歳とはいえ、ランボはまだあの小さいまま。
ツナと一緒に寝るくらい許容範囲だろう。
あと四年でどのような進化が起こるのかはいまだもって謎のままだ。
「大人気ないにも程があります」
「ホントになー」
はははと笑ってみせる山本。
あいつら本当おもしれーよな、ツナに叱られてしょげ返る獄寺を見ながら続ける。
「ま、獄寺がやんなきゃ俺がやったけどなー」
にこやかに告げる顔の下にはなにやら黒い影が・・・
見てはいけない一面に触れてしまった気がする。
訂正。
やっぱりこの男もダメかもしれない。
ここは獄寺を殴り倒して事態を収拾させるか大人の寛容さについて延々五時間くらい説いてやるべきところだ。
五時間も聞かせればさしもの獄寺といえども泣いて許しを乞うに違いない。
何故他の人が自分のように適切な判断を下せないのか心底不思議の思う。
自分のことは棚に上げて好き勝手考え放題である。
兎にも角にも、ハルは自分がしっかりしなければ!と気持ちを新たにした。
ガチャリ
ふいにドアが開かれた
「ただいまーツナ兄」
フゥ太だった。
続けて雲雀と雲雀の方に乗った、こちらも相変わらず小さいままのリボーン。
最後に笹川了平が入る。
「みんなそろってるみてーだな」
雲雀の肩からひょいとテーブルに飛び移り
ぐるり視線を巡らし全ての始まりを告げた。
「3日後、イタリアに行くぞ」
ごくり
誰の喉鳴りがやけに響く。
もしかしたら自分のだったかもしれない。
感覚が消え失せて、それすらもわからない。
冷え切った空気が部屋を満たす。
気を抜くと震えてしまいそうな、そんな寒さ。
ついに来てしまった。
心のどこかでこなければいいと願っていた知らせが。
避けられない現実だと知っていたはずなのに。
覚悟は出来ていたはずなのに。
こんなにも動揺するなんて。
「決まったんだね」
沈黙を破ったのは意外にもツナだった。
声に迷いや戸惑いはない。
半ばあきらめたような。
半ば腹をくくったような。
そんな声を上げた。
「あぁ。イタリア着いたらそのままアジトに直行。一夜明けたら十代目ボンゴレの誕生。そして──」
「そして、沢田綱吉は死ぬ」
声に、温度がない。
とても無機質な音の塊。
この人はこんなにも冷えた声を発する人だっただろうか。
私の知る沢田綱吉は、こんなにも悲しい声を上げる人だっただろうか。
「・・・・十代目・・・大丈夫です。俺が必ず守りますから・・・」
「そうだぜ。ツナ。いくら襲名するっつってもツナがツナであることには変わんねーんだしよ」
心配ないよ。そう笑うツナの顔は無理に笑っていた。
「もう吹っ切れたしさ」
ツナさん、諦めと吹っ切りは違いますよ。
履き違えてはいけませんよ。
それにツナさんは吹っ切れたのではないでしょう?
ツナさんは自分自身を切り捨てたのでしょう?
「名前なんて所詮自分で決めるものさ。気にすることはないさ」
「その通りだ!沢田!!肩書きなどに惑わされる必要はないぞ!!」
「本当大丈夫ですよ、雲雀さん、お兄さん」
「ツナ兄・・・・僕は“ツナ兄”のことちゃんと知ってるよ・・・」
フゥ太にまで心配されたら兄貴分の名折れだよ。
困った風に笑うツナ。
いつも通りのツナが戻ってきた。
私の好きなツナさん。
マフィアになることでこの笑顔は失われてしまうのだろうか。
そんなの嫌だ。
守らなければ。
沢田綱吉を。
この人がこの人であるために。
私の全てをかけて、ツナさんを守らなくては。
「ツナさん・・・」
「ハルまでそんな顔しないでよ」
「ハイ・・・」
この人は優しすぎる。
優しさゆえにいらない傷まで負ってしまう。
ツナさんが耐えられても、私が耐えられない。
痛々しい笑みを浮かべるツナさんなんて私は見たくない。
「チケットは各自で持ってろ。三日後の朝、ここに集合な。ディーノが車を回してくれるそうだ」
別れは済ませておけよ。
一言だけ言うと、リボーンはフゥ太を連れてどこかへ行ってしまった。
イタリア本部との連絡が忙しいとのことだ。
■ ■■■ ■
その日は皆なんとなく居心地の悪さを感じてしまいすぐに解散になった。
もとよりツナ家に寄り付かない雲雀と了平はまだしも山本が『なんか気分のらねーから帰るわ』そそくさと出て行った。
あの獄寺ですら『今日はちょっと・・・』と言って帰ってしまった位だ。
皆それぞれに突きつけられた現実に動揺したのだろう。
私はツナさんが心配で最後まで残っていたが
重苦しく残る空気に耐えられず逃げ帰ってきた。
家に帰ってからもツナの部屋で感じた空気の冷たさが離れず
何も手が付かない。
頭から布団を被りベットの上で縮こまる。
震えが止まらない。
寒い
さむい
サムイ
物理的な寒さではない。
私の心が、精神が竦み上がっている。
今更、戻れないのに。
私の心は決まっているのに。
迷いなんてないはずなのに。
心残りなどあるはずもないのに。
何故、こんなにも揺らぐ。
私は守らなくてはならないのだ。
私が好きなツナさんを。
私の好きな笑顔を。
私の好きな全てを。
ツナさんが立ち上がっているのに、何故私が立ち止まる。
行かなくては。
ツナさんが行くのならば。
どこまでもついていく。
覚悟を決めた。
親すら捨てる覚悟を決めた。
なのに
何故
恐怖を 感じているのか
死ぬことへの恐怖ではなく。
殺すことへの恐怖ではなく。
沢田綱吉が失われることへの恐怖。
馬鹿な。
恐怖を感じる必要がどこにある。
私は沢田綱吉を守るために共に行くのだ。
大丈夫。
大丈夫。
しっかりしろ、自分。
一時の感情に惑わされるな。
常に冷静に。
思考を怠らず。
現実を、見つめろ。
間違えるな。
流れを読みきれ。
最善の判断を、下せ。
「私は、間違ってませんよね?・・・・ねぇ、ツナさん?」
少なくとも、私の心は正しいと言う。
けど
ツナさんは?
ツナさんは、正しいと思いますか?
ツナさんに否定されたら、私はどうすればいいですか?
ツナさんは私の全てなのです。
けど
「ツナさんは・・・・私を必要としてくれますか・・・?」
こんなにも不安を感じるのはどうしてだろう。
私は何かを間違ってしまったのだろうか。
物語は動き出してしまったのに。
私だけ動き出せないでいる。
■ ■■■ ■
「すみません。こんな回りくどいことさせて」
ハルが立ち去った後のツナの部屋。
誰も居ないはずの部屋に六人の影。
獄寺、山本、フゥ太、リボーン、雲雀、了平
ハルを除く先ほどのメンバーが再びツナの部屋に集合していた。
「いえ。ハルに怪しまれないようにするなら俺たちが一度帰ったように見せる方が自然ですから」
見事なまでの手際です。さすが十代目!
一人盛り上がりを見せる獄寺。
「お前も少しは人の操り方が分かってきたみてーだな」
そう。彼らは帰った振りをしたのだ。
一人の人間を無理に押し返すのでは怪しまれる。
ならば帰らざるを得ない状況を作り一度全員帰った後にもう一度集まればよい。
怪しまれず、かつ確実に人を排除できる方法だ。
「んで?わざわざ集めて何の話だ?」
山本が興味津々にこちらを覗き込む。
これから話すことはまだリボーンしか知らない。
みんなどう思うだろうか。
勝手な判断だと怒るだろうか。
思い直せと諭すだろうか。
何も、言わないだろうか。
今はまだわからない。
けれど、話し終われば解かることだ。
さぁ早く始めよう。
もったいぶるような話でもない。
どうせ、いつかしなければならない話なのだから。
俺のわがままは絶対に翻らないから。
ごめんね
聞こえもしない声に意味はないけれど
それでも謝りたかった。
自己満足に過ぎなくても謝らなければならないと思った。
身勝手な俺を許してください。
ごめんなさい。
残酷な俺を許してください。
本当に ごめんなさい。
■ ■■■ ■
三日後の朝、ツナさんの家の前にリムジンがつけてあった。
初めて見る生リムジンに感動が隠せない。
マフィアのボスというのはこんなものを簡単に使えるものなのかと、改めてその凄さを実感する。
近づいてみると想像以上の威圧感。
「はひー」
情けない感嘆。
一般人では縁がないと思っていたリムジンが目の前にある。
しかもロールスロイス。
人生のうちで一度でいいから乗りたいと夢に見た代物。
その昔ディーノさんに『向こうに行ったら乗り放題』的なことを言われ酷く喜んだ記憶がある。
まさかこんな形で出会えるなんて。
目立つことを極端に嫌うツナのことだから
小さな車を出すように頼んでいるのだとばかり思っていた。
リボーンちゃんの趣味かもしれない。
ディーノさんに話通したのもリボーンちゃんだし。
なんだっていい。いい気分で旅立てるなら願ったり叶ったり。
「おはよう。ハル」
浮かれ気分で小躍りすらしそうになっていたハルの背後からいつの間にか玄関から出てきたツナが声を掛ける。
「おはようございますツナさん。獄寺さん」
おう、とだけ声を上げる獄寺。
口を開く様子もなく、どことなく沈んでいる気がする。
普段傍若無人な彼も緊張しているのかもしれない。
「見てくださいよ!ロールスロイスですよ!!私初めて本物見ました!!」
仲間の緊張をほぐすのは仲間の役目。
こんなもの見せられれば誰だって興奮してくるに決まっている。
「俺も見たのは二回目だけど乗るのはこれが初めてだな」
「やっぱり本物ってすごいですよねー。テレビで見るのとは迫力が違います!」
「だいぶ気に入ったみたいだな」
玄関から出で来る金髪の男性。
この車の持ち主、ディーノその人。
「おはようございますー」
出会った頃は好青年といった風貌だが、近年大人の妖艶さが加わりますます格好よさに磨きがかかっている。
「そんだけ喜んでもらえるとこっちも嬉しいな」
「わざわざすみません。ディーノさん。こんなすごいの出してもらって」
「水臭いこと言うなよな。弟分の門出を祝わない奴があるか。もっとどんとしてればいいんだよ」
俺が好きでやってることだから気にすんな。
ツナの頭をくしゃくしゃっと撫でる。
笑顔でハイと答えるツナに曇りはなく、安心した。
程なく全員が集まり空港に向けて車が走り出す。
リムジンなどという一般生活とはかけ離れた乗り物に緊張してか、皆言葉数が少ない。
主に言葉を発していたのはツナさんとディーノさんと私。
重苦しい空気を打破しようと私がありとあらゆる話題をふっても、あぁ、うん、気のない相槌で終わってしまう。
なんとなく居心地が悪いまま空港まで車は走る。
空港の入り口正面にリムジンをつけリボーンちゃんの先導で空港内へと足を進める。
ディーノさんはこれから仕事があるのでフライトまではいられないそうだ。
「気を付けていってこいよ」
別れの言葉は要らない。
彼とは向こうで会うことになるのだから。
手を振って見送る彼は再び車の中へと姿を消した。
10mほど進んでからディーノさんが車の中からツナさんを呼ぶ。
「先に行ってて」
小走りに駆け出すツナさん。
何かディーノさんと話しているようだが周りの雑踏のせいで内容までを聞き取ることは出来なかった。
姿が見えなくなる前に戻ってきたので心配するような内容ではなかったのだろう。
■ ■■■ ■
「ツナ、本当にいいんだな?」
「今さらですよディーノさん」
二十にも満たない少年はこの笑顔の下にどんな感情を隠しているのか。
「決定事項です。何をいったところで変わりませんよ」
「俺がとやかく言う立場じゃないのは知っている。けど、別の方法もあるだろう?」
「考えうる、最善の策だと思っています」
少年の意志は強固だ。
自分の言葉の重みを知っている。
自分の意思の責任を背負っている。
何も言うことはない。
ツナは、俺の弟分は立派に自覚している。
「お前はいいボスになれるよ」
いつだったかにもこんなセリフを掛けた。
俺の想像は外れていなかった。いや、想像以上だ。
「ありがとうございます」
「じゃぁな。向こうで会おう」
「ハイ。車ありがとうございました」
この車はツナがディーノに頼んで出してもらった。
彼女へのせめてもの償いの為に。
「・・・喜んでたな」
「喜んでましたね」
こんな形でなく乗せてあげられればもっと喜んだだろうに。
■ ■■■ ■
搭乗受付カウンター前。
「ハル。搭乗時刻って何時だっけ?」
「十一時十五分ですよ」
「あれ?十一時五分じゃなかったっけ?」
「え・・・そんなはずは・・・ちょっと待ってください」
唯一の荷物であるハンドバックからチケットを取り出す。
時刻。やはり十一時十五分で合っていた。
「見てください。やっぱりハルは間違っていませんでしたよ。見てください」
ツナの前に突き出したチケット。
はじめからこうさせることが目的だったとは思いもせずに。
「ごめんね」
言うが早いかハルの手からチケットを奪い目の前で真っ二つ破り捨てた。
「なっ・・・!!」
言葉が出ない。
思考が追いつかない。
今何が起きた。
落ち着け。
冷静になれ。
頭を働かせろ。
「何を・・・するんですか・・・」
「ハル。日本に残って」
何を言っているのだこの人は。
私はどこまでも付いてゆくと誓ったのだ。
別れは済ませた。
全てを捨てて今ここに居るというのに。
「嫌です。私もイタリアに行きます」
譲れない。
相手がツナさんであっても曲げさせない。
「駄目だ。許さない」
「何でですか!?他の皆は良くてハルだけ除け者ですか!そんなのあんまりです!」
あぁそうか
だから彼らは私と会話をしたくなかったのか。
置いてきぼりを食らう者への哀れみだかなんだかは知らないが後ろめたさがそうさせたのか。
皆知っていたのか。
私だけが何も知らなかったのか。
腹が立つよりも無性に悲しくなった。
ロビーにいる他の客の視線が注がれるのも気にせずあらん限りの声で叫ぶ。
「私だって覚悟を決めてここに居るんです!ばかにしないでくださいっ!!」
勝手に涙が零れる。
ぬぐう気もおきない。
「馬鹿になんてしてない。ハルの覚悟は知ってる。だからこそ連れて行けない」
本当に訳がわからない。
知っているなら連れて行ってくれればいいのに。
それが私の望みなのだから。
「・・・ハルはツナさんが好きです。ツナさんと共に行きたいんです」
「ごめんね」
ツナはハルを優しく抱きとめる。
「俺は京子ちゃんが好きだから」
「知っています。それでもいいんです。ツナさんを守りたいんです」
ありがとう
右肩の乗ったツナの口からポツリ漏れる声。
きっと、ツナさんは今あの困ったような笑みを浮かべているのだろう。
考えたらまた涙が溢れた。
「納得してくれとは言わない。納得して貰おうとも思っていない。
これは俺のわがままだ。誰が何と言おうと決定は翻らない。
納得も理解もしなくて良い。
だから、許して欲しい」
許せるわけがない。
好きな人に付いていくことすら認められないこの心が何を許すというのか。
「嫌です。行かせてください」
ボロボロに崩れた顔で絞り出した声。
ちゃんとしゃべれているのかすら良く分からない。
それでも言わなくては・・・。
「ツナさんだけが私の居場所なんです」
ツナは何も返さない。
ただただ私をぎゅっと抱きしめて落ち着くのを待った。
「ハルを連れて行かないのは日本でやって欲しいことがあるからなんだ」
私にやって欲しいこと?
「ハルにとってすごくきついことだと思うし俺はまだ『沢田綱吉』だからこれは命令とかじゃなくてただのお願い。嫌なら断って構わない。
ただこれは他の人には頼めない。だからハルに残ってもらうことにした。それだけは解かって欲しい」
私にしか出来ないこと
私だけが出来ること
「笹川京子と沢田奈々を守って欲しい」
あぁこの人は本当に京子さんが好きなんだ。
マフィアのボスともなれば親しい人を人質にとられる可能性も考えられる。
『沢田綱吉』が死ぬといっても沢田奈々が生んだ子という事実は消えない。
京子はツナと親しいだけでなく了平の妹でもある。
狙われる可能性は非常に高い。
襲名後ファミリーから新しく護衛を派遣することも出来るだろうが赤の他人では彼女らが気兼ねするだろうし、
出来る限り二人をマフィアとは無縁の世界で生活させたいとツナは考えている。
条件を重ねれば重ねただけ人選は厳しくなる。
マフィアの世界に内通しつつもマフィアではなく二人と親しい者。
なんて人だろう。
この人は。
守られるべき人が全ての人を守ろうとしている。
愛する者に一塵の火の粉すら降りかからぬように思考し思案し手を打つ。
これは想像でしかないが私でなければならない理由というのは、私を守るためでもあるのだろう。
イタリアを遠く離れた日本でなら本土に比べて敵の戦力は格段に低くなる。
一通りの訓練はこなした。
よほどの奇襲でもなければ私一人で対応できる。
本土に身を置くよりも身の危険は少ない。
本当にこの人は優しすぎる。
いつかこの優しさがあだになるかもしれない。
けれど
その時はその時だ。
この人が傷つき倒れたのなら命令だろうがなんだろうが無視してイタリアに駆けつけ支えてあげればいい。
それまでは日本での安らぎを私が守ろう。
ツナさんの体は、頼りないけど彼らが守ってくれる。
腕だけはいいのだ、彼らは。
だから。
私は私に出来ることをする。
ツナさんの心を私は守る。
安心してイタリアに行けるように。
心配に心を病むことのないように。
「ツナさん。そのお願いは聞き入れられません」
「・・・そっか・・・」
「私は私の意志で日本に残り二人を守ります」
今度はツナさんが泣く番だった。
ぎゅっと、ぎゅっと私を抱きしめごめんを繰り返す。
「もー!ツナさん。こういう時はごめんじゃないですよ」
腕を解いて改めて向かい合う。
そうだね、とごしごし袖で涙を拭う。
「ありがとう。ハル」
困ったような、ふとすると泣き出してしまいそうな笑み。
私の好きな顔。
私の好きなツナさん。
私の好きな人。
私の全て。
貴方が守ってくれたこの命で私は貴方の心を守りましょう。
納得も理解も出来ないけれど、私は貴方を許します。
だから。
どうぞ。
ご無事で。
■ ■■■ ■
「ハルを日本に置いていきます」
『なっ!!!!』
予想通りの反応。
誰もが驚愕の声を上げる。
ただ一人、リボーンを除いて。
リボーンは何も言わなかった。
『そうか』
一言漏らすだけで、その理由も、そこに至った経緯も何も聞かなかった。
聞いて欲しかったわけではないしたぶんリボーンも同じことを考えていたんじゃないかと思う。
暗黙の了解だった
「なぁリボーン。ディーノさんてリムジンかなんか持ってる?」
「さぁな。頼めばなんとでもしてくれるんじゃねぇか」
あいつは弟分を溺愛してるしな。
視線さえも動かさず、自動小銃のメンテナンスを始めるリボーン。
「俺が頼んだことにしといてやるぞ。何なら話も通しておく」
「全部任せるよ」
せめて最後にいい思いをさせてやりたい。
いつだったかに話していたリムジン。
こんなことで償いきれるとは思わないけれど、彼女への謝罪を込めて。
「他に準備するものはあるか?」
「嫌に優しいな。なんかあった?」
「馬鹿野郎。マフィアって言うのは」
そうだった。
こんなことを忘れてしまっていたなんて。
「「女を大事にするもんだ」」
「十代目!俺は納得できません!どうして今更になって置いていくなんておっしゃるんですか!?」
いきなり噛み付いた獄寺。
反論は来ると覚悟していたので別段驚きはしない。
「前々から考えてきたことだよ。ただ決定したのが最近だったってだけ」
「それじゃぁハルをおいていく理由には足りねぇぜ。ツナ」
「俺たちが全員納得できる理由があるんですか」
理由───
彼女を置いていく理由。
彼女が置いていかれる理由。
とても簡単な話だ。
「ハルは、マフィアになりたくないと思っている」
それは皆が感じてきたこと。
自分でも気付かないような深い部分で、彼女自身が否定している。
殺されることへの恐怖。
殺すことへの恐怖。
引き金を引く際の一瞬の迷いが仲間を危険に晒す。
「ハルは人殺しをするには優しすぎる」
ここにいる皆の手は既に血に染まっている。
ハルも例外ではない。
俺は忘れられない。
彼女の凍りついた顔が眼に焼きついてはなれない。
洗い流しても拭き取っても消えない硝煙と血の匂いに嘔吐する彼女の姿が脳裏に映って離れない。
「貴方がそれを言うのですか」
「俺は殺すことをためらったりはしないよ」
「なら、君は殺しに何を感じているんだい?」
「・・・雲雀さん。俺、やっぱり貴方のこと嫌いです」
何もかも見抜いてしまう人だ。
本当に嫌だ。
隠し事なんてこの人の前では通用しないのだろう。
もとより隠すことなんてないのだけれど。
「おあいにくさま。僕も君の事は好きになれそうにないよ」
「それは良かった」
「さて、質問の答えは?」
はぐらかされてはくれなかった。
「・・・俺は、何も感じないんです。殺すことは、殺されることは呼吸することとなんら変わりない。
既に生死が俺の一部になっているんです」
それはとても恐ろしいこと。
人が踏み込んではいけない領域。
「ハルにはそうなって欲しくないんです」
ハルはまだ戻れる位置にいる。
望むのなら普通の生活が手に入る。
わざわざ失わせることはない。
まだ戻れるのなら、戻るべきだ。
このままあちらの世界に足を踏み入れれば確実に彼女は壊れる。
俺と同じように何も感じられなくなってしまう。
同じ道をたどる者などいなくていい。
こんな思いをさせることはない。
彼女はまだ、恐怖を感じられる。
彼女はまだ、人でいられる。
彼女はまだ、正常でいられる。
「それが君の決断?」
「ええ」
「彼女はそれで納得する?」
「納得は・・・しないでしょうね」
なんていっても彼女自身はマフィアになりたくないことに気付いていないのだから。
「それでもハルを連れてはいきません」
これは決定事項。
変更はない。
「ハルにはなんて言うつもりなんだ」
山本が問う。
ハルを置いていくことに関してはもうとやかく言うつもりはないようだ。
「日本で仕事をしてもらう」
「マフィアの?」
「うん」
「つくづく解からないね。マフィアにはしたくないけどマフィアの仕事はさせるのかい?」
「表向きはってことですよ、雲雀さん」
一応こんなんでもボスをやるんです。
いろいろ考えていますよ。
「十代目、ハルに何をさせる気なんですか」
明らかに浮かない顔の獄寺。
彼も彼なりにハルのことを心配しているようだ。
「笹川京子と沢田奈々の護衛だよ」
「十代目・・・ハルの気持ちはご存知ですよね・・・?」
「うん。知ってる」
「ならっ!!」
獄寺君は俺の腕を掴んで、きつく掴んで言葉を吐き出す。
「何故そんなひどいことをさせるんですか・・・」
「ハル以外には頼めないからだよ」
「あいつは貴方のことが好きなんですよ!?」
「知ってるよ」
知っている。
彼女の気持ちは知っている。
それでも
「俺が好きなのは京子ちゃんだから」
自分でもひどいことをさせると思う。
好きな男が惚れている女を守れだなんて、普通させない。
「京子ちゃんを守るにはこうするしかないんだよ」
全ては俺のわがまま。
俺のエゴ。
「それとも俺が日本に残っていい?」
答えなどわかりきっている。
俺が日本に残れるはずなどない。
「俺だって男なんだ。好きな子位守りたいんだよ」
自分の手で守れないならせめて信頼の置ける誰かに・・・
「沢田、なら京子をイタリアに連れて行けばいいじゃないか。京子は決して弱くはないぞ」
苦手なはずの思考をしていたのだろう。
今まで口を閉ざしていた了平が意見する。
「京子はマフィアの世界のことを知っている。理解の上でお前との関係を続けている。そうだろう?
なら、連れて行けばいい。お前の手で京子を守ればいい」
「・・・それだけは、出来ません・・・」
考えなかったわけじゃない。
ハルには母さんの護衛だけを頼み、京子ちゃんはイタリアの地で自分の手で守る。
正論だ。
ハルへの負担も減り俺の欲求も満たされる。
けれど、出来ないのだ。
俺が自分の手で京子ちゃんを守ることが出来るのはイタリアに行かない場合だけ。
俺が『沢田綱吉』の場合だけ。
イタリアに俺はいない。
イタリアに行けば『沢田綱吉』は死んでしまうのだ。
「笹川京子は『沢田綱吉』が守らなくちゃ意味がないんです。『十代目ボンゴレ』じゃ駄目なんです」
だからハルをイタリアへ行かせない。
俺が『沢田綱吉』である内に頼まなくてはいけない。
「それに───」
きっとこれが一番の理由。
「京子ちゃんに見られたくないんです。人で無くなるところを」
泣きそうな笑み。
独特の笑い。
笑顔の下にいくつもの感情を押し込めて、『沢田綱吉』は言う。
「これが考えうる最善策なんです」
許してください。
『沢田綱吉』は確かにそう言った。
解かってくれでもなく、納得してくれでもなく、ただ許しを請う。
許しを求めた先にいるのが誰なのかは『沢田綱吉』しか知らない。
答えを知るものはいなくなってしまう。
だから俺たちが覚えていなくてはならない。
『沢田綱吉』の決断を。
『沢田綱吉』の遺志を。
例え彼が死んでしまったとしても。
『沢田綱吉』の存在の証を。
俺たちが許さなければいけない。
「それがあなたの決断ならば」
誰から口を開いたのかは知らない。
六人の想いはただ一つ。
『私は貴方を許します』
ごめんなさい
ごめんなさい
ごめんなさい
ありがとう
謝罪と感謝の声だけが部屋にあった。
この空間にいたのは確かに『沢田綱吉』で。
『沢田綱吉』の想いだけがそこにはあった。
■ ■■■ ■
搭乗ゲートをくぐる直前、ツナさんから手渡された紙袋。
「色気のあるものじゃないけどね」
躊躇いがちに私の手に押し込む。
中にあるのは────
「ツナさん知らないんですか?これは女の子の必需品ですよ」
笑ってやった。
長いばかりで内容がないよう(死;
一応ハルが中心の話。
だったのに視点があちらこちらに移動するせいでなんだかよくわかりません。
ハルはマフィアにしたくないという欲求を満たすために書いた代物。
良かったんだか悪かったんだかさっぱり解かりませんが。
でも彼女は普通の生活をしていて欲しいと思います。
狂気に笑うのではなく幸福に笑って欲しい。
そんな親心の表れです。
もともとはもっと暗い終わり方だったのですが気が付けば、ハルもツナもだいぶ幸せ気味です。
よかったー。
今はまだ幸福が見えなくても、どこかに救いはあるはずだから。
世界は優しくなんてないけれど、幸せになれない理由にはならないから。
もう少しだけ待っててください。
いつか幸せに。
いつか必ず幸せに。
※こちらの背景は
頽廃 様
よりお借りしています。