その出合いは、偶然と呼ぶには余りあり。
かといって必然などと嘯くほどのものでもない。
彼の声に彼女だけが気がついた。
気がついて、手を差し伸べた。
ただ、それだけのことだった。
暗殺者と学生
傘をくるくると回し、表面を濡らす水滴を飛ばしていく。
おもしろいように飛んでいくそれらは地面とぶつかり、さらに細かい飛沫となって散っていく。
こんな雨の道を歩くことが彼女は好きだった。
街の汚れを清浄し空気を澄み渡らせてくれる雨が、彼女は好きだった。
後に必ず訪れる輝かしい日の光を浴びる時を想像することが、彼女は好きだった。
だから三日も降り続く雨に多くの人が辟易としている中にあっても、彼女の心はひどく明るかった。
毎日湿気を帯びた制服に袖を通さねばならないことは少しだけ、ほんの少しだけ気を滅入らせたが、十分もすれば体温となじんで気にならなくなる。
彼女にとってはその程度のことでしかなかった。
そんな彼女だったから、雨の音に混じる人の声を聞けた。
呻くように誰かを呼ぶ、そんな声を。
首を傾げつつ、傘の中から視線を巡らせる。
彼女以外にこの道上には誰もいない。
誰もいないけど、声は聞こえる。
ならばこれは怪奇現象か?
いいや、違う。いるのだ。どこかに。
「誰ですか?」
雨の中、耳を澄ませる。
答えたのかどうかはわからないが、「うっ・・・」と呻く声がする。
右方向からだ。
よくよく観察すると、細い、通りと呼ぶのもはばかられるほどに細い隙間があった。
声はその奥から聞こえてくる。
暗くて良くは見えない。
狭すぎて傘を差していては入れないので、濡れることも厭わずに閉じた。
迷いも躊躇もない足取りで隙間に入る。
十メートルもすればどんつきだ。
彼女は暗闇に向かって問う。
「どうしました?」
否。
暗闇に横たわる、黒衣の生き物に対して、だ。
「・・・・・・昼寝しているようにでも見える?」
「まぁ・・・・・・頑張ればそう見えないこともないです。あまり良い趣味とは思いませんが」
「じゃぁきっと違うんだろうね・・・・・・」
「結構余裕そうですね。お腹からそれだけ血を流しておいて冗談が言えるなんて」
足下の水たまりを蹴る。
透明なはずのその液体は、赤茶けた色を帯びていた。
「君こそ冷静だね。こんな人間を目の当たりにして悲鳴の一つ、身じろぎ一つしやしない」
「・・・・・・まぁ、慣れてますし」
「変な子」
黒衣の生き物は男だった。
腹を真っ赤に染め上げた男。
そのくせ、どうということもないように立ち上がった。
「大丈夫なんですか?それ」
「ん?・・・・・・あぁ、これ?」
男は自身の服の端を摘んで持ち上げた。
べっとりと血と雨で重く張り付いた服はわずかもなびかない。
「僕のじゃないし」
「・・・・・・返り血ですか」
まるで息を吐くように。
ごくありふれたことのように。
彼女は特別驚く素振りも見せない。
「ところであなたはいつまでここにいるんですか?濡れ鼠で地べたに這い蹲るのが趣味だというのなら放っておきますけど」
「世の中そんな奇特な趣味の人間はいないよ」
「じゃぁ、家にきますか?」
「・・・・・こんななりの人間を家に招こうだなんて、バカな人間もね」
ずぶ濡れの手が、彼女の頭を撫でる。
じわりと感じたのは、ただの水の浸透か、それとも温もりだったのか。
彼女に判別することはできなかった。
「世話になろうか」
男は彼女の手を引いた。
少なくとも、この暗く狭い路地から連れ出した。
空は相変わらずの分厚い雨雲。
けれど、思わず目を細めたくなるほどの眩しさがそこにはあった。
「さて、どっち?」
通りの真ん中に立って男が問う。
「こっちです」
彼女は自らの足で方向を示す。
家までは五分くらいだ。
ふと手に持った傘の存在を思い出す。
何となく、差したくない気分だ。
このまま濡れて帰るのも悪くはない。
彼女の心の中はどういうわけか一層明るく晴れ渡っていた。
雰囲気の何か。
ちょっと前にリクエストで書いてたんだけど暗すぎる展開だから没にした奴をサルベージしてみた。
たぶん何話か続きます。
てか、イーピンもヒバリも一回たりとも名前がでてこないで終わった。
わかりにくいけど、ヒバピンですよ。
2011/01/17
※こちらの背景は
NEO-HIMEISM/雪姫 様
よりお借りしています。