僕がここにいる意味を、僕は知らなかった。
目的を果たすためにここにいるのだと信じて疑わなかった。
都合の良い体がそこにあるから
マフィアを叩き潰す力を持った体がそこにあるから
懐に入り込んだとしか思っていなかったのに。
別の理由があったなんて。
別の感情があったなんて。
僕は知らなかった。
彼に気づかされるまで、一塵だって疑いもしなかった。

しかし
なんて不覚な。

よりにもよって
本人に指摘されるなんて。










――視界と世界と君──







「いったい何の用です?ボンゴレ」

きっとロクでもない話なのでしょう?任務だの商談だの僕は一切関心がないというのに。
バカみたいな話なら早々にとんずらしてしまうことにしましょう。
僕も道楽で君に従うほど暇ではないし義理もないのですから。

「大事な……話ですよ」

窓辺に腰掛けたボンゴレは、外に目をやったまま答える。
初めて出会った頃の面影を残す顔立ちは、清漢というには幼すぎ、子供と呼ぶには威厳を帯びすぎていた。たかだか20数年しか刻んでいない若造には似つかわしくない威厳を帯びていた。

これがボンゴレの威厳。

マフィア界を統べる最高峰の長が背負う業と覚悟ということか。
つい数年前までは甘っちょろい男だったのに、いつの間にやらこの僕に命令する立場にいるのだから人生とはいつ何が起こるかわからないものだ。

「さっさと用件を言ったらどうです?僕も暇ではないのですよ」
「もうじき守護者が全員ここに集まります。それまで待ってください」
「は?全員?」
「えぇ。全員です」

ただ事ではない。
守護者が全員集まるということはそれだけの意味を持っていた。
そもそも守護者6人がそろってこのボンゴレ本部にいることすら稀中の稀。その稀を起こしてまで招集をかけるからには何かとんでもないことをボンゴレが企んでいるに違いない。

だというのに。

ボンゴレは相も変わらず空を見上げる。そこにあるが如く。そこにないが如く。
あたかも空の如く、確かな存在感を伴ってボンゴレはそこに在った。
けれど何も見えない。
当たり前すぎて
大空が絶えず世界を包み込むのと同じように、当たり前すぎて、ボンゴレがつかめない。
空の気持ちなど誰にも分からないのと同じように、大空の心が

見えない。



「……あなたは何を考えているのです?ボンゴレ」
「未来を──」

未来

「未来を生きることを」

未来だと?
その眼で、未来を語るのか。君の目には明日すら映っていないのに、未来など見えるものか。

「……ばかげたことを。君が未来を語るなんて笑止千万ですよ、ボンゴレ。
そんなことよりも今日の分の仕事を片づけていないのでしょう?さっき下の者が
書類があがってないって君を捜していましたよ」
「ここにいると、教えてあげなかったんですか?」
「僕の仕事ではありませんからね」
「骸らしい答えだ」

くすりと笑う。
ボンゴレが初めて僕を視界に捉えた。

どこか世界を他感したまなざし。
まるで他人事のように。
まるで物語のように。
まるで未来を知っているかのように。
見透かしたまなざし。

「やっぱりお前は六道骸だよ」

くすりともう一度笑う。

「人をバカにするのも大概にしたらどうです?ボンゴレ。僕だっていつまでもおとなしく
しているほど出来た人間ではないと知っているでしょう」

イライラする。
この眼を見る度に。
イライラする。
訳も分からずに振り回されることに。
イライラする。
こんな人間が存在することに。
イライラする。

「バカになんてしてませんよ。ただ安心しただけです」
「安心?また訳の分からないことを。適当なことを言って話を煙に巻こうとするのは
あまりほめられた行為ではないですよ」
「適当なんかじゃない」
「っ!?」

ぞわりと

首筋をなめる寒気。


けして威嚇するような大声だったわけではない。
むしろささやくような声だった。
なのに今、自分は威圧された。思わず身構えそうになるほど、むき出しの意志を感じた。
たった一瞬の出来事に手のひらは、じとりと湿り気を覚える。
だから僕はボンゴレが嫌いなのだ。
普段はなにをやらせても文句を垂れて満足に働かず、そのくせ己を掴ませることもせずに飄々と振る舞い命令してくる。
ひとたびこちらが反発しようものなら、何人も逆らえないボンゴレの威厳を携える。
この二局性が、出会うはずのないコインの裏表を一緒に垣間見させるこの男は、限りなく僕の精神を荒立たせる。
理不尽を目の前に突き出されたに等しい。
だから僕はボンゴレが嫌いなんだ。

この男の声も
この男の仕草も
この男の目も
この男の思想も

すべて

この男の存在が
僕を心中穏やかでなくする。

「……君は、いったい何なんですか?」

なぜそうまで僕を苛立たせる。

「俺は…ボンゴレ十代目ボス、沢田綱吉」
「違う」

そんな答えが欲しいんじゃない。

「僕はね、ボンゴレ。君を見ていると無性に腹立たしくなって手当たり次第に
ぶち壊してやりたくなるんですよ」

なぜ僕をかき乱す。
なぜ僕の前に現れた。

「答えなさいボンゴレ!君はいったい何なんだっ!」


「……空……」


俺はね



大空なんですって




総てを包み




希望へと導く




大空なんです




だから俺は




未来を見なければいけない




それが俺の意志でなくても




俺は導かなければならないから




だから俺は未来を見るんです




みんなが笑える未来を




「……未来……」




えぇ




「おかしいでしょ?
  自分の未来どころか現在だっておぼつかない俺がみんなの未来を見るなんて」




そんな風に自嘲気味に語るボンゴレは

どこか寂しそうで

頼りなく

マフィアのボスであることを忘れさせるほど

ちっぽけだった。

ただの人間だった。

マフィアだとかボスだとか責任者だとか

そんなものを総て取っ払った

ただの人間。




「つくづく君はこの世界に向いていない」
「よく、言われます」
「世も末ですね。そんな君がボスなんて大それた地位にいるなんて」
「それもよく言われます」

昨日もXANXUSに怒られました。
『お前にボスは務まらない』って
でもそれでいいんです。

「俺の役目はボンゴレの繁栄じゃないから」

だから
俺にボスの資質なんて必要ないし
必要としていない

「そーゆーのはなりたい人が持ってればいいんです。 XANXUSとかの方がよっぽどソレっぽいでしょ?」

俺に必要なのは力です
理想を現実に代える力。
未来を導ける力。
現実をぶち壊せる力。
それが俺が選んだボンゴレの未来。

「そのためには、骸。お前の力が必要なんだ」

まっすぐに僕を見据える澄んだ瞳。
この曇りのなさが彼の確固たる意思を物語る。

「おまえのしたことを俺は許さない。けれど、おまえの力は信用してる。ボンゴレに力を貸してくれ」

彼の真剣な眼差しに
僕はこみ上げて来る笑いをこらえることが出来なかった。

「何かおかしかったか?」

えぇ、何もかもがおかしい。
おかしいことだらけだ。

「クフフ。僕に今更何を求めるかと思ったら、そんなことですか」

馬鹿げているといったほうが正しいのか。
とにかく笑わずにはいられない。
嘲りと中傷のために。
僕に力を貸せだと?
この男は本当に平和ボケでもしてしまったのだろうか。
それとも過労で精神がイってしまったのか。

改めて見回すボンゴレの私室。
その持ちうる権力に似合わず作りはシンプル。簡素と言ってもよい。
どこにでもありそうな長机を囲むこれもまたありふれた7脚の一人掛け。
可哀想に、座る者とのバランスが取れていない。人の存在が圧倒してしまっている。
こんなくだらない話など切り上げて家具の新調でも論じるべきだ。
最低限、人の上に立つものはそれなりの装いが必要なもの。
いくら興味がないといっても多少名の知れた物を置いていい筈だ。
あぁ、いっそ僕の好みの物を取り寄せて否が応でも取り替えさせてしまおうか。
その方が良さそうだ。
彼は強情なところがあるから真正面から言っても首を縦には振らないだろうし。

「この家具、君には似合いませんね。今度別のものを取り寄せておきますよ」
「骸。今はそんな話をしているんじゃない」

冷たく彼は言い放つ。

「・・・そんな話・・・・ですか・・・」

なら君の話はどうなんです?
それこそどうでもいい話だろう。

「今更なんですよ、そんな話。今ここに僕は霧の守護者としている。
それで何の不満があります?」

ばかばかしい。
こんな話のためにわざわざ守護者全員を集めたとでも言うのか。
そんなにも暇なのか!

ダンッ!
これ見よがしに長机の上に足を放り出す。足を組み、手を組みボンゴレを見据える。

「君の道楽に付き合うつもりはありませんよ」

そういうわけにもいかないさ。
これが俺の仕事なんだから。

「お前の力を、貸してもらうよ」

俺には必要なんだ。

なんて無意味な押し問答。
いや、お互いの意思が通じていないと言ったほうが正しいのかも知れない。

「この際だから言っておきますよ。ボンゴレ」

窓際から動こうとしない彼に詰め寄る。
何時もそうだ。
彼はいつでも窓際を離れない。
危険だと言い聞かせても笑ってごまかす。

    空を見ていたいんです

護衛の気も知らないで。
君の振る舞いにどれだけの人が迷惑被っているか知っているのか。

「ボンゴレ」

対峙すれば頭一個分僕の方が背が高い。
なぜ僕は彼の言動にいちいち振り回されなければならないのだ。
こんな小さな存在に。
たった一人の男に。
心乱されなければならないのか。

それとも

これが潮時というものなのだろうか。
そもそも僕はボンゴレという組織に居たくて居るわけではないのだ。
ここに
彼のそばに居すぎたのかも知れない。

「忘れているようなので思い出させてあげます。僕がここに居る理由を」

覚えているよ。

嘘をつくな。
覚えているならこんな話をしているはずはない。

「骸。お前は俺の体を乗っ取るのに都合がいいから霧の守護者になったんだろ」


でも


お前は俺の体を手に入れようとはしなかった



「だから俺は今ここに居る」


お前ほどの力があれば俺に憑依することなんて簡単なはずだろ?
寝込みを襲うことだって、反旗を翻すことだって何だって出来たはずなんだ。

でもお前はそれをしなかった。

どれほど無防備に姿をさらそうとも

お前の槍が俺に向くことはなかった。


それはさ


少なからず



俺を好きになってくれたってことなんだろ?



「ただのうぬぼれなのかも知れないけど」

少なくとも俺はそう思ってるよ。



「バカも休み休み言ってください。この僕が君に好意を持っている?
  よくもまぁそんなたわごとを思いつく物ですね」

もう失礼しますよ。
君と居るとひどく気分が悪い。

守護者が集合するなどもうどうでもいい。
とにかく一人になりたかった。
かき乱された心を落ち着かせたい。

「なら何故、俺を乗っ取らない?」

今なら何の邪魔もない。
俺も無抵抗。
こんな機会はまたとないはずだろ?

「骸」

うるさい

ウルサイ

煩い

五月蝿い


「僕が君に好意を?くふふ。
  ふざけるのも大概にしろっ!!

何を思い上がっているのです?ボンゴレ?
  憑依しないのは君が好きだからって?
  黙って聞いていれば勝手なことばかり言って。
  いつ僕がそんなことを言いました?
  君の勝手な想像に僕を巻き込まないでください。
  君に憑依しないのは極めて単純な理由ですよ。

  君に興味がなくなったんです。

  君は確かにボンゴレのトップに立つ男かもしれない。
  しかし君のその甘っちょろい考えが気に食わない。
  穏健派の君ではマフィアを壊滅に追い込むのは手間がかかりすぎる。
  それなら実力的に言ってもXANXUSにでも憑依したほうがマシってもんです。
  それともなんですか?
  君は今すぐ僕にその体を差し出すとでも?
  そんなことできるわけないでしょう?」

「そうしたら、俺を信じてくれます?」

ふいに

彼の口調が『沢田綱吉』のものに戻っていた。
高圧的なボンゴレ10代目から、一人の沢田綱吉という男に。

「ボンゴレ?一体何を・・・」

あまりに唐突過ぎて
僕は身動きひとつとることが出来なかった。
その動きがあまりにも綺麗過ぎて
彼を制することすら出来なかった。

僕の槍に手をかけた彼。
そうすることが当然であるかのごとく自らに引き寄せた。
何の抵抗もなく彼の手に渡ってしまう。
おもむろに彼は掌を槍の先にあてがうと、躊躇なく横に引いた。
彼の手には横一文字に紅い線が引かれた。
隠すことなくその傷を僕の目の前に掲げる。
次第に線は太さを増し、耐え切れずに手首に伝う。

「これで、俺を信じてくれますか?」

この血は、契約の証。
骸を信じる俺の証。


「・・・・・・・・クフ・・・・クフフフ・・・ぁはははははははっ!」

愚かだ
なんて愚かで滑稽なんだ。
これで君は僕と『契約』してしまった。
すなわち君はもう僕のもの。
自らの意思で抗うことなんて出来ない。

「ボンゴレ・・・気でもふれましたか?」
「いや?信じているだけだよ。お前と、俺の超直感を」

お前は俺に憑依できない。
お前は俺が好きだから
憑依できやしないさ。

「いつまでふざけた口をきけますかね?」

僕がその気になれば君の体は僕のもの。
君が瞬きをしたその次の瞬間にでも、僕は君を手に入れることができる。

「骸は、俺のこと嫌い?」
「えぇ。大っ嫌いですよ、親愛なるボンゴレ」

じゃぁ

「俺のこと、好き?」
「・・・・・・・嫌いですよ。君みたいな人は」

「俺は・・・」

俺は

好きだよ?骸のこと。



そう言って、彼は笑った。

とても綺麗に


彼は笑った。



「・・・・・さよならです。ボンゴレ。Addio」




「くふ・・・・これがボンゴレの体・・・素晴らしい、予想以上だ・・・」

内面からふつふつと絶えることなく力が溢れてくる。
これだけの力があればマフィアを壊滅させることなど容易い。

「流石はブラッド・オブ・ボンゴレといったところでしょうかね」

さて、これからどうしますかね。
思いがけずボンゴレを手に入れることが出来ましたが・・・・


俺は好きだよ。骸のこと・・・・


世迷言だ。
僕は君のことなどなんとも思ってはいない。
想っていない。

想ってなんかいないはずなのに・・・


君が見えないだけでどうしてこんなにも不安になる。
君が見えない世界はどうしてこんなにも居心地が悪い。
どうして世界があるのに、君が居ない・・・?
どうして・・・
わからない。
これが彼の言う『好き』ということなのか
違う。
そうじゃない。
彼が好きだとか、そんなんじゃないんだ。
ならどうして・・・

君がいつも腰掛けた窓辺。
そこから見える空は僕が見る空で。
君の見ていた未来なんてかけらも見えない。
どんな思いで彼はこの空を見上げていたのだろう。
彼を手に入れたというのに
彼の心なんて全く見えない。

彼は自らを『空』だといった。
総てを包み込む希望の、空。


あぁ

そうか

このどうしようもなく落ち着かない理由をふいに理解した。


僕は『空』を亡くしてしまったのだ。
そこにあることが当たり前だった『空』を
僕の『空』を
彼を手に入れたことで
僕は失ってしまったのか。

居場所

帰るべき場所

人はそんな風に呼ぶのかも知れない。

僕が居るべき場所は、ココじゃない。

君は僕に与えてくれた。
確かな居場所を・・・・・。







「どうして?」

背中に問いが投げかけられる。

「君の中は居心地が悪すぎましてね。こっちから願い下げです」

君の中よりも・・・
僕は君の隣に居るほうが性に合ってるみたいですしね。
絶対に君のほうなんか向いてあげませんよ。
君が見たら笑うに決まってますから。
そんな恥ずかしいこと僕には出来ません。

「こっち向いてよ」
「丁重にお断りします」

だって

きっと

僕は今

幸せを感じているのだろうから。

君の隣という、居場所を見つけて。

君という、愛しい人を見つけて。

笑ってしまっているから。


僕が欲しかったのは

『君と見る世界』


しかし

なんて不覚だ。

よりにもよって

君に指摘されるなんて









骸誕生日企画として。

彼にも『幸せ』に気づいて欲しくって書いてみた。

予想以上に長くなって自分でもよーわからんくなってきた(笑)



いちお骸ツナのつもり。それともこれはツナ骸?

それすらもよくわからん(笑)



時間軸としては8年後くらい。

ミルフィオーレとの抗争が激化する前のイメージ。

ツナが過去の自分を守るために骸に協力を求めて、

ツナとの未来を守るために骸は単身敵地に乗り込んで

スパイ活動してたらいーなってゆー妄想。



骸が一番欲しいものって、『家族愛』なイメージなんです。

そんなわけで骸おめでとー!!

2008/06/09





※こちらの背景は NEO-HIMEISM/雪姫 様 よりお借りしています。




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