「あ、ヒバリさん」
隣に立つ少女が声をあげる。
僕としては聞きたくもない言葉だった。
ただ、厄介なことになるのでは?という漠然とした不安が横たわる。
はっきり言って振り返りたくなど無い。
このまま気付かないフリをしてこの場から立ち去ってしまいたい。
しかし少女が反応してしまった以上、連れである僕が無視するわけにもいかない。
きっとものすごく不機嫌な顔で、殺気を隠そうともせずこちらを睨みつけているだろう相手を振り返るのは気が重い。
殆ど諦めにも似たため息を心の中でそっと吐く。
同時に、こんな巡り会わせをさせた沢田綱吉のことをどう虐めてやろうか画策した。
僕らは今、とあるホテルの豪奢なパーティー会場の入り口にいる。
何故自分がこんなところにいるのかと言えば、上司命令だからだ。
傍らに連れるのは僕が心から愛するクローム、では無く雲雀恭弥の恋人・イーピンだった。
ココに至る経緯はいろいろあるのだが、掻い摘んでしまえば、このマフィアが呼ばれるパーティーというのはあまり品の良い方々の集まりではなく、突然全面抗争が勃発してもおかしくない危険地帯なのだ。
そんな場所にお互い自分の恋人を素直に連れ添わせると瞬時の判断が鈍る可能性があるため、もっと有体に言えば、最悪の場合連れを見捨てることに私情を挟まなくて済むため、というボス・沢田綱吉の判断によるものだ。
そのため僕はイーピンを、雲雀恭弥は笹川京子を、沢田綱吉はクロームを連れにするのが常だった。
・・・・・・まったく、何が『最悪の場合連れを見捨てる』だ。
イーピンに何かがあれば僕は雲雀恭弥に正面切って殺されるだろうし、笹川京子に何かがあれば沢田綱吉が静かに最大級の怒りを雲雀恭弥にぶつけるだろう。
もちろん、クロームに何かあれば僕は容赦なく沢田綱吉の寝首を掻く。
つまり良くできたじゃんけん。
グーとチョキとパーが揃って互いに牽制できるから成り立つ関係なのだ。
口上と水面下に潜む重大さはまったくもって別物。
お陰でエスコートにもまったく手が抜けないときた。
沢田綱吉もやるようになったものです。
そんなわけでこのシステムはことのほか上手く起動している。
それぞれが理解のうえで偽者の恋人を演じているだけ。
なので余計な気を回さずに済む。
間違いが起こる心配もない。
裏切りという背徳感を抱くこともない。
仕事と割り切ればそれほど苦ではなかった。
これまでに何度となくイーピンとは即席パートナーになったことがある。
周囲に偽りのカップルと思われても目立つのでそれなりにパートナーとのスキンシップもする。
隣に立つ少女の腕は僕の腕にしっかりと絡めるし、僕も大切な“預かり者”を守るため彼女の腰に手を回したりもする。
多分、他の4人もそうしているはずだ。
実際どうなのかは知らないが。
正直な話、他の偽カップルをこの目で見たことは一度もない。
理由は単純明快。
どんな理由でアレ、自分が他の女と腕を組んでいるところを見られたくないし、見たくないからだ。
複数組が同じパーティーに出席することなど無いから、口に出さずともこれまでそのような事体に陥ることはなかった。
だから今日のこの事態は極めて稀有なことで。
こんなことになるなら会場変更の知らせがあった段階でパスすればよかった。
まったく、よりにもよって此処で鉢合わせするのが雲雀・笹川ペアとは・・・・・。
僕を毛嫌いし手いる雲雀恭弥のことです。
開口一番辛辣な言葉を浴びせられるか、有無を言わさず殴りかかってくるか。
はてさて一体どちらが先か。
重い気持ちでゆっくりと振り返る。
出来るだけ相手を触発しないように、心持、イーピンから離れた。
瞬時にそのことを察したイーピンはこんな時だというのに逆に体を密着させてくる。
こらこらこらこら。
仮にも恋人の前ですよ?離れるならともかく、くっつくとは何事ですか?
こちらの思惑など露ほども理解していない偽パートナーに冷や汗が出た。
・・・・・とりあえず雲雀恭弥の目は怖くて見れません。
あからさまに視線をそらす。
「・・・・・・・どうも」
「やぁ」
最低限の言葉だけなんとか発した。
彼の声は怒っているでもなく、イラついてるでもなく、ただただ無感情。
だから余計に怖い。
「京子さん達もこの会場なんですか?」
「ううん。私達は別のフロアなの」
「そうなんですか。同じところであるなんて奇遇ですね」
「そうだね。なんかこんな格好してるからちょっと恥ずかしいね」
照れくさそうに雲雀恭弥の後に隠れる笹川京子は正に雲雀恭弥の彼女そのものを演じきっていた。
さりげない身のこなしの端々からそれを感じ取ることが出来る。
例えば二人の距離感。
近すぎず、遠すぎず。
べたべたしているわけではないが、確実にパーソナルゾーンに踏み込んでいることが見て取れる絶妙の距離を築いている。
例えば二人の表情。
ゆったりと微笑む笹川京子に緊張の色は見られない。
まるで沢田綱吉が隣に立っているかのように平然と振舞っている。
何より驚かされたのは雲雀恭弥にだ。
あの!あの唯我独尊男、雲雀恭弥までもが穏やかに笑っているではないか!
なんの天変地異かと思った。
明日辺り世界大戦でも起こるんじゃぁないかとすら思った。
もしくはこれは夢で、ありえないことが起こっているのかと。
「?骸さん?」
「!あ・・・・・いえ、失礼・・・・なんでもありませんよ、イーピン」
「そうですか?」
不思議そうにこちらを眺めてくる視線。
腕に感じる触覚、体温。
今ここで起こっていることは現実だと証明するかのようだ。
「少し考え事をしていただけです。心配には及びませんよ」
「無理はしないでくださいね」
「えぇ。大丈夫です」
少しだけ不安そうな表情で上目遣いにこちらを見やるイーピン。
もし仮に、僕の心が既にクロームに預けてあるものでなかったとしたら。
・・・・・・・・たぶんオちてますね・・・・これ。
あぁ!もう!!だから恋人の前で他の男にそんな表情を向けるんじゃありません!
いくらこれが仕事中だからって、そこまで遵守する必要もないでしょう!!
雲雀恭弥も何黙っているんですか!
ガツンと言ってやったらどうなんですか!?
そんな不埒な真似はするな、と叱りなさい!
いつもの君なら『パイナップルがうつる』位の失礼なことを失礼とも思わず言うでしょう!?
「・・・・・ピン」
そうです!そうですよ雲雀恭弥!
『そんな男にべたべたくっついて群れるなんていい度胸だね?咬み殺すよ?』位言ってやりなさい!
さぁはやく!今すぐ言いなさい!!
今だったら『僕のピンに触らないでくれる?』程度ののろけなら許しますから!
奪い返して抱きしめてチュー位大目に見ますから!
だから早くこの子をどうにかしてください!!!!!
「鍵貸して。多分僕のほうが早く帰るから」
・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
いやいやいやいやいやいやいや!
ちっがうでしょう!?
言うべきことはそうじゃないでしょう!?
「また途中で抜け出す気ですね?ツナさんに言いつけてやる」
「最後までいろとは言われてないからね。適当に切り上げるだけ」
「大丈夫だよイーピンちゃん。これでも最低限の挨拶はちゃんとしてるから、ツナ君も怒らないと思う」
「そういうわけだから鍵貸して」
「もう・・・・・・」
仕方ないなぁ、と言わんばかりの表情でハンドバックから鍵を取り出す。
多分イーピンの下宿先の鍵なのだろ。
受け取った鍵を胸ポケットに滑り込ませると「そろそろ時間だから」とさっさと立ち去ってしまった。
一応付け加えておくと、完璧なエスコート付きで。
後姿を半ば呆然としながら見送る僕。
そして平然と見送るイーピン。
・・・・・・なんなんだ・・・・・?このカップルは。
なんと言うか。
どう考えても。
いや、考えなくても。
・・・・・・・・・・・・おかしい。
「・・・・・骸さん・・・・?どうかしました?さっきからなんか様子が・・・・」
「つかぬ事を伺いますが」
「え?あ、はい」
「先ほどの二人を見てどう思いますか?」
「え、ん〜・・・・本当のカップルみたいに見えますね」
「・・・・・それに対して貴女は?」
「え?」
「例えば、やきもちをやいたりとかは?」
「?しませんけど?」
「・・・・・・不安になったりとかは?」
「しませんね」
「何故?」
「何故って・・・・・・お仕事ですし」
「・・・・・それだけですか・・・・・?」
「強いて言うなら、いくら京子さんでもあの人の相手は務まりませんから」
「その根拠は?」
「相手がヒバリさんだからです。あの人の相手をできるのは私くらいなものですよ。なんてったって相手は更正不能な性格破綻者ですから」
こともなげにイーピンは言い切った。
骸にはこれがバカにしているのかのろけなのかの判別はつかなかった。
唯一つ解ったことは、ボンゴレ雲の守護者の女もまた、本人同様何者にもとらえることの出来ない齢16の少女だということだけだ。
■■■
同日同時刻。
「なんだか、六道さん落ち着かないみたいでしたね。大丈夫でしょうか?」
「ほっといたらいいよ」
多分、あの男が考えていることなんてろくなことじゃないはずだから。
面白くなさそうにそう答える顔はどことなく落ち着かないようだった。
もともと口数の多い人ではない。
大抵喋るのは私ばかり。
続かない会話をしていると。
少しだけ。
ほんの少しだけ、二人に意地悪をしてみたくなった。
「でも、イーピンちゃんとすっごくお似合いに見えましたね」
「・・・・・・・・笹川妹、僕に喧嘩ってるの?」
「いいえ。ただ、意地っ張りだなって思って」
「・・・・・・・何とでも言えば・・・・?」
それからいつもと同じ不機嫌な顔に戻ってしまった雲雀さん。
雲雀さんが私の前で笑顔を見せたのは後にも先にも、あの一回きりだった。
(イーピンちゃん、気づいてるのかなぁ・・・・・・)
ことのほか、良くも悪くも素直なイーピンの行動は雲雀をイラつかせていた。
が、当の本人がそれに気付くこともなく。
また、相手もむきになって張りあってしまうあたり、どちらも『子供だなぁ』と思う京子だった。
知らぬは当人ばかり
■■■
〜おまけ〜
同日同時刻、某アジト内にて
「やっぱりこの組み合わせが一番問題が少なくて済むよなぁ」
改めて、自分の采配の素晴らしさに感動する。
「骸はイーピンの素直さに手も足も出ないだろうし、雲雀さんも京子ちゃんにはたじたじだろうな」
「・・・・・・ボス?」
「あ、クローム、これ骸には絶対言っちゃダメだよ?」
言われてクロームは素直に首をコクンと縦に振った。
「『最悪の場合連れを見捨てることに私情を挟まなくて済むため』って、アレ全部嘘だから」
「・・・・・・・・・・・・」
「骸はクロームを連れてると回りがまったく見えなくなるからパーティー出ても全然話とかしないからダメ。
雲雀さんはイーピンに不埒な視線を送ってくる奴等にイライラオーラを撒き散らすから誰も近寄れない。
結局接待パーティー行かせても何の仕事にもなりゃしないんだよね。
相手交換したらみんな二人とも少しは仕事になるかなって思ったんだけどこれがまた大成功!」
「・・・・・・・・・・・・」
「でも不思議なのは俺も京子ちゃんと行くと、何でか人が寄ってこないんだよね。ニコニコしてるつもりなんだけど」
「・・・・・・・それは・・・・・」
「ん?」
「・・・・・ううん・・・・なんでもない・・・・・」
――それは、ボスたちカップルがほのぼのしてて微笑ましいから雰囲気を壊しちゃいけない気がする。
言おうとしてやめた。
多分言っちゃいけないと思うし。
言っても根本的な解決にはならないと思うから。
寡黙なクロームはいつものように口を閉ざし、骸が帰ってくるのをただじっと待ち続けた。
第三者から見たヒバピンってこんな感じ。
イーピンは雲雀が他の女といくら一緒にいても大丈夫。
全然不安にもならないくらい信用している。
雲雀もイーピンを信用しているけど、無邪気すぎてたまに心配になる。
心配しすぎてやり返してみるけど全然伝わらなくていらっとする。
結局相思相愛なことには変わりない。ざ☆熟年かぽーw
書いてたら骸がどんどん世話焼きおかんみたくなってしまったww
おまけは先述の言い回しがツナっぽくないのでそれの補足です。
2010/02/19
※こちらの背景は
Sweety/Honey 様
よりお借りしています。