構えた銃身をミリ単位で補正。
吸気を引き絞るのと連動させて、引き金を引く。
銃弾を打ち出した反動は肩関節で殺す。
今はただ、銃口から細い硝煙があがるだけだ。

なんとも慣れた行為。
何度も、何十度も繰り返された、たったそれだけの行為。

それだけで、人は簡単に死んでいく。
たやすく、命を肉体からむしり取る。

「・・・・・・つまらないな・・・・・・」

どうしてこんな簡単なのかしら?
命って、もっと重いものなんじゃなかったかしら?
何故こんな簡単に終わってしまうのかしら?
・・・・・・なんて、死んでしまった人に聞いても仕方がないのだけれど。
足下に転がった死体を蹴った。
身体を痙攣させたが、死体は起きあがることもましてや言葉を発することもなく、とうとうただの物体に成り下がった。
ただの物質に興味はない。
それきり死体には目もくれず、窓際に腰掛けた。


「遅いですよ」

1分ほど経った頃だろうか。
誰もいない場所に向かって言葉を吐く。
無人の・・・・・・いや、そこには闇を割って現れた一つの影。

「なんだ、もう終わったの?」

現れた男は少女へと続く道程上に転がった死体をつま先で小突く。
ぴくりとも反応しないことを確認して、顔をしかめた。

「随分と手際が良くなったものだね」
「だって、頑張りましたもん」
「殺しを毛嫌いしていた頃の君が懐かしいよ」
「そういえば、そんな時期もありましたね」

思い出せないほど昔の話だ。
まだ私が、暗殺者としてプロに徹することができなかった頃の話。
まだ私が、この世界から足を洗うことばかり考えていた頃の話。
まだ私が、貴方を一方的に想うことしかできなかった頃の話。

でも、今は違う。

「ヒバリさん。私、強くなったでしょう?」

徹底的に鍛えた。
一度は足を洗った世界に再び自分の意志で舞い戻った。
貴方を想うだけなんて、嫌だった。
振り向いてもらうための努力を、私は怠らなかった。
貴方にふさわしい私になるために。
貴方に好かれるだけの価値ある私になるために。

「・・・・・・コレ、昔は苦手だったんですけどね」

手の中にある、今はもう熱を失った冷たい金属を掲げてみせた。
月明かりを受けて鈍い光を放つ。

「殺した感触が手に残らないのは、どうにもしっくりこなくって」

弱かった私は、それがとても罪深いことだと思っていた。
奪った命の重さを感じないことは、ひどく傲慢なことだと思っていた。
しかし、その考えそのものが傲慢なのだと気が付いた。

「そんなもの、犯した罪に傷ついたふりをして自分のことを慰めているだけなんだって、気づいたんです」

殺したことを悔やむくらいなら、初めからしなければいいだけ。
自分の意志で私はこの道を選んだ。
そんな私が傷つくだなんて、なんてムシのいい話。

「痛みなんて感じません。感じる必要なんてないんです」

だって私は。

「殺される覚悟で、ここに立っているんですから」

味合わせたのと同じだけの痛みを受ける覚悟をしたからこそ、ここにいる。
この世界にいる彼らが、同じだけの覚悟をしていないはずがない。
私とそこに転がる死体は同じ土俵に立っていた。
そして私が生き残った。

たったそれだけの話。

「その事実に気づいてから、コレを使うことに躊躇がなくなりました。実際、指先一本の労力で済むのは楽ですしね」
「・・・・・・君は拳法家じゃなかったのかい?」
「?何を言っているんですかヒバリさん」

拳法家だったのは、弱い私。
昔の私。

「私は、暗殺者、ですよ」

貴方の望んだ、強い私。
貴方の牙でも折れない、今の私。

「ねぇ、ヒバリさん」
「・・・・・・何?」
「私、強くなったでしょう?」

貴方が望んだ通りに。
貴方が求めた通りに。

「貴方に振り向いて欲しくて、私ここに戻ってきたんですよ?」
「・・・・・・」
「貴方を満足させられるだけの力を身につけたんですよ?」
「・・・・・・」
「こんな私を、貴方は愛してくれますか?」

貴方はきっと私を無視できない。
貴方の中でくすぶる闘志に火を付けるだけの力を、私が持っているから。
貴方の渇望を癒せるのは、私だけ。
世界中で、私だけ。

「やっぱり、君は面白いね」
「それは誉め言葉ですか?」
「もちろん。強い奴は好きだからね」

懐に伸ばした手は、きっと仕込みトンファーを掴んでいる。
貴方をその気にさせられた証拠だと言ってもいい。

「良かった」

安堵の息を漏らす。
貴方に認められることだけが、私がこの世界に戻ってきた理由なのだから。

「私も、愛していますよ」

でも、残念だわ。

掲げた銃身。
向ける銃口。
肉焼く銃弾。
上がる悲鳴。
湛える微笑。
訪れる静寂。


「・・・・・・殺してしまいたいくらいに」


貴方は私を満足させられるのかしら?





彼女はただ、妖しく笑った






彼女が向けた銃口はまっすぐに僕の方へと伸びていた。
なんの躊躇もなく引き絞られたトリガーが銃弾を吐き出す。
銃弾は僕の耳を掠めて、背後に忍び寄っていた残党の体を貫通した。
後に残るのは残党が発した耳をつんざく悲鳴と、銃創から上がる肉が焦げる臭いと硝煙が混ざり合った独特の香り。
彼女は笑った。
とても面白い玩具を前にした子供のように。
楽しそうに。
嬉しそうに。
彼女は笑った。

彼女が纏った空気はどこまでも妖艶で。

何よりも美しいと、僕は思った。






3周年御礼リクで頂いた「ヒバピンでダークなイーピン」なお話でした。

前に書いたダークなイーピンとは違った感じを出したいな〜なんて考えた結果

ともすればヤンデレとも取れそうなイーピンに仕上がりました。

うちのサイト的にはなかなか異色のヒバピンになったかな、と思ってます。

これぞリク企画の醍醐味!!

こちらの作品はリクエストしてくださった大福さんのみお持ち帰り自由とさせていただきます。

リクエストありがとうございました!

2011/05/23





※こちらの背景は NEO-HIMEISM/雪姫 様 よりお借りしています。




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