6月。
学生にとっては、ようやくのことで暑苦しい冬服を脱ぎ捨てられる衣替えの時期。
母校・並盛中学でもそれは同じだった。
目的の場所へと歩く道すがら、懐かしい制服の少年少女を何人も見かけた。
誰もが解放感に満ちた涼しげな表情で往来を歩いている。
彼らの姿に学生時代を思い出しつつ、僕はチャイムを鳴らした。
「ヒバリさん!お久しぶりです!」
彼女の下宿する沢田家を訪れると、制服を纏った少女が一目散に玄関を開いた。
ドキリ、心臓が一瞬跳ねたがすぐさま平静を取り戻す。
「やぁ、相変わらずそうだね」
「そんなことありません。私だって立派に大人になってるんです」
ぷぅ、と少女は頬を膨らませる。
その仕草はどうにも『大人』には見えない。
言葉と仕草のギャップにほんの僅か口角があがってしまう。
「そういうことにしといてあげる」
頭をぽんぽんと撫で、勧められるのを待つこともせずに家に上がる。
奥から義母代わりとなって彼女の世話をしている沢田母の声がした。
どうも、と最低限度の挨拶だけ交わしリビングへ。
「何で妥協案なんですか!私は立派に中学生ですよ!?」
少女は今一度頬を膨らませて見せた。
だからその仕草が中学生には見えないと言うのだ。
そう。
少女は中学生になった。
出会った頃はまだ小学生でもなかった少女が今や中学校に通っている。
進学先は僕の母校でもある並盛中学。
今や裏社会に内通する彼女の義兄と僕の顔を駆使し、暗殺業を行っていた過去を隠蔽。
堅気を装って中学生をしている。
「ほら、衣替えもして今日から夏服なんです」
涼しげな夏服を見せつけるよう、クルリとターン。
スカートの裾が軽やかに翻った。
「似合ってるんじゃない?」
「えへへ」
照れくさそうに笑った。
事実、4月に散々見せつけられたブレザー姿よりかは大分様になっている。
身長が伸びたのか、それとも精神が成長したからかはわからないが、とにかく似合っていた。
拳法家として体を動かしてきた彼女には重苦しいブレザーは何とも窮屈気に見えていたことも要因の一つだろう。
「君にはそれくらい身軽な方が似合ってるよ」
「私も動きやすくてこっちの方が好きです」
12歳の少女らしい、屈託のない笑み。
この姿だけを見ていたら、とても暗殺を生業にしていたなどとは思えない。
どこにでもいそうな、それでいて非凡な少女の姿だった。
「ところでさ」
話の腰を折って、切り出す。
玄関で出迎えられた時から気になっていたこと。
「はい?」
少女は首を傾げた。
切り出された事柄に、一切の自覚が無いのだろう。
こればかりは僕も溜息が出た。
少女は、女性性に対して無自覚甚だしすぎる。
「君・・・・・・・・・着けてる?」
薄いブラウスの、その下にうっすらと透ける肌色を凝視して僕は問う。
「何をですか?」
少女は再度首を傾げた。
「何って、アレ」
「アレじゃわかりません」
「アレはアレだよ」
「何ですかヒバリさん。若年性アルツハイマーですか?アレこれソレで話を済まそうとするから脳が活性化されないんですよ?
物事はきちんと主語述語目的語を使って、指示代名詞を極力避ける練習をすると言語中枢が刺激されるって言ってましたよ」
「誰がアルツハイマーだい、誰が」
「だって・・・・・・」
「折角オブラートに包んで上げたのに・・・・・・」
この少女相手に回りくどいやりとりは無用だった。
僕は端的に告げる。
片手をそっと、少女の胸部に添えて。
「ブラ。着け無いから透けてるよ」
「え?」
添えた手の下からは、規則正しい鼓動が響く。
早くなるでも、遅くなるでもなく、一定のリズムを綺麗に刻んでいく。
「ブラ・・・・・・ですか?」
困惑の色をはらんだ声。
確かに、少女の胸はお世辞にも成長が見られない。
僅かな膨らみがあるかどうか、といった程度だ。
必要がないと言えば必要はない。
しかし。
少女は女だ。
否が応でも性を意識せざるを得なくなる。
同時に、周囲の人間も同じように意識してくるようになるのだ。
わかっていてどうしてこんな無防備な姿を晒させておけよう。
「普通のしろとは言わないからさ、せめてスポブラだけでも着けなよ」
トクン、トクン、と刻まれるリズムの下。
手を這わせればたやすく頂が触れた。
幾ばくか指をずらせば、そこには他と異なる色がブラウス越しに覗いた。
心中穏やかではいられない。
少女は今日一日、この無防備は姿を晒し続けていたのだ。
どれだけの目に触れたのか。
彼女の姿態を、体を覆う薄い衣のその下を想像したものの目を突いてやりたい気分だった。
「あ・・・・・・あの、ヒバリさん・・・・・・」
こそばゆさのためか、羞恥心のためか、少女は身を捩る。
自身の胸へと伸ばされた手を、両の手で丁寧に剥がした。
身長差のために視線は自然と上目使いに。
躊躇いがちに少女は言葉を紡ぐ。
「・・・・・・ブラって、なんですか・・・・・・?」
はじめての性教育〜暗殺者編〜
ホワイトアウトしそうになる意識をどうにか引き戻し、僕は口を開く。
「・・・・・・・・・とりあえず、今から買いに行こうか?」
「はい?あ、デートですね!デート!やったぁ!」
「私服に着替えてね。出来るだけ色の濃い奴。白は絶対ダメ、重ね着必須」
「えー?暑いじゃないですか、半袖一枚で十分ですよ」
「ダメ。絶対ダメ。着替えないならいかない」
性への危機管理能力が限りなくゼロに近い少女の存在。
爆弾娘の二つ名は、伊達ではなかったらしい。
ブラをしてないどころかブラの存在すら知らないイーピンに萌える!
エロい展開を期待して仕掛けつつ
そもそもエロと認識してもらえないことにヒバリさんは危機感を感じればいいんじゃないかな!
ピンは性的な危機管理能力ゼロですよきっと。
生乳見られても「貧相ですみません」とかさらりと言っちゃうんだよ!
そんなこんな出ヒバリさんはピンに性教育を施していくのである。
たぶん続かない。
きっと続かない。
2012/06/04
※こちらの背景は
Sweety/Honey 様
よりお借りしています。