誰も彼もがそわそわとしだす2月14日。
当てなんてないのに「もしかしたら・・・・・・」なんて幻想を抱きたくなるのが中学生というものだ。
それに、今年のバレンタインは平日・月曜日。
女の子達は誰に怪しまれることもなく日曜日に準備をし、今日という決戦の日に備えているに違いない。
みんないつもよりちょっとだけお洒落にして、その時を計っている。
渡したいけど渡せない。
欲しいけど言い出せない。
そんなもどかしい感情が朝からそこかしこに点在している。
俺、沢田綱吉もその一人だ。

モテない、ダメダメの名を欲しいままにしていた俺だったけど、どんな奇跡か二年連続で女の子からチョコを貰うという前代未聞の偉業を達成した。
それも、去年は俺の想い人である京子ちゃんから手ずから貰い、あまつさえそれが本命であるかもしれないというサプライズ付きだ。
けれど、結局その真意を確認することはできなかった。
俺に勇気がなかったのも理由の一つ。
それと。
どうして京子ちゃんが嘘をついたのかその意図を考えた時、聞くべきではないと俺の直感が訴えた。
だからホワイトデーには当たり障りのないお返しで済ませた。
そして、これまでと変わらない『友達』の距離間を守り続けた。
決して一線を越えず、決して見失わず。
お互いが手を伸ばせば届く距離を、守り続けた。

それも、今年で終わり。
もう、来年はない。
俺たちは並盛中学三年生になっていた。
後一ヶ月もすれば卒業だ。
京子ちゃんは少し離れた県内の進学校に推薦で合格している。
対して俺は、地元の高校がぎりぎりの合格圏内。
どうやっても、同じキャンパスライフを味わえるのは後一ヶ月。
どうあがいたって、それだけの時間しかない。

だから、俺たちはそろそろ腹を括るべきなんだと思う。
傷つくことを恐れず。
傷つけることを怖れず。
その傷すらも笑って撫でられるように、踏み出すべきなんだと思う。


□■□


いつもよりも早くに登校。
遅刻ぎりぎりが常習の俺にとっては奇跡的な時間だ。
まだ校内にすら人影がまばらにしか見られない。
流石に教室一番乗りだろう。
そう思って戸を引いた。

「・・・・・・あ・・・・・・」

意外にも、俺は一番乗りではなかった。
既に一人の生徒が席に着いていた。

「おはよ。京子ちゃん」
「あ、ツナ君おはよ」

いつも通りの、変わらない挨拶。
強ばったところはなく、何もかもが平素のまま。
もし違うところがあるとすれば、バックの中に入った緊張の固まりだ。
取り出すタイミングを計っている。
放課後がいいだろうか?
・・・・・・いや、早い方がいい。
うだうだと考える時間が長ければ長いほど気持ちが後込みしてしまう。
俺はバックに手を伸ばした。
指に触れる、柔らかな包装紙。
何度も結び直した真紅のリボン。
昨晩遅くまで頑張った結晶。
男から、なんておかしいかもしれない。
でもさ。
笑われたって構わない。
俺はダメツナだから。
みっともなく踏ん張るくらいが丁度いいんだって知ったんだ。
何もしないで何もないことを嘆くより、バカにされたってやってみたらいいんだって学んだ。
だから、踏みだそう。
今よりもう一歩。
君の手を取れるところまで。

「京子ちゃん。あの、さ・・・・・・」
「何?」
「これ、受け取ってくれる・・・・・・かな?」

バックの中で少し乱れてしまった赤いリボンを直しもせずに、付きだした小袋。
京子ちゃんはまるで不思議な物を見るような目つきで、俺と小袋を交互に見て、一度大きくぱちくり瞬きをした。

「これ・・・・・・」
「バレンタイン・・・・・・です」
「私に?」
「・・・・・・うん」
「わっ!嬉しいな。ツナ君ありがとう!」

にっこり微笑んで、受け取ってくれた。

「私も作ってきたの。貰ってくれるかな?」
「もちろん!」
「はい、どうぞ」

差し出されたのは俺のよりも数段綺麗にラッピングされたもの。
オレンジ色のきれいな包装紙が、京子ちゃんのほんわかした雰囲気を表しているように思った。

「・・・・・・ね、京子ちゃん」
「なぁに?」
「そのチョコ、『本命』っていったら・・・・・・びっくりする?」
「・・・・・・え?」
「今年で最後になるかもしれないから、ちゃんと言っておきたいんだ。俺、京子ちゃんのことが大好きです」

教室の中がシンっ・・・・・・と静まり返った。
まだ人が集まる前の教室でよかった。

「ちょっと待ってよツナ君っ!最後って・・・・・・」
「来年は、同じ学校には通えないからね」
「でもだからって・・・・・・学校が離れちゃったら友達でも居られないの・・・・・・?」
「多分」

痛みから逃れるだけの関係が、そう長く続くとは思えない。
自分を守るための鎧を掲げている以上、隔たりは拭えない。
その手を取らない限り、先なんてあり得ない。
だから俺は覚悟した。
傷ついても、君の隣にいたいって。
傷つけてでも、君の隣に立ちたいって。

「君が、好きです」

その手を、伸ばして欲しい。
怖がらずに、伸ばして欲しい。
無理矢理その手を取ることは簡単だ。
でも、それじゃダメなんだ。
俺は、君に決断して欲しい。
俺がそう覚悟を決めたように。
君が、自分の意志で、決めて欲しい。

「・・・・・・私も・・・・・・ツナ君が好きだよ?でもね、今まで通りでいいと思ってたの・・・・・・」

沢山の友達が居て、誰が一番とかそんなのなくて、みんなで笑っていられた。
それで十分だった。

「イヤだよ・・・・・・怖いよ・・・・・・」
「京子ちゃん・・・・・・」
「私、ツナ君が思っているほどいい子じゃない!心の中ではいっぱい汚いこと考えてるっ!いやだよ・・・・・・そんなところを知られるのはイヤ・・・・・・知ったらツナ君、きっと嫌いになる・・・・・・」
「わかってる。俺だって、きっと京子ちゃんが思っている通りの人間じゃないよ。イヤなところ、沢山見せると思う。汚い人間だって、思い知ると思う」

人を好きになると言うことは、人を知ること。
人を知ると言うことは、人を嫌いになること。
どうやったって切り離せない。
人は相手を幻想の中に作り上げる。
自分の理想を組み込んでいく。
勝手に組み上げて、勝手に好意を寄せて、勝手に幻滅する。
恋愛とはひどく身勝手な行為だ。
擦り合わなくなった理想を相手のせいにして、あまつさえ「こんな人だとは思わなかった」だなんて言う。
それは本当に相手のせいか?
自分が、相手を見ていなかっただけじゃないのか?
人の本質なんて早々変わらない。
変わらないから本質なんだ。

けれどそのまわりは、本質を取り巻く上っ面はいくらでも書き換えられてしまう。
よく見られたい。
好意を寄せられたい。
思えば思うほど、本質とは異なる自分を演じてしまう。
自分を偽って、別の自分を創ってしまう。
当たり前で、誰にも責められない行為。

だから、覚悟しなくちゃいけないんだ。
自分を偽っている行為が相手を傷つける可能性があることを。
同じように、相手に傷つけられる可能性があることを。
それでもなお、好きだって思えるだけの気持ちが必要なんだって。

「それでも、俺は京子ちゃんが好き」

言わなければ、後数年はぬるま湯のような関係が続けられただろう。
どちらとも付かない曖昧さに溺れた生ぬるい関係。
そこに甘んじるには、俺は汚い世界を見過ぎた。
これ以上は、取り返しのつかないレベルの虚構を身に纏うことになる。
俺自身が本質を忘れてしまう位の自分を創り上げてしまう。
そうなる前に、君に伝えたかった。

たとえこの手を取って貰えなくても、俺に後悔はない。
君を好きだという事実を、君に伝えられただけでも十分だ。
ひどく利己的な行為だってわかってる。
君の気持ちなんか考えていない行為だって知ってる。
けれど、こうでもしないと君との関係はこのまま終わってしまう。
終わりすら迎えられずに終わるなんて、そんなのはイヤだった。
せめてきっちりと、お互いに納得して終わりたかった。
・・・・・・出来れば、始めたいと思ってる。

君がこの手を取ってくれるかどうかは、一種の賭。
どちらでも悔いはない。
取って欲しいとも思う。
取らないで欲しいとも思う。
本当の自分を知られるのは俺も怖いから。
俺の生きる裏社会に巻き込みたくはないから。
それでも、隣に居たいとは思ってしまう。

だから答えて欲しい。
正解はないから、君の意志を教えて欲しい。
君の意志に、俺は全力で応えるから。

「・・・・・・ツナ君はずるいよ・・・・・・」
「・・・・・・」
「そうやって、私に決定権を委ねるなんて・・・・・・」
「・・・・・・」
「私は、側にいて欲しいけど・・・・・・ツナ君の邪魔になりたくない。足手まといなことはわかってる。私は・・・・・・ツナ君の助けにはなれない」
「・・・・・・」
「私からは、手を伸ばせないよ・・・・・・。迷惑になってわかってて、その手は取れない・・・・・・」

京子ちゃんは一歩後ろに引いて、自分の手を胸の前で掻き抱くように抱えた。
君が応えないのなら、後は俺が勝手にやらせてもらう。
君が意志を示さないのなら、俺が導く。

「・・・・・・ホントに?」
「・・・・・・」
「それが、京子ちゃんの腹の内?まだ自分を偽って、綺麗でいようとするの?」
「・・・・・・」
「・・・・・・ごめんね、京子ちゃん。俺、さっきも言ったけど君が思っているほどいい人じゃない。もっとずっと汚い人間なんだよ」

抱えた手を、力ずくで掴み取る。

「っきゃっ!」
「ほら、届いた。こんな簡単に繋がれる」

繋いだ手。
伝わる体温。

「君が離したいなら、ふりほどけばいい。でも、俺はこの手を離さない。どんなに抵抗したって、何度だって掴みにいく。みっともなく足掻いてみせる。俺を見てくれるまで、何度だって。君が望むのなら力ずくでも」
「・・・・・・ツナ・・・・・・君・・・・・・」
「離さないよ。だから、言って?」
「ツナ・・・・・・く・・・・・・」
「俺は、京子ちゃんが好きだ。京子ちゃんは?」
「わた・・・・・・し、は・・・・・・」
「言って」

こんなもの、ほとんど脅迫だ。
それでも、君が望むなら。
どんな汚さだって、さらけ出す。

「ツナ君が・・・・・・好き・・・・・・っ、一緒に、居たいよ・・・・・・」

ほとんど涙声の君。
にじんだ視界の俺。

「俺も、一緒に居たいよ。ずっと、隣に居て欲しい」

見えなくとも、繋いだ手が君がそこにいることを教えてくれた。


□■□


例え君の醜さを知っても、それすら認めてあげられるように。

醜さ以上の幸福を。

汚さ以上の祝福を。

辛苦以上の甘味を。

真っ赤なリボンに包んで、君に贈るよ。





scarlet sweet






バレンタインとか、もはやこじつけ以外のナニモノでもない。

悲恋ベースにしないとか言ってこの様である。

まぁハッピーエンドなんで許してください。

・・・・・・・・・これが、ハッピーエンド?

\オマエアタマオカシーンジャネーノ!/

2011/02/15




※こちらの背景は November Queen/槇冬虫 様 よりお借りしています。




※ウィンドウを閉じる※