―――トントン

夜も深まろうかという時間帯に、部屋の戸が静かに叩かれた。

「・・・・・あの・・・・」

控え目な声が戸の向こうから聞こえる。
聞きなれた、少女の声。
もっとも、彼女以外にこんな時間に僕のアジトに足を踏み入れてくる人間などいない。
読んでいた本から視線を上げ、同じくらい静かで、それでいて凛と通る声で返事を返す。

「どうぞ」

返事から一呼吸置いて、すうっと音も無く戸が引かれた。
戸の向こうにいたのは予想通りの少女の姿。
予想外だったのはその表情だ。

「・・・・・・・どうかした?」

振り返った先には、まるで今にも泣きそうな少女。
その胸に抱えた枕をギュッと握り締め、震える肩をどうにかこうにか抑え込んでいるようにも見えた。

「あ・・・・・・あの・・・・・・・っ」
「何?」
「い・・・・一緒に寝てもいいですかっっ!?」




Scarier than the ghost




「・・・・・・・・・・・また、なの・・・・・・?」

溜め息混じりに漏らすと、ピンは顔を真っ赤にして殊更枕を抱きしめる手に力を入れた。

「またって言わないでくださいっ!!」
「恐いなら見なきゃいいのに」
「みっ!見たくって見たんじゃないですっ!!テレビ付けたままうたた寝しちゃって・・・・・起きたら・・・・」
「見てしまった、と」

コクンと一つ大きく首を振って肯定の意を示す。
何を見た、とは言わなかったがそれが何を指しているのかは明白だ。

「いつまでたっても苦手だね。怪談話」
「苦手なものはしょうがないじゃないですかっ!!」
「で、今日見たのはどんな話だったの?」
「いやっ!思い出させないでくださいっ!」

ぶんぶんと、まるで記憶を飛ばすかのように首を横に振るけれども、そんなことで忘れられるならばはじめからここには来なかっただろう。
それどころか、僕の言葉で思い出したくない場面を思い出してしまったのだろう。 ぶるっと背中を震わせたのが見て取れた。

「・・・・・仕方ないね。もう少し読んでから寝るつもりだったけれど」

パタン、と静まり返った部屋に本を閉じる音が良く響いた。

「せめて布団は君が敷いてよね」

まだ寝具を収めたままの押入れを顎で指す。
僕の言葉にパァッと表情を明るくさせたピン。
ひとまず今晩一人で寝ずに済む安堵感が胸に広がったのだろう。
嬉しそうに頷いてとてとて押入れに近寄り、慣れない手つきで寝具の準備を始めた。
手にしていた本を書台に置き、その様子をじっと眺める。
普段はベットで寝ているピンだ。
布団をシーツで包むのに苦戦しながらもどうにか体裁を整えようと頑張っている姿は微笑ましくもあり。

「出来ました!」

最後に雲雀の枕と、自分が持ってきた枕を少し恥ずかしそうに並べ、布団の横に膝をそろえて座ったピン。
それはまるで―――

「なんか、新婚初夜みたいだね」
「へ・・・?えっ!?」

からかい半分で言ってやると、とたんに顔を朱に染めた。

「やっ!・・・・な、何言うんですかヒバリさんっ!」
「冗談だよ」

手元を照らしていた書台の明かりを消してからピンの元へ。
まだ顔を赤くしたままのピンを布団に促し、最後に天井の明かりを消すべく手を伸ばすと、つ、と着物の裾を引かれた。

「・・・・あの・・・・」
「何?」
「一番小さいのでいいから、明かり、つけたままじゃダメですか・・・・・・?」
「・・・・・・しょうがないね・・・・」
「ありがとうございます!」

ピンの要望に答え、一番小さな豆電球の薄明かりを残したまま僕も布団に体を横たえた。
それに倣ってピンも僕の横に体を滑り込ませる。

「えへへ・・・・・ヒバリさんがいてくれて良かった」

まるで僕がいれば怖いものでもないかというように顔を綻ばせる。
なんとも恐いもの知らずな子だ。
君の横にいるのは、多分お化けなんかよりももっと怖い生き物なのに。
そんなことにも気がつかず、ピンは僕の胸元近くに頭を摺り寄せるようにして抱きついてきた。

「・・・・君ってホント・・・・」
「へ?」
「なんでもないよ」

こんなにも無防備な姿を晒されると苛めてやりたくなるのが人の心情というもの。
ふつふつと心の奥底から湧き上がる感情を抑えられない。
悪戯心にも似た何かが行動を起こさせる。

「ねぇ、ピン」
「はい?」
「時々こうして寝てると首筋がゾクってする時あるでしょ?」
「え?あ、えぇ、冬場とかは冷気が入ってきて身震いすること良くありますけど・・・・、それが何か?」

僕の言わんとすることが分からない、といった表情で視線を上に向けた。
くりくりっとした目には一片の疑いすらない。
そんな君が愛しくって、頭をポンポンと撫でてやってから話を続ける。

「アレってね、入ってきているのは本当は冷気じゃないんだって」
「・・・っ!?」

声も無く身体がビクっと震えた。
表情には出さずに心中でほくそ笑む。
まったく、反応が純粋すぎて可愛いったらない。

「幽霊が、入り込んだ瞬間なんだってさ」
「ひっ・・・・!・・・・っ、冗談・・・・ですよね・・・・・ソレ・・・・」
「さぁ?」
「そんなっ!」

含みを持って言ってやれば、今にも泣き出しそうに瞳いっぱいに涙を溜めてしまう。
何でこんな嘘を本当に信じてしまうんだろうね君は。
その反応の一つ一つがより一層僕の悪戯心を掻き立てることに気がつかないのだろうか?
胸元に寄せられた手がカタカタと震えている。
気づかれないように頭を撫でていた手を下方に移動させ、首筋をツゥと指で撫ぜると―――

「っ!?!?!やっ!?い・・・・・今、首のとこ・・・・な、な、な、なにかっ!?!?」

もはやパニック寸前だった。

「やっ!おばっ・・、おばけが・・・今、首のとあqwせdrftgyh!?!?」
「・・・・・ちょっと落ち着きなよ・・・・・」

予想以上の反応に、面白いと思うよりもこの子は大丈夫だろうかという不安が過ぎる。

「だ・・・・だって!!おばっ、おばけ、私の・・・・・っっ!!」
「大丈夫だから」
「でもっっ!わたし・・・・っ、おばけ・・・・っっ!やっ・・・・!!!!!」
「いい加減にしないと・・・・・」
「はっ・・・・・・・ぁっ、んっ・・・・!?!?」

強制的に黙らせるよ?

と、言葉ではなく、そのまま行動で知らしめる。
つまり有体に言えば、その騒ぎ立てる唇を塞いでやった。
もちろん、僕のソレで。

「んんっ・・・・は、ヒバ・・・・ひば・・・り、さん・・・・・?」

唇を離すと、突然の口付けに息を乱したピンが疑問符を浮かべてこちらを見やる。

「どう?」
「・・・・え・・・・?」
「まだ、怖い・・・・・?」

怖いなら、何度でもしてあげる。
そんなこと考えられなくなるくらいまで。
何度も。
何度でも。

返事を聞くよりも早く、もう一度唇を奪う。
今度は先ほどよりももっと、深く。
口唇を割り入るようにして、歯列の更に奥まで。

くちゅり、くちゅりと部屋に響く音の一つ一つに、ピンは身体を震わせる。
それはきっと恐怖とは別の、震え。

次第に朱を増していく顔を見ながら、今日は顔が良く見えるな、と感じた。
そういえば明かりが点いたままだということを思い出す。
ピンもそのことを思い出したのだろう。

「あ・・・・あの・・・っ」

恥ずかしさで顔を真っ赤にさせながらピンが訴える。
その意図を汲んで僕が代わりに続けてやる。

「明かり、どうする?怖いから点けておいて、って言ったのは君だけど?」
「そ・・・れは・・・・・・」
「いいよ。どっちでも。何なら一番明るいのに点け直そうか?僕は大歓迎だけど?」

君の可愛い顔が良く見えるからね。
意地悪く笑ってやるとなおさら頬の朱は濃くなった。

「や・・・・・!それは・・・・!!」
「嘘だよ」
「・・・・よかった・・・・」
「で、どうする?」
「・・・・あ・・・・えっと・・・・・その・・・・・・」

もじもじと言い淀むピン。
どっちを選択しても結果は同じなのは経験的に分かっているのだろう。
ならばどちらを選ぶかは、もう決まっているも同然だ。

「・・・・・恥ずかしいから・・・電気、消してください・・・・・・」
「怖いんじゃなかったの?」
「だっ・・・・・だって・・・・っ!!」

ヒバリさんの方が怖い、だなんて口が裂けても言えなかった。









サイト2周年リクエストで頂いた幸せ仲良しテイストのヒバピン話でした。

リクエスト内容としまして

『ヒバリがしれっととんでもないセリフを吐いたり、

何も知らないイーピンに色々すりこみ影響を与えてたり、

ニアミス程度のちょこっと接触があると嬉しいです』

とのことだったので、出来る限り全部盛り込んでみました^^*

きっとこの後ヒバリさんはピンにあんなことやこんなことをしちゃうんだと思います。

ピンは逃げ込む先を間違えたようですね。ご愁傷様ww

そんなこんなで、リクエストありがとうございました!!

こちらの作品はリクエストしてくれたさくや様のみ本文お持ち帰り自由とさせていただきます。

2010/05/30





※こちらの背景は clef/ななかまど 様 よりお借りしています。




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