高熱にうなされる少女を見、嘆息する。

「・・・・・・何でこんなになるまで放っておいたの?」
「・・・・・・すみません・・・・・・・・・」

謝罪の声すらも、熱い熱に浮かされている。
すっかり温もってしまったタオルを冷水で冷やし直し、少女の額に乗せてやる。

「とにかく、絶対安静。いいね?」
「・・・・・・」

少女は答えない。
熱が高くて声を出すものきついのかもしれない。
別段気にせずに話を流す。
どちらにせよ、まともに動くことすら叶わないはずだ。
40度に届こうとする高熱を前にしては、殆どの人間はそうなる。
ベッドサイドに腰をかけ、顔を真っ赤にさせた少女の頬を撫でた。
熱い。
もしかしたらさらに熱が上がっているのかもしれない。
デッドラインは42度といわれている。
気力などでどうこうなる問題ではなく、体を構成するタンパク質が42度で変化してしまうのだ。
解熱剤は無理矢理に流し込んだが、効果が出るのはまだ少し先になるだろう。
どうにか持ちこたえてくれればいいのだが・・・・・・。

そんなことを考えていると、チャイムが鳴った。
家主の少女は病にふせって出ることが叶わない。
ならば、わざわざ僕が出ることもないだろう。
堂々と居留守を決め込むことにした。

ところが、カチャリと錠の落ちる音がする。
ドアの向こうから姿を現すのは、よく知る人物だった。

「・・・・・・貴方か」
「久方ぶりですね。雲雀恭弥」

まるで鏡でも見ているかのような錯覚に陥るほど、自分に似通った容姿の男が立っていた。
その人こそ少女に拳法と、そして暗殺技術を教え込んだ人物で、本人も拳法の達人として知られる男、風。
普段は中国だかどこだかの山奥で暮らしているらしいが、時折弟子の安否を気にして来日している。
1・2週間前から風は少女のアパートにやっかいになっていたと聞いている。

「貴方が付いていながら、どうしてここまで放っておいたの?」

向けた視線を少女に戻しながら、僕は悪態を吐く。
早期に対処をしていればここまで悪化することもなかっただろう。
死線をさまようなどという、危ない橋を渡ることはなかったはずだ。
生活をともにしていて少女の体調の変化に気づかない訳がない。

「・・・・・・?なんのことでしょう?」

男は首を傾げた。
ふざけるでも無く、バカにするでも無く。
ただただ『意味が分からない』という風に、首を傾げた。
男は、意味の分からないことを考えても無駄だと決めたのか、僕から視線を外す。

「さぁ、イーピン。時間ですよ」

ベッドで荒い息をあげる少女に呼びかける。
時間?
言われて時計に目を向けた。
時刻はちょうど、男と少女が定時に行っている訓練の時間だった。

しかし、何を言っているんだ。
現状がわかっていないのか。
少女は今にも息絶えそうなほどの高熱に晒されてるというのに。

「何バカなことを言ってるの?この状態で無理に動けば・・・・・・」
「そうですね、死ぬかもしれませんね」

男はさらりと言ってのける。

「解っていて・・・・・・」
「それが、何だと言うんですか?」
「・・・・・・何?」

男は僕を見下ろす。
いや───見下す。

「今死ぬことと、後で殺されること。そこにどれだけの違いがあるというのですか?」
「・・・・・・訓練で死んで、一体何になる」
「訓練で死ぬようなら実践では確実に死にます。そうじゃないですか?」
「・・・・・・」

返す言葉もなく、閉口する。

「敵はわざわざこちらの体調など加味してはくれません。むしろ絶好の好機として攻め入ってくるでしょう。 こちらの世界には、スポーツマンシップなどという生ぬるい言葉はないのです。暗殺業とは、競技ではないのです。 ただの殺し合いです。殺戮です。殺すか死ぬか。分かりやすい二者択一。 だからこそ、どんなコンディション、どんなシチュエーションでも戦える術を身につけなくてはならないのです ・・・・・・雲雀恭弥、貴方はそれをまだ理解していないようですね」

───ピピピピピ

アラームが鳴り響く。
訓練開始を知らせる音だった。

一切の躊躇いもなく少女の頭部に向かって男が高速の蹴りを放つ。

「っ、ピン!」

声が届いたのが先か、男の蹴りが空間を凪いだのが先か。
どちらかは解らないが、既にその場所に少女の姿は無かった。
確かに一瞬前まで、高熱に浮かされた少女が居た空間はもぬけの殻で。
代わりに、ベッドサイドに少女は腰を落として構えていた。

相変わらず顔は熱で紅潮している。
息も荒い。
呼吸の度に肩が大きく上下する。

そんな状態にも関わらず、少女は目にも留まらぬ早さでスルリとベッドから抜け出したというのか。

「さて、始めましょう」
「・・・・・・ハイ・・・・・・」

少女が掠れた声で応え、家の外へと飛び出した。
満足そうに頷いた男が一呼吸置いて後に続こうとしたのを僕は遮る。

「何か?」
「・・・・・・もう一度聞く。貴方は自分が何をしているのか解っているの?」

少女の体は、あんな風に動いていい状態ではない。
絶対安静が必要なのだ。
動けばただでさえ熱を帯びている身体が一層発熱する。
本当に取り返しのつかない事態になるかもしれない。

「死ぬよ?彼女」

男は、笑った。

「本望ですよ」

その顔には一切の迷いなど無く。

「どこの馬の骨とも知れない人間の手に掛かって殺される位なら、いっそ私の手で殺してしまいたい」

歪んだ感情もはらませず。

「それくらいの覚悟が無くては、暗殺業などさせられません」

言い放つ。

「私からも一つ、貴方に忠告しておきます」
「・・・・・・何?」







相対的リスク






「生半可な気持ちでこの世界に首を突っ込むな、ガキ」

男は憎々しげに、吐き捨てた。









ヒバピン?風ピン?

なんや自分でもわからんちんになってしもた!

イーピンを殺す位の気持ちじゃないと、暗殺技術など教え込めないと思うのですよ。

風はイーピンを大切に思えば思うほど、

本気で強くしてあげたいと思うほど、

イーピンを死に追いやるリスクも相対的にあがってしまい、

それでも生き抜く術として暗殺技術を教え込むことを選択してたらいいなー、なんていう妄想でした。

生きる術として暗殺技術を習得しなくてはいけないイーピンに対して、快楽的暴力を振るうだけの雲雀。

風師匠がそんな雲雀に対して、嫌悪感とかのマイナスの感情を抱いているという、そんな話でした。

2012/06/01




※こちらの背景は NEO-HIMEISM/雪姫 様 よりお借りしています。




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