家に帰ると、いつもの出迎えが無いことに首を傾げた。
はて、どこかに遊びにでも出掛けているのだろうか。
幸い外もまだ明るい。
心配するような時間でもないから気にせずに自室に向かう。
硝煙臭の消えないスーツを脱ぎ捨て、部屋着代わりの着流しに袖を通す。
すると、障子戸の向こうからパタパタ小さな足音が聞こえた。
(なんだ、いるんじゃないか)
しかし足音は僕の自室を通り過ぎ、3つほど隣の部屋に向かったらしい。
かと思えば、すぐさま部屋と飛び出して別の部屋に飛び込んでいる。
こっそり後ろから覗いてみれば、あっちをキョロキョロこっちをウロチョロ。
まるで何かを探しているかのように部屋の中を見て回っていた。
一つの部屋をひとしきり見終わると、隣の部屋に移って同じことを繰り返す。
一体何をしているのか。
よもや一人でかくれんぼをしているわけもあるまい。
「何やってるの?」
声を掛ければピクン!と二つに結わえたおさげが揺れた。
「ヒバリさん!お帰りなさい!」
いつ帰って来たんですか?とおさげの少女──イーピンは言う。
今さっきだと告げると出迎えに出れなかったことにシュンとうなだれて見せた。
気にしてないよ、と小さな頭を撫でてあげても「それはそれで毎日お出迎えしている私の立つ瀬がありません」などと言い、ぷぅと頬を膨らます。
女は精神の成長が早いと言うが、8歳かそこらでこれは、口が達者というレベルを越えているようにも思った。
とにもかくにも、ふくれっ面の彼女の機嫌をとるべく抱き上げる。
居間に連れていって、彼女が喜びそうなケーキか何かをあげるとしよう。
「それで?何してたの。あっちこっちうろうろして」
イーピンは「あっ!」と思い出したように声を上げた。
子供というのはコロコロ表情が変わって面白い。
「そうです!捜し物です!私、捜し物をしていたんです!」
「捜し物?」
「このお家、お雛様がありません!」
とんでもない発見をしてしまった、とでも言わんばかりのテンションでイーピンは騒ぎ立てる。
なるほど。
彼女は飾られていない雛飾りを探して屋敷中を探し回っていたのか。
しかし彼女の苦労はまったくもって無駄な徒労だ。
この家には雛飾りなどそもそも無いのだから。
「そりゃぁ、無いだろうね」
「なんでですか?雛祭りは明日なんですよ」
「何でも何も、僕は男だから」
「え?そんなこと知ってますよ?」
何を今更、とでも言いたそうな口振りだ。
もしかしてこの子は、雛祭りというものがどういう類の物か解ってないのではないだろうか。
「・・・・・・雛祭りって、何の日か知ってる?」
「お雛様飾る日です!」
「・・・・・・違う・・・・・・」
「えぇぇぇぇぇっっ!?違うんですか!?」
やっぱり。
彼女の中では雛祭り=雛飾りと直結しており、それがどういう意図を持つものかは解っていないらしい。
「雛祭り・・・・・・つまり桃の節句のことだけど、これは女児の成長を願う行事になっている。だから雛飾りを飾るのも女児のいる家だけ」
「男の子は願わないんですか?」
「男子の成長を願うのは端午の節句。だからうちにも兜飾りはあるはずだよ。どこにあるかは覚えてないけど」
「あ!それ物置の奥で見たことあります!ランボが被って頭抜けなくなってました!」
二人して何をやっているのか。
飾り兜などほとんどが見かけだけの物だが、それなりの重量はあったはず。
良くそんな物を被ろうと思ったものだ。
「だから、残念だけどどれだけ探してもこの家には雛飾りなんてないよ」
「むぅ・・・・・・残念です・・・・・・」
腕の中でがっくりうなだれる彼女。
「お雛様、見たかったです」
「よそでは見てきたんだろう?」
「見ました!7段飾りのでっかいのから、すごい可愛いのまで選り取りみどりです!」
「ならもう十分じゃない」
まさか自分のが欲しいだなんて言うわけではあるまい。
正直そんなのはごめんだ。
「リボーンには『お前が強請れば雛飾りの一つや二つ、気前よく買ってくれんだろ』って言われました」
赤ん坊も勝手なことを言ってくれるものだ。
僕はそんなに考え無しじゃない。
というよりも、赤ん坊も生まれはイタリアかどこかだったか?
彼もその意味合いを知らないのかもしれない。
「でも、私は別に欲しい訳じゃないです」
「ん?」
「私はヒバリさんのが見たかったんです」
「なんで」
「だって、ヒバリさんの家って凄い立派なの持ってそうじゃないですか。金の屏風が本物の金箔張りの奴とか」
「・・・・・・それは『立派な』のじゃなくて『高そうな』の間違いじゃない?」
「そうとも言います!」
「君、いい性格してるよね」
なんともあけすけのない物言い。
まったくもって将来が楽しみというか、不安になると言うか。
「とりあえず、ケーキはお預けかな」
「えー?」
やです、ケーキ食べたいです、と訴える小さな手の猛攻を気にも止めず、僕は踵を返す。
確か、アレは奥の部屋に置いていたはずだ。
「ケーキよりも良い物あげる」
「いいもの?」
「そ。雛飾りではないけどね」
奥の部屋に行き、記憶を頼りに桐の箪笥を探る。
確かこの辺にあったと記憶しているのだが。
「なんですか?何探してるんですか?」
こちらの手元までは身長が足りず、覗き込めないらしい。
ピョコピョコジャンプして見るがそれでも届かない。
「・・・・・・あ、あった」
「?なんですかそれ?」
取り出した和紙の包みに小首を傾げてみせる。
いくつか結わえてある紐をするすると解き、包みを開いた。
「わぁ・・・・・・!」
少女は感嘆の息を漏らす。
元々大きな目が一層大きく開かれ、つられて口も開いてしまう。
そっと差し出すと、おそるおそるといった感じで手に取った。
より近距離で手に持つそれをまじまじ眺める。
「雛飾りは無いけれど、それならあげるよ」
「これなんですか!?」
「着物だよ。女雛が着てたでしょ?アレ」
「でもお雛様はもっと沢山の色のを重ねてました。赤一色じゃないです」
「欲しいならもっと出すけど、重いよ。全部着たら20キロは下らないらしいから」
「20キロって・・・・・・どのくらいですか?」
「米袋2つ分」
「無理です!私そんなの着れません!!」
「だろうね。だから今はそれで我慢しておきなよ」
「そうします」
彼女は着物を丁寧に広げ、袖を通す。
くるりと回ってみせるが、裾は床の上に広がるだけだった。
女物の着物はそもそもが丈が長く作られている。
8歳の身長ではどう頑張っても丈が余りに余ってしまうのだから仕方がない。
それでも、彼女は満足なのかニヘラと笑って見せた。
「ヒバリさん!似合ってますか?私、お雛様みたいですか?」
可愛いかどうかと聞いてくれれば即答出来るものを。
問われてみれば、お雛様と言うよりも背伸びしすぎた七五三のようだとの感想が頭をよぎる。
もちろんそんなことを素直に口にすれば彼女は簡単に機嫌を損ねてしまうだろうから言わないでおく。
代わりに黙って頭を撫でる。
えへへへ、と彼女ははにかんで僕に抱きついた。
「あぁ、でも、どうせなら」
しゃがんで、目線の高さを同じにする。
くりくりした目が僕を覗き込む。
「赤よりも、白、着て欲しいな」
ね?僕だけのお雛様?
口づけを一つ額に落とせば。
彼女の頬は羽織った着物以上に紅く染まった。
赤より紅く!
大人ヒバリと仔ピン(推定8歳)の雛祭りのお話でした。
遅刻?そんなの気にしねぇ!!!
二人が同棲してるんだか同居してるんだか、居候してるんだかのパロディと思ってください。
大人ヒバリと仔ピンってヒバリのロリコン度がMAXだよね。おまわりさーん!
お雛様の一番上の単衣って赤が多いような気がしたので。
でもヒバリが着て欲しいのは赤じゃなくて白(白無垢)な気がしたので。
なんかそんな感じのお話。
ヒバリさん家って金持ちそうだよね。
十二単衣とが普通に持ってそうとか・・・・・・・・・・・・私の偏見ですかね?
こちらはさいらさんのみお持ち帰り自由です。
さいらさんお誕生日おめでとう!
気持ち的には3/2にUPです!でも現実は・・・・・・・・・
2012/03/05
※こちらの背景は
clef/ななかまど 様
よりお借りしています。