「君は・・・・・・」
ヒバリさんは、ふと思いついたように。
実際、今まさに思いついたのだろうけど。
こちらを見るでもなく、言葉を漏らす。
まるで吐息のように。
何の抵抗も受けずにするりと飛び出した言葉。
「僕のことが好きなの?」
突然の問いかけに、私はとっさに言葉が出なかった。
返事が返ってこないことをいぶかしんで、窓の外を何の気なしに眺めていたヒバリさんは、ようやく視線を私の方に寄越した。
「何で黙り?」
その声は少しばかり苛ついているようにも聞こえる。
「あ、いえ。ヒバリさんがそんなこと気にするなんて珍しいなと思って・・・・・・」
「ふぅん」
慌てて言葉が出なかったことの理由を述べるが、やはりヒバリさんは面白くなさそうだ。
不機嫌さを微塵も隠そうとせず、腰掛けていた椅子から立ち上がった。
まっすぐに私の座る一人掛けのソファーに歩み寄り、肘掛けに腰を下ろした。
「あの・・・・・・ヒバリさん・・・・・・?」
「それ、何?」
「あっ!」
言うが早いか、ヒバリさんは私が手に持っていた数枚の書類をかすめ取り、ちらり内容に目を通す。
中身は、間違いなく超重要機密に分類される内容。
だが、今更ヒバリさん相手に隠す必要がある内容でもない。
何せ私はヒバリさん代理として、ヒバリさんがやりたがらない書類のチェックを行っていたのだから。
本来ならヒバリさん自身が目を通すべきものだ。
隠す必要などあるわけがなかった。
左上から右下へ視線が一舐めするやいなや。
「・・・・・・つまらないね」
ポイと肩越しに投げ捨ててしまった。
確かにあまり面白い話は書かれていなかったが、それでも、ヒバリさんが適当に投げ捨てて良い書類ではない。
「ヒバリさん!?それ大事な書類なんですよ!?」
「僕には必要ない」
「ヒバリさんに必要なくとも、沢田さんには必要なんです」
「・・・・・・沢田、ね・・・・・・」
ヒバリさんが投げ捨てた書類を慌てて拾い上げ、汚れなどが付いていないことに安堵する。
「それで?」
自分のしたことなど全く気にしていない様子で、ヒバリさんは私を見据えた。
「それで、と言いますと?」
「君は僕が好きなの?嫌いなの?どっち?」
「私がここで仕事をする上で、その質問への回答が必要ですか?」
「先に質問をしたのは僕だ。返事はイエスかノーか、それだけで良い」
「回答を拒否します」
「聞こえなかった?イエスかノーかで答えなよ」
「・・・・・・」
「何で言えないの?」
「言ったら、私はもうここに来られません。それが嫌だからです」
思わず手に力が入った。
書類がクシャリと音を立てる。
大事な書類だと言ったのは自分なのに。
「君の回答が僕の元で働く理由と直結している意味が分からないね」
「そういう約束ですから」
「・・・・・・沢田と?」
「それだけではありませんけど」
「ふぅん。まぁ、いいや」
つまらなそうにそう言って、ヒバリさんは席を立つ。
「あの、どこへ?」
30分後には守護者全員での会合が予定されていたはず。
すっぽかさせるわけにはいかない。
「君には関係ないよ」
「会合にはちゃんと出ないとダメですよ?沢田さんが困っちゃいます」
「それこそ、関係ないね。草食動物が困ろうと、僕は痛くも痒くもない」
「ヒバリさんっ!?」
後ろ手に閉められようとしている扉に飛びついた。
うっかり手にしていた書類を投げ出してしまったけれど大丈夫だろうか?
まぁ、ヒバリさんの部屋に侵入しようとする気概のある人は早々居ないだろう。
それよりも今は当の本人を追いかける方が先だ。
「ヒバリさん!待ってください!ヒバリさんってば!」
「うるさいよ」
「だって、ヒバリさんが来なかったら、沢田さんに申し開きすればいいんですか!?」
「知らないよ。あれは君を溺愛しているみたいだし、どうとでもな・・・・・・・・・っ!」
「?・・・・・・っうわ!?」
言って、ヒバリさんは唐突に足を止めた。
お陰で私はヒバリさんの背中に思い切り突っ込む形になる。
「たたた・・・・・・ヒバリさん?どうしたんですか突然・・・・・・?」
ぶつけた鼻をさすりつつ、これ以上逃げられないようにヒバリさんの服の裾を掴んだ。
ヒバリさんが本気で私を振りきろうとすればどうにもならないだろうけど、野放しにするよりもいくらかマシだろう。
「・・・・・・ヒバリさん・・・・・・?」
正直、すぐにでも振り払われると思っていた。
ところがいつまで経ってもそんな気配はやってこない。
どうしたのかといぶかしんで覗き込むと、そこには驚愕に目を見開いたヒバリさんの顔があった。
「・・・・・・違う・・・・・・」
「・・・・・・何が、ですか?」
自らを否定するように言い聞かせる言葉。
私の問いには一切の反応を見せず、下唇をギリリと噛みしめ今度はあからさまに嫌悪の表情を浮かべた。
「・・・・・・だから、嫌だったんだ・・・・・・・・・」
「へ?・・・・・・あっ!」
一瞬の油断を突かれ、手を振り払われた。
こちらが反応し出す僅かなタイムラグで一気に距離を置かれる。
「ヒバリさん!待ってください!」
離れていく体を反射的に追いかけようと、一歩を踏み出しかけた時。
「君は、僕のことが好きなの?」
再び、同じ問いを投げかけられた。
こちらを見もしない。
背中越しの問い。
なのに、先ほどよりもよっぽど言い逃れできない威圧を感じた。
「・・・・・・・・・仮にそうだとしたら、どうだと言うんですか・・・・・・?」
自分の感情を素直に吐き出さないことを己に誓っている私には、そう答えるのがやっとだった。
「そう・・・・・・」
吐息を吐くように、呟く。
どこと無く落胆の色が感じられたのは、私の気のせいだろうか?
「ねぇ、悪いことは言わないから・・・・・・」
ヒバリさんが振り返る。
その顔には、寧ろ優しさすら滲んでいて。
「やめておきなよ。僕のことなんか」
絶対的な否定の言葉が紡がれる。
「君に僕は必要ないよ」
好きと嫌いの平行論理
そう。
彼女に僕は必要ない。
必要なのは、大空だ。
彼女が自由に飛び回ることができる、確かな場所。
揺らめきたゆたう雲では、彼女の足場にはなれはしないんだ。
分かっているのに、感情がついていかない。
衝動が体を突き動かす。
彼女に枷をはめたいと思う自分が、そこには確かに存在していた。
互いの将来を思えばこそ、好きだなんて伝えられないそんな二人。
自由であることが強さを生むと理解していて、どうして自ら枷になれるだろうか。
自分の中の愚かな感情に気づいては、否定の言葉を紡いでいく。
2012/09/13
※こちらの背景は
RAINBOW/椿 春吉 様
よりお借りしています。