「ピン、じゃんけん」
「ふぇ?」

リビングでくつろいでいたピンが間抜けな声を上げた。
脈絡無く所望した「じゃんけん」の意味がわからなかったんだろう。

「節分」
「あ、そっか〜。もうそんな時期か〜」

壁のカレンダーに目をやって、ようやく意味を理解したらしい。
カレンダーはつい先日めくったばかり。
他のページよりもちょっとだけ間延びして見える2月。
そして、今日は2月の3日。
いわゆる節分という奴だ。
行事ごとにうるさいわけでもないけれど、何かにつけて遊べることが嬉しかった幼少期からの習慣で今も欠かさず行っている。
由来を加味した信心深いものではなくて、日々の息抜き程度のあれだ。
この家では毎年じゃんけんをする。
その年の『鬼』を公平に決めるのだ。
どちらかだけがずっと鬼役だなんて不公平だろ?
だからこれはお互いの折衷案なのだ。

「じゃいくよ?」
「はい」
「最初はグー」
「じゃんけん・・・・・・」

「「ポン!」」




鬼さんこちら



向かい合わせになって突き出した手は僕がパー、ピンがチョキ。
今年の結果にご満悦なのか、ピンが嬉しそうに笑みをこぼした。

「えっへへ!私の勝ち!」
「じゃ、今年は僕が鬼役ね」
「早速升の準備しなくっちゃ!去年どこ片づけたかなー?」

日頃の〜鬱憤を〜投げつけろ〜♪鬼は〜全力で〜追い出すぞ〜♪なんていう凄く音痴な自作の歌を口ずさみながら台所に消えてしまった。
・・・・・・歌詞の内容については、敢えて触れないでおこう・・・・・・。
片づけに関して、僕はとんと関与していないので一緒に台所に行っても邪魔になるだけと自己判断した。
この隙に僕もいろいろと準備しておこう。
ガチャガチャと音を立てている台所を後目に、一度僕は自室に戻った。
そう。
準備がいるのだ。
いろいろと。いろいろと、ね。


□■□


準備を終えてリビングに戻った。
とうに升を発掘したらしいピンが炒り大豆を移し換えている。

「ヒバリさん、お豆ってテーブルの上にあった奴でいいんですよね?」
「うん。二つあったでしょ?一つは食べる用ね」
「ハーイ」

いくつかこぼしてリビングテーブルに転がった奴を盗み食いしているのが見えたけど、大目に見てやることにしよう。
ピンが食い意地張っているのはいつものことだ。
「よし!」なんて大げさな声を上げてそちらも準備ができたことを知らせた。
ここで、初めてピンがこちらを振り返る。

「・・・・・・え?」

予想通りというか、何というか。
一瞬目を丸くして。
それからゴシゴシ目を擦って目の前のコレが幻ではないかと疑い出す。
しかし、残念ながら現実だ。
僕を凝視してきっかり5秒後。
ぷっ!とピンが吹き出した。

「〜っ!っ、ぁはははっ!!何ですかその格好〜!!」
「・・・・・・それだけ喜んで貰えると着た甲斐があるね」
「だって・・・・・・だってぇ〜、あはははっ!!」

お腹を抱えだしたピンは、仕舞には笑いすぎてひーひー言い出した。
なにかしら反応はあると思っていたけど、これはこれで笑いすぎじゃないだろうか?

「どーしたんですかそれ!・・・・・・っぷ」
「作ったの。ピンが好きだろうと思って」

ちなみに。
今の僕の格好というのは、いわゆる『鬼のパンツ』と言われる虎柄のハーフパンツ一枚。
おまけとばかりに、頭には鬼の角まで付けている出血大サービス。
・・・・・・アフロは付けてないよ。
想像した奴は正直に申し出な。
僕が直々に咬み殺してあげるから。

「てゆーか笑いすぎ」
「だってぇ〜!」
「ほら、いつまでも笑ってないで早く豆まきしようよ。結構寒いんだから」
「は〜い」

いくら暖房を利かせていても季節は2月、冬。
ハーフパンツ一枚は寒い。
主に上半身が、寒い。

「では、・・・・・・ぷぷっ、気を取り直して・・・・・・」

全然気を取り直していない。
笑いを堪え切れていない。

・・・・・・いつまで笑っていられるか、見物だけど。

「おには〜そと〜!」

升を片手に、数粒掴んで投げつける。
・・・・・・結構容赦ない・・・・・・。
小さな豆粒だって勢いつけばわりと痛い。
しかもこちらは上半身無防備というハンデ付きだ。
さっき口ずさんでいたのは、意外と本音だったのか?

「ふくは〜うち〜!」

今度は足下にパラリと撒いた。
再び升に手を伸ばす。

「おには〜、・・・・・・へ?」

全力で投げつけるために振りかぶった手を、がっしりホールド。

「・・・・・・ヒバリ、さん?」
「いつも思ってたんだけどさ」

一遍投げつけさせてやったんだから、もういいよね?

「鬼がなにもせずに一方的に追い出されるって、理不尽だよね?」

こんな格好してあげてるんだし、僕だって楽しんでいいよね?

「だって、そういうものじゃないですか」
「やられたらやり返すのが普通だと思わない?」
「え?あの、ちょっと?ヒバリさん?」

ピンの顔に不安の色が走った。
たぶんその反応は、正解だ。

「だからさ、鬼も反撃に出ようと思うんだ」

にっこり。
僕が笑うと、対照的にピンの顔はひきつった。

「お、お、お、お、おにはぁそとぉぉぉぉっ!!!」

升ごと投げつけようとしたもう一方の手も掴みあげる。
これを投げられたら流石に怪我をしそうだ。

「はい。次は?」
「う、うぁ、あぁぁ、ぁ・・・・・・」
「じゃ、鬼の番ね」
「いやっ!やだっやだっ!!離してよ!!」
「一方的に追い出そうとしてるくせに虫のいい話だよね」
「うるさいっ!ばか!ばかぁっ!」

ばたばた暴れるピンだけど、力で負けるつもりはこれっぽっちもない。
手にしていた升を手首のスナップだけで投げてきた。
勢いは無いから当たってもそれほど痛くない。
バシャ!と音を立てて中に入っていた炒り豆が床に散乱した。
これでピンの攻撃手段は早くも尽きてしまった。
では、本格的に鬼の番。

「鬼って、人間を食べるんだっけ?」

知らないっ!とまくし立てるピンを無視して体をグイと引き寄せる。
嫌々と体を捩るけれど、寄せてしまえばこちらのものだ。
両の腕を掴んだまま首筋に顔を埋め、甘噛み。

「っ!?!?!?」

声にならない悲鳴。
色気の欠片も無い。
でも、この初な反応が楽しい。
すぐ目の前にある耳が真っ赤になった。
耳だけじゃない。
顔も真っ赤になっている。

まるで赤鬼のようじゃないか。
心の中でそっと笑った。

「顔真っ赤」

素知らぬ言葉を掛ければ罵倒が飛んでくる。

「誰のせいだとっ!!」
「鬼を追い出しきれなかった君のせいに決まってるだろ?」

自分の力無いことを他人のせいなどにしてはいけない。
全ては自己責任だ。
でも、そんな君は見ていて危なっかしい。
はらはらさせられる。
それに、人を食らう趣味なんて無い。
だから、これは取引だ。

「追い出さないでくれるなら、僕が守ってあげるよ」

僕が、他の鬼なんて返り討ちにしてあげる。
厄災から君を守ってあげる。

「さぁ、どうする?」
「・・・・・・そんな話聞いたこともないです・・・・・・」
「双方の実害と利益を考慮した最善策だよ。それで?君の答えは?」
「お断りした場合は・・・・・・?」
「残念だけど咬み殺さざるを得ないね。でも正当防衛だから罪にはならない」
「・・・・・・虫がいいのはどっちですか・・・・・・」
「はい。あと5秒。4。3。2。1」

うぅぅ・・・・・・、と低く泣き声を漏らした。

「・・・・・・鬼さん、よろしくお願いします」
「了解」

掴んでいた腕を放し、代わりに背中に回して抱き寄せた。
抱きしめた体は暖かくて。
鬼は寒さからようやく解放された。









ヒバピン義兄妹パロ、節分編でした。

義兄妹になるとヒバリさんがいつも以上にやりたい放題になる傾向があります。

ピンが好き過ぎるんですね。わかります。

自重せずにもっとやれ!

2011/02/02





※こちらの背景は NEO-HIMEISM/雪姫 様 よりお借りしています。




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