「君は僕の特別だから。絶対に、死んでも抱かないよ」
言われたのは、もう随分と昔のことだったと思う。
だとしたら、今行われているこの行為は何なのだろう。
問うたのも、随分と前のことだ。
『単純明快な基準を敷いているだけ』
ヒバリさんは答えた。
単純明快?
私は単語の意味を間違えて覚えてしまったのかと思って辞書を引き直してしまった。
(どこも解りやすくなんてない・・・・・・)
曲解に曲解を重ねたような複雑さだ。
愛撫によって呼び起こされる快楽をやりこめながら私は思う。
「随分と余裕そうだね?」
むき出しの乳房に舌が這う。
ひんやりとした空気に晒される中、ヒバリさんの触れる一点だけはねっとりと熱い。
快楽の波が私の意志とは無関係に押し寄せる。
余裕?
そんなもの、とっくの昔に無くしている。
余裕そうに見えるなら、それは体に叩き込まれた経験が快楽の享受を拒否しようとしているからだろう。
だって、ヒバリさんはしてくれない。
どんなに求めたって。
どんなに懇願したって。
私の求める快楽を与えてくれない。
解っているから期待を排除する。
正常な精神の反応だろう。
だというのに、ヒバリさんは私の身体を触る。
嬉々として私の身体をまさぐってくる。
「そうやって、触れるくせに・・・・・・っ、ん」
決して一線は越えないんだから質が悪い。
与えるつもりがないなら、期待など植え付けないで欲しい。
「・・・・・・今の顔、いいね。そそるよ」
「変っ・・・・・・た、い・・・・・・っ!!」
抗えずに硬さを有した頂きを唇で甘噛み。
焦らすばかりの緩やかな刺激。
全身がむずむずする。
身体を貫かんとする激しさが欲しいのに、ふんわりとした真綿に包まれているかのような刺激しかくれない。
「物足りない?」
「あ、たりまえ、ですっ!」
「わぉ。随分はっきり言うようになったね」
生殺しのような愛撫を繰り返されれば、臆面もなく言えるようにもなると言うもの。
言ったところで私の欲するモノなんて、くれやしないんだろうけど。
「私がシて欲しいって、解ってるくせに・・・・・・っ!」
求めて。
求めて。
求めて止まないことを、ヒバリさんは知っている。
知っていて、応えない。
応えないと答えた。
代わりに、先端を少しだけ強く吸う。
「っ!?」
柔らかな愛撫ばかりを繰り返された身体は、たったそれだけでも跳ねた。
もっと欲しいと思った矢先、熱源は離れていく。
唾液で濡れた先端が冷気で冷やされ、小さく震えた。
「・・・・・・ゃ・・・・・・っ」
懇願の色を込めた音が喉から漏れ出る。
いわゆる『もの欲しそうな声』というのはこんな声なのだろう。
もっとも、それらを駆使したところで、ヒバリさんの意志は変えられないのだろうが。
「・・・・・・その声、すごくいいね・・・・・・」
胸元に寄せられていた頭が離れ、荒く息する私を見下ろす。
今の今まで私の身体を這っていた紅い舌が、ヒバリさんの唇を舐めた。
ヌラリと光る色は淫猥に見えた。
恍惚とした表情でヒバリさんは言葉を漏らす。
「興奮する」
それは、まさに言葉通りで。
ヒバリさんの雄が猛々しく反り勃っているのも目に付いた。
「興奮するなら、抱いて下さいよ・・・・・・っ!」
「それは、イヤ」
「ヒバリさんのっ、バカぁっ!」
どうにもならない欲情を、下唇を噛むことでどうにかやりこめる。
ついでに、握りしめた手で反撃を試みるが、振り降ろす途中で手首を捕まれた。
反射的にもう一方の拳を仕掛けてしまったが、結果は同じ。
ホールドされる勢いそのまま押し倒され、手首は顔の横で床に縫いつけられる。
「君も諦めが悪いよね」
「ヒバリさんは性格が悪いです!」
「こんなに優しく愛して上げてるのに、性格悪いだなんて心外だよ」
壊れモノを扱う優しさで鎖骨に触れる。
両手は塞がっているから、触れたのは唇だ。
キツく吸い上げるでもなく、ただただ触れるだけの生ぬるい口づけ。
「ね?君の身体に傷一つつけてやしないだろう?」
熱い吐息が鎖骨に掛かる。
肌に触れさせたまま、唇は首筋を這い上がった。
背中がぞわぞわする。
歯がゆい感覚に身を捩った。
「辛い?」
辛いに決まっている。
さっきからずっとそう訴えている。
さっきだけじゃない。
今までもずっとだ。
解っているのだから聞かないで欲しい。
応えるつもりがないのだから、聞かないで欲しい。
「キスマークの一つでも付ければいいのに!」
「バカ言わないでよ」
なんで僕が君を傷つけなくちゃならないんだい?
耳元で低く囁く。
「僕はこの身体に傷なんて絶対に付けないよ」
それに、とヒバリさんは続ける。
「優しくされた方が、君は感じるだろう?」
「っ!?」
「たまらなくなって、どうしようもなくなって、僕を求めずにはいられなくなるだろう?」
「変態っ!本当にヒバリさんは変態ですっっ!!」
縫いつけられた腕を跳ね上げようと力を込めるけれど、どうあってもヒバリさんに有利な体制。
それでなくとも男女の体格差。
わずかも緩まない。
「焦らせば焦らすほど、君は僕に敏感になっていく。ほんの僅かな刺激すらも逃すまいと、僕を求める。それって、たまらなく興奮する」
「・・・・・・ヒバリさんは性格も悪いけど、もっと悪いのは性癖ですね・・・・・・っ!」
「君だって興奮してるんだからお互い様だろ」
「だから私はシて欲しいって言ってるんです!意地悪してるのはヒバリさんです」
「それでも僕のことが好きなのは君じゃないか」
「ヒバリさんなんて嫌いです!だいっ嫌い!」
縫いつけられていた一方の拘束が緩む。
代わりにヒバリさんの口元まで引き寄せられて、指の付け根にやはり優しいだけの口付け。
「嘘ばっかり」
「嘘じゃないです!酷いことばっかりするヒバリさんのことなんて大っ嫌いです!」
「僕がこういう人間だって、君は解ってただろう?君とこうして触れ合うのは一度や二度じゃないんだから。
何十回も、何百回も、こうやって君を愛してきたんだから。僕が絶対に君を抱かないことは、君が身に染みて解っているだろう?」
「そ・・・・・・れは・・・・・・」
「それでも君は僕を家に入れた」
「入れなかったら無理矢理にでも入ってくるくせに!」
「だからそもそも君は玄関を開けるべきじゃなかった」
気付いた時には、もう一方の拘束も解かれていた。
なのに、私は動けない。
「君だって、本当は期待していたんだろう?」
僕に。
この僕に。
死ぬほど甘く愛されることを。
「ちが・・・・・・っ!」
「違わないさ」
唇が合わさる。
舌が絡まることもない、ただの、本当にただそれだけのキス。
「君と僕は同種だ。認めなよ」
認めない。
認めたくない。
──でも。
間違いなく、私の身体はそれだけで興奮を覚えている。
子供だましの、今日日幼稚園生でもしたことがあるようなキスだというのに。
「嫌い・・・・・・っ!ヒバリさんなんて大っ嫌い・・・・・・っ!!」
「うん。知ってる。僕のことが大好きだって、知ってる」
「私の話聞いてくれないところも、私のお願い全然聞いてくれない所も、全部全部嫌いですっ!」
「君が欲しいものは全部上げるよ」
ただし、と付け加える。
ヒバリさんは私の膝を割り足を開かせ陰部に手を伸ばす。
ひたり、熱い指先が触れる。
「っ!」と、初めての感覚に息を呑む。
「・・・・・・ここが、境界」
時間にすれば、ほんの一秒かそこらだったに違いない。
初めて感じた熱はあっという間に去っていく。
ともすれば本当に触れたのかどうかも分からなくなる位の一瞬の出来事。
「ソコから先に、僕は行かない。そのルールだけは破るつもりは無いけどね」
やっぱり、ヒバリさんは私が一番欲しいものを与えるつもりはないらしい。
それでもヒバリさんを嫌いになれないことが悔しくて。
私はヒバリさんの首筋に、思いっきり歯を立ててやった。
不可侵領域
どこまでも生ぬるくイーピンを愛することに
快感を覚えてしまったヒバリさんのお話でした。
嫌がるピンを無理矢理抱くよりもよっぽど悪質で変態的だと思う。
2012/03/30
※こちらの背景は
NEO-HIMEISM/雪姫 様
よりお借りしています。