『君に僕は必要ない』

ヒバリさんはそう言った。
聞き間違いなどではなく、確かにそう言った。
私にヒバリさんが必要ない?
確かにそうかもしれない。
ヒバリさんが居なくとも、私はきっと生きて行かれるだろう。
私は自分の二本の足で立って。
自身で心臓を動かして。
自らの意志を貫いて。
そうやって、生きているのだから。

でも、それは。

「なら」

優しさすらはらませた拒絶の言葉を脳内で反芻しながら、私は問いかける。

「ヒバリさんには、私は必要ですか?」

無視して立ち去ることも出来ただろうに、ヒバリさんはそうしなかった。
私に向き直り、まっすぐに私を見据え、迷うことなく言い放つ。

「必要ないね」
「そう言ってくれると、思いました」

私にヒバリさんが必要ないのと同じように。
ヒバリさんにも、私は必要ない。
それは分かりきっていた答え。
想像通りの、模範解答。

「・・・・・・なんで笑ってるの?」

ヒバリさんがいぶかしむ。
普通、これだけきっぱりと言われたら少しくらいは落胆の色を滲ませるだろう。
しかし、私の顔には笑みすら浮かんでいた。

「多分、ヒバリさんは私と同じことを考えているんだろうなって思ったから」
「同じこと?」
「えぇ」
「何それ」
「秘密です」
「あ、そ」

問いつめてまで聞き出す気はないらしい。
私が簡単に口を割らないことを知っているからだ。
クルリ、踵を返して歩き出す。

「ヒバリさん!」
「・・・・・・まだ何か用?」
「だから、これから召集があるって言ってるじゃないですか!逃げようったってそうは行きませんよ!」

その場を去ろうとするヒバリさんの腕を取る。

「イヤだ、面倒くさい」
「ダメです!ヒバリさんだっていい大人なんだから、お勤めくらい果たさなきゃですよ」
「いいんだよ僕は。元々、好きにやっていいって条件でここにいるんだし。沢田だって僕を頭数に入れてない」

頭数に入れていなくったって、本来出席すべきなことには変わりない。
自由奔放で唯我独尊なヒバリさん相手だから、皆『あいつなら仕方ない』といって許してしまっているが、それでは組織として成り立たない。
やるべきことはきっちりやってもらわなくては。

「そうやって沢田さんの優しさに付け込まないで下さい!沢田さんが飲んでる胃薬の量が日に日に増えてるの、絶対にヒバリさんのせいですよ。そのうち胃に穴開いて倒れちゃったらどうするんですか」
「あぁ・・・・・・、それは困るね」
「でしょう?」
「倒れる前に咬み殺しておかないと」

ニタリ、口角を持ち上げてとんでもないことを言ってのける。
冗談めかした声色ならばともかく、この人のは本気のそれだ。
本当にやりかねない。
雲雀恭弥という男は、そう言う人間だ。

「ヒバリさん!」

冗談では済まされない発言に、私は声をことさら大にして叱責。
ヒバリさんの上がった口角はストンと落とされ、つまらなそうな目をこちらに向け、溜息混じりの声を吐く。

「・・・・・・冗談だよ」
「嘘です!今、目が本気でした。確実に沢田さんの息の根を止めようとする殺戮者の目をしてました」
「そうして欲しいというなら、君のリクエストに応えてもいいよ」
「ヒバリさんっ!!」
「だから冗談だって」

とうとう観念したのか、ヒバリさんは一つ嘆息した後、会合が行われる部屋の方へ足を動かし始めた。
私も、ヒバリさんの半歩後ろを付いて歩く。
召集自体はボンゴレファミリー幹部たる守護者のみしか参加できないから、付いていく必要は本来無い。
けれど、何時どのようなタイミングで機嫌を損ねて席を外すかわからないヒバリさんのため、私はこういった召集の際、必ず扉前待機している。
不審者を門前払いするボディーガードも兼任だ。

「アレは・・・・・・」

廊下を曲がり、突き当たりに会合用の部屋が目に入った時、ヒバリさんが不意に口を開く。

「アレは、君に必要?」

アレ、というのが何のことなのかを察するのに僅かに時間が掛かった。
これは先ほどの会話の続き?
ということは、沢田さんのことだろう。
敢えて詳細は確認せずに、私は肯定の意を示す。

「えぇ」
「なら、アレにはもう少し生きていてもらわないと困る」
「・・・・・・どうしてですか?」

問うことは、卑怯だろうか。
私は私の中にある答えを口にしないと堅く心に決めているのに、人には問うだなんて。

「答える義務がある?」
「まぁ・・・・・・無いでしょうね」
「じゃ、そういうことだね」

つまりは回答拒否ってことなのだろう。
私も答えなかったのだから、これ以上問いつめたりは出来ない。
そもそも、私自身が答えを聞きたかったどうかも懐疑的だ。

「ねぇ、ヒバリさん」
「ん」

ただ、聞くまでもなく私は答えを知っているように思った。
ヒバリさんの答えは、私のモノと同じだと。
そんな風に思った。

「選ぶ余地なんて無い。あるがままを享受する以外に道は無い。必要とは、そう言うことだと思うんです」

だとするならば。

「迷い、悩み、選び抜いた不必要なモノは、どれだけ尊いモノなのかなって」

必要無くても隣に居られることは、どれだけ幸せなことだろう。

「なら、捨てられないように精々頑張ることだね」

ヒバリさんは振り返ることもなく扉に手を掛けた。
押し開いたその先には、優しく微笑む、私が必要とする人の姿。
すべてを察したかのような表情を浮かべている。
彼の中に眠る超直感の成せる技だ。

「ハイ。お互いに」
「僕が捨てられる?冗談じゃない」
「あら?それはどうかわかりませんよ。だって貴方は私にとって『必要無い』んですもの」





私に貴方は必要無い








世界を彩るのは、何時だって要らないモノたち。

2012/11/19




※こちらの背景は RAINBOW/椿 春吉 様 よりお借りしています。




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