自分を取り巻く、これまでに感じたことも無いほどの浮遊感。
遠くに見えていた地面がすぐそこまで迫っている。
「きゃぁぁぁぁぁっっ─────!!!」
自分であげた悲鳴が、途中で途切れるのを自覚した。
下から巻きあがる風圧で息が詰まる。
恐怖とパニックで思考が停止する。
気絶というものはこういうものなんだな、とどこか冷静に判断する自分がいた。
それこそまさに現実逃避というものだったのだろう。
「っ、と」
まるでわずかな段差から飛び降りたかのような体でヒバリさんが着地する。
同時に取り巻いていた浮遊感は消え去ったが、着地の衝撃で内蔵が悲鳴を上げた。
幸か不幸か、胃の中が空っぽだったせいであがってきたのは胃液だけだった。
「ぁ、かはっ・・・・・・っ!!」
「悠長に吐いてる暇なんか無いよ」
息つく暇も与えて貰えず、私は抱き抱えられたまま見慣れた庭を駆け抜ける。
止まらないえづきには目もくれない。
走りやすいようにだろうか。
げほげほ言う私をヒバリさんは抱え直した。
それによって、先に投げ出されたキャリーケースが目に留まる。
私たちが着地したところよりも外れたところに投げ出されていた。
「・・・・・・!?に、荷物!!」
とっさに、それだけを叫ぶ。
「この後に及んで往生際が悪い」
舌打ち一つで方向を変え、走りながらキャリーケースをひっつかんだ。
すると、すぐ後ろで再び発砲音。
「ほら、君が余計なこと言うから」
「そ、んなこと、言ったって!」
だってその中には大切なものが沢山詰まっているんだもの。
そう簡単に諦められない。
「ま、これくらいのアクシデントは予想済みだけど」
「え?」
「喋ってると舌噛むよ」
ヒバリさんは更に走る速度を上げた。
私たちを狙う恐ろしい音が何度も響く。
何発かはすぐ耳元で聞こえた気もして恐怖に狩られる。
現状を把握しようと、後ろを振り返ることすら出来そうに無かった。
ヒバリさんは何度かもどかしそうに視線を後ろにやっていたが、私と荷物とで両手がふさがっている今反撃の余地など無い。
「僕の前で群れるなんて、いい度胸してるよね全く」
何故だか分からないけれど、ヒバリさんは嬉しそうに言う。
この状況でどうしてそんな表情をしていられるのだろう。
私には理解できない。
絶望的と言っても過言ではない状況のはずなのに、訳が分からない。
その理由を問いただそうと口を開き掛けると。
「あ、行き過ぎた」
「ひゃぁっ!?」
突然の方向転換に、舌を噛みそうになった。
「この家広すぎ」
悪態吐くヒバリさん。
私に言われたって、そんなの知らない。
私がこの家を建てたわけじゃないもの。
大体、ヒバリさんはどこに向かってるんだろう?
行き過ぎたというからにはどこかしらに目的地があるのだろうけど・・・・・・・・・。
私が言うのも何だけど、この家の敷地は広い。
バカみたいに広い。
敷地内にはいくつもの邸宅が立ち並んでいて、それだけで一つの町並みを形成できるほどだ。
どれもが部下たちの居住用としてあてがわれているものだと聞いている。
居住スペースの他にも訓練施設や簡単なマーケットもある。
何だったらこの敷地内だけで生活が成り立ってしまうほどだ。
敷地の大外をぐるり取り囲む塀は数キロにも渡ると言われている。
塀の中と外を結ぶ門は総計6つ。
どれも同じような造りで正門が設けられているわけではない。
門番は交代制で常時2人が駐在。
私も外に出る度にそこを通るので、すっかり顔を覚えている。
もっとも、門番と言っても厳つい顔した人たちが睨みを利かせるようなそんなものではない。
座っているのはおっとり顔の優しい顔したおじいさんだ。
厳重なセキュリティーチェックが敷かれているのかと言えば、そんなこともなく。
形ばかりのもので、実際は殆どノーチェックで誰でも内部に侵入できる造りである。
はっきり言って本当に必要なのかと疑問に思っていた。
今日までは。
「死にたくなければ頭下げてなよ?」
「っ!?」
小さな声でヒバリさんが耳打つ。
その返事を返す間もなく、私は荷物と一緒に車の後部座席に放り込まれた。
さながら誘拐される子供のような扱いだ。
ヒバリさんは叩きつけるような勢いでドアを閉め、自身は運転席に滑り込む。
エンジンを掛けるやいなや、急発進、急加速。
座席に押しつけられた!と感じたのもつかの間。
カーブにさしかかる度、右に左に体を打ちつける羽目に。
「何でこんな運転が乱暴なんですかっ!?」
思わず運転席と助手席の間から身を乗り出して訴える。
チラとヒバリさんはバックミラーを見やり、「バカ」と言うが早いか手が出るのが早いか、片手で私を床に叩きつけた。
なんてことをしてくれるのだろう!
文句の一つも言ってやろうと頭を押さえつけている手を渾身の力で払いのけようともがく。
だが、ヒバリさんの力はわずかも緩まなかった。
「死にたくなければ頭下げてろ。脳漿ぶちまけて死にたいなら今すぐここから飛び降りて死ね」
「・・・・・・なっ!?」
至極冷たい響きで言い放つ。
何で私がそんなこと言われなくちゃならないのだ!
振り回されているのは私の方だというのに!!
車外ではなおも銃声が響いている。
先ほどよりも音が頻回になったように思う。
比例して、車は一層加速する。
ハンドルも小刻みに切られる。
カーブを曲がる時にはけたたましいブレーキ音。
時折パシンと嫌な音がする。
押さえつけられたままの姿勢から視線だけ動かせば、窓に銃弾がめり込んでいるのが見えた。
特殊なガラスがはめ込まれているのか、周囲にヒビが入るでもなく、めり込んでいた。
ようやくはっきりと捕らえた銃弾に、身震いする。
使われているのは実銃なのだ。
先ほどからパンパン打ち鳴らされているのも火薬の空打ちなどではないのだ。
「な・・・・・・、なんでみんなこんな平然と拳銃なんか使ってるんです!?町中で使うなんてどう考えてもおかしいじゃ・・・・・・」
「町中?」
ヒバリさんが怪訝そうな声を上げる。
「君、勘違いしてない?どんなに広かろうと、どんなに普通に生活している人がいようと、ここは君のところの敷地内なんだよ」
え?それがなんだというの?
「まだ分からない?」
押さえつけていた手を僅かに緩める。
緩められた分だけ、そおっと頭を持ち上げる。
見慣れた門が遠くに見えた。
その左右に長く広がるのは敷地を取り囲む長ったらしい塀。
「あそこから内側は、家庭内で起きた事象と見なされる。警察も介入出来ない何でもありの治外法権ってことだよ」
そうだったのか。
あの無意味に広がっているように思っていたあの塀は、外と中とを明確に隔絶するための、そのためのラインだったのか。
「じゃ、じゃぁ!あの外にさえ出ればこんな怖い目に遭わなくていいんですね!?」
「無事に出してくれれば、だけどね」
「・・・・・・え?」
「さて、最後のカーチェイスといこうか」
ヒバリさんは、やはり面白いゲームを目の前にした時のように笑った。
門まで残り100メートル。
ぎりぎりいっぱいに踏み込んだブレーキによって車体はスピン。
二転三転。
続けざま、アクセル全開。
(えっ!?そっちは───!)
180度方向転換した車を迷わず前進させた。
つまり。
そう。
散々ぱら銃弾をぶち込んできてくれた皆々様の元に全力疾走。
そういうことになる。
マイ・ボディーガード
#3 アクセル
ヒバピンボディーガードパロの続きです。
うーん。
これ、どうなるんだろう・・・・・・。
自分でも謎・・・・・・。
しばらくは甘くないヒバピンガ続きそうです。
とかいって、うちのヒバピンは大抵甘くなかったorz
2012/02/03
※こちらの背景は
NEO-HIMEISM/雪姫 様
よりお借りしています。