「準備できた?」
「ま、まだです!」
「・・・・・・とろい」
「そんなこと・・・・・・言われたって・・・・・・」
「口を動かす暇があったらさっさと荷物まとめてよ。僕を待たせるなんて、君、何様のつもり?」

義兄にヒバリさんを紹介されてからまだ1時間も経っていない。
だと言うのにこの不躾な態度は何だろう。
年上だからといって許されるものじゃない。

「そんなにすぐに引っ越しの準備が出来る訳がないじゃないですか!」

いきなり出会って。
開口一番が「お互いの利潤のため」とか何とか言って。
その後に続いたのは

『この屋敷離れるからさっさと準備して。君が18になるまでは戻る機会もないだろうからそのつもりで』

の一言。
傍若無人にもほどがある。
義兄は何を思ってこんな人を私のボディーガードにつけるのかしら?
私が信頼していいただ一人がこんな人間だなんて、あんまりだわ。

「僕に言わせて貰えば、なんでこんなにモノで溢れているのか聞きたいね。何?この変なぬいぐるみ。猫だか豚だかわかりゃしない、なにより・・・・・・」
「それは犬です!」

まるで汚いものでも摘むかのように持ち上げたぬいぐるみを奪取する。

「おじさまに貰った大切なモノなんだから触らないで下さい!」
「・・・・・・まぁ、いいけど」

何か言いたげにしていたが、私がそっぽを向いたらヒバリさんは黙った。

「どっちにしても、荷物はそのキャリーケース一つに納めてよね」
「たったこれだけ!?」

言われたキャリーは既にお気に入りの人形やらドレスやらでいっぱいになりつつある。
まだ普段着は全然入れていないし、持っていきたいモノは沢山あるのに。

「だって、それ以上は運べないでしょ?」
「え?」
「運ぶのは君なんだから、そんないくつも持てないでしょ?」
「・・・・・・・・・手伝ってくれないんですか?」
「僕は君のお手伝いでも、執事でもないんでね。手伝う義理はない」
「ケチっ!」
「何とでも」

そうとなれば荷物をもっと厳選しなければいけなくなる。
最悪、普段着は新調したらいい。
これまでの貰いモノとか、そういうのを中心に詰め込んで・・・・・・。
あ、しばらくみんなに逢えないのならアルバムは持っていきたいな。
きっと寂しくなるに決まってるもの。
何年か前に両親と撮ったモノも入っている。
3人で撮ったのは、私の小学校入学の時が最後だった。
こんなことならもっと写真を撮っておけば良かった。
今更思っても、もう遅いのだけれど。
二度と逢えないと言うことは、こうして並ぶことも出来ないと言うこと。
ようやく、両親を失った寂しさを心が感じ始めていた。

あぁ、そうだ。
この真っ赤なチャイナドレスは両親がくれたものだ。
昔、母様が着ていたのを仕立屋が手直しして子供サイズにしてくれた。
『よく似合うよ』と笑ってくれた両親が、私に笑い掛けてくれることも無いのか。

じわり。
目頭が熱くなるのを感じた。
義兄に聞かされた直後は大丈夫だったのに、時間が経つごとに感情がこみ上げる。
きっとあの瞬間、心が壊れないように本能が感情のスイッチを切っていたに違いない。
本来の私に戻るにつれ、感情も戻ってきたのだろう。
記憶の中の両親を懸命に脳内に描き出し、それが鮮明になればなるほど悲しみが増していく。

「手、止まってる」

手伝う素振りを微塵も見せないくせに、ヒバリさんは私の動きを細かくチェックしているようだ。
彼は私に悲しみに暮れる時間を寄越す気がないらしい。
こんな時くらい。
こんな時だからこそ。

(優しくしてくれたっていいのに・・・・・・)

「わ・・・・・・わかってますっ!!」

零ぼれそうになる涙を手の甲で拭って、キャリーケースから溢れ出す荷物を無理矢理押し込める。
一つ一つを見聞していたら、それこそ心が持たない気がして目に付いたモノをしっちゃかめっちゃか投げ込んだ。
整理は移動が落ち着いてからすればいい。
そのころにはきっと、もう少し心も落ち着いているはずだから。
今は思い出を持ち出すことだけに専念する。
全体重をかけて蓋を閉じ、バチンバチンとロックを掛けた。
まるで思い出に蓋をしたかのように錯覚したが、あながち間違いでは無かったと思う。

「出来ました」
「OK。じゃぁ行こうか」
「ぁっ!?」

ヒバリさんは、ひょいと私の手からキャリーケースを奪って歩き出す。
私の荷物を運ぶ気なんて無いと言ったのはヒバリさん自身なのに。
歩幅が違うから、ヒバリさんはもう部屋の外。
私も慌ててその背中を追った。

「それ!私の荷物です!」
「知ってる」
「運んでくれないって言ったのは貴方です」
「そう言わないと馬鹿みたいに荷物が多くなるでしょ」
「・・・・・・」

なんだ。
初めからそのつもりだったんじゃない。
そうならそうと言ってくれたら良かったのに。

「あの、だったらもう一個だけぬいぐるみを・・・・・・」

いつも抱き枕にしていたお気に入りのモノがあるのだ。
キャリーケースをヒバリさんが持ってくれるなら是非とも持っていきたいところなのだが・・・・・・。

「却下」
「ぶぅ!」

冷たい一言で打ち捨てられる。
何よケチ!
もう一個くらいいいじゃない!
大体、この人目つきも悪いし態度も悪いったら無いわ。
ついでに口も悪いし全然優しくない!

「文句なら、僕に言うのは筋違いだよ」
「ふぇっ!?」

突然、体が宙に浮いた。
ヒバリさんに抱き上げられたのだ。
腰のところに腕を回し、脇に抱える。
お姫様抱っこ、だなんて可愛げあるものじゃない。
まるで荷物を抱えるような持ち方。
何これ!?
冗談じゃないわ!
と、文句を垂れるよりも早く。

──パンっ

乾いた音が響いた直後、背後の窓ガラスが粉微塵に砕け散った。

「なっ!?なっ!?」
「思ったより動きが早かったね」

一体何のこと?
何がどうなっているの!?
そうこうしているうちに2発目、3発目が響く。
廊下の向こう側から沢山の荒々しい足音も聞こえてきた。

「ひばっ!ひばりさん!?これは・・・・・・っ!?」
「文句は──」

突然の銃声に半ばパニックに陥る私をさして気にもせず、ヒバリさんは手にしたキャリーバックを勢いつけて振りかぶり、窓の外に投げ出す。
打ち込まれた銃弾によりひびの入ったガラスに、さらに大きな穴を開けた。
続けて、割れた窓枠に足を掛け身を乗り出す。
ヒュォッ、と吹き上がる風。
眼下に広がる見慣れた庭。
そんな場所に、宙ぶらりんな、私。

え?嘘?

だって、ここ・・・・・・・・・5階、よ・・・・・・?

まさか・・・・・・・・・。

冗談、ですよね・・・・・・?

漫画じゃあるまいし・・・・・・。

そんな・・・・・・こと・・・・・・・・・。

「──自分の運命に言うんだね」
「ぃゃあぁぁぁぁぁぁああぁぁぁっっっ!?!?」

体を取り巻く浮遊感に乗せ、私の叫び声が響いた。





マイ・ボディーガード 
 #2 ダイブ









ヒバピンボディーガードパロの続きです。

時系列的には#0の続きになりますね。

今回はヒバリもイーピンも出てきて一安心。

これで「この話はヒバピン話です」って声を大にして言える!

・・・・・・・・・とか言いつつ、次回はまたヒバリとツナの過去回想になるかな・・・・・・・・・?

2012/01/17




※こちらの背景は NEO-HIMEISM/雪姫 様 よりお借りしています。




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