その日は、確かソファーに寝転がっていた。
というよりも、大抵の場合そこに寝転がっている方が多かった。
うつらうつらした意識の中で、ドアの向こうから聞こえる足音に目を覚ます。
奇妙だった。
足音の主はわざと足音を立てているかのような、そんな歩き方をしているように聞こえたからだ。
体は起きあがらせず、首だけドアの方に向けた。
これだけ堂々と正面切ってやってきた相手が僕の寝首を掻こうはすまい。
よほどの自信家か、そうでなければただのバカかただの間抜けだ。
足音の主は扉の向こうで足を止めた。
一呼吸の後。
──コンコン
律儀にノックまでしてきた。
何のつもりかは知らないがこれまでにここを訪れた連中とは少し違うようだった。
僕は敢えて何も応えない。
特別息を押し殺したりもせず、相手の出方を見ることにした。
わざわざこんなところまでやってきたのだ。
まさか新聞の勧誘という訳でもなし、返事がない程度で引き下がったりはしないだろう。
「入りますよ」
若い男の声だった。
錆び付いたドアノブがギギッと音を立てて回される。
「・・・・・・え?あれ?」
すっかり立て付けの悪くなったドアはそう簡単に開いてはくれない。
押せども引けどもドアは動く気配を見せなかった。
「ちょっ!?ちょっと!いるんでしょ!?開けてくださいよ!」
ドンドンドアを殴りつけながら男が訴える。
「雲雀さーん!?雲雀恭弥さーん!?居るのは分かっているんでここ開けてくださーい!!すみませーん!もしもーし!!」
ドアが開かないという予想外の展開に、男の声に焦りが混じる始める。
仕方がないから僕はソファーから降り、扉の前に立った。
ドアノブの下、床上20センチ位のところを扉を壊さない絶妙の力加減で蹴りつける。
これがこの扉の正しい開け方である。
ギシギシにはまりこんでいた扉がすっぽりと向こう側に開かれる。
・・・・・・となれば当然。
「っぶ!?!?」
扉の向こうに立っていたであろう男に、見事直撃した。
顔面で受けたのか、額を押さえてうずくまっている。
なるほど。
この男はバカで間抜けで間が悪い男のようだ。
「人の家の前で何してるわけ?」
「突然開けないでくださいよぉ・・・・・・」
「開けろと言ったのは君の方」
「や・・・・・・そうなんですけど、勢いというかもうちょっと優しく開けて貰いたかったなぁ、と・・・・・・」
「用がないなら帰って」
「用も無しにこんなところまで来ませんって」
うずくまっていた男が立ち上がる。
あまり身長は高くない。
体つきも細身で、どちらかと言えば中性的であると思える顔立ち。
やや幼い顔立ちをしており、年齢は読み取りにくいが多分僕よりも少し下といったところだろう。
若干くたびれたスーツに身を纏っている。
一見するとその辺にダース単位で転がっていそうな冴えない男のようにも見えた。
(もっとも、ただの冴えない男がこんなところにまで来られるわけがないけれど)
「用件は?」
扉横の壁に背中を預け、腕を組んでその男を見下ろす。
男は「いやいや」と手を顔の前で振って応えた。
「そんな大したアレじゃないんです。俺は貴方に依頼を頼みに来たわけじゃないんで」
「へぇ」
依頼でもなく、こんなところまで来たというのか。
これまでにこの場所を訪れたことがあるのは2種類の人間だけだ。
僕に殺しの依頼をしに来た者と。
僕を殺しに来た者。
なるほど。
この男、抜けているように見せかけて油断でも誘うつもりか?
いいだろう。
そのつもりであるならこちらもきっちり相手して貰おうじゃないか。
仕込みトンファーの柄を握り込む。
「あっ!だからって別に貴方を殺しに来たとかでもないんですよ!?」
突如向けられた殺気を敏感に感じ取ったのだろうか?
男は慌てて否定の言葉を追加した。
「ちょっと、とある噂を耳にしたので・・・・・・」
「ふぅん。どんな?」
これまでも、どこぞが流した嘘の情報をまんまと信じる馬鹿は腐るほど居た。
やれ、桜が大の苦手である、だとか。
やれ、小動物が大好きで手が出せない、だとか。
やれ、実は女である、だとか。
なぜ信じたのか逆に問い正したいくらいのデマ情報を律儀に信じてやってきた。
そいつらは例外無く同じ末路を辿っている。
つまり今回もそういう類か。
何ともつまらない。
漏れ出た欠伸を噛み殺す。
会話の途中に欠伸を挟まれたことを気にする様子もなく男は意味ありげな視線をこちらに投げて寄越す。
真正面から瞳を覗き込み。
その奥に秘めた真意を暴くかのような眼光。
決して鋭いわけではないのに、どうしてか目が離せない。
「こんな結論に至ったのは、俺の直感なんですけど・・・・・・」
「最強を誇る殺し屋・雲雀恭弥は退屈している」
「・・・・・・・・・違いますか?」
「・・・・・・君、何者?」
「あぁ、まだ名乗っていませんでしたね」
男は襟に手を忍ばせ、首もとから細いチェーンを引き出した。
その先端には一つのリングが通されている。
男はソレごと放った。
反射的に受け取ったそれに目を落とせば、そこに刻まれていたのは見覚えのある家紋。
世界でも有数のマフィアファミリーのものだったはずだ。
「俺はそこの第二後継者で沢田綱吉といいます」
「君みたいなのが?」
「よく言われます」
男──沢田は苦笑した。
それだけを見ればただの男だ。
しかし腐ってもあの巨大ファミリーの跡継ぎ候補。
冴えない男の皮を被っているのだとしたら、よっぽど食えない男だ。
沢田は自分のことを『第二後継者』と言った。
(そういう類の話、ね)
いつの世にもある話だ。
『目障りな第一後継者を始末して欲しい』
受けたことはなかったが、そのような輩が僕の元を訪れたことが無いわけじゃない。
ファミリーの跡継ぎ問題など僕には興味のないことで、つまらない依頼を受けなかっただけだ。
だが、強大なファミリーのソレとなれば話は違う。
脇を固める者たちもそれなりの手腕を持っているはずだ。
(久しぶりに骨のある奴らを咬み殺せるかもしれないね)
「それで、ですね」
「殺せばいいんだろ?その第一後継者とやらを」
まわりくどい説明はいらない。
殺す対象だけわかればソレでいい。
「いやいや、そんなんじゃないですよ」
言ったでしょう?俺は依頼をしに来たんじゃない、って。
沢田は顔の前で手を振る。
「俺はね、退屈している貴方に最高のゲームを提供しに来たんです」
笑ってそういう沢田の目は、確かに同職の臭いがした。
マイ・ボディーガード
#1 ゲーム
ボディーガードパロの続きです。
続きというか、過去回想ですね。
ツナと雲雀の出会いがあって、それから#0に続いていきます。
もうちょっと考えて通し番号つければ良かったと2回目にして反省中。
過去回想は後何回かありますが、次回はイーピンのいる時間軸にまで戻します。
・・・・・・・・・多分。
2012/01/16
※こちらの背景は
NEO-HIMEISM/雪姫 様
よりお借りしています。