その日は、朝から珍しいことが続いていた。

朝起きると外は白一面で覆われていて、何事かとニュースを見たら何年かぶりの積雪だという。
寒さに身を震わせながらキッチンに向かうと、いつも飲んでいる紅茶が切れていたからコーヒーを飲んだ。
毎日食べているスクランブルエッグも、今日は目玉焼きの気分だった。

なんとなく、今日はいつもとちょっと違うことが起こりそうな予感がする。
だからなのか、外に出かけたくなった。

寒いのは苦手だ。
用事がなければ、冬は家に篭っていたい。
コタツから出るのが億劫だ。

そんな風に常日頃漏らしている自分の思考とは思えない。
鏡の前に立って、思わず笑ってしまう。
たまにはこんな風に思う日があってもいいかもしれない。

折角の雪なので今年あまり着なかった厚手のコートに袖を通し出かけることにした。
どこかに用があるわけでもなく、ただぷらぷらと街を散策する。
いつもの通学路が、まるではじめて見る道のようで新鮮だった。
細い裏道をすり抜け、足は自然と公園に向かう。
まだ朝も早いというのに自分と同じように雪に誘われたのかちらほら人がいた。
マフラーに手袋の完全防備できゃっきゃきゃっきゃとはしゃぐ子供たち。
それを心配そうに、けれども楽しそうに見守る大人たち。
そのうちうずうずしだして一人、また一人と大人が子供に戻っていった。
しまいには道行く人を巻き込んでの雪合戦が始まってしまう。
少し遠巻きに眺めていたのだが、一発雪玉をぶつけられてしまったのでお返しとばかりにこちらも投げ返す。
雪玉は見事に顔面でキャッチされた。
硬くは握らなかったから、ぶつかった瞬間綺麗にパサッと砕けて形を無くす。
受け取った子は一瞬、何が起こったのか理解できなかったようでぽかんとした表情をした。
若干の痛みがある鼻先に手をあてがうと、げらげら笑い出す。
「お返しだ」って言って、また投げつけられた。
気がつけば私も雪合戦の和の中に混じっていた。

雲に隠れていた太陽が顔を覗かせ始めると今度は雪が姿を消し始める。
積雪といっても量は知れている。
後一時間もしないうちに日向の雪は全て無くなってしまうだろう。
太陽の光が、非日常を日常に戻していく。
雪が溶けはじめると子供は大人に戻っていった。
雪と一緒に人の和も少しずつ、少しずつ崩れていった。
まるで皆、ほんのひと時魔法にかかっていたかのような夢の時間だった。
ソレが夢ではなく現実だったと教えてくれる濡れたコートに身を震わせながら岐路に着く。
楽しかった。
でも寒いものは寒い。
早く帰ってお風呂に入ってあったまろう。
自然と足は小走りになる。

家に続く最後の角を曲がった時、珍しい人を見かけた。

「・・・・・ヒバリさん・・・・・?」
「・・・・・・・・・・・・」

声を掛けるが返事は無い。
人違いかとも思ったが、よくよく考えれば私がこの人を見間違えるはずがなかった。

「どうしたんですか?こんな時間に」
「・・・・・・・・・・・・」

やっぱり返事は無い。
駆け寄って腕を掴むと、それだけで服が冷え切っていることがわかる。
いつからこの人はここにいたのだろう。

「私に何か用でしたか?」
「・・・・・・・・・・・・・」

今日は特別約束をしていた記憶は無い。
第一約束なんてしていようがしていまいがこの人は自分が来たい時に勝手に来るのだ。
ただ、今日は少しだけ様子がおかしくって。

「ヒバリさん・・・・・?」
「・・・・・・・・・・・・・」
「とにかく外じゃなんですから、家に入りましょう?」

腕を引いて家に導く。
何があったかは知らないけれど、外で寒気に曝され続ける理由もない。
話なら温かいところでの方が話しやすいだろう。
そう思った。
だが。

「・・・・・・・・ピン・・・・・」
「・・・・・・え?」

冷たい身体を背中に感じた。
肩口に顔を埋めるようにして
彼の腕が、私の体を拘束する。

「・・・・ヒバリ・・・・・さん・・・・?」
「・・・・・・・3分でいい・・・・・」
「・・・・・・・・・・」
「3分でいいから、今だけはこうさせて・・・・・・・」

そう言った声は、少しだけ震えていた気もする。
私を抱く手は、まるで壊れ物を扱うようにおどおどしい。
どうしたのだろう。
彼は、泣いているのだろうか。
埋めた顔を私は見ることが出来ない。
気にはなる。
だけれどもどうしてだか、あえて聞こうとも思わなかった。
代わりにそっと彼の手に自分の手を重ねる。

「・・・・・雪が溶けるまで、待ちますよ」
「・・・・・・・そんなにはいらないよ・・・・・・・・」

雪が溶けて、雫となり、ぽたりぽたりと滴り落ちる。
一滴、二滴、と私のコートを濡らしていく。
今日はきっと、そういう日なんだ。
深くは考えない。
たまには、こんな日があってもいいだろう。
私は黙って彼の雪が溶けきるのを待った。
頭上には太陽があって、その光は僅かに残った雪に反射してきらきらと光る。
それは、綺麗で。
まるで、見たこともないような街並みを映し出していた。





魔法がとけるまで




もう少しで魔法が解けてしまう。
だけど
今はこのまま
あと少しだけ
魔法を溶かないで。
いつか融ける儚いものなら
あと少しだけ・・・・・・・・









へたれヒバリ。趣味丸出しで恥ずかしい。

好きですこう言うの。

片方が弱ってるのは大好物です。

位置的には『約束に理由は要らない』のヒバリ版って感じ。

2010/02/06





※こちらの背景は M+J/うい 様 よりお借りしています。




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