仕事の時間を縫って、久方ぶりに彼女の家に足を運んだ。
こまめにメールやら電話やらで彼女は連絡を入れてくれたが、実際に会うのは2月ぶりくらいだろうか。
逢うのが楽しみ、と浮き足立つことは無かったが、それでも平素よりかは幾分足が速くなっていることは自覚できた。
肩口の留まる黄色い生き物も、これから逢える彼女このとを楽しみにしているのか、得意の並盛中学校校歌を半音はずしたまま歌い続けている。
くちばしの下辺りを軽くくすぐってやると高い声で鳴いて肩口から離れていった。
後いくらも行かないうちに彼女の家だ。
この距離なら迷うことも無いだろうから放って置くことにする。
腕時計にちらり目を落とせば18時少し前。
この時間なら多分彼女も家にいるだろうと当たりをつけ、先ほどよりもさらに足を速めた。


□■□


ピンポーン

一度インターフォンを押すと、すぐさま中からばたばたと足音が聞こえてきた。
室内の音がこんなにも外に漏れてしまうアパートは防犯上どうなのだろう?
元殺し屋とはいえ、仮にも年頃の女が住むにはいささか無用心すぎやしないだろうか。
彼女は嫌がるかもしれないが、綱吉にでも説得させて引越しをさせたほうがいいかもしれないな。
あの男は殊、妹のイーピンのこととなれば珍しく我を通してしまうほどの、自他共に認めるシスコンだから説得役にはもってこいなのである。
などとつらつらと考えているうちに、目の前の安っぽい扉がガチャリ音を立てて

――ッガン!!

予想を2.5倍ほど上回る速度と勢いで開いた。
そしてドアの前に立っていた僕にものの見事にクリーンヒットした、というわけだ。
強かに打ちつけられたものの、どうにかその場に倒れこむことだけは回避した。
恨みがましくドア叩き付けてくれた張本人に視線を向け、――絶句する。

「・・・・・・・・・・・・・」
「あぁ!君でしたか。こんばんは」

まったく悪びれる風も無く、にっこりと穏やかに笑う男。
立っていたのは、鏡写しといって差し支えないほど自分とよく似た男だった。

「・・・・・・風・・・・・」

名前を呼ぶと「はい?」と、ゆったり返事を返される。
後ろに垂らした長い三つ編みがあわせて揺れた。

「いつ日本に?」
「昨日です」
「そう、山奥に篭っている貴方にしては珍しい」
「私だって仙人じゃありませんよ。たまには可愛い愛弟子の顔でも見ようかと思いましてね」
「・・・・・ふぅん・・・・、まぁいいけど、ピンは?」
「居ますよ。今ご飯の準備をしてくれています」

どうぞ、なんてまるで自分の家のように招き入れられた。
自分の方がよっぽどこの部屋のことを知っているのでなんともいえない歯がゆい感覚を味わうことになる。
客が客を招き入れてどうする。
中に入れば、小さな備え付けキッチンでピンが迎えてくれた。

「あれ?ヒバリさん?」
「それ以外の誰かに見える?」
「・・・・・師匠の分身・・・・・?」

真剣な顔で答えるピンと、穏やかに笑い声を上げる風。
そんな二人を前にして僕はため息をつくしかなかった。

「僕はこんな風に髪を伸ばしたことなんて無いんだけど?」
「あ、ホントですね。じゃあ本物のヒバリさんだ」

じゃあってなんだゃじゃあって。
髪伸びて三つ編みにでも結い上げた日には僕は雲雀恭弥では無く、風になるのか。
心外だ。

「ヒバリさんお仕事は?」
「あるよ。明日朝一でまたイタリアに飛ぶ。ちょっと時間ができたから顔見に来た」
「相変わらず忙しいですね」
「君ほどじゃないと思うけどね」
「あ・・・・あはははっは・・・・」

彼女が笑ってごまかしたのは数ヶ月先に控えている大学受験のことだ。
あと数ヶ月と迫っているのもかかわらず、いまだにあくせくバイトに勤しんでいると聞いている。
何でも、バイトを今やめてしまうと授業料やらその他の支払いが厳しくなるらしい。
そのくらい立て替えてやるというと申し出ても「自分で何とかします!」と片っ端から断られるため、周囲は勝手に心配を募らせる。
自立を目指すのはいいことなのだろうが、そのために最も重要な部分がおざなりになっては意味が無い。
それどころか、万一受験に失敗した場合、一体どれだけの人が心を痛めることになるだろう。

「・・・・・・ほどほどにしておきなよ」

ため息をつくように、諦めとも取れる言葉を漏らす。
誰に似たのか一度決めたらどうあっても自分の意思を曲げない彼女のことだ。
僕の説得でどうにかなるとも思わない。
だが釘を刺すことくらいはできる。

「受験失敗したら来年は容赦なく皆が支援しに来るから」
「・・・・皆私を甘やかしすぎです・・・・」
「甘やかされたくなかったら今年必ず受かることだね」
「わかってますよ!!」
「イーピンは皆から可愛がってもらっているようですね」

一歩下がったところから僕たちのやり取りを見ていた風は嬉しそうに笑った。

「これなら安心ですね」

嬉しそうな反面、少しだけ寂しそうでもあった。

(あぁ、この男もか)

直感的に僕は気がつく。
何度となく見たことのある瞳。
ピンはきっと気がつかないだろう感情を含有させた瞳。
それは遅かれ早かれやってくるのだ。
多くの人間がそれを経験し、多くの人がその目でピンを見るのを見てきた。
それが一人増えただけ。
ただそれだけ。

ただ、当人にとっては“それだけ”と割り切れるものではないのだろう。
どんなものかは、残念ながら未だ経験をしていない僕には知るすべはなかった。


□■□


「楽しみですねぇ」
「そう?」
「何せ初めてなもので」

まるで子供のように心を弾ませ、でも足取りは常と変わらずに歩く風の二歩後ろに着いて行く。
あの後、ご飯ができるまでの時間を利用して風を銭湯に連れて行くことになった。
給湯器がタイミング悪く故障してしまったらしく家のお風呂が使えないらしいのだ。
水風呂で済ますには少しばかり時期が悪い。
しかし銭湯に連れて行くにしても、近所にあるのは男女別浴のため、勝手のわからないであろう風のことを考えると踏ん切りがつかなかった。
そこにタイミングよく現れた僕が風の同伴を預かることになったのだ。

銭湯までは歩いて10分かからないくらいといったところだろうか。
正直、背格好顔立ちのよく似た二人が並んで歩くというのはどうにも人の目を集めた。
道々すれ違う人が「あら?」と声を上げるのを何度聞いたことだろう。
日も暮れだして薄暗くなった今でさえこんな状態なのだ。
日の高いうちなどは想像もしたくない。

そのようなことは一切意に介さないのか、気にするそぶりも見せずに足を進める。
だからこそ余計に視線を集めているということに当の本人は気がついていない。

銭湯に着いて、番台に金を払っても驚きの表情をされたのは言うまでも無い。
僕らの関係に興味津々の番台は双子?兄弟?と問うて来るが

「他人だよ」

ただ一言、きっぱりと言い切って台に置かれたロッカーキーを2つ掻っ攫うように手に取り暖簾をくぐった。
番台と僕とを数回交互にちらちらと視線をめぐらせてから、ペコリ頭を下げて僕に続いて暖簾をくぐる。
後から来る風を待つこともせず、さっさと服を脱ぎにかかる。
あわてることなくゆっくりと歩み寄ってくる風は、どこか楽しそうに笑って言った。

「パパって呼んでもいいんですよ」

その顔に向かって思いっきりロッカーキーを投げつけてやった。

そんな呼び方、死んでも御免だ。


□■□


「・・・・・で?」

体を流して湯船にゆっくりと身を沈めたところで、隣に並ぶ風に声を掛けた。

「で、・・・・・とは?」
「とぼけないでよ。何しに日本にまで来たの?」

玄関先ではピンの顔を見るため、などと言っていたがそのような言葉をそのまま鵜呑みにするほど僕は人間できてはいない。
10年近く逢わなかったくせに、今になって突然やってくれば何かあると疑うのが当然だ。

「何か・・・・・あったんでしょ?」
「・・・・・・君には隠し事が通じませんねぇ」
「貴方が下手なだけだよ」
「そう・・・・かもしれませんね」

チャプン、と音を立ててあご先までお湯の中に体を沈めた。

「どうやら・・・・我々アルコバレーノに残された時間がほとんど無いようなのです」
「・・・・・・・・・・」
「もともと綱渡りのような命ですから、いつ終わりが来てもおかしくは無かったのですが・・・・・」
「・・・・後どのくらいなの・・・・・?」
「わかりません。ただ、感覚的に終わりがすぐそこに来ているのを感じるのです」
「そう・・・・・・」

風は頭に載せていたタオルを湯船に広げ、空気を含めるようにして沈めた。
タオルに含まれた空気はその隙間から少しずつ漏れ出、ブクブクと音を立てて大気に戻っていく。
そして最後に残るのは搾りかすのように圧縮されたただの布切れ。

「こうやって、最後には何も残らずに消えていくのでしょうね・・・・」
「・・・・・・・・・・」
「亡骸の一つもあれば、この世界に残っていられるのに。私たちはきっとそういう風には死ねない」
「・・・・・・・・・・」
「アルコバレーノは死ぬのではなく、消える。何も残らないということは、想像以上に寂しいことだと今になって気がついたのです」
「・・・・・・それでピンのところに?」
「えぇ。あの子はきっと、私の忘れ形見になるでしょうから」
「後ろ向きだね」
「長生きしたら、君もそう思いますよ」

理解しようとも思わなかったし、理解したいとも思えなかった。

「なら、ここに来たことを後悔したんじゃない?」
「えぇ・・・・・少しだけ」

自嘲気味に笑う。

「あの子には、私はもういなくても大丈夫なんですよね・・・・」
「さぁ・・・・・」

先ほどの目を思い出す。
彼女の兄をはじめとして、多くの人間が体験してきた、彼女の『保護者離れ』
それはもちろん喜ばしいことだ。
小さく守ってもらうばかりだったものが、大きく成長し今度は守る立場にまでなる。
もちろん、嬉しいことだ。
ただ、同時に。
とても寂しいことでもある。
大事に大事に守ってきたものが、自分が居ないとだめだと思っていたものが。
もう自分なしでも歩いていけることが。
ただのエゴだとはわかっている。
でも。
それでも。
寂しいものは寂しいのだ。

「・・・・・寂しいものですね・・・・」

それがどちらを指していたのかはわからない。
親離れを果たしたピンなのか。
それとも、彼女が忘れ形見になり得ないことか。
きっと、風当人にもわかってはいないのだろう。

「・・・・親離れをしたら、親は要らないなんて・・・・誰が決めたんだか」
「・・・・なんですか・・・?」
「意味を履き違えてる馬鹿が多いって話」

親離れは、自立のこと。
親という支えがなくても、自分の足で立てるということ。
なら、本当に親など無くなっても大丈夫か?
そうじゃない。
ならば、倒れ掛かったときの支えは誰がなる?
不安定な道を歩くときの支えは誰がなる?
いらなくなんか無い。
まだまだ、やってもらわねばならないことがたくさんある。
それを勝手に線引きして、身を引いて、勝手に悲しんでいる。
身勝手なのはどっちだ。

「必要なくなったって、居なくなったら寂しいのはあの子も同じだよ」

後は自分で考えろ。
そんなところまで面倒見てやれるか。
言い捨てるとザバリ音を立てて湯を出る。

「ヒバリ君!」
「・・・・・なに?」

声の響く浴場内で声を張るな、と窘めたい気持ちをどうにか抑える。

「お父様でもいいですよ?」
「・・・・・・・・・・」

死んでくださいお父様。
多分、今の僕だったら確実に視線で人が殺せると思う。
だが拳法の達人には通用しなかったようだ。


□■□


銭湯から戻り、家に帰ると食事の用意はすでに整っていた。
一人暮らしのテーブルに3人分の食器が並ぶと若干狭いがこればっかりは仕方がない。
談笑というよりかは、ピンのがずっと話し続けている形でテーブルを囲んだ。
夕飯が済み、食後のお茶で一服したところで僕はジャケットに手を伸ばす。
それを目ざとく見つけたピンが不思議そうに首をかしげた。

「あれ?ヒバリさん泊まっていかないんですか?」
「流石にこの部屋に三人は狭いでしょ」
「でも無理すれば・・・・・」
「そうですよヒバリ君!親子三人川の字で!!」

誰が親子だ、誰が。

「いいよ。どうせ僕も明日は朝早いから」
「そう・・・・・ですか」
「せいぜい親孝行してあげなよ」
「・・・・はいっ!」

少しだけ後ろ髪を引かれる思いはあったけれど、今日くらいは身を引いてやろうと思う。
残り幾許の命、せいぜい娘に尽くしてやればいい。
あの子が笑って見送れるくらいに、しつこすぎて嫌がられるくらいに。
僕が居ない間にせいぜい頑張ることだね。

すっかり日の暮れた並盛町を一人歩きながら、ふと思う。

彼女との結婚にこぎつけるまでに、一体何人の親代わり・兄貴分の了承を得なければならないのだろうか。
指折り数を数えて、少しだけ気が重くなる。
けれど、彼らは誰一人として反対はしていない事実は実は喜ばしいことなのだろう。

「・・・・・先は長そうだ・・・・・」

ほんの少しだけ、僕は口元を綻ばせた。


□■□


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・で?」
「はい?」
「何で貴方がまだぴんぴんしてるんだい?」

あれから3年が経過したというのに、風は未だ元気に健在していた。
というか、以前よりも生気に満ち満ちているような気さえする。

「よくよく考えたら孫の顔も見ずには死に切れないと思いまして」
「・・・・・・・・・・・・・・・・」
「孫さえ見れたら本望ですよ」
「・・・・・・・・・・・・・・・・」

これは、あれだ。
孫の入学式までは、成人式までは、結婚までは・・・・・・と長生きするタイプ。
彼にばれない様に、雲雀はこっそりと大きなため息を心の中でついた。

本人の言葉とは裏腹に。
雲雀の予想通り、風が大往生するのはまだまだ当分先の話だった。




長生きの法則







2周年リクエストで頂いたヒバピン+風のお話でした。

ピンの出番が少なくてサーセン。

一応、風はアルコだけどサイズは普通の大人サイズで妄想しています。

結局のところさかき的にヒバピンは周囲公認カップルということが書きたかった。

イーピンが皆から愛されてるんだんね!ピンラブ!

リクエストありがとうございました!

こちらの作品は、リクエストを下さったmio様のみ本文お持ち帰りOKとさせていただきます。

2010/05/03





※こちらの背景は iz/iku 様 よりお借りしています。




※ウィンドウを閉じる※