夏休みの明けた教室。
友人の日に焼けた肌とともに飛び込んだのは、思わず息を詰まらせてしまうような、事実。
聞いた瞬間、私は上手く呼吸ができなかった。
笑うことも、驚くことも。
何も出来なかった。
それは、衝撃だった。

自分の中の底の方にあったものがそっくりひっくり返されたかのような、そんな、衝撃。

気づいたときにはランボを引っ張っていた。

屋上に上がると、強い日差しが肌を差した。
コンクリートの照りっ返しがジリジリする。
熱された金網をギシリと鳴らす私の横でランボが辟易とした声を上げた。

「・・・・・・話なら日陰にしようよ・・・・・・ていうか、家で十分じゃん・・・・・・」

同じ家に住んでいるんだし。
面と向かって文句を言うのははばかられるのか、小さな声で零した。
それもそうだ、と私は言われて初めて気がついた。
それくらい私は気が動転していたのだろう。
文句を言う割に、ランボは帰ろうとはしなかった。
代わりに暑さを少しでも和らげようと、ぱたぱた手で扇ぐがそんなものはほとんど役に立たない。
ジリジリと肌を浸食していく日差しに急かされるように、私は口を開く。

「ランボはさ・・・・・・」
「うん?」
「好きな人って・・・・・・いる?」

幼なじみにこんなことを聞くのは、なかなかどうして緊張するものらしい。
掴んでいた金網がもう一度ギシリと鳴った。

「・・・・・・何それ?本気で聞いてるの?」
「本気だから、聞いてるの」
「そうじゃなくてさ・・・・・・あ〜、いや、何でもない・・・・・・」

はぁ、と深々と吐いた溜め息を暑苦しい空に返し、ランボはその場で小さく丸まってしまった。

「言ってよ。誰かまでは聞かないから」
「違うんだって。なんて言うか・・・・・・いわゆる失恋中ってやつだから。五分くらい感慨に耽らせて・・・・・・」
「振られたの?」
「うん。今まさに目の前で」
「何それ」
「イーピンのことが好きだったんだよ。もちろん、君が雲雀氏のことを好きなのはわかっていたし、雲雀氏とつきあっていることも知っていたけど・・・・・・ それでも、君が好きだった。けど、君はそんな僕の気持ちなんて微塵も気がつかないほど眼中に無かった。これってつまり失恋ってことだろ?」
「・・・・・・」

そうだったの、なんて吐息のように漏らせば。
そうだったんだよ、と過去形で語られた。
すべてを過去形で語るのは、彼なりの優しさであり、決別の意味があったのだろうか。
私なんかよりもずっと子供だと思っていたランボが、少しだけ遠い存在に思えた。

全く気づかなかった。
まさかランボからそのような感情を向けられるなど、予想すらしていなかった。
でも。
だから。
今の私にとっては、とても都合が良かった。

「ね、ランボ・・・・・・」
「ちょっと待ってってば」
「ランボは・・・・・・私とエッチなこと、したいと思った?」
「・・・・・・は・・・・・・はぁっ!?」

素っ頓狂な声を聞いたところで、聞き方を間違えたなとようやく気がついた。

「ちょっ!?いきなり何言い出すわけ!?」

間違えたとは思ったけれど、ランボ相手にいちいち訂正するのは面倒だなとも思った。
私が知りたい答えは、こうした方が引き出せるかもしれないという計算もあった。
動揺は本心を引き出す。
取り繕う暇を与えるな。
私は彼の、彼らの本能を知りたいのだ。

「たとえば、さ」

あわてふためく彼の肩を押してやれば、簡単に後ろに転がった。
「熱っ!」と小さな悲鳴を上げたがお構いなしに私は行動を続ける。
ランボが地に着いた背中を起きあがらせるよりも早く、私は彼の体を跨いで腹の上に陣取った。

「ちょっとっ!イーピン!!」
「例えばの話よ」

暴れる彼の手を掴み上げ、縫いつける。
こんなもの、力が無くとも簡単に出来る。
要は関節を決めてやれば大抵の人間は動けない。

「いたたたっ!痛いよ!痛いって・・・・・・・・・ば・・・・・・」

私の瞳を覗き込んだ彼は、抵抗をやめた。
ぱたり、体の力を抜いてあらがうことやめた。
私が酔狂でしているのではないと、悟ったのだ。
ゆっくりと、私は質問を言葉にした。

「私と・・・・・・そういうこと、したいと思った・・・・・・?」
「そういうこと・・・・・・って?」
「だから・・・・・・、抱きしめたり、キスしたり・・・・・・セックス、とか・・・・・・」

言葉にしただけで、顔が紅潮するのを自覚した。
言ってしまってから、急に恥ずかしさがこみ上げる。
ランボのことを正視していられない。
私は一体何をしているのだろう。
なんてことを、しているのだろう。
私が言ったことなど無かったことにして、この場を終わらせてしまおう。
ランボだってきっと、こんなこと答えたくないはずだ。


「思ったよ」


「・・・・・・え?」


何を言われたのか、理解するのに時間が必要だった。
彼が何をそう「思った」のか。
前後関係を脳が認識しようとしないかのように、ゆっくりとした速度で処理が進んでいった。

「したいと、思ったよ。ハグも、キスも、セックスだって、したいと思った。好きなんだから当たり前だろ?」
「・・・・・・」
「・・・・・・でも、一応弁明しておくけど・・・・・・君をオカズにしたことはないからね」

雲雀氏を敵に回すほど僕はバカじゃないからね。
嘯きながら、いつの間にやら緩んでしまっていた関節技から抜けだし勢いをつけて上半身を起きあがらせた。
必然的に私の体はちょうど足の付け根辺りにずれ落ち、近距離で彼と視線を交わらせた。

「それって・・・・・・普通のことなのかな・・・・・・?」
「ごく自然な反応だと思うけど?」
「・・・・・・そう・・・・・・」
「ねぇイーピン。どうしちゃったんだよ?君何かおかしいよ?」
「そう・・・・・・だね・・・・・・私、おかしいのかも知れない・・・・・・」

のろのろと彼の上から立ち退く。
ソレが正常だというならば、間違いなく私はおかしいのだろう。
そんなことが脳裏に欠片もよぎらなかった私は、異常なのだろう。

「ランボの前の席の子、彼氏出来たんだって」
「へぇ」
「あの子がね、夏休み中に彼氏とセックスしたんだって」
「へぇ・・・・・・」

思いの外、ランボは気のない返事を返すだけだった。
いぶかしんでそちらをみやれば、バツの悪そうに視線を反らされる。

「驚かないんだ・・・・・・」

私は、世界がひっくり返ったかのように感じたのに。
ランボにとっては、当たり前に受け入れられてしまうようなことなんだ。

「まぁよく聞く話だよね、夏休み明けって」
「そういうものなのかな?」
「そういうものでしょ」

そうなんだ・・・・・・、と噛みしめるように漏れ出た言葉。
自分の異質を再認識する行為。

「・・・・・・というか、イーピンは無いわけ?雲雀氏に対してそういう衝動、というか欲求みたいなもの」
「・・・・・・無い」
「ほんのちょっとも?」
「うん・・・・・・」

考えたことすら、無いかも知れない。
ヒバリさんをどうこうしたいとか、どうこうされたいとか。
そういうものが一切無い。
それは、つまり。

「私・・・・・・ヒバリさんのこと好きじゃないのかな・・・・・・?」

当たり前の欲求がない私は、好きだと思い込んでいただけなのだろうか。
少なくとも、幼い頃の私は、確かにヒバリさんに魅入っていた。
顔を見るだけでドキドキして、その所作一つ一つに心を動かされた。
今だってドキドキしたりすることはあるけど、昔ほどじゃない。
いつの間にか、自分ですら気づかない間に。
私はヒバリさんのことを想わなくなっていたのだろうか?

「・・・・・・そんなこと、僕に聞かれても・・・・・・」
「うん、そうだよね・・・・・・ゴメン」

困らせるだけの質問だ。
私以外、誰も答えを出せない質問を他人に投げかけてどうするというのだ。
だから別の問いかけをした。

「どうして、キスしたいのかな?」

衝動がない私には、その行為の理由がわからない。
好きだからしたいのか?
好きならしなくてはいけないのか?
それすらわからない。

「どうして、って聞かれると困るけど・・・・・・一つになりたいから、かな?」

手を繋いだり、抱きしめたり。
ほんの少しでも相手の側に行きたい。
近づきたい。
体温を感じるくらいに。
体温を分かちあえるくらいに。

「で、最終的突き詰めてしまえば相手の中に入ってしまうことがそれに当たる、と。そういうことじゃない?ほら、粘膜って一番正確に体温を計れる場所だし」
「・・・・・・やっぱり、私にはよくわかんないや」

他人だから好きになって。
自分じゃないから興味を持ったのに。
一つになりたいだなんて。

なんて、本末転倒な。

好きになると言うことがそういうことなら、私はきっとあの人と分かちあうことを望まない。
多分、あの人もそう。
私が私で。
あの人があの人で。
それが、何よりも重要なことだから。

一つになど、なってはいけないのだ。

憮然としない私に、ランボは唇を尖らせた。

「・・・・・・イーピンにとって雲雀氏って何なの?」
「それは・・・・・・」

好きかどうかはわからない。
もしかしたら、好きじゃないのかもしれない。
けれど。

けれど。
質問に対する明確な答えは、持っていた。





私を取り巻く、酸素のような




きっとヒバリさんが居なかったら、私は上手く呼吸すら出来ないんだと思う。
息苦しくて、たまらなくなるんだと思う。

当たり前のように側にいて。
かといって特別何かを要求したりせず。
要求されたりせず。
それこそ側にいることが当たり前な。

そんな、存在。

私の生死すら司るくせに、激しい衝動を抱かせず。
何食わぬ顔で、側に居続ける。

きっと、そんな存在なのだ。


「私ってやっぱり変なのかな?」

小首を傾げた私に、敵わないな・・・・・・、なんて漏らしながらランボが言う。

「なんか、それってさ」

まだまだ傾こうともしない高い日差しを扇いで、眩しそうに目を細めた。

「『好き』よりもずっと先にあることなんじゃないかな?」
「何それ?」
「例えるなら・・・・・・おじーちゃんとおばーちゃん、みたいな?」
「訳わかんない」
「わかんなくても良いよ」

私を見るランボの視線が、ちょっとだけ遠い目をしているように感じられたのは、私の気のせいでは無かったと思う。









私にとってヒバピンというものがどういうものなのかを真剣に考えた結果

このような立ち位置に落ち着きましたよっと。

書ききって、「そらー甘い話も書けませんわな」とセルフツッコミしました。

熟年カップルもここに極まれりって感じです。

2011/08/22




※こちらの背景は NEO-HIMEISM/雪姫 様 よりお借りしています。




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