嘘吐きと自惚れ屋




2月12日、金曜日。
クラスメートがどうにも落ち着かない雰囲気でそわそわしているのが目に付いた。
12日って何かあったっけ?と考えるが思い当たる事項も無く。
一日小首を傾げ続けていた。

そして2日空けた今日。
先日の理由を遅ればせながらに理解する。

「・・・・そうか・・・・今年のバレンタインは日曜だったのか・・・・・」

気がついたときにはもう遅い。
学生身分では先生の目を掻い潜って学校で受け渡しをしなければ貰える確立なんて極めて低い。
自宅にまで押しかけて・・・・などというまね、親の目も気になってなかなか出来るものではない。
つまり男子諸君、および恋する乙女にとっては金曜日こそがまさに決戦の時だったのだ。
よって、今更ながらにその事実に気がついた綱吉には落胆する資格すらないというわけだ。

「だからダメツナって言われるんだよな・・・・・」

カレンダーを見て、はぁ、と深くため息を吐く。
好きな子から貰えるかも・・・とドキドキする間もなく今年のバレンタインはいつの間にやら終了を告げていたとは・・・。
一つも貰えなかった時以上のショックだ。

「・・・・・・出かけよ・・・・・」

部屋に篭っていては余計に鬱々とするだけだ。
世間一般では今日がメインイベントな訳だから街中はピンクの空気一色だろうが、もう負けが決定した自分には関係ないイベントに成り下がった。
イチャイチャしたいやつは勝手にイチャイチャしていればいいさ。
半ばやけになって綱吉は家を飛び出した。


■■■


「・・・・・・見事にバレンタイン商戦真っ只中とは・・・・・」

自分自身で負け犬レッテルを大きく張り出して街に出た綱吉だが、年々大きく、そして派手になってくバレンタイン商戦の煽りに圧倒された。
右を見ても左を見ても綺麗に可愛くラッピングされた包みが置かれている。
今やバレンタイン商戦はチョコレート会社だけのものではない。
甘党以外をターゲットにした、カカオで香り付けしたお酒やら。
高齢層を意識した、見目麗しい和菓子やら。
『一緒にプレゼントしては?』なんて完全におこぼれに預かろうとしている雑貨やら。
去年の逆チョコを受けて大々的に売り出してある女性向けのアクセサリーやら。
ありとあらゆるものが今日の売り上げ対象になっているのだ。

「なんだかなぁ・・・・・」

14歳ながらに「バレンタインってこんな感じだったけ?」と疑問を抱いてしまうような光景だった。
もっと純粋に、チョコレートを貰うことが嬉しい日だった気がする。
もっとも、綱吉には経験するべくも無い世界ではあった。が、好きな子からチョコをもらえたと嬉しそうに話す友人たちは往々にしてそうだった。
部屋に篭るよりはマシと思って出かけたはずが、どんどん心がすさんでいくような気持ちになる。

「・・・・・義理でもいいから欲しいよ・・・・」

主に京子ちゃんから。
というか京子ちゃんからもらえるならなんだっていい。
それ以外は嬉しいことには変わりないだろうけど、やっぱり物足りないと思う。
俺が好きなのは京子ちゃんだから。

「・・・・京子ちゃん・・・・」
「きゃ!」
「・・・・え?」

小さな叫び声に気がついて振り向く。

「京子・・・ちゃん・・・・?」
「びっくりしたー。ツナ君に声掛けようとしたら名前呼ばれたから」

後ろに目でもついてるのかと思っちゃった。
えへへ、と控えめに笑う。
驚いたのはこっちだ。まさかこんな都合のいいタイミングで出会うなんて。

「ど、どうしたのこんな所で。買い物?」
「ううん。ツナ君を探してたの。お家に行ったら出かけたっておばさんに聞いて」
「俺に・・・・用事?」
「うん」

そういって手に提げた紙袋の中から包みを取り出す。

「はい。今日はバレンタインだから、ツナ君に」
「え!?こ、こ、これ、俺が貰っていいの!?!?」
「うん。昨日ハルちゃんと二人で作ったの」
「あ、」

そういうことか。
一瞬でも本命かと思って期待した自分が恥ずかしい。
女の子二人で作ったチョコが本命のはずが無い。
暗に『義理です』と突きつけられたようなものだ。

「あの、・・・・ありがとう」
「どういたしまして」

それでも嬉しくないはずがなかった。
義理だろうとなんだろうと憧れの京子ちゃんの手ずから貰うことができたのだから。

「じゃぁ、私皆にも渡しに行かないといけないから」
「あ、うん」

念押しのように『義理その1』の事実を突きつけられた。

「また明日学校でね。バイバイツナ君」
「うん。また明日・・・・・・」

元気よく駆けて行く京子ちゃんの背中を、商店街の呼び込み文句をBGMに見送る。
手に残っているのはオレンジ色の包装用紙に包まれたチョコレート。
確かに、義理でもいいから欲しいと言ったのは自分自身。
でも、
だから、
ソレが手に入ってしまえば、次の欲が出てくる。

「・・・・・こんなことなら義理でもいいなんて思わず、本命が欲しいと願えばよかった」

全ては今更なことだった。


■■■


家に帰って包みを開けると、小さくて可愛いハート型のチョコレートが入っていた。
なんとなく、どこかで見た事あるような。
そんな既視感。

一つを手にとってかじる。
中に包まれていたのはクリームチーズとオレンジのジャムを練ったペースト。
やっぱり、どこかで食べたことがある。
そんな気がした。


■■■


次の日、学校が終わってから山本と獄寺君がうちに遊びにきた。
たわいの無い話しをしていたらハルも遊びに来た。
学校帰りにしてはちょっと多すぎる荷物を抱えてやってきた。

「どうしたんだよ、その荷物」
「あ、コレですか?昨日がバレンタインだったのでチョコレートを持ってきたんです。
ハルが昨日一日頑張って作った自信作なんですよ!
ツナさんのにはいーっぱい愛情込めておきましたから、是非食べてくださいね」
「え・・・・・?だって、昨日・・・・・」

机の上に置いたままの包みに目をやる。
アレは昨日京子ちゃんから貰ったやつだ。
ハルと二人で作ったって言って、それでわざわざ昨日うちまで来てくれて。
それで俺が家にいないとわかったら商店街まで探しに来てくれて。
京子ちゃんの手ずから貰った。

「昨日?昨日はハル、ずっと家にいましたけど・・・・・?」
「土曜日は・・・・?」
「新体操の練習試合があったので出かけてましたよ。それがどうかしました?」

不思議そうな顔で小首を傾げた。
そんな、まさか。
勢いよく振り返って二人に問う。

「山本!獄寺君!昨日、京子ちゃんからチョコ貰った!?」
「笹川っすか・・・・・?いえ、貰ってませんけど」
「なんだツナ。笹川から貰ったのか?」

からからと笑う山本の声。
俺は急に全身の力が抜けたようにへたり込んで。
突然の俺の変調に心配そうに駆け寄る獄寺君。
込みあがる笑いを堪えることができなかった。

「・・・・なんだよ・・・・これ・・・・・」

こんな都合のいい話があるか?
義理チョコでもいいからチョコが欲しいと願ったら本当に貰えて。
やっぱり本命が欲しいと思ったら、その可能性が出てくるなんて。

「やだな・・・・・こんなの・・・・・」

――俺、期待しちゃうよ・・・・


何が起きたのかわからず心配する三人をよそに、俺は泣き出しそうなくらい嬉しくて嬉しくて堪らなかった。









ツナ京はお互い片思いしているくらいが初々しくて好き。

素直になれない中学生って見ているこっちがドキドキしちゃう。

くっついて欲しいけどくっついて欲しくない不思議な心境です。

2010/02/14





※こちらの背景は Sweety/Honey 様 よりお借りしています。




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