──ジャラリ。

首から伸びる鎖が音を立てた。
何故自分がこんなものを付けられるのか、意味が分からなかった。

「なんですか、これは?」
「鎖だよ」
「そんなこと分かってます」
「分かっているなら聞かないでよ」

首元に伸ばした手が、私の首をなぞった。
緩みなく首輪がはめられているのかを確かめるためだ。

「・・・・・・ヒバリさんが何をしたいのか、私には分かりません・・・・・・」
「それは仕方のないことだね。君は僕じゃないんだから、僕のことを完全に分かるなんてことは現実として不可能だ」
「ヒバリさんっ!」

私のことをおちょくっている。
いらだって声を荒げた。

「・・・・・・別に、ただの酔狂でこんなことをしているんじゃないから安心してよ」
「この状況で何をどうとったら安心できるのか教えて欲しいものですね」

一時の気の迷いとでも言ってくれた方がまだましだった。
こんなことを正常な思考で貴方がしているなどとは考えたくなかった。

「随分前に話したこと、君は覚えている?」

首から伸びた鎖に口づけを一つ。

「なんの話ですか?」
「『この世界が君と僕だけで完結する世界だったらいいのに』って話したこと」
「・・・・・・あぁ・・・・・・」

いつだったかに、そんな話をした。
そして、それが酷く無意味なことであるという話も。

「考えたんだよ。君を閉じこめておくことは、本当に無理なことなのかってね」
「その結論が・・・・・・コレですか?」

だとしたら、なんという矛盾だ。
私は無意味であることが無価値であるとは思わない。
でも、これは・・・・・・

「意味が・・・・・・分かりません・・・・・・」
「分からなくてもいいよ。そもそも意味なんて無いんだし」
「何がしたいんですか・・・・・・」
「何も。ただ、君にそばにいて欲しいだけ」
「だったら・・・・・・っ!」

私が声を荒げて体を揺らす度に、その動きが鎖にも伝わって乾いた音を奏でる。
言いたいことは山ほどあるのにそれが言葉となってはくれない。
何故?
どうして?
そんな疑問だけが頭をぐるぐると回る。
言葉にならない疑問など気にとめる様子もなく、ヒバリさんは私の顔をじっと見つめていた。
ようやく一つの疑問が整おうかとした時。
ヴーヴーと低い音が響いた。
ヒバリさんは顔をしかめてポケットに手を伸ばし携帯電話を取り出した。
未だに着信音は鳴り止まないが、ディスプレイに視線を落とすばかりで出ようとはしない。

「悪いね。そろそろいかないと綱吉がキレそうだ」
「仕事もしないでこんなことしていたんですか」

こんなところで油売っている暇なんてないだろうに。

「日付が変わる前には帰ってくるよ」
「・・・・・・」
「お腹空いたら、その辺のもの適当に食べておいてよ」
「・・・・・・」
「あ、あとコレ」

キラリと光るものを投げて寄越した。
反射的に受け取ってしまって手の中のものに目を落とす。

「この部屋の鍵だから、出かけるときはちゃんと戸締まりするんだよ」
「・・・・・・ねぇ、ヒバリさん・・・・・・」
「なに?」

見えない。
貴方が意図するものが。
貴方が何を望んでいるのか。
何一つ、見えてこない。

「何が、したかったんですか?」
「言っただろ?」

口付けを、落としながらヒバリさんが言う。

「意味なんて無いんだよ」

意味なんて無い。

「君が、好きだから」

誰にも渡したくないし、誰にも見せたくない。

「僕だけのものにしたい」

そんな、浅ましいまでに利己的な感情。

「そう思ったから、君を繋いだんだよ」

なんて、無意味な行為。

「だったら・・・・・・」

繋げばいい。
離れないように。
居なくならないように。

なのに、
この鎖は、
ただ、床に転がるばかり。

何にも繋がれず。
ただ、私の首から垂れるばかり。

「わかっているんだよ」

「こんなものでは、君を繋ぎ止められないことくらい」

「意味がないことくらい」

「でも・・・・・・まねごとくらいは、許してよ?」





左手に鎖
(貴方は誰にも縛られない、そして、誰も縛れない)





私は首から伸びる鎖をそっとヒバリさんの首に絡めた。

「・・・・・・ピン?」
「繋がないと、意味がないでしょう?」

貴方が望むなら、それでもいいと思った。
途方もなく意味のない、それどころか有害でしかない行為であっても。
貴方が望むなら、私は貴方に繋がれても良かった。
それによって苦しむのが貴方だとしても、私は応える腹づもりだ。

「・・・・・・やっぱり、君には似合わないね。コレ」

貴方の細い指が、私を繋ぐ首輪をするすると解いていく。
重力に従って自由落下した本体は床に転がり、その片一方だけが貴方の首に絡みつくばかり。

「繋がれるのは、どうやら僕たちの性には合わないみたいだ」
「知ってましたよ」
「僕も知ってた」
「・・・・・・早く行かないと、ツナさんに怒られますよ?」
「そうだね」

鳴り止まない着信音に苦笑しながら鎖を解き、ヒバリさんは背を向けた。

「いってらっしゃい」
「ん。いってきます」

肩越しに手を挙げ応えただけで、扉の向こうに姿を消した。
一人残された私は何を思うでもなく、床に転がった首輪を拾いあげる。
思いの外ずしりとした質量のそれ。

「・・・・・・こんなもの無くたって・・・・・・」

私は貴方の側を離れるつもりなど無いのに。

「バカな人・・・・・・」

そして、


バカな私は再びそれを首に巻き付けた。






基本ゆるゆるカップルなヒバピンですが

時たま、何とも表現しにくい不安感を覚えて

束縛されること・束縛することの幸せとかを考えたらいいな。

なんて。

自由であることが幸せかどうかは人によりけりですよね。

2011/05/26




※こちらの背景は NEO-HIMEISM/雪姫 様 よりお借りしています。




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