告白は365日後に
寒空の下、家路に急ぐ少女が一人。
霜月の名を冠するにふさわしく木々はその葉を落とし一歩づつ冬を深めていく。
気温の低下とともに凛と澄んだ空気に、はぁっと息を吐けば白い塊となって宙に舞う。
「寒くなったねーヒバード」
「サムイサムイ」
「今夜はお鍋にでもしよっか?」
リードで繋がれているのかと思うほどぴたりとついて回る黄色い鳥は、少女の言葉を理解して返しているようだった。それに関して少女は別段驚くこともなくごく当たり前のものと受け入れている。通りすがる人々の奇異の視線を気にすることもなく少女は全く別のことに思考をめぐらせていた。
鍋にするには具材があまりなかった気がする。
スーパーにでも寄って買い物をしてから帰ろうか。
「ヒバードは何食べたい?」
「??」
って言ってもヒバードじゃお鍋は食べられないよね。ごめんね?
小さな頭を撫でながら、くすっと自分を笑う。
どうしようかな。野菜たっぷりのちゃんこ風にしてもいいけどひとりじゃそんなに食べられないし。
寒い夜は鍋をしたくなるものだがいかんせん一人鍋は量が難しいのが悩みの種だ。
兄のように慕っている綱吉や弟分のランボでもいれば話は別なのだが、彼等は今日本を遠く離れたイタリアに身を寄せている。いない人に期待をしても仕方のないことだ。
「ヒバリヒバリ、オナベタベル」
「ふふっ。雲雀さんも今はイタリアでしょ?」
ヒバリさんが日本を発ったのは3週間前。
ツナさんの頼みでイタリアのボンゴレ本部に居るはずだ。
遠くイタリアに想いを馳せながら下宿先のアパートに続く路地に入る。
路地に入ればアパートまではもう目と鼻の先だ。
頭上を仰げば澄んだ空気によっていつもより星明りが強い。
あの人も今この空を見ているのだろうか。
「ヒバリさん、今頃何してるかなぁ」
「僕がどうしたって?」
「・・・・・っっえぇ!?!?ひ・・・・ひ・・・・ヒバリ・・・さん?」
「・・・・人の顔見て悲鳴上げるってどういう了見なわけ?」
黒いスーツに身を包みブロック塀に背中を預けてこちらを振り返る。
アパートの門の前に佇んでいたのは間違いなく今自分が胸に想い描いた雲雀恭弥その人だった。
素っ頓狂な声を上げたイーピンに呆れ声で返す。
けれどそれは不機嫌なものではなく、どこか楽しそうで。
ヒバリヒバリとパタパタ羽ばたき、喜びを体現するヒバードを肩にとまらせるとイーピンがしたように優しく頭を撫でてやる。
とうのイーピンといえば未だに現状を飲み込めず口をパクパクさせていた。
「え・・・?だって・・・・ヒバリさん仕事が終わるの来月になるって・・・・」
確かにあの時そう言っていたはずだ。
3週間前に空港まで見送りに行ったとき、長期滞在になるから一ヶ月は帰ってこれないって。
そのつもりでヒバードの世話も頼まれたのだ。
間違いない。記憶違いなどではない。
「全部まとめて終わらせてきたんだよ」
さも当然のように言ってのけた。
「ついでに1週間の休みをもぎ取ってきた」
「1週間・・・ですか・・・・・」
一ヶ月もの長期出張をこなし、更には大幅に期間を短縮させたのだから妥当な休日のようにも思うが、ヒバリさんが休んでいる分の仕事はきっとツナさんが請け負っているに違いない。日々1分1秒惜しんで働いている(もとい働かされている)彼の上司の姿を思い浮かべるととてもいたたまれない気持ちになる。
「お仕事・・・・大丈夫なんですか?」
「何?嬉しくないの?」
「そんなことないですけど・・・・忙しいんじゃないかなって・・・・」
「大丈夫。綱吉が快諾してくれたから」
脅したんだ・・・この人・・・。
直感的にそう悟る。
きっと本人は脅している実感がないくらいにナチュラルに脅したに違いない。
そんな場面が容易に想像できてしまうくらいにこの人は常習犯なのだ。
「言っておくけど脅してなんかないからね」
「いやだなぁっ!そんなこと思うわけないじゃないですかっ!!!」
何でわかったんだろう。私そんなに顔に出やすいのかな?
取って付けたような弁解の台詞をいうと恥ずかしさのあまりその場にしゃがみこむ。
そんな姿を見た雲雀は自分の信用の無さを見せ付けられた気持ちになる。
ため息の一つもついてやりたくなるがそんなことをすればこの少女は更に落ち込むことになるのは手に取るようにわかる。漏れでそうになるそれをぐっと飲み下し、代わりに懐に手を伸ばす。
「綱吉に一つ頼まれごとをされてね。それをする代わりに休みを貰ったんだよ。
だから君が気にする必要なんてないんだ。わかった?」
「頼まれごと・・・?」
「綱吉が君にって」
懐から取り出したのは二つに折りたたまれたメッセージカード。
しゃがみこんで顔を伏せたままのイーピンに差し出すとおずおずと手を伸ばす。
表面には誕生花のウルシの葉が添えられている。
ゆっくりカードを開き、文面に目を通す。
『イーピン15歳おめでとう。 今年はきちんと祝ってあげられなくてごめんね。
その代わりといっては何だけど雲雀さんを送ります。
どうか良い誕生日を。
親愛なる妹へ イタリアより愛をこめて』
「わかった?」
「・・・・もしかして・・・・私の為に帰ってきてくれたんですか・・・?」
「いい加減怒るよ」
「ごめんなさいごめんなさい!!」
「・・・・それ以外にどんな理由があるって言うのさ」
あぁ
どうしよう
こんなにも嬉しいなんて。
今日は11月25日。
私の誕生日だったんだ。
今の今まで忘れてた。
だって、ヒバリさんが居ないってわかってたから
あえて気付かないようにしていた。
一人で寂しく迎えるくらいなら無いほうが良いと思っていたから
今日という日を忘却していた。
「イーピン?」
心配そうにこちらを見る雲雀。
どうしてそんなに悲しそうな顔をするんですか?
私はこんなにも嬉しいのに。
「なんで泣いてるの?」
言われてはじめて気がつく。
頬を伝う雫に。
「おかしいですね。こんなにも嬉しいのに、涙なんて・・・」
次から次に溢れてくる。
意思に反して涙腺から零れ落ちる。
袖で拭っても追いつかない。
「本当に君は馬鹿だね」
拭った腕に手を掛けられ、強い力で引き寄せられた。
体は雲雀が優しく受け止める。
背中に回された腕がイーピンを優しく包み込む。
「泣くほど悲しかったなら、そういえば良いのに」
「!?」
どうして
どうしてこの人には全てを見透かされているのだろう。
一人の夜
孤独に泣いたことを。
雨の中
一人体を震わせたことを。
あなたを想い
長い夜明けを待ったことを。
どうしてあなたは知っているの。
泣き顔と驚きの表情とが入り混じった顔がこちらを見上げる。
少女の感情一つ一つが愛おしい。
頬を伝う涙を人差し指で拭い、そのまま手を少女の頭上に。
ヒバードにしたように。
雲雀の大きな手が頭をゆっくり撫でる。
「君一人が、そんな思いをしてると思った?」
「っ・・・ヒバリさん・・・・ヒバリさぁんっ・・・・・!!」
感情を押し込めていた堰が決壊したように、少女は咽び泣く。
仕立ての良いスーツに涙が滲むことも気にせず、きつく抱擁する。
「遅くなってごめん。誕生日おめでとう。イーピン。間に合ってよかった」
「いいんです。今ここにヒバリさんが居てくれるから・・・・・それで十分です」
「イーピンタンジョウビタンジョウビ」
「ヒバードも、ありがとう」
肩に止まった黄色い鳥は涙を拭おうとするように頬に体を擦り付ける。
ふわふわの体がくすぐったい。
そうだね。
ずっと一緒に居てくれたのに、ごめんね。
私は一人なんかじゃなかった。
きっとこんな私を見越してヒバードを預けてくれたはずなのに。
いつだって私の側にはあなたの優しさがあったのに。
どうして気付けなかったのだろう。
雲雀の胸の中で泣いた。
その間ただただ優しく抱きしめてくれた。
その優しさがなんだかくすぐったくてイーピンはなかなか顔を上げることが出来なかった。
しゃくりあげていたものがゆっくりと治まっていき、紅くなった鼻を照れ隠しに擦りながら啜る。
雲雀の顔をまともに見られるようになるまで随分長い時間を要した。
おかげで身体はすっかり冷え切っている。
今は十一月の寒空の下。
長時間外気に晒されていれば当たり前だが、二人には今の今まで沈静化していた寒さが突然猛威を振るいだしたかのようにすら感じる。
思い出した寒さに身体を震わせながら慌ててアパートに飛び込んだ。
冷え切った身体を抱えて二人でアパートに入ってすぐ。
雲雀がズイっと手を差し出す。
「はい」
「?」
反射的に両手を広げてそれを受け取る。
手渡されたのは小さな箱。
手のひらに収まってしまうくらいの小さな箱。
ラッピングも何もされていないむき出しの箱。
ちょうど真ん中辺りで上開きになるようだ。
「プレゼント」
「あ・・・・ありがとうございます」
一体何が入っているのだろう?
想像しただけで胸がどきどきする。
「開けてみてもいいですか?」
無言で頷いたのを確認して逸る心を押えながらゆっくりと箱を開く。
「・・・・・え?」
其処には何も入ってはいなかった。
ビロード生地に包まれたアクセサリーの保存用の溝が刻まれているだけ。
数度開け閉めを繰り返しても、逆さまにひっくり返しても其処には何も無かった。
「ヒバリさん・・・・何も入ってませんけど・・・・・」
「今年はね」
「今年は?」
「中身は来年あげるよ。16になった時に」
「・・・・はあ・・・・?」
どうして今年ではなく来年なのだろうか。
それにこの化粧箱。
アクセサリー系統なのは間違いないだろう。
保存用の溝から見ればピアスなどではなく、たぶん指輪。
指輪と16歳。
・・・・・・もしかして・・・・・・
「あと一年だ。あと一年したら君も16。来年は君に指輪を贈るよ」
イーピンだって女の子。
知らないわけじゃない。
でも・・・・まさか・・・・
「この意味、わかるよね?」
勘違いじゃない?
私の勝手なうぬぼれじゃない?
「期待しても・・・・いいんですか・・・・?」
まだ信じきれない様子だ。
仕方ない。
イーピンの足元に跪き、彼女の手をとる。
戸惑う少女の手に恭しく口付けを一つ。
本当は一年後まで取っておこうと思っていた言葉。
指輪とともに彼女に捧げようとしていた言葉を投げかける。
「Io L'amo. Se mi sposerà uno anno più tardi?」(愛してるよ。僕と結婚してくれますか?)
「それって・・・」
「返事は?」
もちろん答えは一つしか認めない。
「Io l'accetto con piacere」(喜んで!)
・・・・・・間に合わなかったけど(爆
イーピンお誕生日おめでとー!!
最後のはイタリア語のプロポーズです。
日本語で打ったら恥ずかしくて死ねそうだったので翻訳機に突っ込んでみました。
なので嘘っぱちのイタリア語の可能盛大。
ツナピンも割とイイとか思ってます。
兄妹愛って感じのでね。
それから、当サイトではイーピンも「ヒバリさん」呼びでツナと被るので
ツナ→「雲雀さん」 イーピン→「ヒバリさん」と書き分けします。
書いてて自分がごっちゃになるんだ。
2008/11/29
※こちらの背景は
空に咲く花/なつる 様
よりお借りしています。