麗らかな日差しをガラス越しに浴びながら、彼女は本をめくる。
季節は秋から冬へと移り始め冷たい風が吹いているが、日差しそのものは意外と暖かい。
特に、昼下がりのこんな時間は一番気持ちいい。
同じようにゆったりと本を読んでいるのは数人といったところだ。
仕方がない。
今は平日の真っ昼間。
普通なら皆忙しく働いているか、もしくは学校で勉学に励んでいる頃合いだ。
にもかかわらずこんな時間に図書館に入り浸っていられるのは、大学生の特権。
手にした本と、その横に積まれた本を交互に見比べ、そして最後に山のように丸められたレポート用紙を見る。
そう。
こんな時間に図書館で過ごせることが大学生の特権ならば。
大量のレポートに追われることは、大学生の義務なのだ。
小さな溜息をついてから、彼女──イーピンは再び手元の本に視線を落とした。
中学生と大学生
「ねぇ」
声を掛けられてはっ!と顔を上げた。
本に没頭しすぎてすっかり周りに気が回っていなかったことに、そのとき初めて気がついた。
ガラス窓の向こう側は既に日が落ちつつあり、オレンジから黒へと変わろうとしている。
通りで肌寒いわけだ。
いくら室内で暖房が効いているとはいえ、日暮れともなればそれなりに冷え込む。
ブルリと震えた体を自分の腕で抱えながら、声のした方へと振り返った。
立っていたのは、学制服に身を包んだ、少年。
「・・・・・・・・・」
思わず息を飲み込んでしまったのは、その少年が余りにも周囲と逸していたから。
どことなく人を寄せ付けない雰囲気を持った、猫のような。
鋭い刃物のような空気を纏った、豹のような。
そんな、一般的に見かける男の子とは何か一線を画した、少年。
「・・・・・・ねぇ」
「あ、はい!」
だからだろうか?
明らかに年下の少年だというのに、思わず居住まいを正して向き直ってしまった。
少年はそれ自体にはなんの興味も示さず、ある一点に視線を投げかける。
「その本」
「ふぇ?」
少年の視線を辿れば、そこにあるのは自分が今まさに読んでいた本。
「借りるの?」
「う・・・ううん。読み終わったら返すつもりだけど・・・他に借りたいのあるし」
「あっそ」
「・・・もしかしてこれ借りたいの?」
「じゃなかったら聞いてないよ」
「だったら」
差しだそうとした手を、少年は拒んだ。
「もうすぐ読み終わるんでしょ」
「うん・・・・・・あと、十五・・・いや二十分位かな?」
「別に用事も無いし、待ってる」
言うだけ言って、少年は隣の椅子を引いて腰を下ろした。
席なんていくらでも空いているというのに、わざわざ隣に座らなくても・・・・・・と内心どきまぎしていると
「読み終わったら起こして」
腕を組んで目を閉じてしまった。
「・・・・・・・・・」
普通とは違う空気は確かに感じていたが、これは何とも・・・・・・。
ただ単にわがままで唯我独尊なだけなのかもしれない、と少年の評価を心の中で微修正しておいた。
とにもかくにも早めに本を読み終えないと。
この少年に渡さないといけないということもあるが、それ以上に閉館時間が迫っていたのだ。
大慌てでページをめくるペースを上げた。
ふと、視界の端にきらりと光る物が映る。
何かと思えば、それは隣で眠る少年の襟首に付いた、見覚えのある校章だった。
□ ■ □
急いで読み終え、必要な部分をメモしたまではいいが少年をどう起こしていいのかに迷ってしまった。
図書館内ということもあり、小さく呼びかけてみるが少年は起きる気配がない。
仕方なく自分が借りる本を整理して、荷物を整えるところまで待ってみたが、やっぱり少年は身じろぎ一つせずに眠っていた。
どうしたものかと困っていると、既に閉館時間十分前。
いよいよ時間も差し迫ってしまい、少年を揺すり起こす。
「・・・あ、あの・・・」
意外にも少年はすぐさま目をパチリと開いた。
ぐるり、どこかに視線を巡らせ
「時間かかりすぎ」
どうやら時計を見たらしく、溜息混じりに言われてしまう。
イーピン一人のせいでは無いはずなのだが、反論する気にもなれず肩を落とした。
「ごめんなさい・・・・・・」
「まぁ・・・いいけど」
少年は積み上げられた本とは別に置かれた一冊が、自分が求めていた本だと確認すると手に取って席を立つ。
カウンターで貸し出し受付を済ませるべく、さっさと行ってしまった。
「あ、待って!?」
呼び止めても少年はわずかも動きを止めなかった。
わたわたと後を追って受け付けをしたものの、一冊と十冊ではそもそも掛かる時間からして違う。
司書の人に睨み顔で見てくるのを心の中で謝りながら外へと飛び出してみたが、そこには少年の影も形も無い。
暮れ切った冷たい夜風が枯れ葉を巻き上げるばかりだった。
□ ■ □
あれから一週間。
再びイーピンは図書館に足を運んだ。
一通り本を返却し、また新たな本を探す。
棚を探すと、関連書籍は一通り目を通してしまったことがわかった。
なのでもう一度内容を確認しておきたい既読の本を数冊、同時期が題材と予想している海外書籍を数冊手に取った。
先週と同じ席に陣取り、本を読み始める。
ガラス窓の向こうは木枯らしが吹く曇天。
(そういえば・・・・・・あの子、今日は来るのかな・・・・・・?)
先週出くわした少年を思い出す。
よくよく思い返してみると綺麗な顔立ちをしていた。
身長も高かった。ヒールを履いた自分と同じくらいあるのではないだろうか?
雰囲気もどこか大人びた感じだった。
(また・・・・・・逢えるかな・・・・・・)
って、何を考えているのだろう。
そんなことよりも今は提出が再来週に迫ったレポートを片付けなければ。
イーピンは少しだけ落ち込んだ気持ちを振り払うようにレポート用紙にペンを走らせようとした。
「・・・・・・君って、偏屈な本ばかり読んでるね」
「へ?」
「まぁこの二冊はぎりぎり良しとしても、こっちはね。かなり偏った考えで論じてるから参考にするのはどうなの?」
「や、確かに都合の良い解釈が多いことは認めるけど、それが絶対に間違っている確証も無いし、一解釈としてはおもしろい意見が多いから私は好きなんだけど・・・・・・」
なんて滔々と語っている場合じゃない。
唐突に現れた少年の顔を見上げる。
「えっと・・・あなた先週の・・・・・・」
「ふぅん・・・・・・イーピンって言うんだ。日本人ぽくないと思っていたけど、通りで」
「何で私の名前を・・・・・・」
「そこに書いてあるじゃない」
顎で指されたのは、仕舞い忘れていた図書カード。
そこにはしっかりはっきりと自分の名前が刻まれていた。
「あ・・・・・・」
「意外と間抜けなんだね」
「むぅ・・・」
正論すぎて反論もできない。
子供相手に言いくるめられるのはあまりいい気分では無く、頬を膨らませてむくれた。
「その上ガキっぽいんだ」
「中学生にガキなんて言われたくないデス」
敬語で通したのは大人の余裕というか、威厳というか、なんかそういう感じだ。
決して少年に威圧されたとかそういうわけではない。
「・・・・・・何で知ってるわけ?」
「その校章、並中のでしょう」
「そうだけど」
「私も昔通ってたからすぐにわかったの。もう十年近く前の話だけどね」
「十年・・・・・・?」
「・・・・・・・・・私これでも、もうすぐ二十五になるんです」
「・・・・・・・・・」
一瞬少年は驚き顔で固まった。
わかってる。
どうせ私は童顔だ。
年齢相応に見られる事なんてほとんどない。
若く見られるのはいいことだ、なんて世間一般では言われるけど、二十半ばに迫って高校生に間違えられるのも正直あまり嬉しくない。
「・・・・・・どうせ年増だと思ったんでしょう」
「・・・二十五のくせにガキっぽすぎて驚いただけ」
「可愛くない。中学生のくせに」
フン、とそっぽを向いた私の方がよっぽど可愛くないと自分で思ったことは私だけの秘密だ。
「・・・・・・ねぇ、この本借りるの?」
「へ?それ?」
「うん。君があんまり言うもんだから興味出てきた」
手に取ったのは、先ほど少年が参考にするのはどうかと自分で宣った本だ。
参考程度に読んでいただけで、借りれないなら別にそれでも構わないといったレベルだ。
「読みたいならどうぞ。内容はだいたいわかってるから」
「・・・・・・・・・イーピンが終わってからでいいよ。また待ってるし。今度はちゃんと起こしてよね」
そして一週間前と同様、空いている席なんていくらでもいるというのにわざわざ隣の椅子に深々と腰掛け腕を組んで早々に眠りについてしまった。
あまりにもふてぶてしい態度に、問いたい言葉が何一つ出てこない。
中学生がこんな平日の昼間にどうして図書館にいるのか、とか。
いつまで待ってくれるのか、とか。
なんかいろいろあったはずなのに、今は頭が真っ白だ。
「・・・・・・呼び捨てにされた・・・・・・?」
さらりと凄いことを言われた気がする。
中学生恐るべし。
□ ■ □
一通り資料を読んで、必要なメモを取ったところでふぅと息をついた。
ちょうど日が傾き掛けた時刻だった。
これ以上続きをすると閉館時間前に慌てることになりそうなので今日のところはこの辺にしておこう。
隣で眠る少年を呼ぼうとして、はっとなる。
そういえば私はまだこの少年の名前も知らないままだった。
そのくせ自分は一方的に呼び捨てにされたのだ。
なんか・・・・・・・不公平だ。
「ねぇ」
「・・・・・・あぁ、終わったの?」
「えぇ。それで、あなたまだ時間ある?」
「ん?」
「待たせたお詫びにジュースでも奢ってあげる」
少年はニコリともしなかった。
が、さっさと一人で帰ろうともしなかった。
立ち上がって手渡された本を片手に持ち
「早く行くよ」
「う、うん」
わずかながらも、私を待つ素振りを見せた。
慌てて荷物をまとめたのを確認すると少年は先に受け付けカウンターへ行ってしまった。
その背中を私は追う。
自分の分の本をカウンターに置いた時、少年の図書カードがちらりと見えた。
(雲雀恭弥っていうんだ・・・・・・)
盗み見たことに少しだけ罪悪感はあったけど、まぁお互い様だ。
不意に目があった。
見られていたことに少年──雲雀も気がついたのだろう。目を細め、眉間にしわを寄せたが不平は何も言わなかった。
彼も同様に、お互い様と思ったに違いない。
□ ■ □
「はい」
手渡すのは図書館を出たところにある自販機で買ったホットココア。
あからさまに怪訝な顔をした雲雀は、まじまじと缶を眺めてからぼそり呟く。
「・・・・・・なんでココアなわけ?」
「甘いの嫌い?」
「別に・・・・・・嫌いじゃないけど」
「ならいいじゃない」
「自分はコーヒーのくせに」
「こっちの方が良かった?」
「・・・・・・どっちでもいいよ」
入り口近くのベンチに腰を下ろしてプルタブに指をかける。
素直じゃない反応に内心クスリと笑い、イーピンも習って隣に腰を下ろした。
「ねぇ、雲雀君は並中の何年生?」
「・・・・・・三年」
「じゃぁもうすぐ受験シーズンか。・・・・・・その割には勉強してないみたいだけど・・・・・・。というか、こんなド平日の昼間から図書館に来てるって、もしかしてサボり?」
「イーピンに言われたくはないね」
あ、またさりげなく呼び捨てにされた。
私だって敬称を付けているのに、年上に対する態度がなっていないわ!
「君こそいい年して昼間から図書館に入り浸りなんて、ニートなの?」
「悪いけど、私大学生なの!大学三回生!ここに来ているのは講義がないときだけ。この曜日の午後は講義入れてないから昼間から来れるの。わかった?」
「ああ、そういうこと。てっきり行き場が無くて通い詰めているのかと思った」
「雲雀君・・・さっきから思ってたけど、あなた生意気!私の方が年上なんだからもっと敬いなさい!」
「気が向いたらね」
ずずっ、と音を立ててココアを吸った。
この態度。絶対改めるつもりなんて無いに違いない!
だいたい、人のこと言っているけどこの子こそ行き場が無くて空調の利いている図書館に逃げ込んでいる家出少年とかじゃないでしょうね?
こっそり雲雀の姿を横目に確認する。
だってこの制服、学ランじゃない。
私がいた頃はブレザーだったわ。
制服なんてそう簡単に変わるものでもないし、この子本当に並中生なのかしら?
ちょっと疑わしいわ。
「それで?雲雀君はなんで昼間から?」
「テスト期間で帰りが早いだけだよ。考えたらわかるでしょ」
缶から口を離さず、雲雀が答える。
それとも──、と視線をこちらにチラリと回し口角をわずかに上げた。
「家出少年だとでも思った?」
「っ!?お、思ってないわよ!?」
心の中を読まれたのかと思った。
耳の端までカァっと熱くなるのを感じたが、それはきっと木枯らしのせいだ。
そうに決まっている。
「分かりやすい性格してるよね。イーピンて」
「その呼び捨てもやめなさい!」
「はいはい。ココア御馳走様。じゃぁね、イーピンサン」
なんか、ものっすごく小馬鹿にした言い方をされた気がするわ・・・・・。
「またおもしろい本があったら教えてよ」
後ろ手に例の本を掲げながら、雲雀はさっさと通りの角を曲がって行ってしまった。
残されたのは彼が置いていった缶だけ。
自分の分と併せてゴミ箱に捨ててやろうと手を伸ばし
「・・・・・・結局全部飲んでるじゃない」
空っぽの缶を手に、苦笑した。
22222打オーバー御礼リク、「ヒバピンでパロ」でした。
パロの内容については当方にお任せということでしたので、
雲雀15歳中学生、イーピン24歳大学生の年齢逆転パロなんつーものにしてみました。
コレをパロと言うのか否か。もしやコレはパラレルに分類されるのか?だとしたらサーセン。
ある意味学パロなので許してもらおう。
こちらはリクエストしてくださった大福様のみお持ち帰り自由とさせていただきます。
リクエストありがとうございました!
2010/11/07
※こちらの背景は
clef/ななかまど 様
よりお借りしています。