何かを成すために犠牲はつきものだ。
それでも
思わずにはいられない。
何故 彼なのか?
何故 彼だけが犠牲になるのか?
何故 彼は受け入れてしまうのか?
何故 俺は力になれないのか?
この世界で生きるには 俺たちはあまりにも無力すぎる。
自己犠牲
3月1日
晴れて高校を卒業。
中学とは違い、今後クラスメートは全国に散らばる。
どこへ行くにしてもこれ以上の機会はないに違いない。
たとえそれが、闇の世界へ行くことだとしても。
卒業後の進路。
大学へ行く者、就職する者、フリーターになる者。
二度と会う機会の無い者も少なくない。
沢田綱吉もまた、その一人。
一体誰が想像できるだろうか。
ダメツナと呼ばれた彼が、マフィアのトップに立つなどと。
■ ■■■ ■
卒業式当日。
視線をめぐらすと、数人の友人に囲まれたツナがいた。
笑いながら、泣いていた。
山本は思わず泣いてしまった。
クラスの奴らは馬鹿にしたけど、そいつらも顔がぐしゃぐしゃで
人のことをとやかく言えるものではなかった。
柄にも無くおセンチになったと思われたらしい。
変に口実を作る手間が省けたのであえて何も言わないでおく。
勝手に思い込むならそれを利用させてもらうまでだ。
目の前の友人と言葉を交わす間、山本の心はそこには無かった。
条件反射のような人懐っこい笑いで受け答えするが、
心は別の場所、ツナにあった。
あいつらは知らない。
ツナが流した涙の意味を。
友との別離を惜しんだのではないことを。
声が掛けられなかった。
言うべき言葉が見つからない。
自分の弱さを突きつけられた。
無性に悔しくて、やるせなくて、涙が零れる。
きっと。
ツナが泣いたのは。
沢田綱吉が死んでしまうから。
■ ■■■ ■
ツナは大学へは行かない。就職でもない。
ツナが選んだのはボンゴレファミリー十代目ボスの地位。
高校卒業と同時にイタリアへ渡ることになっている。
散々悩んだのだろう。
六年前、初めてリボーンと出会った頃は
頑としてボスになることに頭を振ろうとはしなかった。
マフィアになるということ。
ファミリーのボスにのしかかる重圧。
自分の意思とは無関係に高まる周囲の期待。
人を殺すということ。
人を生かすということ。
殺されるということ。
全てを理解するには、ツナはあまりにも幼すぎた。
それでも、時代の波は待ってはくれない。
立ち止まることを許さず、振り返ることを許さず、
裏世界に通じる道を歩ませる。
リボーンがツナだけを連れてイタリアを訪れたのは一年前。
何があったのかは二人しか知らない。
何を見たのかは二人しか知らない。
けれど
何かがあったのは確かで。
何かを見たのは明白で。
帰国後、空港に出迎えた獄寺にかけた一言。
「十代目に、なるよ」
弱弱しい笑みを浮かべたツナの顔は
決してボスのそれではなかった。
それでも、はっきりとした声でそう告げた。
人目もはばからず抱きついた獄寺。
ありがとうございます
ごめんなさい
貴方を守ります
何度も、何度も繰り返し言った。
本当に勝手だと、ツナは思う。
ファミリーのボスになれといったのはそっちなのに
今更謝るなんて。
泣きたいのはこっちなのに
先に泣くなんて。
本当に勝手だ。
■ ■■■ ■
ボス就任を認めると話の流れは速かった。
とは言っても、ツナの生活に変化があったわけではなく
むしろ今まで通り過ぎるきらいさえあった。
本当に変わるのは高校卒業後。
卒業と同時にイタリアへ渡り、十代目ボンゴレを襲名する。
ファミリーのボスとしてマフィアの頂点に君臨するのだ。
そう。
マフィアの頂点に立つのはファミリーのボス・十代目ボンゴレであって
沢田綱吉ではない。
十代目ボンゴレを襲名した瞬間
沢田綱吉の存在はこの世から抹消される。
共にイタリアへ渡る獄寺や山本、雲雀、笹川は
きっと“沢田綱吉”の名を呼んでくれるだろう。
けれど、それは通り名と同じで。
魂に課せられた名は、十代目ボンゴレ
それ以上でもそれ以下でもそれ以外でもない。
ただ、それだけだ。
だから沢田綱吉は死ぬ。
十代目ボンゴレと沢田綱吉は同時には存在できない。
表裏一体一枚のコイン。
決して二つが出会うことは無い。
全てを理解し、ツナは承諾した。
ファミリーを守るため、自己を捨てた。
■ ■■■ ■
だから
ツナが泣く理由も
獄寺が謝る理由も
山本が何も言えない理由も
全て 同じ。
『沢田綱吉』が死んでしまうから。
うわぁ。
おっそろしく暗いなぁ。おい。
いちお、コレはさかきがイメージするツナの根底にあるものです。
だから獄寺は必死でツナを守るし、山本はツナを支えようとする。
お世辞にもたくましいとは言えない子供、だからその分覚悟しなきゃいけない世界。
そんな世界に自らに意志で踏み込む勇気って相当なものだと思うわけです。
切り捨てなきゃいけないものもある。
傷つかなきゃいけない時もある。
死にたくなる時だってある。
負けないで欲しいと思う。
いつでも、強くあって欲しいと思う。
もともとこの話は林家こ●平氏の襲名にあたり思いついた話です。
芸術の世界のことはわかりません。
ただ、名が違えばそれは別の存在ではないかと思ったのです。
名前を失ったなら何者かなんてわからない。
名前が全てとはいわない。
けど自分には自分の名前がある。
それがなくなればやっぱり自分は別の自分になる。
こんなことを考えていたらツナの立場と合致してしまった。
マフィアの世界に足を踏み入れる獄寺や山本は、普通の生活は失っても名前は失わない。
ツナだけが名前を失うなんて、あまりにも世界は彼に厳しすぎる。
さかきが書くものはいつだって救いが無い。
自分自身救えない人だから仕方ない。
けど、たまには幸せにしてあげたいと思う。
ごめんよ。ツナ。
2005/某日
※こちらの背景は
NEO-HIMEISM/雪姫 様
よりお借りしています。