ノックも無しに、蹴破ろうかという勢いでもって開け放たれた扉。
断りも無く部屋に侵入してくる一人の男。
不躾に差し出された一枚の紙っぺら。

そして

「サインして」

いつも通りの仏頂面で、そして尊大な態度で、簡潔に用件を告げた。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「何その目は?」
「・・・・・いえ・・・・・別に・・・・・」

ただあんたにはこの鬼のようにそびえ立つ書類の山が見えないのか、と訴えたかっただけですよ。
まぁどうせ見えなかったんでしょうね。
あんたはそういう人ですもんね。
あーあー思った俺がバカでしたよ。すみませんね。

「言いたいことがあるならはっきり言えば?」
「・・・・・・・仕事が溜まっているので後にしてください」
「却下」

却下するなら言うんじゃねぇ。
思いつつも手を止めずに片っ端から書類と言う凶悪な敵と対峙し続ける俺を見て何も感じないのかこの男は。
ていうか何か感じてくれ。頼むから。

「僕が何年間待ったと思ってるの?」
「は?」

まだ5分たりとも待っていないだろ。
こちとら1週間も前から待たせているサインだってあるんだ。
いや、確かにソレはサボっていた俺の自業自得なんだけど。
いくら唯我独尊を地でいくあんたでももう少し位待っても罰は当たらんだろうよ。

「いいから、早くサインしなよ」
「もぅ・・・・・・わかりましたよ・・・・・・」

諦めて俺は差し出された書類に手を伸ばす。
言い出したら聞かないのが良くも悪くも雲雀恭弥と言う人間だ。
雲の守護者らしく、自由奔放なんて言葉では収まらないくらいに好き勝手やってくれる。
それに助けられている部分が無いとは言わないが、驚くくらい迷惑を被っている率の方が高いのが事実だったりもするわけで。
本人が解かっていて進言しているのかどうかは定かではないが、 今ココに積み上がっている書類の山の4割程度はこの男がやらかした不始末の尻拭いになるわけで、 やっぱりソレを押しのけてまで自己の要求を押し通される道理はないのでは?と脳裏に過ぎりはしたものの、 ソレを口にしたところで現実が変わらないという悲しいお知らせが同時に発信されたので涙を呑んで諦めた。
諦めるしかないことをいつまでもうじうじ悩んでいても話は進展しないし、何より溜まりに溜まった仕事に差し支えるので、この際脳の端っこにうっちゃり、紙面に目を通す。
左から右に目線だけを動かして内容を追う。
一度目を通して、瞬き。

「・・・・・・・・え?・・・・・・・これって・・・・・・」

ごしごし目元をこすって、もう一度目線をやるが、内容が変わるわけはなく。

「・・・・・えっと・・・・・・婚姻届・・・・・・?」

間違うことなく婚姻届だった。
紙面の一番上にそう銘打ってあるのだから間違いない。
しかしなんだこれは?
いや、婚姻届がなんであるかということくらいはわかっているんだが。
何故今これが目の前に差し出されているのかということが問題であって。
そもそもこの人は俺にサインを求めてきたわけであって。
と言うことは俺はこの書類の何処かにサインをしなくてはいけないわけで。
問題はそれが一体何処かということなわけで。
この書類の記入者枠なんて2人分しかいないのだから必然的にどちらか、ということになる。

「・・・・・・さしあたり俺はどっちに記入すればいいんですかね?
男としての尊厳と言うか、なけなしのプライドがあるので
自ら望んで妻の欄に記入する気はないんですけ・・・・うおぉおおうっっ!?」
「何の冗談を言っているのかな?君」

殺意丸出しでトンファーが振り下ろされた。
目の前の机にめり込むそれを見れば、直撃を受けていた場合の惨劇は悲しいくらい手の取るように想像できる。
超直感のお陰で頭をかち割られる寸前、反射的に攻撃をかわすことが出来た。
何とか命拾いしたことに安堵するまもなく

「咬み殺されたいのならそう言ってくれればよかったのに」

全く笑っていない目で、にこやかに言われた時には死よりも恐ろしいものが背筋を過ぎった。

「じょじょじょじょ冗談ですって!!」

いやだなぁ雲雀さんてば!冗談わからないんだから!
取り繕ってみても彼のトンファーを握る手は緩まなかった。
仕方なく、俺は諦める。

・・・・・・いや、人生をとかではなく、ね。

握ったままの書類を机につい、と投げ、ゆっくり上から指を辿らせる。
夫婦の氏名、住所、本籍地、父母氏名、とその他いくつか続いていき、ある一点でピタリ指を止めた。

「ココ、ですよね?」

俺が指し示したのは紙面の下の方。
その他の欄。

「・・・・・わかっているならさっさとしなよ」
「最後の抵抗ってやつですよ。やっぱりその時が来ると手放したくなくなるって言うか」
「・・・・・往生際の悪い」
「なんとでもどうぞ」

フン、と気に入らないとばかりに不機嫌さを隠そうともせず、ようやっとトンファーから力を抜いた。

「・・・・・・早いなぁ・・・・・もう明日なんですね・・・・・」

ため息とも吐息ともつかないものを吐きながら、感慨に耽る。
彼女と出会って11年。
時の流れの早さに眩暈すら起こしそうになる。

「なんか複雑・・・・・・」

俺が成人すると同時に、彼女を俺の養子として迎え入れた。
ありふれたごく普通の生活を望む彼女には保護者の存在が必要不可欠だったのでそうした。
年齢としてはふさわしくないし、結婚すらしてもいない俺ではあるが、その辺は裏社会に通じるこの職業。
お金を積めばどうとでもなるし、どうとでも出来る。
だから彼女は妹であり、子供であり、部下でもある。
そのような意味において、やはり自分の中でもかなり特別な存在だった。

「あ〜〜〜〜っ!!やっぱり嫁になんて行かせたくなーいっ!!」
「まだそんなことを言ってるの?」
「だって・・・・・・うあ〜〜っっ!」

片付けなければいけない書類の山を手当たり次第に床に崩し落とす。
手間が増えることは百も承知で当り散らした。
そうでもしなければやっていられない気分だ。
一つ崩し、二つ崩し、全部崩し終わって机の上に残ったのはたった一枚の紙っ切れ。
横のほうに退け、先ほど雲雀に壊された部分を避けて机に突っ伏す。

「今まで可愛がってきた妹なんですよ・・・・・・・・」
「知ってる」
「美人に育ててきたんですよ・・・・・・・」
「知ってるってば」
「それをほかの男に渡すなんて・・・・・・」
「どこぞの馬の骨とも知れないやつよりはましだろう?」
「・・・・・・・・・・問題児には変わりないです・・・・・・・」
「失礼だね、君」
「言いたいことくらい言わせてもらいますよ」

親からの妨害は結婚には付き物でしょう?
そう言ってへらっと笑ってやったら、苦々しい顔をされた。
可愛い娘をくれてやるんだ。
このくらいのことは甘んじて受けてもらおう。



■■■   ■■■


「俺はね、雲雀さん。結婚に反対しているわけじゃぁないんです」
「そう」

ならさっさとサインだけしてくれたらこんなところには用はないんだけど?
未だ空白になったままのその他の欄を指で弾く。

「なんせ、当の本人が雲雀さんのこと大好きなんですもん。反対する理由が無い」
「・・・・・・・・・・・・」
「でも。だから。やっぱり最後に聞いておきたい」
「・・・・・・・何?」


「イーピンを幸せにしてくれますか?」


俺の最愛の妹で、最愛の娘を
貴方は幸せにしてくれますか?

いつだって、どんな時だって
親が望むのは子の幸せだ。
血が繋がっていようがいまいが、そんなことは関係ない。
愛しいから
大切だから
幸せであって欲しい。
理由なんてない。
ただただ無条件に幸せであって欲しいんだ。
貴方にはその力がありますか?
あの子を幸せに導くだけの力が
幸せになるための貪欲さが
貴方にはありますか?


「・・・・・・・・・・くだらない」
「ちゃんと答えてください」
「質問の意図が根本的におかしいんだよ」
「何もおかしくなんて・・・・・」
「なら、君の言う『幸せ』とはなんだい?」
「・・・・・え?」
「幸せなんて感情は相対的にも絶対的にも測れるものじゃない」
「そう・・・・・ですけど・・・・・」
「そもそも論として、幸福と言うものは画一的なものではない」
「・・・・・・・・・・」
「君はそんなものをどうやって定量化しようというんだい?」
「・・・・それは・・・・・」

言葉に詰まる。
何も言い返せない。

「逆に聞くよ。君は笹川妹を幸せに出来ているかい?」
「・・・・・・・」

答えられるわけが無かった。
俺の感じている幸せが彼女の望む幸せと同義である保障はどこにも無いのだから。
俺が彼女で無い以上、その質問に答えることは出来ないし、答える資格も持ってはいない。
もしも仮にこの質問に答えられる人がいたとして、それはただの傲慢にしか過ぎないだろう。
親だろうが兄弟だろうが恋人だろうが、皆他人だ。
他人を己の尺度で測ろうとすること自体が間違いなのだ。

「そういうことだよ」
「・・・・・確かにくだらない質問でした」

もう潮時だろう。
今度こそ観念してペンを走らせる。
さらさらと、慣れた手つきで名前を記す。
そして最後に、捺印。
これでおしまい。

「どうぞ」
「どうも」

特にありがたそうでも無く、受け取られる。
なんだかやるせない。

「・・・・・雲雀さん・・・・・」
「何?」
「・・・・・・・・・いえ、なんでもないです」

お幸せに、と言おうとして口を閉ざした。
今さっきの話を鑑みれば言うべき言葉ではないと感じたのだ。
ただ、想う事位は許してもらおう。
二人の前途に、幸多からんことを。

「邪魔したね」
「いえ」

用事が済めば長居は無用とばかりに、さっさと部屋を出て行こうとする。
散乱する書類を何の躊躇いも無く踏みしめてドアへと向かう。
入ってきた時から開け放したままの扉をくぐったところで、雲雀が足を止めた。

「まだ何か・・・?」

声を掛けると、雲雀は振り返りもしないで言う。

「・・・・・・君の質問には答えられないけど・・・・・・」
「?」

「幸せになる覚悟はできてる」

はっきりとそう断言する。
俺を満足させるには、十分すぎる答えだった。


■■■   ■■■


「ピン・・・・・幸せって何だと思う?」
「なんですかいきなり?」
「いいから答えなよ」

もう、と怒ったそぶりを見せたのは一瞬で。
ほんの僅かの時間考え、ゆっくりと口を開く。

「・・・・・・・・紙一重で辛いこと、ですかね?」
「なにそれ?」
「なんとなくそう思っただけです」
「ふぅん・・・・・」

その回答はなかなか言いえて妙だ。
『幸』と『辛』は対極のようでいて僅かに一画違い。
まさに一線によってどちらに転ぶかわからない究極のバランスによって成り立つ関係性といえる。

「それがどうかしたんですか?」
「綱吉がくだらないことを言うから気になっただけ」
「ツナさんが?」

二人の間で行われた会話など知る由もないイーピンはただ首をひねるばかりだ。

「君は余計なことを考えなくていいよ」
「聞いておいてその言い草ですか」

まぁヒバリさんらしいと言えばらしいですけど。
クスリと笑う。

「ピンは、幸せになりたいと思う?」
「えぇ」
「紙一重で辛い思いをするかもしれないのに?」
「だからこそ、です」

世界は相対的にしか出来ていないから。
幸せだけを享受することは出来ないから。
いつか幸せになるためには、辛さを知らなくてはいけない。
いつかが幸せだったと知るためには、辛さを味合わなくてはいけない。

「だから、幸せを知るために私は辛いことも享受したいんです」
「君は本当に変わってるね」
「ヒバリさんに言われたくないです」

二人がはにかんだ時
カチリ
時計の針が重なる音がした。
控え目に、時を知らせるメロディが流れる。
それは日付が変わったことを知らせるもので、つまりは11月25日の訪れを知らせるものだった。

「16歳、だね」
「16歳、ですね」
「去年の約束覚えてる?」
「もちろんです」
「僕はあの言葉を違えるつもりは無いけれど、君は受け入れる準備は出来てる?」
「365日前に、その答えはしたはずですよ?」
「・・・・・・そうだったね」

ポケットに手を忍ばせると、剥き出しのソレが指先で転がる。
一年以上も前からここにあり続けたソレは今日という日を待っていたはずだ。
だが、彼女もまた変わらずにあり続けてくれるとは限らない。
だからこれは最後の確認。

「最後の質問」
「はい」
「君は、幸せになれる?」

僕は幸せにしてあげる事は出来ないけれど。
それでも君は、その手に、君の言う幸せを掴むことが出来るのか。
僕はきっと幸せになれるだろうけれども。
それだけの覚悟はできているけれども。
出来得る事なら、君にも僕と同等の幸せを享受して欲しい。
僕だけじゃなく君にも。
ベクトルが違っていてもいい。
交わらなくてもいい。
ただ、幸せを得るために共に歩いていければ。
共に幸せになるためじゃなく。
幸せのために共にいたい。
辛いならば、その一画になってあげてもいい。
足りない一画を補え合える様な、そんな関係でありたい。
だからこそ、彼女自身の意志が何よりも必要だった。
幸せになるに足りえるだけの意志が。

ポケットの中で二つのリングをまるで一つに合わせるかのように握り締める。
少しばかり緊張はしていた。
けれども、何故だか不安は無かった。
真っ直ぐにこちらを覗き込む彼女の瞳が揺らがなかったからだ。

イーピンは迷い無く答える。

「なってみせます。・・・・ぁっ!」

言葉を最後まで言い切るのと、抱き寄せて唇を奪うのはどちらが早かっただろうか。
どうでもいいことには代わりない。
必要な言葉は、もう聴いたのだから。

「16歳おめでとう」

そしてありがとう、と。
誰よりもこの日を待ち望んでいたのは、きっとこの僕だ、と。
11年越しの念願が叶うことを誰よりも喜んでいるのは、この僕だ、と。
かき抱いた胸の中の彼女に告げれば、うっすらと桜色に頬を染めて

「お待たせしました」

そう、申し訳なさそうに笑った。


■■■   ■■■


一年の時を経て、イーピンの薬指にリングが納まった。
彼女の手によって雲雀の薬指にも同じものが既に嵌められている。

「言葉は、くれないんですか?」
「なんの?」
「プロポーズの言葉」
「・・・・・・一年前に先渡ししたはずなんだけど?」
「やっぱり一緒に貰いたいじゃないですか」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「誕生日プレゼントだと思って、ね?ね?」
「・・・・・・・・もう二度と無いと思いなよ・・・・・・」
「はい!」





Identification of happiness
(例えばソレが、互いに違うものだったとしても、君とだから追い求めたいと思った)









遅ればせながらイーピンのお誕生日を祝いたい話でした!

壱万打御礼も兼ねてとにかく幸せにしたかった。

地味に以前に書いた作品とオーバーラップさせてたり・・・・。

個人的には婚約届けを巡るツナと雲雀のやり取りがメインだったことは内緒(コラ!

何はともあれ、イーピンおめでとう!

今日が30日とかそんなの関係ねぇ!!そんなの関係ねぇ!!(殴

2009/11/30




※お持ち帰りする前に※


1, 著作権放棄はしていませんのでお間違えの無い様。

  
2, フリー配布は本文のみであり、背景画像はミントblue/あおい様よりお借りしているものです。

  当サイトから画像を持ち帰らないように注意してください。


3, お持ち帰りはソースを開いてどうぞ。

  『ソース開いてどうすんの?』って人はメールくだされば添付で返信しますよ。


4, お持ち帰りの報告は特に必須ではありませんが、

  無記名でもいいので拍手などで『持って帰ります!』と言って頂けると嬉しくてさかきが小躍りします。


5, 配布期間は 2009・12・01〜2010・01・18 (暫定)とします。


2009/12/01 追記






※こちらの背景は ミントblue/あおい 様 よりお借りしています。




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