二人で食後のお茶を飲んでいた時。
イーピンはおずおずと切り出した。

「雲雀君と二人で旅行・・・・・・ですか?」
「はい。二泊三日の温泉旅行なんですけど、行ってきてもいいですか?」

これまでだって二人で出掛けた事なんていくらでもあったが、風が日本に来ている時期と旅行が重なってしまったからには一言断りを入れねばなるまい。
もちろんわざわざ来日した風を一人置いて行くのは気が引ける。
だが旅行は前々からの予定で、多忙の中わざわざ時間を確保した雲雀の労力を考えればキャンセルという選択肢は取れない。
師匠もそのあたりのことはわかってくれている、とイーピンは思っていたから、やんわりと微笑んで送り出してくれると予想していた。

「ダメに決まってます!」

だから、まさかこんな強い口調で止められるなどとは欠片も考えていなかった。

「・・・・・・師匠・・・?」

呆気にとられて言葉が出てこない。
ふと。

風の手に何か握られているのを見つけた。
一体いつから持っていたのだろうか?
少なくともお茶を飲み始めた時はなかったはずだ。
よくよくみれば、それは本だった。
どこにでもありそうな雑誌だ。
随分くたびれているし、なにやら付箋が張り付けてあったりなんだりしている。
表紙には、ポップな字面でこう書かれていた。

<お役立ち旅行ガイドの決定版!『るぶぶ・温泉編』>

その『るぶぶ』をしかっと握りしめ、風は叫んだ。

「二人だけで温泉を楽しもうだなんて、そんなの許しませんよっ!!」




温泉へ行こう!



「・・・・・・で?」

旅行当日。
イーピンの下宿するアパートに迎えに行った雲雀を出迎えたのは瞳をきらきら輝かせた同じ顔の人間、風だった。
日本に来ている事は知っていたから別段驚きはしない。
だが、問題はその彼がどうしてこれから行く温泉宿のパンフレットを手にしているのかということだ。

「何なの?」
「私も温泉に連れていってください」
「断る」
「ごめんなさいごめんなさい!師匠が絶対に一緒に温泉行くって聞かなくて!」

風の後ろで頻りに頭を下げているピン。
対照的に、とても生き生きとした表情も風。

「・・・・・・」
「どうしてもっと早くに温泉に行くことを教えてくれなかったんですか?私は日本全国ありとあらゆる温泉情報を勉強していたのに」

手に掲げた一冊の本は読み込んでいるのか、大分くたびれた体だ。
何となく装丁が古くさく、改めて視線を巡らせるとそれが10年も前に発行されていたものだと知れた。
基本的に山奥に篭もっている風らしいといえばそう言えなくもない。
それだけ温泉に対して並々ならぬ思いがあるのだろう。
だが―――


「行きたいなら一人で勝手に行ってくれば?」
「水くさいですねぇ。家族で行くから楽しいんじゃないですか」
「・・・・・・・・・」
「すみませんすみません!師匠、温泉で背中の流しっこするって聞かなくって」

そういえば、この家は風呂場がやたらめったら狭くって二人で入ることが不可能ということを知った時、風がやたらとショックを受けていたことを思い出した。
だからといって温泉旅行同伴を認める理由になりはしないが。

「・・・・・・第一、予約は2人でしか取ってないんだけど?」
「大丈夫です。私が責任を持ってプラン変更しておきましたから。親子三人での慰安旅行になりましたって」
「何を勝手にっ!」
「というわけなので、早速温泉にゴー!ですよ」
「・・・・・・・・・・・・・・・」
「ごめんなさいごめんなさい!」

意気揚々と元気な人と。
とにかく閉口するしか無い人と。
ひたすら謝り続ける人と。

そんな3人の温泉旅行です。


 □ ■ □ 


半ば押し切られる形で3人は宿へと向かった。
車で3時間程の山間にある趣深い宿だ。
雲雀が運転する車の後部座席で風がひたすらはしゃぎまくっていたことはあえて記述すまい。
同時にひたすらピンが謝っていたことも記述すまい。
書いていたら紙面が尽きる。

そんなこんなで。
つつがなく温泉宿に到着した。
そういうことにしておけ。
後生だから。

「おぉぉぉっ!」
「はわぁ〜、なんか・・・すごい立派ですねぇ」
「一応、有名なところだから」
「?でもこのバイブルには載っていませんでしたよ?」
「だろうね」

バイブルらしい、例の『るぶぶ(10年前)』を高速でめくって見せるが、載っているはずがない。
ここは9年前に出来たのだから。

「さっさと行くよ」
「あ、待ってくださいよヒバリさん」

いちいち教えてやる義理も無いから適当に話を打ち切って門をくぐって綺麗に整えられた庭園に足を進める。
何故か足を止めたままの風が視界の端に映りはしたが全力で無視する事にした。
あれは知らない人だ。
自分は無関係だ。
そう言い聞かせて。

「イーピン!雲雀君!これ、足湯ってありますよ!これも温泉なんですよね?そうなんですよね?なら入っていかないと!ちょっと、二人とも?何で入らないんですか?私だけ入っちゃいますよ?後で後悔しても知りませんよ?うわぁこれすっごい気持ちいいですよ!二人とも一緒に入りましょうよ。イーピ〜ン?雲雀く〜ん?」

あぁ、流石山間の閑静な温泉宿だ。
バカみたいに声を張り上げるバカの声がよく響く。
隣を歩くピンは顔を赤く染めていた。
なんだか無性に可哀想になって、頭を撫でてやった。
こっちまで泣きたい気分だ。


 □ ■ □ 


「3名に予約変更された雲雀様ですね?」
「2人と1人」
「は?」
「どんな部屋でも良いからもう一室無いの?」
「た、大変申し訳ございません。本日満室となっておりまして・・・・・・」
「・・・っち!」

あわよくば風を追い出そうと思ったのにそうは問屋が卸してはくれなかった。
仕方なく3人でチェックインして、離れへと通される。
この温泉宿は部屋がすべて離れという仕様だ。
フロントのある本館にも大浴場が設置されているが、各離れにも小さいながら内風呂及び露天風呂がついている。
隣室に気を使うことなくゆっくりくつろげることを売りに、カップルや小さい子供連れの家族に人気らしい。
だから―――

「あの」
「はい、何でございましょうか?」
「枕投げしても怒られませんか?私それが楽しみでマイ枕を持参してしまったのですが・・・・・・」

やたらとかさばる荷物を持っているかと思ったら、そんなものを入れていたのか。
仲居さんの営業用スマイルが一瞬崩れた。

「・・・・お・・・お部屋を破損しない程度でしたら・・・」
「それから、深夜の恋バナは何時くらいまで・・・・」
「えっと・・・・・・」

そりゃぁ閉口したくもなる。

「無視して良いよ」
「すみませんすみませんっ!」

閑静な温泉宿。
そんなところに修学旅行のノリで来るのはいただけない。
是非とも『るぶぶ』に書いておけ!


 □ ■ □   


それからも、風の独壇場だった。

部屋に入るなり温泉饅頭を所望し。
かと思ったらご飯の前に一風呂浴びると言い。
勝手に入ってこいと追い出したらフロントから電話で呼び出され。
「お連れ様がお風呂で泳ぎだして他のお客様から苦情が出ている」とのことで。
結局内風呂に入るしか無くなって。
そしたら三人で入ろうとか言い出しやがって。
背中の流しっこするんだと聞かなくて。
拉致の勢いでピンが風呂場にさらわれて。
仕方なしに付き合ってやることにしたら今度はピンが騒ぎだして。
「ヒバリさんいきなり脱がないでください〜っ!!」
「・・・・・・風呂に入るのに脱がないでいつ脱げばいいのさ」
「でも!」
「第一、風は大丈夫なのに僕はダメってどういうこと?」
「師匠は昔からで慣れてるからいいいんです」
「どうせ同じ顔でしょ?」
「でも別人です〜〜っ!」
てなかんじでピンが逃げ出したため、結局僕が風の相手をすることになって。
背中を流し流され、血を流し流されの、まぁそんなかんじになって。
後から入ったピンが血の惨劇を見て悲鳴を上げて。
時を同じくして浴衣の着付けに四苦八苦していた風が僕に助けを求めてきたから、ささやかな嫌がらせに右前で着せてやって。
風呂上がりの卓球を求められたからラケットを顔面に向けて投げつけたやった。

よい子の皆は決して真似してはいけない。


 □ ■ □ 


夕飯をすませると、後は特にすることもない。
もう一度温泉に入ってもいいがわざわざ血の海に浸かりに行く趣味もなく、窓辺でゆっくり杯を傾けていた。
それに習って、隣ではピンも酒を嗜んでいる。
どうやらここの地酒がお気に召したらしい。
陽気にあれやこれやらをしゃべりつつ、かなりハイペースに進めている。
慌ただしく、それでいてハチャメチャに流れていった今日という時間が嘘のようなゆったりとした時の流れ―――

「イーピン!雲雀君っ!」

を破壊させる嵐の声。

「・・・・・・今度は何?」
「お風呂も済んだ。ご飯も済んだ。となれば後に残るは枕投げですよ!」
「・・・・・・・・・・」
「ささ、お布団も敷いてきましたから」

と半ば無理矢理に奥の部屋に連行されると。
綺麗に隙間無く敷かれた3組の布団。

「何で3つ並べてるわけ?」
「?旅行に来たら親子三人仲良く川の字で寝るのは当たり前でしょう?あ、それとも雲雀君もしかして・・・・・・私と二人で恋バナしたかったんですか?」
「いい加減にっ!しろっっ!!!!」

一組の布団をひっ掴んで風もろとも襖の向こうに投げ飛ばす。
怒りのゲージは既に限界値を超えている。
今まで我慢していただけでも感謝して欲しい位だ。

「勝手にこの部屋に入ったら咬み殺す。襖を開けても咬み殺す。話しかけても咬み殺す!」

口を挟ませる暇さえ与えずまくし立て、世界を切り離さんばかりの勢いで襖を閉ざした。

「・・・・・・いいんでしょうか?師匠放って置いて・・・」
「知らないよ。それに・・・」
「それに?」
「そろそろ二人だけで楽しんでもいい時間でしょ?」


 □ ■ □ 


「・・・・・・さて」

襖が閉ざされてから3時間ばかり経っただろうか?
一人追い出された風はそれに対して不平を述べるでも無く、仕方ないといった様子でその場を去り、二人が残していった酒を一人で傾けて過ごした。
窓から移る景色はわざわざ口に出さずとも綺麗であった。
自然のそれには遠く及ばないものの、人工的に整えられた故の美しさが何よりの肴になった。
瓶が空になる頃には庭園のライトアップも終わり、辺りは薄明かりを残すのみとなる。
杯をコトリ静かにテーブルに返し、わずかほども足音のしない独特の歩みで奥の部屋に向かった。
そこはもちろん、数時間前に雲雀から入るな開けるなと釘を刺された部屋だ。
しかしなんの躊躇もなく襖を引いた。
部屋の明かりは落ちていた。
すぅすぅと規則正しい寝息が聞こえる。
枕元にまで歩み寄っても二人が起きる気配は微塵もない。
世界広しといえども、この二人を相手に何も気取られずに枕元に近寄れるものなどこの風をおいて他にはいないだろう。

「・・・今日は少しはしゃぎすぎてしまいましたね」

雲雀の胸に頭を埋めるようにして眠るイーピンの頭を撫でた。
ほんの少しくすぐったそうに体を捩ったがそれだけだ。

「私のわがままに付き合ってくれてありがとうございます」

次いで雲雀の頭も撫でる。
起きている時なら絶対にさせてくれないだろう。

「・・・・・・おやすみなさい。いい夢を・・・・・・」


 □ ■ □ 


「っ風!!」

温泉旅行2日目の朝は雲雀の怒鳴り声で始まった。

「これは・・・・・・何のつもり?」
「いえ、まだ流石にイーピンに妊娠は早いかと思いまして・・・・・・」
「余計なお世話だよっっ!!」

起き抜けに見つけた枕元の長方形の箱を、風の顔面向けて投げつけた。
二泊三日の日程のまだ半分も終わっていない事実に雲雀は辟易とするのだった。









22222打オーバー御礼リク『ヒバピン+風』のお話でした。

やっぱりやりたいようにやらかしすぎた。

風はどうやら骸様に次ぐギャグ要員の模様ですww

ところでどうしてうちの風はこんなにも家族愛に執着しているのでしょうか?

書いてる本人にも謎です。

こちらの作品はリクエストしてくださったmio様のみお持ち帰り可です。

ありがとうございました。

2010/10/16




※こちらの背景は NEO-HIMEISM/雪姫 様 よりお借りしています。




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