配達夫の恋






「絶対渡してよね!?」

念を押す割に相手の意思なんかまるっきり聞こうとしない。
押しつけるものだけ押しつけて、ばたばたとスカートの裾を振り乱しながら廊下を走っていってしまう。
周りなんて見えない。
いや、見ようとしていないってのが正しいのかな?
そんな余裕がなくなっているのかもしれない。

「それにしても……」

右手でごそごそポケットを漁ると封筒が二通。
桜色とふんわりと優しい印象のクリーム色の封筒。
どちらもハートマークのシールで封をしてある。
そして左手には先ほど押しつけられたのは水玉模様のファンシーな封筒。

「……ラブレターが三通も……」

悲しいかな。もちろんツナに宛てられたものではない。
もちろんて言われても傷つかないくらいに自分がモテないことは知っている。
勉強も運動もてんでダメダメな自分である。
モテる要素なんて無きに等しい。
それに引き替え一日にラブレターを三通も貰ってしまうその人に、少なからず羨ましさを感じるものの、すぐにそんな風に思うこと自体不相応であるように感じてかぶりを振る。

「持ってても仕方ないし、さっさと渡しに行くか」

新たに加わった封筒を一緒にして、再び尻ポケットに納めた。
できるだけグシャグシャにならないようにきれいに滑り込ませる。
ポンッと軽くポケットを叩いて間違いなく入れたことを確認。
以前頼まれたのはいいがどこかに置き忘れたあげく、渡した本人が落ちていた自分の手紙を発見したことがあった。阿修羅の顔をした女子に学校中追い回されるという新たなダメツナ伝説が打ち立てられたのは記憶に新しい。
そのときの経験から、必ず手紙を預かったらポケットに入れたことを確認する癖がついた。

そう、癖がついてしまうくらい手紙を預かっているのだ。
手紙を預かってはあの人のところに届けに行くのは、もうかれこれ2週間目に突入した。
この2週間、いったい何通のラブレターを託されたことか。
数えることすら空しさを助長すると悟ったのは、たしか5通目を過ぎたあたりだった。
そのため正確ではないが優に30通は超えているように思われる。

「そもそもオレにはあの人がこんなにモテる理由もわかんないけどね」

だっておっかないし、すぐ殴ってくるし、二言目には「風紀、風紀」て口うるさいし、人のことバカにするし……何でそんな人がこんなにモテるのさ?
確かに、黙って暴力ふらなけりゃきれいな顔しているとは思うけどさ。
そんなことあり得ないし。
唯我独尊の破壊神だからこそ雲雀さんなわけで。求めるものがお門違いってことだよ。

結局あの人がモテる理由はわからない。
わかっているのは『モテている』という事実だけ。
女子の考えることってよくわからないや。

アレコレ考えている内に応接室の前に辿り着いた。
中から話し声はしない。
誰もいないか、雲雀さん一人なのかな?
最近手紙渡すとき雲雀さんいつも不機嫌で怖いんだよね。
どうか今日は機嫌がよい日でありますよーに……

「失礼しまーす」

ドアノブを慎重に回して、出来るだけ音を立てないように静かにドアを開く。

「おや、沢田さん」
「こんにちわ。……草壁さん、一人ですか?」

応接室の中にいたのは並盛中学風紀委員副委員長の草壁さんだった。
中学生にはとても見えないその容姿と、他を威圧する時代錯誤のリーゼントがトレードマーク。
不良を想像させる外見とは裏腹にとても人間として出来た人で俺の周りの数少ない常識人の一人だ。何度かここに通ううちに顔見知りになり、こうして普通に言葉を交わす仲になった。

「委員長は今席を外していますよ」
「みたいですね。また誰か制裁ですか?」
「そんなところです。委員長が戻られるまでお茶でもどうですか?」
「いえ!俺すぐに帰りますから」

尻ポケットを漁り、先ほど預かったラブレターを取り出す。

「これ届けに来ただけですから」

雲雀さんに渡しておいてもらえますか?と草壁の手の中に押しつける。

「……また、ですか……」

草壁は眉をひそめあからさまにうんざりとした表情を浮かべた。

「差し出がましいようですが沢田さん。このようなことはもうなさらない方が……」
「とは言っても、みんな断る間もなく押しつけていくし、
渡されたものを俺が勝手に処分ってわけにはいかないじゃないですか」
「そうかもしれませんが……委員長はほとんど目も通さず捨てていますよ」
「でしょうね」
「ご存じでしたか」
「まぁ、想像つきますよ。でも俺が頼まれたのは雲雀さんの手に渡すところまで。
その後で手紙がどうなろうが俺たちには関係ないわけですし」

そんな先のことまでいちいち気にしてられませんよ。
恋のキューピッドじゃあるまいし。

郵便局員は配達に何の私情も挟まない。
その手紙が届くことで喜ぼうが悲しもうが怒ろうが、そんなことは考えない。
手紙がきちんと読まれようが読まれなかろうが責任は持てない。
ただただ、頼まれた人のところに届けることが仕事。
そう。俺はただの配達係。
頼まれたから届けているだけ。
それ以上も以下もない。

「それじゃ、俺行きますね。雲雀さんに逢っても不機嫌な顔されるだけですし」
「わかりました。確かにお預かりしました」

ぺこり一礼をしてから早足に教室に向かう。
なんだかんだで後少しで昼休みも終わりだ。急がなくちゃ。
あーでも次の授業ってたしか当てられてた気がする。
リボーンに教えられたけど結局理解できなくて終わらなかったんだよな……。

廊下から望む空は青く澄み渡っていて。
宿題なんてどうでもいいように思えてくる。

「……さぼっちゃおっかな……」

ここ最近はダメツナと言われる回数も減り、授業だってわからないなりに真面目に出るようになった。
今日くらいいいかな?

結論を出すまでもなく、自然と俺の足は屋上に向かっていた。




がちゃり。

「草壁、お茶」
「委員長ご苦労様です」

ノックもなく蹴りつけるような勢いでドアが開いたかと思うと、有無を言わさぬ命令が飛んできた。
しかしそれも日常茶飯事。
特に驚く様子もなく、お茶を汲み始める。

(本当に対照的な二人ですね)

正反対の二人のドアのくぐり方に小さくほくそ笑む。
それでいてどこか通じるものを感じるのだから不思議だ。

(こういうのを似たもの同士と言うんですかね?)

沢田さんあたりは全力で否定しそうですけど、私から見たらどっちもどっちですね。

草壁がそんなことを考えているとは露知らず、雲雀は荒っぽく執務机の椅子に腰を落とす。
そこで初めて机の上に置かれた淡い色の封筒に気づく。

「なにコレ」
「あぁ、つい先ほど沢田さんが持っていらしましたよ。委員長に渡してくれと頼まれたそうです」
「また?」
「えぇ」
「………ふん……」

面白くなさそうに鼻を一つ鳴らす。
あの子は人が良すぎる。
毎日毎日飽きもせずに受け取っては僕のところまで届けに来る。
その度に僕が睨んでも、素知らぬ素振りでまた次の日には同じことの繰り返し。

「綱吉は何考えてんの?」
「そんなこと私に聞かれましても……」

煎れ立ての日本茶を差し出しながら草壁が苦笑いする。
あの子の考えが解らないことなんて、この僕が一番知ってる。
不可侵で不可思議で不可解なのがあの子なのだ。
でもだからと言って、この現状は……

「不快だね」

面白くない。
この僕がこんな扱いを受けるなんて。
ギシっと椅子をきしませて雲雀が立ち上がる。
そのまま何も言わずにずかずかドアへと足を運ぶ。

「……どちらへ?」

聞くだけ野暮な気もするが。

「気にくわないから綱吉一発殴ってくる」

バタン!
激しい音を立ててドアが閉じられる。
主を無くした机の上ではゆらり白い湯気を立ち上らせる湯飲みがぽつり取り残された。
自ら所望しておいて手もつけないなんて。
そんな奔放すぎる雲雀の行動は理解しているので別段驚きもしないが。

「お互い、素直になれないもんですかねぇ」

全く。
呆れる位よく似た二人。
正反対で同一の。
まさに鏡写しの存在。

「だからこそ、沢田さんなのかもしれないですが・・・・」

誰にともなくつぶやいた。




うららかな午後の日差しを浴びてうとうと。
お昼ご飯の後ということも手伝ってだんだんと瞼が下がってくるのが自分でよく分かる。
校庭では体育で野球をやっているのかボールを打つ甲高い音と歓声が響いている。
気持ちいい。
どうせ授業をサボっているのだ。
居眠りしたって殊更とがめられることもない。
んーっと大きく伸びをするとこてんと横に転がった。
そのまま意識をまどろみの中に沈める

「こんなところにいたの?」

はずが、不本意にも綺麗さっぱり覚醒した。
ここにいるはずのない声に飛び起き、姿を確認して更に驚く。

「・・・・雲雀さん・・・・なんでこんなところに・・・」
「それはこっちの台詞。今授業中のはずだけど?」
「あ・・・・・・いや、・・・・これは・・・・その・・・・」

じゃぁあなたはどうなんだと言ってやりたいところだが、学年すら不詳のこの人がまともに授業に出ているとも思えない。そもそもこの学校に雲雀恭弥を咎める者なんていないのだ。
授業に出ないことくらい別段問題でもないのだろう。
そのくせ頭はいいのだから世の中理不尽なものだ。

「まぁいいや。君のサボり癖は今に始まったことじゃないからね」
「・・・あははは・・・・すみません・・・・・」

何に対してかもよく分からないけれどとりあえず謝っておく。
それが俺の身につけた処世術。
プライドの低い俺万歳。

「えっと・・・雲雀さん、俺に何か用でもあったんですか?」
「・・・・君がそれを言うわけ?」
「え!?・・・・・・・俺、何か気に障るようなこと・・・・・・・・したんですよね、きっと・・・・」

心当たりなんてないけれど。
この機嫌の悪さ。
たぶん相当なことをしでかしたようだ。

「わからない?」
「・・・・・すみません・・・・」
「・・・っ、これ」

そういって目の前に投げ捨てられた3枚の封筒。
桜色にクリーム色、そして水玉模様。
間違いなく先ほど自分が応接室に届けたものだった。

「一体どういうつもりなの?」
「・・・・これが・・・・・なにか?」
「まだわからないの?」

どうにも要領を得ない。
俺が届けた手紙の何か気に入らないのだろうか。
容量の少ない頭をフル回転させてみたものの答えは出ず。

「あの・・・雲雀さん、一体何なんですか?」
「・・・・・・僕に対するあてつけなわけ?」
「・・・・・・は?」
「僕に不満があるのなら直接そう言えばいいじゃない」

ダメだ。
わけがわからない。
何を言っているのかも、何を言いたいのかも。
俺の襟首に手を掛け、グイと引き寄せる。
急に引かれ瞬間的に首がしまった。
うぐ、と小さく音が漏れたのだがそれでも雲雀は言葉を続ける。

「君は僕にどうして欲しいんだい・・・・・答えてよ綱吉!」

珍しくも感情あらわに息を荒げる雲雀。
その目は怖いくらいに真剣で。

「・・・・っ雲雀さんっ!落ち着いてくださいよ。俺、一体何が何やらわからないですって」

首元に伸ばされたままの手をやっとの思いで振りほどき、息を整える。

「そもそも、この手紙が何だって言うんです?」
「本当にわからないの?」
「はい」

イライラを隠そうともしない不機嫌な声。
自分でも感情的になっていたことに気付いたのか、大きくため息を一つついて冷静さを取り戻す。

「この手紙、何で持ってくるわけ?」
「そりゃあ頼まれたからですよ。俺だって好きでやってるわけじゃないんですよ」
「受け取らなきゃいいでしょ」
「・・・・それが出来たら何十通も雲雀さんのところに届けたりしませんって・・・」
「第一、僕がそんな手紙読んでないことくらいわからないの」
「知ってますよ。封も開けずにそのまま捨ててることくらい」
「だったら君が捨てればいいじゃない」
「人の手紙をおいそれと捨てるわけにもいかないじゃないですか」
「綱吉は僕と付き合っているっていう自覚がないの!?」
「・・・・・・・・・・・・は・・・・・・・・?」

どうして今そんなことを言うのか。
確かに、俺は雲雀さんと付き合ってる。
まだ付き合い始めてそんなに日が経っているわけでもないが、まぁそれなりに関係もあるわけで。
ぶっちゃけキスとかしちゃってるわけで。
でもそれが今の話と如何関係しているというのか、自分には皆目見当もつかない。

「わからない?なら言い方を変えてあげるよ。
 綱吉が馬鹿丁寧に運んでくれたこのラブレターを僕が読んで
誰かに興味引かれてたらいいなって思ってたの?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ぁあ・・・・・・・・・・・」

ここにきて俺はようやく事態を理解できた。
よく分からない雲雀の言葉もここに来てやっとその意味が解かる。

「綱吉は・・・・そんなに僕と別れたいの?」
「誰もそんなこと言ってないでしょう。なんだってそーやって早合点するんですか」
「じゃぁなんなのさ!」

この人は、頭がいいくせにこういうところでは全然思考が回らなくなるんだから。
嫌いだったらわざわざ応接室なんかに足を運ばない。
嫌いな人に逢いに行く理由なんてそれこそない。
俺が手紙を持っていったのは貴方の所に行くきっかけが欲しかったから。
最近はどんどん不機嫌になっていくから届けるのもちょっとだけ気が引けたけど。
それでも雲雀さんに逢いたかったから。
なんの用もなく逢いに行く勇気なんて俺にはない。
だからこうして理由を作って自然を装って逢いに行っていたの。
ラブレターを届けることに不安なんてなかった。
誰かに雲雀さんを取られるだなんて想像もしなかった。
だって、

「だって、雲雀さんが好きなのは俺でしょう?」









・・・・・なんだってこんなにもツナが強気なんでしょうか?

さかきにも解からないミラクル。

ヒバツナ前提で書いてたんですけどツナヒバっぽいかも。

とにかく雲雀さんが女々しい!!

なんじゃこりゃ!

こう改めてみると、雲雀さんて結構語尾が女っぽいかも・・・・

そんな今更の発見。(遅っ!

2008/11/19





※こちらの背景は ミントblue/あおい 様 よりお借りしています。




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