「っらぁ!!いい加減口割ったらどうだ!」
「っ!」
気性の荒い声を聞くと共に、私は体の右半部を硬い何かに打ち付けられる。
これは何か。
あぁそうだ、これは床だ。
いま私は目の前にいるこの男に張り倒されて床に転がったのだ。
考えてみれば体中痣だらけだった。
痛みを通り越して感覚が乏しくなっている。
口の中にぬめりとした感覚があり、げほげほと咳き込めば吐き出されたのは血だ。
幸いなことに呼吸が苦しい感じはしないので肺がやられているわけでは無いようで安心する。
いや、そもそもこの状況下に有ることそのものが安心できる状態ではないではないか。
今はまだ(どうやら)骨も折れてはいないようだし、命に関わるような大きな怪我もしていない気がする。
しかしそれもいつまで持つかわからない。
一度気を失ってしまえば二度と目覚めることも無く永眠してしまう可能性だって有り得る。
そもそも何故私は今このような仕打ちを受けているのか。
思い出す。
目の前にいるこの男たちは何者だっただろうか。
思い出す。
どれくらいの時間、私はこんな状態だったのだろうか。
思い出す。
もう随分と長い間こうしている気もするし、まだほんの僅かな時間しか経っていないようにも感じる。
ただ私はこうされる理由があってここにいる。
そうでなくては、おかしい。
殴られすぎたせいか、記憶が曖昧だ。
上手く思い出すことが出来ない。
仕方ないから私は感覚の殆ど無い体を起き上がらせる。
ゆらり、ゆらり、振り子のように揺らしながら、緩慢な動きで立ち上がる。
倒れ続ける理由が無いのなら、起き上がらなくてはならない。
ただの消去法的選択。
立ち上がることに意味があるのかと問われればそこに確かな自信は無いが、目の前の男たちが半分はたじろぎ、半分はより一層いきり立つ様子から察するに、あのまま意識を手放すよりかは幾分マシな選択肢だと考えられる。
私は口を開かない。
満身創痍。
体中傷だらけで、立っているのがやっとの状態。
何度殴られようと、何度打ちのめされようと、黙って、悲鳴の一つも漏らさず、起き上がる。
全身ボロ雑巾のように薄汚れても、唯一つ、瞳に宿す力だけはこの行為が始まったときから変わることはない。
「・・・・てめぇ化けもんか・・・・」
「・・・・・・・・・」
化けもの。
あながち間違いではないのかもしれない。
己を体現する言葉としてふさわしいものだと思う。
思わず口元が緩んだ。
「っ!バカにしてんのかガキがぁっ!!」
あまりにも場にそぐわない私の笑みに、一人が激昂する。
まさに掴みかからんとする勢いだ。
私はあえて抵抗しようとも思わない。
殴りたいなら殴らせ、そして起き上がるまで。
拳を振り上げられても、瞬きすらしない。
地面に倒れ付すその瞬間まで相手をしかと見据える。
今回ももちろんそのつもりだ。
ところが男の拳は私に届く前に宙でピタリと動きを制止した。
「・・・・・・・・・・」
「な、なにすんだよアニキ!?」
「お前は手を出すんじゃねぇ。ぬるい拷問はしても無駄だ」
拳を止めたのは、この集団のボス格らしき男。
体の大きさなどは別段他の取り巻きと変わらないが、明らかに場慣れしている。
男は取り巻いていた者たちを一歩後に引かせ私の真正面に対峙した。
「正直言って驚いている。あんたを女だと、もっといやぁガキだと見くびっていた」
「・・・・・・・・・・・」
「丸二日間飲まず食わずで殴られ続けて生きてるだけでも対したもんだが、まさか声一つ上げないとは恐れ入った」
「・・・・・・・・・・・」
「だがな、そろそろ終わりにしようや?」
「・・・・・・・・・・・」
「これ以上やったら流石の俺たちでもあんたを殺しちまう」
「・・・・・・・・・・・」
「こんな腐ったもんを生業にしてるがな、無抵抗の女子供を嬲り殺すのは趣味じゃぁない」
「・・・・・・・・・・・・」
「いい加減口を割っちまえよ、嬢ちゃん。あんたがボンゴレ内部の人間てことは割れてんだ」
「・・・・・・・・・・・」
「あんたらが握っている武器火薬の売買経路と流通範囲を教えてくれりゃぁ今すぐにだってあんたを解放してやる」
「・・・・・・・・・・・」
そういえば、そんなことを聞かれていた気もする。
思い出したところで答える気などさらさら無いが。
要求する情報からすれば、この男たちの目的は闇ルートの開拓。
大所帯のマフィアはそれぞれ独自の売買ルートを持っており、世界各国にバイヤーを配置、市場をコントロールしている。出来るだけ細かく張りめくらされた網であっても、ソレが網である以上穴が存在する。
この穴をたくみに掻い潜り、取り扱い禁止機器やドラッグ販売を行う闇ルートはマフィアの世界、つまり裏社会に留まらず一般市民までもを金鶴にする性質の悪いものが多い。
よって売買経路および流通経路を知られないことが、ひいては地域民の安全を守る役目も果たす極めて極秘度の高い情報だと認識されている。
それを解っていて口を割るバカはいない。
そんな生半可な精神の鍛えられ方はしてきていない。
「・・・・・・・・・・・・」
よって私の返事はノー。
当然のようにだんまりを決め込む。
「・・・・・・相変わらずだんまりか。なら、しょうがねぇな・・・・・・」
男が懐に手を忍ばせる。
取り出したのは、鈍い光を放つ大振りのナイフ。
「指一本ずつ落としながら聞いていくしかねぇな」
にたぁり、嫌らしい笑いを浮かべた。
(下種が)
声には出さず、心の中で激しく罵倒する。
嬲り殺しは趣味じゃない?
嘘ばっかり。
そういう殺し方を好む人種の間違いだ。
どんなに取り繕っても匂いは消せない。
奈落に落ちた人間は、闇を払えない。
この男は、そういう人間だ。
後に続く男たちもにたにたと下品に笑う。
この男だけじゃない。
この集団は下種の集まりだ。
こんな連中に、たとえ命を落としたって情報を売るわけには行かない。
「何本落としたら教えてくれる?」
涼やかな、なんとも場にそぐわない声が部屋に響く。
不思議な反響で聞こえるため、音源が特定できない。
どこからとも無く聞こえる声に男たちが動揺する。
「要りませんよこんな汚らしい指なんて」
「なら、全部咬み殺して構わないよね?」
「どうぞご自由に」
まるで私の言葉を合図にするかのように、部屋の半分が崩壊する。
突然の襲撃に男たちはただ呆然と崩れた壁に眼をやる。
実際にはその壁の向こうに突如出現した強大なハリネズミに。
そして
そのハリネズミをバックに立つ、一人の男に。
「・・・・な・・・・なんだお前・・・・・」
「こんな奴等に手傷負わされたの?」
「っお前!無視するんじゃぁ・・・・」
「ソッチが遅すぎるんですよ。お陰でしなくてもいい怪我までしました」
「君が味方の追手まで綺麗に撒くからアジト掴むのが大変だったんじゃないか」
「だからはじめっから私たち二人で仕事したらいいって言ったんですよ」
「こんな面倒なことに僕を巻き込むつもりだったの?」
「結果としてここにいるんだから変わりないです」
「・・・・まぁ、ね」
外野の声などもう聞こえない。
聞く必要も無い。
この人が現れたということは、私が無抵抗に殴られ続ける必要はもう無くなったという事。
「首尾は?」
「根っこを隅から隅まで制圧済み」
「そうでなくっちゃ私殴られ損です」
「君一人で倒せばよかったのに」
「そんな、ものの5分で皆倒れちゃうじゃないですか」
そうしたら根っこを洗う時間が取れないでしょう?
何のために私が手も出さずに2日間も耐えたと思っているんですか?
「ほんと君って不器用だね。誰に似たんだか」
「どっかに誰かさんですよ」
「・・・・・お前ら・・・・何の話をしている・・・・・・?」
「まだ解らないんですか?つまりあなた達なんか、はじめっから眼中にないんですよ」
私はただの囮。
あんたたち葉っぱから根っこを引きずり出すための、ね。
解ったなら、さっさとこの体の代償返させてもらいましょうか?
もちろん、利子はたっぷりつけてあげますよ。
さぁ、覚悟はいいですか?
優秀すぎる人
雰囲気の何か。
割とのほほんとかシリアスなヒバピンが多いので
ちと腹黒いピンが書きたかっただけとか、・・・・そんな・・・まさか・・・・・(汗
2010/02/02
※こちらの背景は
NEO-HIMEISM/雪姫 様
よりお借りしています。