『親愛なるお師匠様へ。
この手紙を送る今日は2月14日です。
日本では大切な人へ感謝の気持ちを込めてチョコレートを送る日でもあります。
そこで、私もお師匠様にチョコレートを送ります。
大きい方がお師匠様の分、小さい方はリーチの分です。 受け取って貰えると嬉しいです。
イーピン』
添えられた手紙を読む。
読む。
読む。
読み返すまでもなく、弟子のイーピンの筆跡である。
「・・・・・・これは・・・・・・!」
「キキィッ?」
「こら、リーチ。そちらは私の分です」
横からこっそり大きい方へ手を伸ばす相棒のリーチを窘める。
「キィ・・・・・・」
不服そうな声を上げるリーチ。
隙を見せたら彼の胃袋に収まるのも時間の問題だ。
さっさと取り上げて懐にしまい込む。
バタバタと暴れて訴えてくるがそんなものに構っている余裕などは私にはない。
無視を決め込むと、リーチは大人しく自分の分の包みを開けてポリポリかじり始めた。
「・・・・・・さて、これは困ったことになりました」
腕を組んで首を捻る。
考える。
考える。
考えても考えなくても、すべきことは一つしかない。
「リーチ。出かけますよ」
「キキィ?」
チョコレートをポリポリかじる相棒を頭に乗せて、早速山を下りることにした。
□■□
「・・・・・・というわけで、来ちゃいました!」
「アホかお前は」
山を下り、川を下り、海を渡り。
遠路はるばるやってきたのは日本のどこかにある並盛町。
店先で優雅にエスプレッソなぞを啜っていた旧友を訪ねたのが、まさに5秒前のことである。
「何がというわけだ。・・・・・・いや、お前のことだからろくでもない内容なのは解っているが、どういうわけだ」
「どうもこうもないです。まったくもって今回ほど山奥に住んで居ることを悔いたことはありません。
一刻でも一秒でも早く伝えたくて、こうして参った次第です。あ、すみません私にはウーロン茶をお願いします」
「誰も相席を許した覚えはねーぞ」
私が腰を落ち着けると、旧友は腰をわずかに浮かせた。
「まぁまぁ、落ち着いてください」
「オメーがマイペースすぎるんだ」
チッ、と舌打ち一つの後、旧友は再び背中を背もたれに預ける。
「で?お前がわざわざ日本にまで出てきた用件は何だ?くだらねー用件だったら脳天ぶち抜くかんな?」
「私がくだらない用事でわざわざ山を下りるような人間ではないと、貴方の方がよく知っているでしょう?」
「・・・・・・まぁな」
「用件とは・・・・・・これです」
懐から、箱を取り出す。
10センチ角で、厚さは2センチほどの箱である。
外周をぐるり包装紙で包まれている。
「先日、私のところに贈られてきました」
「ほう」
「贈り主は、イーピンです」
「だろうな」
お前への連絡経路を確保している奴なんぞ数人もいないからな、と旧友。
全く持って、この旧友はことの重大さを全く解っていないようである。
「問題は、添えられていた手紙の方なのです」
「あ?」
再び懐に手を忍ばせ、手紙を取り出す。
広げて旧友の顔に突きつける。
旧友は手にも取らず、視線だけを動かして文面を追う。
「・・・・・・・・・」
「・・・・・・これがどーした?」
「どうしたもこうしたもありません!貴方はまだ解らないんですか!?あ、すみませんそのウーロン茶は私です。
はい会計は一緒にして貰って構いませんので。支払いはそちらの彼が」
「何勝手にしてやがる」
テーブルの下で旧友が足蹴にしてきた。
「男に奢ってやる趣味はねーぞ」
「まぁまぁそう堅いこと言わずに」
「ちっ・・・・・・十一で手ぇ打ってやる。さっさと続きを話せ」
「あぁそうでした。ですから、この内容です」
「だから、この当たり障りのない文面のどこが問題なのかって聞いてんだ。てめぇの頭ん中にゃ脳味噌の代わりにニンニクでも詰まってんのかこの野郎」
「貴方がそんなにも鈍い人だとは思いませんでした・・・・・・」
いいですか、と真面目な顔で詰め寄れば、旧友も口を噤んだ。
「ここをしっかりと読んでください。『大切な人』とあるでしょう?つまりこれは・・・・・・イーピンからの告白だと思うのです!!!!」
「・・・・・・・・・・・・」
「私は彼女のことを本当の娘のように思い育ててきました。どこに出しても恥ずかしくない、むしろ誇らしい最良の娘です。
彼女のことなら目に入れても痛くないと断言できるくらいに立派な娘です。手取り足取り腰取り、
そりゃぁもう私の持ちうる全てを彼女に伝術したと言ってもいいほど、手塩にかけて育てた娘・・・・・・・・・そして、最高の弟子・・・・・・。
解っています、私と彼女は師弟の身・・・・・・このような関係が許されるべくもないでしょう。決して越えてはならぬ一線があると思うのです。
このまま何もなかった、私は彼女の気持ちに気づかなかった、そう振る舞うことも可能だとは思います。
しかし、彼女がソレを望むというならばどんな結果だとしても答えてあげるのが師としての役目だとも思うわけです。
一方で、そのような体裁などかなぐり捨てて彼女の気持ちを受け止めてしまえばいいと囁く男の私も確かにあるのです。えぇ認めましょう。
私は彼女を一人の女性として見ることもやぶさかではないと思ってしまっているのです!正直、私はどうしたらいいのか解りません・・・・・・。
父として、師として、男として、彼女にどう応えてやるべきなのか私には解らないのです・・・・・・
私がデンワとやらを持っていれば、すぐさま貴方に意見を貰うこともできたのですが、無いものを今嘆いても仕方ありません。
ですので、こうして出向いた次第です」
「・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・どうして無言なのです?」
「バカに掛ける言葉を探してるんだバカ」
目深に被った帽子を殊更引き下げ、旧友は苦虫を噛み潰したような顔をした。
「お前のようなバカにくどくど説明しても時間の無駄だろうから簡潔に言うゾ?」
「はい」
「第一に、その手紙には『大切な人に感謝の気持ちを込めて』と書いてあるのであって、好きな奴とは一言も書いていない」
「彼女独特の照れ隠しですね」
昔から恥ずかしがり屋でしたからね。
素直に書けなかったとしても不思議はありません。
そもそも文章とは行間を読むもの。
これしきの意図を読めずして師匠などと言えませんよ。
「第二に、日本には義理チョコという『お世話になった人にはとりあえず渡しておけ』的な風習がある」
「・・・・・・なるほど、それでリーチの分も入っていたわけですね。納得です」
彼の分まで律儀に入っていたのはそういうことだったのですね。
確かに、私の分だけだったとしたら彼も機嫌を損ねてしまったでしょうし、彼女の優しい気遣いに感謝しなければなりませんね。
「第三に、ソレと同じものを俺も貰った」
「・・・・・・・・・え?」
リーチはともかく、どうして関係のない貴方まで?
「第四に、アイツの本命は10年前からヒバリだけだ」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・は?」
今、何か、聞き捨てならない単語を耳にしたような・・・・・・・・・。
ヒバリ?
ヒバリって誰だ?
あぁ。
アレか。
イーピンの手紙でよく書かれてる、私に似ているとか言う男。
「・・・・・・というか、アイツら付き合ってんのしらねーのか?」
「な、な、な、な・・・・・・・・・」
「んぁ?」
「なんですってぇぇぇぇぇぇぇぇぇっっっ!?!?!?!?」
「・・・・・・本気で知らなかったのか・・・・・・」
「ちょっと!どこのどいつなんですかそのヒバリだかアヒルだかという男は!?私のイーピンを誑かそうなどとは100年早いですよ!」
「安心しろ。こんだけウルサくしてたらイヤでも向こうから現れてくれる。めんどくせーことに巻き込まれるのはゴメンだから後は勝手にやりやがれ。
俺はこの後生徒にみっちりねっちょりレッスンしなきゃなんねーんだ。じゃぁな」
そそくさと席を離れる旧友。
えも言われぬ怒りに狂う私にはその言葉は耳に届いていなかった。
数分後。
まるで鏡に映したかのような、でも決定的に何かが違う顔が目の前に現れるまで、思いつく限りの『ヒバリ』なる人物の罵詈雑言を並べ立てていた。
義理と本命と私と彼と
標的372でクドクド話す風師匠を見て、
彼の性格をいろいろ考えてみた結果こんなことになった。
風はヒバリと正反対の性格なので
ヒバリがツンツンツンツンデレであれば
風はデレデレデレデレツン何だと思います。
デレデレなのでバレンタインにチョコとか貰うと誰かにくどくど話したくて仕方ないんだと思います。
餌食になりやすいのは同じ並盛にいるリボ様ですね。
いい加減マジうぜぇって思われてたら大変可愛いと思います。
クドクドでマジうぜぇ風師匠が大変愛おしいのですが私は病気でしょうか?いいえ正常です。
2012/02/16
※こちらの背景は
RAINBOW/椿 春吉 様
よりお借りしています。