息苦しさに目を覚ます。
心臓がバクバクと鳴っている。
何だろう、このイヤな感じは。
刻一刻と、息苦しさは正体を変えていく。

(これは・・・・・・不安)

不可視な不安が私を取り巻く。

(何?何なの?)

心当たりは、無いとは言わない。
けれど私は「今」は真っ当な人間として生活している。
違和感無く馴染めているはずだ。
今更何かに巻き込まれているとは思えない。

(だったら、これは───)

問うまでもなく、正体はわかってる。
懐かしい気配だ。
幼い頃、常日頃当たり前のように私を取り巻いていた感覚。

死の気配。

間違えるわけもない。
呼吸をするように纏ってきた気配だ。
でも、何故?
私は真っ当な世界に身を置くことを決断し「あちらの世界」と決別を果たした。
その時、暗殺業も拳法も自ら禁じた。
感じるのは、その時以来ではないだろうか。

(誰かに、何かが起きた?それとも、何かが起きようとしている?)

そういえば、最近はどういうわけか町中の空気がピリピリしている。
意識しなければわからないほどだけれども、殺気も感じる。
足下で何かが蠢いているような気持ち悪さが常にある。
これまで気のせいだと言い聞かせてきたが、もう誤魔化せない。

時計に目を落とす。
時間は、深夜。

(連絡、取れるかしら・・・・・・)

携帯電話を手に取って、短縮ダイヤルで呼び出す。

(ヒバリさん・・・・・・)

無機質なコール音が何度も響く。
五回、十回、十五回。

(ダメかしら・・・・・・)

二十回になろうとしたところで通話音に切り替わった。

「遅くにすみません」
『何?』

ぶっきらぼうな物言い。
少なくとも、ヒバリさんはいつもと同じのようで胸を撫で下ろした。

「実は、すごくイヤな感じがして・・・・・・」
『君の気分一つに付き合っているほど僕は暇じゃないんだけれど?』
「私じゃありません!」

私だってバカじゃない。
ヒバリさんが忙しいことくらい知っている。
ただそれだけで連絡を取ろうだなんて思わない。
私は、声を潜めた。
神妙な声で、自分自身にも言い聞かせるように告げる。

「空気が・・・・・・並盛を取り巻く空気が、何かおかしいんです」
『何かって?』
「それは・・・・・・わかりません。けれど、イヤな感じがするんです。すごく、イヤな感じ」
『君の感覚の話はいい。具体的に話しなよ』
「誰かが、死ぬ気がします」
『いつ?どこで?誰が?』
「わかりません。けれど、臭いが濃いんです。もしかしたら、もう誰かが・・・・・・」

言葉の先を想像すらしたくなかった。

『・・・・・・君の本能は、まだ薄れてはいないようだね』
「!?」

ヒバリさんは知っている。
この異変の正体を。
何が起こっているのか。
何が起きようとしているのか。

「ヒバリさん!?何か知っているんですね?」
『さあね』
「教えてください」
『断る』
「ヒバリさんっ!」

性格の悪い人だとは知っていたけれど、これってあんまりだわ!
信じられない!

『怒らないでよ』

電話の向こうでヒバリさんが笑う。
けれど、一瞬後には、緊張感を伴ったものに変わった。

『望まなくとも、君はすぐに巻き込まれる。それまでせいぜい神経研ぎ澄ませておくことだね』
「ヒバリさん?それってどういう・・・・・・ヒバリさんっ!」

通話が一方的に打ち切られる。
ツーツー、と電子音が響くだけ。

「・・・・・・なんなの・・・・・・?」

わからない。
ヒバリさんは何も教えてくれなかった。
どうなっている?
何が起こる?
情報が足りない。
決定的に足りていない。

唯一わかったのは・・・・・・。

「これから、何かが起こる・・・・・・」

数分後なのか。
数日後なのか。
いつかはわからないけれど。
異変はまだ起こっていない。
これから訪れる。

私は本能的に押入の奥深くに仕舞い込んだ道着を取り出した。
一層、死の臭いを色濃く感じた。







死臭






どうということもないのに、唇が緩む。
目の前の男はそれを目敏く見つけて指摘する。

「どうしましたか?」
「何でもない」
「嘘だ。雲雀さんがそんな風に笑う時はろくでもないことを考えている時ですよ」

十年ほど前は姿を見るだけで逃げ出していたとは思えない口振り。

「君と言い、君の義妹と言い、僕相手によくそんな口を利けたもんだと感心していただけ」
「イーピン?あの子がどうしました?」
「勘付いている。具体的なところまでは分からなくとも、僕たちが仕掛けようとしているわずかな異変を嗅ぎ当てているよ」

目の前の男は目を見開いた。
それはそうだ。
僕たちが企てているのは、箝口令すら敷かせない完全なトップシークレット。
作戦を知るものは僅かに三名と言う超極秘ミッション。
すぐ近くで控えている側近にすら気づかせない。
それくらい機密性の高いミッションだ。

なのに、あの子は気づいた。
もったいない。
実にもったいない。

「堅気になんて、戻させるんじゃなかった」

彼女はプロだ。
間違いなく、本物だ。
どんなに現場から離れようとも。
どんなに実践から遠ざかろうとも。
体が、本能が、臭いを覚えてしまっている。
忘れることなんて出来ない。
脳に、記憶に、DNAに刻まれているに違いない。

「すべてが終わったら、彼女をこちらに引き込む」

彼女の義兄を名乗るこの男は反対するだろうけど、そんなものは関係ない。
数時間後には『死体』に成る男の言葉など、何の意味も持たない。

それに。
放っておいても、彼女はこの世界に呼ばれる。
勝手に、帰ってくる。

きっと、そういう風に出来ていた。









十年後編の、ツナが特殊弾で仮死状態になる直前の話。

堅気に戻ったつもりでいたのに、周囲に蔓延る異変に早くに気づいてしまうイーピン。

ランボさんも異変自体には気づいちゃうんだろうな。

しかし事なかれ主義のランボさんは気づかないフリをしている。

ヒバピンっていうか、ヒバリとイーピン。

時々連絡を取り合う仲って程度で付き合ってはいないイメージ。

2012/05/06





※こちらの背景は NEO-HIMEISM/雪姫 様 よりお借りしています。




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