冷たい雫






カチャ

ほんの僅かな音を立ててドアが開かれた。
γはベットの中で身動ぎひとつせずに目を覚ます。
生まれ持ったものなのか、生業柄なのかわからないが常に眠りは浅い。
いつ何時敵に狙われるかわからない緊張感がそうさせているだけなのかもしれない。
何はともあれγは目を覚ました。
と同時にいつでも戦闘態勢に入れるように傍からはわからないくらいの微細な動きで体の位置を変えた。

ヒタ、ヒタ、ヒタ

入り口に背を向けて寝ているため目視は出来ないが、その足取りは慎重というよりもおどおどと躊躇いがち。
相手に気取られないようにと言う類ではなく、相手の睡眠を邪魔しないように出来るだけ音を殺しているようだった。

(・・・・・敵・・・・・じゃぁない・・・・・な)

相手の気配が1m程のところに到達した時点でそのように結論づけ、やはり傍からはわからないように力を抜く。
こちらの心中などとは裏腹に、ベットサイドまで歩み寄ったその人物は声をあげようと息を吸い込み、躊躇うこと何度か。
優に5分程はそうしていただろうか。
もしかしたら自然とこちらが気づいてくれることを期待していたのかもしれない。
しかしγは身動きひとつせず、規則正しい寝息を立てているフリを繰り返した。
しばらくしてから、意を決したようにとうとうその人物が声をあげる。

「・・・・・・・γ・・・・・・」

ささやくような声。
ともすれば聞き逃してしまうような、か細い、不安げな声。

「γ・・・・・・もう、寝ちゃった・・・・・よね・・・・・・・」

哀しげでもあり、どこか安堵すら混じったその声。
こちらの返事がないことを確認すると、更に一歩、ベットの間際まで近寄り、その場に腰を下した。
自分で持ってきていたのだろう毛布に包まり、ベットマットに小さな体を預けるようにして眠る体勢を作る。
朝になって見つかったら怒られるんだろうな・・・・・、なんて他人事のように考えながらユニは瞼を閉じた。

「そのままでいたら明け方には風邪引くぞ」
「・・・え・・・・?」

一度下した瞼を跳ね上げた。
頭上から降り注いだ声に驚き、仰ぎ見ればそこにはこちらを見下ろす男の視線。
ユニはビクリと身体をひとつ震わせた。

「γ・・・・・・あの・・・私・・・・・・」
「風邪を引きたいのなら話は別だがな・・・・・」

起き上がらせた身体をまたベットに横たえた。
大人一人分には少し足りないくらいのスペースを空けて。
つまり、子供用の、ユニのためのスペース

入れ、ということなのだろうか。
背中を向けられているため真意は掴みかねるが、多分そういうことなんだと思う。
γの好意に甘えユニは控え目にベットに乗り上げる。

「・・・・・お姫様に風邪でも引かせたなんて知れたら皆がうるさいからな」

ユニの動きが止まる。
片足だけ乗り上げた状態のまま、動けなくなる。

「嘘だ。純粋に姫が心配なんだよ」
「きゃっ!!」

突然身体を反転させたγに力任せにベットに引きずり込まれた。
頭まですっぽりと布団を被せられ、抱き寄せられる。
恥ずかしくもあったが、それ以上に人のぬくもりがあったかくて思わず泣きそうになった。


■■■   ■■■ 


「・・・・・眠れないのか・・・・?」

抱き寄せた胸の上で小さな頭がコクリ頷く。

「夜が・・・長すぎます・・・・」
「・・・・・・・・・・・」
「母は私を残して一人で逝ってしまった。独りで待つには、夜明けが遠すぎます」
「・・・・・・・・・・・」

γはユニの話をただただ黙って聞いた。

「母の帰らない日でも、同じ空の下にいると思えればこそ、明日が待ち遠しかった。
明日になれば逢えるかも知れない。
明後日になれば帰ってくるかもしれない。
いつかの希望があったから、夜は怖くなかった。
でも今は違う・・・・・・」

私は、独りになってしまった。
私は、母を独りにしてしまった。

「・・・・・・姫は、ボスだけが、姫の母さんだけが家族だと思っているのか?」
「いいえ・・・・・今は皆がいる・・・・・」

でも

「私は母を置いて未来を生きなくてはいけない」

それを私が望もうが、望むまいが、未来はやってくる。
日が沈み、月が昇り、時は巡る。
夜が巡れば巡るだけ、母は遠くなっていく。
一日一日、私は母を置いて遠いところに行ってしまう。
母を残して、私は未来を歩んでしまう。
もう、同じ時を歩くことが出来ない。
それが怖く、悲しい。

「母は私にこう教えました。
 『何を見てしまっても周りを幸せにしたかったら、笑いなさい』と」
「・・・・・俺も、以前一度だけ聞いたことがある」
「・・・笑えないんです・・・・・夜だけは・・・・・。
 母の教えを守りたいのに、皆に幸せになってほしいのに・・・・どうしても、笑えないんです・・・・」

笑顔の母の思い出が脳裏を過ぎれば過ぎるほど、未来を生きることが怖くなる。
幸せだった過去に縛られていたくなる。
寂しくて寂しくてたまらない。

「・・・・こんな私はボス失格ですね・・・・・」
「・・・・・姫は本当にボスの生き写しだな・・・・・」
「え?」
「ボスもこうして夜に泣いていた。もっとも俺のところになんか来てはくれなかったがな」
「・・・・・・母が・・・・?」
「皆の前じゃ気丈に振舞っていたが夜になれば部屋に篭って泣いていた。
もっと出来ることがあったんじゃないかって、いつもいつも後悔していた。
声を押し殺して涙だけ流して、いつも袖を濡らしていた」

そう、今のユニのように。

黒目がちな大きな瞳を覗き込む。
いつも笑っているため気づかないが、見れば見るほどボスと同じ輝きを持っている。

独り悩みを抱え、それを部下には悟らせない。
その点だけがボスとの徹底的な違いだった。

「泣いてもいいんだ。辛い事があるならそれを吐き出していいんだ」
「・・・・γ・・・・?」
「俺たちは姫の『家族』だ。頼ってくれ・・・・・」

もうごめんなんだ。あんな想いは。
ただただ守られているだけなんて、耐えられない。

「あんたを守りたいんだ・・・・・・」

抱き寄せた腕に力が込められる。


あぁ


泣いていたのは彼女だっただろうか?
それとも、俺だったのだろうか

どちらともわからない雫が月明かりにキラリ、光った。









何故書いたのか自分でも良くわからない。

1年くらい前にメモ書きしたものに加筆修正したら

さっぱりいみふな物に・・・・。

何を書きたかったのかももはや定かではない・・・・。

ユニがγの前だけではちゃんと泣いたらいいなって思ってただけなんだ。

2009/10/25





※こちらの背景は NEO-HIMEISM/雪姫 様 よりお借りしています。




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