この上なくサディストな神様。
無力な僕等を見ていてください。
誓いのキスを神様に
並盛中学のいつもの屋上。
一人寝そべりながら小さな指輪を掲げる。
複雑な刻印が刻まれたその指輪。
光にかざすと存在を一層強めるかのようにキラリと反射する。
このリングの名はボンゴレリング。
歴代のボンゴレボスと、それを守護する6人に託されるいわくつきのものらしい。
過去にはこのリングをめぐって何度も血が流されたとか。
「僕には関係ないけどね」
興味などかけらもないらしく、それを投げ捨てた。
事実、雲雀はボンゴレだとか次期後継者だとかそんなものに一切興味がなかった。
指輪などはめる趣味もないし持っていても邪魔なだけだ。
「こら!そいつは大事に扱えっていただろ!?」
捨てたリングを拾い上げ、雲雀を一喝する者が現れた。
雲雀恭弥兎いう人物を知る者なら決してしないであろう暴挙だ。
こんなことが出来る人物はあの男くらいしかいない。
振り返ることもせず、雲雀は呆れたような口調で答える。
「・・・・・何しに来たの?」
「随分な言い様だな。恭弥が祝勝会に来ないからこうして様子を見に来てやったんだろ」
「誰がそんなことを頼んだの」
「怪我の治療、ちゃんとしたのか?」
「・・・・あなたには関係ないでしょ・・・・」
断りもなく隣に腰を下ろしたその男が雲雀の顔を覗き込む。
群れることは嫌いだ。
僕は一人でいい。
誰も僕に構うな。
そうやって人のいい顔をして僕の中に入り込もうとするな。
自ら境界を引くように、雲雀はぷいと顔を背けた。
「・・・・治療してないんだな」
「関係ないって言ってるでしょ」
「あんだけ出血したんだぞ。ほおって置けるか」
ロマーリオ、その男が一声掛けると影から髭をたくわえた男が現れた。
彼のお目付け役のような人物だったと思う。
こうなることを見通していたかのように手には救急箱を持っていた。
「恭弥の手当てを頼む」
「オーケイ、ボス。ほら坊主、さっさと傷口だしな」
「・・・・・・・・・・」
「恭弥」
「・・・・・・・・・・」
「いつまでも意地張るなって」
「・・・・・・・・・・」
「・・・ったく・・・。ロマーリオ、お前先帰ってろ」
「?手当てはいいのか?」
「俺がやる。ほら、さっさとホテル帰ってろって」
訝しげな表情のロマーリオを追い立てる。
しぶしぶながらもボスの命令に従って屋上から姿を消した。
「さて、手当てするぞ」
「・・・・・・・・」
それでも雲雀は動こうとしない。
「自分でわかってるはずだ。放って置いていい傷じゃないことくらい」
「・・・・・自分でする・・・・」
救急箱を奪い取るとトレードマークともいえる学ランを肩から落とした。
次いでシャツにも手を掛け始める。
そこから察するに怪我の範囲はかなり広範囲に及んでいるようだ。
パサッ
小さな衣擦れの音を立てて白いシャツも無造作に地面に落とされた。
白い衣の下に隠されていた無数の傷跡が日の目にさらされる。
端正な外見からは決して想像もできないほどの傷が刻まれた身体。
腕も、首も、胸も、背中も、それぞれ等しく傷を負っている。
今更その体に驚きはしない。
ディーノ自身が刻み込んだ傷だ。
はじめはこの屋上で、時には山で、時には川で、ありとあらゆる場所での戦闘と証した訓練の最中に己の手で雲雀の体に一つずつ傷を増やしていった。
それと同じだけ、ディーノの体にも雲雀によって刻まれた傷が存在している。
初めは手を出すつもりはなかった。
適当にあしらい、いなしながら徐々に才能を引きずりだそうとしていたのだが、この生徒はそんな生半可ではなかった。
手加減など一切なし。
何のためらいもなく殺意を向けてくるこの相手に、そんなハンデなど無用。
ハンデなどくれてやってたらやられるのは自分自身だと思い知らされる。
殺すか殺されるかの極限状態の中で磨き上げられたのは果たして雲雀恭弥なのかそれとも自分自身だったのか。今となっては知るよしもない。
ただ、一つだけ確かなこと。
「背中は自分じゃ出来ないだろ」
「・・・・・・さっさとやってよ・・・・・・」
「はいはい。ったく素直じゃねーんだから」
二人の間に芽生えた一つの感情。
恋だとか。
愛だとか。
名前なんてどうでもいい。
含有される想いが同一であるならば、名前など不要だ。
俺たちの関係はそれでいい。
何かを束縛するじゃなく、何かに束縛されるじゃなく。
ただありのままにお互いが居られればそれでいい。
ふてくされた顔のまま背中をこちらに向けた雲雀。
ディーノの指摘通り、切り傷にまみれた上腕や腹部にはかろうじて包帯が巻かれていたが、上背部は手付かずのまま痛々しい傷をあらわにしている。
救急箱の中から生理食塩水を取り出し患部を洗い流す。
「っ!」
予想外に傷口にしみたのか、小さく息を呑む声が聞こえた。
それでもディーノは手を止めずに処置を進める。
心配などしようものなら逆に殴りかかられるのがオチだと知っているのだ。
雲雀恭弥という生き物の扱い方を心得ている。
患部の洗浄が終われば軟膏を塗って包帯で固定。
傷の範囲が広いため巻き終わるころには上半身がほぼ被覆される状態になっていた。
「腕のほうも巻きなおすか?」
「・・・・・・・・・・・・・」
雲雀は何も答えない。
それはOKのサインだと受け取る。
背後から横に移動して不恰好に貼られた絆創膏をはがし、先ほどと同じように洗浄し固定してやる。
雲雀はあいも変わらずぶっちょう面で、ディーノもそれを気にしたりしない。
黙々と手当てを続ける。
会話どころか言葉のやり取りすらろくにない。
でも思いの外、居心地が悪いと思ったことはない。
むしろ心地いいくらいだ。
それなのにこんなにも胸が苦しいのは何故なのだろう。
たまらなく愛しいと思う人間が目の前にいて。
その人も少なからず俺に心を開いていてくれて。
十分なはずなのに。
胸が
心が
たまらなく苦しい。
「・・・・こんなケガなんて日常茶飯事だ」
ポツリ言葉が漏れ出る。
「・・・・・?」
怪訝な表情でこちらを向いた顔にも気付かず言葉を続ける。
それは決して雲雀に対して放たれた言葉でないのは雰囲気が物語っている。
ただ彼の中に渦巻く想いが、彼という器から漏れ出てしまうように。
言葉が、滾々と溢れ出る。
「抗争になれば銃痕だってざらだし、手足吹っ飛ぶ奴もいる。
肉片すら残らない奴だっていくらでもいた。こんだけの怪我で済んだだけラッキーかもしれない」
「何の話?」
「・・・・・分かってるんだ・・・・・・それが当たり前だって・・・・・・・
俺たちにとっては、それが当たり前なんだって」
でもっ!!
胸に顔をうずめるように。
ずるずると、金糸が雲雀の胸に滑り降りていく。
「・・・・・・・まだ・・・・・・中学生じゃないか・・・・・・」
命のやり取りをするには早すぎる。
お前がこの傷を負うには、まだ早すぎるよ・・・。
大人の事情に巻き込まれた子供はどうしたらいいんだよ・・・・・。
彼が誰に対して言葉を吐き出したのか、雲雀には分からない。
彼がいる世界の事情なんて知らないし、知りたいとも思わない。
ただ、ゆっくり彼が紡ぐ言葉に耳を傾ける。
「・・・・・俺・・・・・恭弥のことが好きだ・・・・・・」
「何今更言うわけ?」
「好き。すき。すっげー好き。誰にも渡したくない」
「・・・・・・・・」
「なのに」
この傷は俺がつけたんだよな。
そういってなぞる上腕の擦過傷。
一本だけでなく、二本三本、無数に刻まれたそれを一本ずつなぞっていく。
「これも、これも、これも・・・・皆俺がつけたんだ・・・・」
ここだけじゃない。
背中にも、胸部にも、腹部にも、下肢にも、至る所に刻まれている。
自分が刻んだ傷を確認すればするほど、泣きたくなる。
弱い自分を突きつけられて、嫌でも現実を見せられるようで。
力ない自分が恨めしい。
15年も生きていない子供が命のやり取りをして。
自分は指をくわえて円の外から見ることしか出来ないなんて。
「恭弥のことが好きなのに、俺は傷つけることしか出来なかった」
どうして俺はこんなにも無力なのだろう。
守りたい人を傷つけることでしか守れないなんて。
もし神様というものがいるのであれば、それはこの上なくサディストに違いない。
俺はその存在を心から呪おう。
静かに咽び泣く眼下の男の金糸を優しく梳いた。
「いい大人が泣かないでよ」
「・・・・・うっせぇ・・・・・・」
憎まれ口が叩けるようなら大丈夫だ。
「僕は生きてる。強いからね」
「わかってるよ」
「ならいい加減泣き止んだら?『センセイ』」
「・・・・うっせぇよ・・・・・・生意気な生徒の癖・・・・・に・・・・・・」
唐突に
唇が触れ合う。
掠めるくらいの、ほんの一瞬。
「・・・きょう・・・・や・・・?」
「貴方が泣き止まないからだよ」
雲雀の声が降り注ぐ。
愛おしい者を見つめるように。
この上なく優しい瞳で。
思わず触れた部分を指でなぞる。
そこだけ熱を帯びてほのかに熱い。
初めて感じた雲雀の唇。
柔らかいとか。
かさついているとか。
そんなんじゃなくて。
生を感じた。
言葉とかあやふやじゃなく、形ある生命。
今ここに生きる命。
あぁ、もう
どっちが年上かわからないじゃないか。
「恭弥!」
愛おしい彼を抱きすくめる。
この手からすり抜けていかないように。
きつく。
きつく。
両の腕で抱きとめる。
答えるように雲雀の手が背中に回されたのを感じた。
ぽん、ぽん優しく背中を叩いている。
それは幼子をあやすように。
「・・・子ども扱いすんな・・・」
「泣き止んだらやめてあげる」
「泣いてねぇよ」
「嘘ばっかり」
「・・・・・年下の癖に」
「年上の癖に」
頭を胸にうずめてきたから表情はわからない。
けれど、きっと意地悪く笑っているに違いない。
ぽたぽたと零れ落ちる雫を髪で感じながら『仕方ない』とか思っているのだろう。
それが雲雀恭弥という人間なのだから。
あぁもう
どっちが年上なんだか
ディーノは苦笑してもう一度雲雀を抱く腕に力を込めた。
どれだけの時間そうしていたかわからない。
二人で飽きるまで互いの体温を感じあうと、ようやく体を離す。
「そうだ、コレまだ返してなかったな」
ポケットから取り出したのはボンゴレリング。
傷の手当うんぬんで返すタイミングを失っていた。
「いらない。興味ないよ、指輪にもボンゴレとやらにも」
「そういうなって。めちゃくちゃ貴重なものなんだから」
「なら貴方が持っていればいいでしょ」
「そう言うなって。きょうや〜」
ぷい、と顔をそむけた雲雀を何とか宥め透かそうと奮闘するが効果はない。
かといって諦めてしまうわけにはいかない。
これは雲雀が持つべき物なのだから。
「頼むから受け取ってくれよ。捨てられようものなら俺大目玉なんだぞ!
イタリア帰ってマフィア連中にたこ殴りにされたら恭弥のせいだからな!」
情けない脅しだ。
言って自分で泣きそうになる。
「・・・・・・・・じゃぁ、貴方が嵌めてくれる?」
差し出したのは左手。
その意味は。
「僕がその指輪をはずせなくなる様に、貴方がしてくれる?」
すなわちそれは。
「そういう意味ってことでいいのか?」
「そういう意味だっていってるの」
左手の薬指に滑り込ませる。
サイズが合わずにぶかぶかだ。
けれどそこにあるのがとても自然で。
満足そうに指輪を眺める雲雀は、とても嬉しそうで。
愛おしい気持ちが溢れる。
「なぁ、恭弥。・・・・もう一回キスしていいか?」
「うかがいを立てるところ?」
指輪交換のあとは誓いのキスをするのが慣わしだって知らないの?
さも当然のように唇を合わせる。
先ほどのような触れるだけのキスじゃなく。
深く、深く、二人で感じあう口付け。
もし神様というものがいるのであれば、それはこの上なくサディストに違いない。
俺はその存在を心から呪おう。
でも今だけは
今だけは
二人の誓いを祝福してください。
無力な俺たちを、今だけは祝福してください。
うあぁぁぁぁ!!!
方向性を完全に見失った。
何が何やら。
難産にも程があるよ。時間空いたから前半と後半で雰囲気ちがう・・・・。
なにを書きたかったのかすらわからない。むしろ覚えていない。
個人的には『破壊衝動』の続きって感じで書いてた。
ディノヒバディノのリクをくれた、はへろ様のみお持ち帰り可です。
精神的にはヒバディノはクリアしたよ!!
あとは肉体的にはディノヒバですね!
2009/03/18
※こちらの背景は
ミントblue/あおい 様
よりお借りしています。