桜の花が開くかどうかの微妙な時期。
寒いんだか暑いんだかよく分からない空気と相談し、結局マフラーだけをひっかけて私は走った。
抱えた花束が散らないように細心の注意を払いながら、けれども速度を落とさないように私は走る。
目的地は、並盛高校。

今日は、ヒバリさんが高校を卒業する日。

ヒバリさんにおめでとうと、さようならを告げる日。

何度も何度も練習したけれど、思っただけで涙が出そうになった。
胸が苦しくて昨日の晩はよく眠れなかった。
きっと今日の私はいつもの3割り増しで不細工に違いない。

(怖じ気づいちゃダメっ!)

頭を振ってマイナスのイメージを振り払う。

(ちゃんと言わなきゃ。逢えなくなっちゃうんだから、後悔しないように、ちゃんと言わなきゃ!)

昔は、会話はおろかまともに顔を合わせることも私は出来なかった。
緊張と恥ずかしさのあまり爆発しそうになってしまうからだ。
ちょっとずつ、ちょっとずつ、亀の歩みよりも遅い速度で成長し、ようやく挨拶から一歩踏み込んで、ちょっとした会話なら出来るようになった。
私とヒバリさんの繋がりなんて、たったそれだけ。
それだけしかない。

ヒバリさんはマフィア界のトップともいえるファミリーの次世代幹部。
高校卒業を期に、本土イタリアに渡ってしまうとリボーンに聞いた。
これまでみたいに散歩中にばったり逢う、なんてことは出来なくなってしまうのだ。

気持ちを素直に伝えるほどの勇気は私にはないけれど、ヒバリさんへの気持ちをすっぱり忘れられるほど大人でもない。
欲張りでわがままな子供だ。
ヒバリさんに繋がるものを一つでも持っていたい。
お祝いと、お別れを言うだけじゃない。
ちゃんとお願いもするんだ。

(ヒバリさんの第二ボタン下さいって・・・・・・っ!)

果たしてヒバリさんがくれるかどうかは分からないけれど。
それでも言わないことには貰える確率なんてゼロしか無い。

大丈夫、大丈夫と自分に何度も言い聞かせ私は足を進めた。


□■□


流石に卒業式ともなれば『部外者立ち入り禁止』と言うわけにもいかず、沢山の人がいた。
おかげで子供の私がスルリ校舎に入り込んでも誰も不思議に思わなかった。
一目散にヒバリさんの教室に向かう。
期待はしていなかったけれど、やっぱりヒバリさんの姿はなかった。
心当たりの場所はそれほど多くない。
屋上か応接室か、それでなければ見回りと称して辺りをうろうろしているか、だ。
踵を返し、そのまま応接室へ向かうことにする。
階段を掛け上がり、人気の少なくなった廊下を進み、突き当たりの部屋。
コンコン、と小さくノック。
返事はなかったが扉を押し開ける。

「ヒバリさん?居ますか?」

もしかしたら寝ているだろうか、なんて思って小声で呼びかける。

「居ないよ」
「!」

声は、応接室を覗き込んだ私の後ろから聞こえた。
考えてみたら卒業式の日まで応接室で昼寝する人間もいないだろう。

「ヒバリさん!」
「何してるの?」
「あ、あの!ご卒業、おめでとうございます!」

振り返り私は持っていた花束を突き出す。
花が痛まないように注意したつもりだったけれど、少し花びらがクッタリしてしまっていた。

「ん。ありがと」

ヒバリさんはそんなこと少しも気にしていないようで掴みあげた。

「もしかして、それを言いに来たの?」
「はい・・・・・・だって」

ヒバリさんがいつ日本を発つか、私は知らないから。
聞けば、教えてくれるかもしれなけれど。 聞くべきなのかどうか、私にはわからなかった。

「ヒバリさんに逢えるの、最後かもしれないから・・・・・・」
「ふぅん」
「ヒバリさんは・・・・・・どうして応接室に?」

卒業ともなれば、いい加減委員長としての仕事があるわけもない。
慣れ親しんだ場所に最後のお別れを・・・・・・というようなタイプの人間でもなかったはず。

「あぁ・・・・・・ちょっとね」

珍しく歯切れの悪い物言いをした。
いぶかしんで首を傾げると「入らないの?」とヒバリさん。
私の横をすり抜けていった背中を慌てて追った。
早速ソファーに寝ころぶかと思いきや、ピタリ動きを止め、再び入り口に向かう。
カタンと、錠を落とす。
なんでわざわざ鍵なんかかけたんだろう?
何か違和感。
何かってなんだろう?
格好?
表情?
言動?
うーん・・・・・・・・・。

「あっ!!!ない!!!」

私は重大な事実に気がついた!
突然大きな声を上げた私に、ヒバリさんはちょっとたじろぐ。

「何、急に」
「第二ボタン!」

っていうか、ボタン全部無いっ!

「そんなっ!?ヒバリさんを好きになるような奇特な人がこの学校に居るんですか!? それにしたって全部を奪っていくなんて強欲すぎます!! そもそも論として第二ボタンとは言わないまでも、私のために一つくらい死守してくれたって良いと思います!! 私はヒバリさんを全力で訴えて勝訴宣言をしますっっ!!」
「・・・・・・なんか随分な物言いを聞いた気がするけど・・・・・・」
「気のせいです!たとえ空耳でなかったとしても、私の全面勝利で控訴すらさせないので問題ありません!」
「・・・・・・まぁいいけどね」

余り良く無さそうな表情でヒバリさんは言う。

「それにしても、君までボタンなんて欲しかったわけ?」
「欲しかったです」
「その感覚が、僕にはわかんないんだけどね」
「だって!・・・・・・だって、京子さんとハルさんが・・・・・・第二ボタンは特別だって言ってました・・・・・・」
「何がどう特別なの?」
「そ・・・・・・それは・・・・・・」
「別にどれだってボタン以上の価値は無いと思うけどね」
「それは、そうなんですけど・・・・・・でも・・・・・・最後なのに・・・・・・」

真っ向から論破されたら私が敵う訳がない。

「ぅぅう〜〜〜っ!!!ヒバリさんのばかぁ!」
「誰がバカだって?」
「っ!きゃぁっ!?」

突如、視界が黒で覆われた。
何!?何なの!?
頭からすっぽり被らされた何かをはぎ取ろうとするも、ヒバリさんの手によって阻止される。

「やだやだなんですかコレ!?」
「お仕置き」
「お仕置きっ!?」
「それから、お詫びってことで」
「・・・・・・・・・?」
「ボタンはないけどコレ、あげるから」

機嫌直しなよ?

頭をコツンと小突かれた。
ようやくのことで被されたものをはぎ取ってみれば、それはヒバリさんが今の今まで羽織っていた学ランだった。

「いいん・・・・・・ですか・・・・・・?」
「流石に卒業してまで着るものじゃ無いからね」

かといって、私だって着る機会は無いものなのだけれど。

「君、なんか寒そうな格好してるし」

マフラーをひっかけただけの私を上から下まで眺める。
・・・・・・だって気温が微妙だったんだもん。
外で走ってここに向かっていた時はちょうど良い位だったけど、室内に入った今はちょっと肌寒い。
貰った学ランに早速袖を通してみる。
裾は床に着いてしまうし、袖はどんなに手繰っても指先すら出やしない。

(でも・・・・・・あったかい)

「ヒバリさんありがとうございます。私、大事にします!」
「うん」
「ヒバリさんに逢えないのは・・・・・・寂しいですけど、でも私がんばります!勉強も、修行も、みんなみんな頑張ります!」
「・・・・・・・・・さっきから気になってたんだけど、最後とか逢えないとかなんなのそれ?」
「・・・・・・え?」
「君、どこかに引っ越しでもするの?僕そんな話一言も聞いてないんだけど?」

ん?
なんか、かみ合って無い?

「わ、私じゃないですよ。ヒバリさんがイタリアに行くんじゃないですか!」
「誰がそれを容認したわけ?」
「・・・・・・して、ないんですか?」

天下のボンゴレからの召集だというのに?

「僕の居場所は、ここだからね。どこにも行く気はないよ」

ヒバリさんらしいと言うかなんというか。
相手が絶対的に強者であっても変わらぬこの言動。
やっぱり、叶わないなぁって思う。

「それに、君ってば一人にしておくとふらふら迷子になるから」
「そっ・・・・・・そんなこと無いですっ!」
「この間も迷ってたじゃないか」
「あれは!大きい私が走り回ったせいで、気づいたら知らないところに立ってたから・・・・・・」
「工事中の札を無視してズンズン歩いてたりもあったね」
「それは!ランボが私のメガネ壊したからよく見えなくって・・・・・・」
「なら・・・・・・コレでよく見える?」

ズイ、と。
それこそ鼻と鼻がくっつきそうなほどの近距離まで顔が寄せられた。
突然にアップに、そしてクリアに見えるヒバリさんの顔。

「やっ!?ちかっ!ヒバリさんっ!近いですぅ!!」

正直なところ、私がこうしてヒバリさんと喋れるようになったのは、私の目が悪くて対面しても顔をはっきりと見ないで済むから・・・・・・というところが大きかったりもする。
だからこうして接近されると、それは、大層、困る。
慌てて袖で視界を覆うけれど、私が今羽織っているのはヒバリさんの学ランなわけで。
ヒバリさんを意識しないでいるなんて、土台無理な話だ。

「よく見えないと何かと困るでしょ?」
「むしろ今困ってますぅ〜〜っ!!」
「ほら、今日君は僕の卒業祝いに来てくれたんだろう?ちゃんとお祝いしてよ」
「私ちゃんとおめでとうって言いました!」
「もっと別のも欲しい」
「小学生に物品要求ですか!?高校生として恥ずかしくないんですか!?」
「誰も物品だなんて言ってないよ」
「じゃぁ・・・・・・はっ!まさか!?私の体が目当てですか!?」
「・・・・・・・・・・・・・・・君、昼ドラの見すぎ。いや、君がそうしたいならしても良いけど」
「やーっ!早速服脱がしにかからないで下さいぃぃっ!」
「大丈夫、鍵は掛けてあるし。ここで悲鳴が上がっても生徒教員は誰藻近づかないから」
「ぜんぜん大丈夫じゃないです!むしろ私の貞操の危機です!大ピンチですっ!!」

ギャーギャー騒いで喚いて、応接室の中を縦横無尽に使ったプチバトルは一時間ほど続く。
結局のところ、ヒバリさんは私の体が目当てではなかったらしい。
らしいというのはヒバリさん本人の自己申告によるモノだから。
・・・・・・困った顔をさせたかった、と本人は主張するけれど果たしてそれを信じていいのか、私にはわからない。

まぁとりあえず、ヒバリさんが高校生卒業と同時に児童ポルノ法に引っかかって逮捕などという事態にならなくて良かった。
マフィア幹部の肩書きならともかく、性犯罪者の肩書きは遠慮願いたい。

そして、ヒバリさんの言葉通り相当騒がしくしたのに誰一人として応接室の様子を伺いに来る人間は居なかった。

「この学校の人は変わってます。おかしいです。変態です!」
「・・・・・・まぁ、その意見に関しては僕もおおむね賛同かな」
「・・・・・・変態さんのトップだからですか?」
「減らず口を叩くのはこの口?この口?それともこの口?」
「ひぃぃんわひゃしのくひはひふょひかあいまへんんんん!!」
「ボタン」
「?ボタン?制服の?」
「そ。それ、風紀委員の奴らがことごとく欲しがってね。いちいち相手にするのも面倒くさくて全部外して上げたんだけど」

あんなモノ貰ってどうするつもりなんだろうね、とヒバリさん。
そうですね・・・・・・、と私も首を捻って考える。
風紀員の皆さんがこぞってヒバリさんのボタンを欲しがった理由。
それは・・・・・・。

「・・・・・・わら人形に詰める・・・・・・とか・・・・・・?あ、でも五寸釘で刺すには金属性のボタンはあまり適しませんね。となると、もっと別の呪術的な・・・・・・」

可能性としては否定できませんね。
なんせ相手はヒバリさんだし。

「・・・・・・・・・ねぇ君、本当は僕のこと嫌いでしょ?」







桜とボタンと藁人形







卒業が悲しいイベントだといつから錯覚していた?

第二ボタンが恋する乙女のアイテムだといつから錯覚していた?

こんな風に曲解するのがさかきクオリティなんだZE☆

ちなみに、この話の一番ミステリーなところは

これだけの会話をイーピンが『ちょっとした会話』と認識しているところですよね。

2012/03/23





※こちらの背景は 空に咲く花/なつる 様 よりお借りしています。




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