「あんたを一人にはしない」

それが俺の出した答えだった。
正直に言えば、俺は今の今まで答えを出すことから逃げていた。
この少女を『姫』と呼ぶことで境界を作り、隣に立つことを正当化していた。
少女の中に彼女の母の影を求めた。
好きだった女の影を追っていた。
あんたに惹かれたフリをして、ずっと俺は自分の心を慰めているだけだった。
あんただって、それはわかっていたはずなんだ。
あんたに始めて逢った時、心の中が読めるのか、という自問にしっかりと首を振ったのだから。

だから、あんたは知っていたんだ。
俺の心はずっと、あの人に囚われていると。
あの人の忘れ形見だから自分の傍にいるということを。
俺は決して、あんたに心傾けないことを。

『私、あなたのこと大好きです』

その気持ちが、決して報われるものではないことを。
そんな未来が無いことを。
全部全部、わかっていたんだろう?
未来を見通すその力が、嫌でも見せ付けたんだろう?

今ならわかる。
あんたは、報われるつもりすらなかったんだ、と。
初めから、返事なんて期待していなかったんだ、と。
ただ、言いたかっただけだ、と。
未来がわかりきっていたとしても、あがいてみたかったんだ、と。
だからあんたは言葉を続けた。

『母がそうだったように』

まるでこの告白があんたの母親のものであるように仕立てた。
自分の意思などそこにはなくて、この告白の衝動すら自分の中に眠る母親の感情が焚きつけたものだと言う様に。
俺が望むものに、すり替えた。

報われることを望まないからあんたはあの時、返事を聞かなかった。
言うだけ言って、そのまま俺の前から走り去った。
戻ってきたら答えてやるつもりだった。
それがあんたが望むものかはわからないけれども。
俺なりの誠意を、返すつもりだった。

だが、それきりあんたは戻ってこなかった。
戻ってきたのはまるで別人の、形だけを模した抜け殻だった。
俺は封じた。
伝えたいのは抜け殻のあんたじゃないから。
アリアから貰った匣に、一緒に封じ込めた。
時は来ると、信じて。


あれから数年。
やっと俺たちの元に戻ってきた時、あんたは能力を失いかけていた。
昔のように未来を見通すことも出来なくなっていた。
昔のように心を読むことも出来なくなっていた。
それはただ単にあんたの死期の近さを物語っていただけなのかもしれないし、無作為に心を読んでいるほど楽観視できる状況ではなかっただけなのかもしれないが。

ともかく、あんたは知らないだろう。
知らないはずだ。
俺がこれからしようとしていることを。
俺がこれから言いたいことを。
俺があの時、あんたの魔法にかかったことを。
いや、そうじゃない。
魔法にかかったのではなく、魔法が解けたんだ。
アリアの魔法から、解放されたからこそ、自分の感情に気がついた。


あんたに伝えたかった言葉。
あんたに伝えたかった想い。
その全てを、あんたは知らない。

それを、今から伝えよう。



かき抱く小さな体。
死への恐怖に震える身体。
何度『やめちまえ』と言ってやりたいと思ったことか。
ただの少女として人生を歩んで欲しいと願ったことか。
きっと、どんなに俺が訴えてもあんたは己の意思を変えないだろう。
泣き虫なくせに強情で、悲観するくせに諦めは悪くて、幸せを望むくせに、自分のことは二の次のあんただから。
だから、そんな無意味な言葉は要らない。

震える小さな手に自分のものを重ね、力ずくで震えを止める。
震える身体を抱き寄せて、代わりに胸の鼓動で緩やかな振動を伝える。

「俺は、あんたの仕事を代わってやることは出来ない。
 死の恐怖から救ってやることも出来ない。
 命がけで守ると言ったことも、どうやらあんたは守らせてくれないみたいだ」
「・・・・・・すみません・・・・・」
「だから、今から新しい約束をしよう」
「やく・・・そく・・・?」
「俺はこの手を離さない。例えあんたがどこへ行こうとも、あんたを一人にはさせない」
「・・・・それは・・・・」
「まだ、あの時の返事を返してなかったな」
「え・・・・・?」

唇を耳元に寄せる。
あんたにしか聞こえない程度の小さな声を囁く。

「俺はもう、あんたの中にアリアを見てはいない。
ジッリョネロのボスだとか、アルコバレーノだとかそんなもの関係なく、
あんたの、ユニという女の傍に居たい」
「っ!?」

好きだ、とは言わなかった。
愛してる、だなんて言えなかった。
本当は言いたかった。
何度でも言ってやりたかった。
残りの、限られた僅かな時間だけでいい。
伝えられるだけの言葉を掛けてやりたかった。
だけれども

「・・・・・そんな顔で泣くな」
「すみません・・・・でも・・・・」

あんたの涙を見たら、続きなんていえるはずが無い。
たったこれっぽちの言葉で、どうしてあんたは満足してしまうんだ。
まるでこれ以上聞いたら幸せに殺されてしまうとでも言うように。
まったく、欲が無さ過ぎる。

「笑ってくれ。今嬉しいのなら、泣くんじゃなくて、あんたの笑顔が見たい」
「・・・はい・・・!」


結局俺が本当に伝えたかった言葉は、今も匣の中に静かに眠ったまま置いてある。
例えばもしも。
未来が変わるのならば。
新しい生き方が出来るなら。
その時こそは、あんたがどんなに恥ずかしがったって。
泣いて喚いて拒否したって。

何度だってこの気持ちを伝えてやろうと心に決めた。




匣はいつ開く?







標的279があまりにも公式γユニだったので。

衝動のままに書き散らかしてみた。

二人には幸せになって欲しいなぁ・・・・。

2010/03/01





※こちらの背景は Sweety/Honey 様 よりお借りしています。




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