ツナが自宅に帰ると、珍しいことにリボーンは不在だった。
いつもはこのくらいの時間にはスパルタ勉強の時間だというのに。
プレゼントのこと、せっかくなら本人が欲しい物をあげようと思い、不躾ながらも直接聴こうと考えていただけに出鼻をくじかれた気分だ。
「・・・こんな時間まであいつ何してるんだろ・・・?」
既に時計は9時を優に回っている。
だからといって誘拐など考えるまでもない。
最強のヒットマンが誘拐されることなど、間違ってもないだろう。
仮に誘拐でもされようものなら本当に災難なのは誘拐犯の方だ。
残念ながら命の保障はしかねる。不運としか言いようがない。
「ふぁぁぁっ・・・・・・」
大きなあくびが一つ零れる。
時間にしたらそんなに遅い時間でもないのだが、お菓子作りなどという普段しない行為で思いのほか体は疲労していたらしい。
リボーンに聴くのは準備のことも考えて今日中に聞いておきたかったのだがいかんせん眠気には勝てない。
ごしごしと目元をこすってもみたが、再びあくびが漏れ出た。
「ダメだ・・・・眠・・・・」
僅かばかり堪えようとはしたものの、予想以上の眠気の強さにツナの体は次第にベットに深く沈んでいく。
トロンとした瞼が視界も意識もまどろみの中に誘っていく・・・。
〜作戦決行日〜
「何だ、もう寝てんのか?」
ん・・・・リボーン・・・?
いつの間にか帰ってきたらしいリボーンが呆れたように声をあげた。
体を起こそうとするが意識はまどろみから抜け出すことが出来ず上手く体が動かない。
かろうじて目線だけ声のした方に向けるとリボーンが歩み寄ってきた。
「珍しいな。お前がこんな時間に寝てるなんて」
「・・・・・ちょっと・・・・疲れ・・・・て・・・・」
「何やったんだ?」
「・・・・え・・・・・っと・・・・」
回らない頭で考えるが、まったく考えがまとまらない。
リボーンの誕生日用のケーキを作っていたなんて言える訳はないし、かといってここで黙ってしまうのもおかしい気がする。
ぐるぐる考えれば考えるだけドつぼに嵌っていく。
うーあー声にならない声を上げていると、リボーンがヒクヒクと鼻を鳴らして問う。
「にしても、ツナこの甘い匂いは何なんだ?」
「・・・・あ・・・・・」
ツナ自身は気にもしていなかったが、散々お菓子作りをしていたせいで砂糖とバニラエッセンスの香りが移ってしまっていたようだ。
お風呂に入る前に眠気で横になってしまったから匂いが落ちずに残っていた。
言われて改めて意識してしまうと、自分自身が放つむせ返るほどの甘ったるい香りに気付かされる。
「・・・ごめ・・・・・お風呂・・・はい・・・てくる・・・」
よろよろと覚醒しない体で起き上がろうとするものだから平衡感覚なんてないに等しく、もそもそベットから這い出した直後、世界がぐるり一周回ったかのように感じた。
次の瞬間にはリボーンを押し倒す形で倒れこんだ。
「・・・っ、眠いんなら動くな。このダメツナ!」
「・・・・・ごめ・・・・・」
「たく、ほらさっさと退け」
ぐいと下から強い力で押し上げられるも、それに抵抗する力も体勢を直す力も入らない。
ぐったり力なく伸びきっている。
睡魔が脳を侵食し、自分の意思で全く動けなくなった。
悪いと思いつつ抗うことが出来ない。
リボ−ンも体勢が悪いのか、力の抜け切った体が重いのか、押し返せきれないでいる。
「ツナ」
完全に落ちかけた絶妙のタイミングで聴覚が声を捕らえた。
トロンと半分だけ開いた瞼で、怒っているであろうリボーンを覗き込むと、予想外の表情が飛び込んできた。
驚いているような。
困っているような。
喜んでいるような。
形容しがたい表情を携えていた。
「・・・リ・・・ボ・・ン・・・・?」
どうしたの、と続けるつもりの声は封じ込められた。
唇によって。
チュ
触れるだけのキスが軽い音を立てた。
「なんだツナ?誘ってんのか?」
にやりと。
ニヒルな笑いを一つ返す。
(??????っ???)
突然の事態にツナの思考は付いて行けない。
睡魔が占有していた脳内を、今度は疑問符が埋め尽くす。
(何?え?今何が起きたの?え?っえ?)
結論など出ないうちに、もう一度唇が重ねられた。
今度は深く。
口唇を割り入ると口内全体を犯すようにゆっくりと舌が絡められる。
クチュリ
卑猥な水音が漏れる。
「・・・・んっ・・・っはぁ・・・・・やっぱり甘いな」
舌なめずりを一つ。
紅い舌が扇情的に、艶かしく覗く。
それによってようやくツナの意識は完全に覚醒した。
「なっ!?・・・・な、な、な、何すんだよ!!」
己の今の体制に気付き、リボーンの上から飛び上がる。
恥ずかしさと、混乱と、その他もろもろのものに耐え切れずそのままの勢いでベットに潜り込む。
頭から布団をかぶって現状把握に努めるも、”いきなりリボーンにキスをされた”以外の現状があるわけもなく。意識は覚醒したものの、今度は混乱が言葉を発せなくさせている。
「自分から誘っておいてそれはねぇだろ?ツナ。
それとも焦らしプレイか?」
お前もやるようになったじゃねえか。
「違うっ!」
そんなんじゃない、と弁明したくて動いてからしまったと心の中で叫ぶ。
勢いに任せて布団をはいでしまった。
こうなってはツナとリボーンの間を隔てるものは何も無い。
ゆっくり。
リボーンはベットに上がってくる。
ぎしっ。
二人分の体重を受けるシングルベットが軋む。
狭いベットの上で後ずさりなんかしたって直ぐに背中は壁に接してしまう。
「・・・・あ・・・・」
「こっちの方がもっと匂いが濃いな」
逃げ道なく追い込むと、探し当てた匂いの元に目をやる。
おもむろにグイと手を引かれ目の高さまで持ち上げると、指先をチロリ舌先で舐めあげた。
「!・・ひゃっ・・・・!」
ほんのわずかな接触っだったにも関わらず、全身に電気が走る。
「これだけで感じてんのか?」
反応に気を良くしたのか、次は人差し指を第二関節まで口に含む。
「っ・・・・・ん・・・ぅん・・・」
ねっとりと。
熱い舌に指を転がされ、意識せずとも吐息が交じってしまう。
「ここも相当甘いな・・・じゃ、こっちはどうだろうな」
にたり怪しく笑い、下肢に手が伸ばされる。
「――――――っ!ダメ!!」
強い制止の声を張り上げたところで、ハッと気付く。
(・・・・あれ?)
静まり返った自分の室内。
さっきまで煌々と照らしていた蛍光灯が付いていない。
それ以前に目の前にいたはずのリボーンすらいない。
「・・・・・・夢・・・・・?」
一人小さくつぶやくと部屋を見回す。
見ればいつものハンモックでリボーンが寝息を立てていた。
机の上のデジタル時計に目をやればAM1:00と表示されている。
かなりの時間うたた寝していたようだ。
「それにしたってなんて夢だよ・・・・」
リボーンに襲われる夢だなんて・・・。
あそこで目が覚めなかったら自分は一体どうなってしまっていたのだろうか。
想像もしたくない。
キスだってどこかリアルで。
感触が残っているようだ。
「って!そんなことあるわけないだろ!」
大体俺が襲われる理由だって解らない。
あれはただの夢だ。
そうに決まっている。
もう大丈夫、と心に言い聞かせると、ハンモックで静かな寝息を立てるリボーンに小さくつぶやく。
「ハッピーバースディ。リボーン」
なんとなく。
誰よりも先に言ってあげたかった。
深い意味があるわけでもないけど。
ただの自己満足。
ほっとしたのか、あくびが一つ。
一度寝たとはいえ時間が時間だ。
もう一度眠りにつこうとベットに倒れこんだ。
フワッと。
甘い、バニラの香りが鼻を掠める。
それが自分から香る、甘い香りだと気が付くと先ほどの夢がフラッシュバック。
『ここも相当甘いな・・・じゃ、こっちはどうだろうな』
「っ!?!?!?!?」
ツナはいてもたってもいられず、慌てて浴室に飛び込んだ。
翌朝。
といっても時刻は午後に指しかかっていたのだが。
ツナがようやく目を覚ました。
昨晩は頭が混乱してしまいお風呂で念入りに体をこすり、匂いが取れるまで洗い続けたため、完全に目がさえてしまいなかなか寝付くことが出来なかった。
暗闇の中で悶々と夢か現実かを考えていると空は白みだし、日の出とともに眠りについた。
「・・・・昼過ぎか・・・・・」
寝たのが遅いとはいえ寝すぎてしまった。
普段ならこんな時間まで寝ていては、リボーンの小言なり銃撃なりが飛んでくるところだが今日はそれもなかった。
「・・・リボーンの奴どうしたんだ?・・・」
「俺は忙しいんだ。ダメツナが」
「っうわぁ!!」
どこからともなく現れたりボーンが眼前を覆いつくす。
唇が触れてしまいそうな距離。
思わず大きな声が上がる。
「休みとはいえ気ぃ抜きすぎなんじゃねぇか?」
「そんなこと・・・・」
「第一昨日あんだけ早く寝ててなんでこんな時間まで寝てられるんだ」
「それは!・・・・いろいろあって・・・・」
もじもじ、言いにくそうに言葉に詰まる。
昨夜の出来事は結局夢なのかどうか結論に至ることはなかった。
だからといって本人に確認するのも頭が変だと思われそうで憚られた。
「あ?何だ、言ってみろよ」
「そ、そ、そんなことより!」
下手に問い詰められると昨日のことを鮮明に思い出してしまいそうで、ツナは慌てて話題を切り替えた。
「リボーン、お前なんか欲しいもんとかない?」
「欲しいもん?別にないな・・・」
撃沈。
「欲しいものなんて手に入れてるしな」
含みのある笑いを浮かべて答える。
「・・・・そうですか・・・」
可愛げのない奴。
しかしこうなってはどうしたものだろうか。
俺のちっぽけな頭脳ではわからず。
反則的に答えを聞いたが、まさかの無回答。
仕方がない。
家にいるよりは外に出よう。
商店街を見てれば何かいいものが見つかるかもしれない。
もそもそ起き上がりお気に入りのTシャツに袖を通す。
「どっか行くのか?」
「ちょっとその辺ぶらぶらしてくる」
あ、っと思い出したようにツナは続ける。
「お前、今日予定とかある?」
「別にないぞ」
「じゃぁ、俺夕方までには帰ってくるし、その後空けとけよ」
「何でだ」
「いいから」
お前を喜ばせるためのパーティだとはまだ言えない。
そこでお前がびっくりする顔を見てやるんだ。
「絶対空けとけよ!!」
ツナは財布を引っつかむと部屋を駆け出した。
のはいいものの。
商店街をひとしきり回ってもリボーンが喜びそうなものを見つけることは出来なかった。
「困ったなぁ・・・」
そろそろ家に帰らないと山本家への集合に間に合いそうもない。
「諦めるか・・・・」
ケーキは作ったんだもんな。
プレゼントはまた別の日でもいいか。
よしそうしよう。
心を決めると大急ぎで家まで帰り、いぶかしがるリボーンを半ば強引に引っ張って皆が待つパーティ会場に連れていた。
「何でいきなり山本の家なんだ?」
「いいから」
ここに来る最中も何回も
『どこにいくだ』『何があるんだ』
を連呼されたが、まだ何も話していない。
この扉の向こう側を見たらきっとこいつは驚くに違いない。
まだ見ぬリボーンの顔を想像して思わずにやける。
「ほら、入って入って。皆!リボーン連れてきたよ!!」
勢い良く扉をくぐると、中から”待ってました”と声が聞こえ
パンパンパンっ!!
クラッカーが軽快な音を立ててはじける。
『『お誕生日おめでとう!!』』
豆鉄砲を食らったように。
一瞬、ぽかんと
でもすぐに状況を把握すると、してやられたと愛用の帽子を目深に被る。
「こーゆーことか」
「驚いた?」
「ばーか」
照れ隠しなのか、リボーンは俺の頭をわしゃわしゃ手荒く撫でた。
「ほらほらリボーンちゃん、主役がいないとパーティーが始まりませんよ」
「料理は俺とハルと笹川で作ったんだ。目一杯食べてくれよ」
「ケーキはね、私とツナ君で作ったんだよ」
テーブルの上には所狭しと料理やらお菓子やらが並んでいる。
その真ん中に俺と京子ちゃんで作ったあのケーキがろうそくを添えられて置かれていた。
「まさかお前がケーキとはな」
「えへへへ」
部屋の明かりが消され、ゆらゆらと灯るろうそくの炎が一息に吹き消された。
拍手やら歓声やらの中、我先にと皆がプレゼントを渡しに行く。
それはネクタイであったり、新しいコスプレ衣装だったり、ヘアトリートメントセットなど千差万別。
どれもにリボーンは感謝の言葉を述べ嬉しそうに笑った。
プレゼントのないツナはそれを傍目に見ることしか出来ず、少しばかり気を落ち込ませる。
「何辛気臭い顔してるんだ?」
ひとしきり渡されたらしく、いつの間にかリボーンが隣に腰を下ろしていた。
後ろには皆からのプレゼントの山。
それを見てちくっと胸が痛む。
「・・・リボーン、ごめん・・・俺プレゼント用意できなくて・・・・
今日も探しに行ったけど良い物見つけられなくてさ・・・・
別の日に必ず渡すから、待っててくれな?」
「お前からのプレゼントはもう貰った」
「・・・?俺何もあげてないよ・・・?」
「一番に祝ってくれただろ?」
「っ!?・・・・聴いてたの・・・?」
「まぁな」
恥ずかしい。
あんなところを聴かれていたなんて・・・・
「それだけで充分だ」
「・・・・・・・」
「それにこれもあるしな」
二人で作ったバースディケーキ。
形はいびつだけどリボーンに美味しいって言ってほしくてあんなに頑張った。
ケーキを一口、口に含むとツナは待ちきれずにリボーンに詰め寄る。
「どう?美味しい?」
「・・・・まぁまぁだな」
「ちぇっ。素直に褒めてくれたっていいのに」
「俺としては、昨日のお前のほうが美味かったけどな」
「・・・ぇ?・・・」
「これもまぁ悪くはねぇ」
「ちょ!・・・・・・それってどういう・・・・」
にやり
「さぁな」
意味深な笑い。
じゃぁ、じゃぁ、・・・・昨日のあれって夢じゃない・・・!?
ぐるぐる頭が混乱してきてワケがわからない。
じゃぁ何?俺、リボーンにキスされたりしちゃったわけ・・・??
「えぇぇぇっっ!?」
そうして真実のわからないままリボーン生誕の夜は更けていく・・・・。
・・・・・げふ・・・・・・。
リボ様おめでとう。
さかきの力ではこれが限界だ・・・・・。
長いよ・・・・長いよリボ様!!
てゆか、なんで微エロに走ったんだ自分!!
そんなこんなで10月13日編でした。
※こちらの背景は
空に咲く花/なつる 様
よりお借りしています。