「さぁ、目を開けてごらん」

ピ、ピピピ、ヴゥゥン―――
起動確認
体内環境正常
電子回路、オールクリア

「僕がわかるね?」
「固体認識スタート―――生命反応有り、人科、男性、固体所有名・ヒバリ」
「上出来。どこか不具合はない?」
「製造No.18、自己トレスします―――異常個所は見当たりません」
「動ける?」
「各関節クラスタ正常です。四肢胎動問題無し。動作、開始します」

人間で言う脳の部分に直結させた操作システムが身体を結合するコネクタを解除。
体中に張りめぐらされたコードから解放され、No.18は緩衝バイオ溶液という胎盤からの堕胎を開始する。

「―――起動完了」
「じゃぁまずはその溶液流そうか。こっちに来て」
「はい」

言われるままに少女の身体を模したアンドロイドは男の後をついて行く。


□■□


ザァァァァァァァ――――

男は服が濡れることも構わずにアンドロイドの体に頭からお湯をかける。

「熱くない?」
「この体に温冷点は設定されていません」
「・・・・そうだったね」

男は甲斐甲斐しくアンドロイドの髪を洗い、身体を清めた。
ひとしきり洗い終わると手ずから体表面に残ったままの水分を拭き取り、浸水防止用の特殊溶剤を体中に塗りたくる。

「これで大概の水濡れは大丈夫だから」
「はい」
「さっきのシャワーは研究室の方と繋いで流した希釈溶媒だから頭から被っても大丈夫だけど、普段は繋いでないから使わないこと」
「はい」

従順に返される言葉。
男は満足するでも不満さを露にするでもなく言葉を打ち切った。
突然踵を返すようにしてバスルームから出て行ってしまう。

アンドロイドは所在無くその場に立ち竦む。
アンドロイドは、機械は、命令無くしては動けない。
命令が無い以上、何時間でも何日でも何年でもこの場所に立ち続ける。
しかしそのようなものは数分もしないうちに無用の思考となる。
男は手に布を、人工知能に組み込まれた事前データから推測するに、服と言われるものを持って現れた。

「これを着て」
「服という認識は可能ですが、どのように使用するかはインプットされていません」
「今から着せるから、記憶回路開いて」
「了解しました―――記憶回路スタンバイオーケー」
「まずはこれを―――」

男は一つ一つ説明をしながらアンドロイドに布、もとい服を着せていく。
アンドロイドには温冷点は存在しない。
煩わしいなどと思う感情もインプットされていないからそんな風に感じることも無いが、不可思議ではあった。

(防熱防寒以外の衣服着用理由は―――装飾効果)

自分にとってなんと無駄な理由だろう。
何の理由があってアンドロイドが着飾らなくてはいけないのだろう。
こんな装飾に意味など無いのに。
精巧に作られた人工知能は男の口から紡がれる言葉と動作をリンクさせながら認知していくと同時に、そんなことを考えていた。

「わかった?」
「―――記憶統合終了。衣服着用方を理解しました。以降応用も可能です」
「覚えが早くて助かるよ」
「ヒバリ」

男をなんと呼べばよいのか分からなかったので固体名で呼ぶと、一瞬男の、ヒバリの目が5ミリほど開口拡張した。人間の一般名称を使えば『目を見開いた』という動作なのだろう。
私は名を呼んだだけだ。
人は各個体間の認識指標として固有名を持つ。
この登録名称に誤りが無いのなら呼ばれなれている名前だろうに、何故驚くのだろうか?
私には理解できない。
しかし人工知能の中には『人間とは理不尽な生き物である』と認識されている。
つまりこの造作こそが人間たる部分なのだろう。

「何?」
「私はこれから何をすればいいのですか?」
「ん?」
「私はアンドロイド。命令がなければ何も出来ません」
「・・・・そうだね。“君”はそういう風に出来ているんだもんね」
「ご命令を」
「僕が君にする最初で最後の命令だから、よく覚えておいて」
「はい」

私は今一度記憶回路を開く。
製作者が私に下す最初で最後の仕事。
私の存在理由。

「何もしなくていい。僕の傍に居続けろ」

男の命令は記憶回路が立ち上がるよりも早く終わった。
記憶回路を立ち上げるまでも無く、一時保存用の認識装置で事足りてしまった。
なんと明確で、端的な命令だろう。

「・・・・・・・それだけですか?」
「それだけ」
「ソレが私の作られた理由ですか?」
「そう」

それだけのために作られたのか。
私が人間であったなら、怒り憤りといった感情をぶちまけていたことだろう。
残念ながら私にそのような感情回路は無い。

「なら、なぜ作ったのですか?」
「君が好きだから」
「わかりません」
「わからなくていいよ」
「この体にはオリジナルがあると認識しています。ヒバリが好きだと言っているのはオリジナルのことですか?」
「君が、オリジナルだよ」
「アンドロイドは、全て模倣です」

それは皮肉などではなく、事実。
人間を模して作られ、人間の性格、思考パターン、発声音階、それらをデータ化再構築されて出来たのがアンドロイド。
パターンをデータ化する以上、パターンとなるオリジナルがいるのは当然。
オリジナルなどと言うことは、ありえない。

「ならそういうことにしておこう」
「その回答は私の質問に対する回答としては適当ではありません」
「―――あの子は、もう居ない。だから君がオリジナルを名乗っても問題は無い。そういうことだよ」
「死んだのですか?」

悲しそうに笑うだけで、ヒバリは答えをくれなかった。


□■□


――――P

目覚まし時計の最初の一音が鳴り切る前に時計を止める。
アンドロイドに睡眠は必要ない。
人間を模して擬似的に身体を横たえているだけだ。
対して人間は深い深い眠りに落ちる。
もう二度と戻っては来れないのではないかと思うくらい深く暗い眠り。
私の朝一番の仕事はヒバリを起こすことだった。
隣で身体を横たえる男を深いところから掬い上げる仕事。

「ヒバリ」

声を掛けてもヒバリは一切の反応を見せない。
続けて肩を揺すってみる。

「―――ん」

僅かに音声反応を認識。

「ヒバリ、朝です。設定された起床時間を63秒経過しています」
「―――15分延長」
「起床時間訂正しました。私は朝食の準備に移ります」
「しなくていい・・・・・横に居て・・・・・・・イーピン」

私には『イーピン』などという固体名詞は与えられていなかったが、情況から判断するに私に向けて発せられた要望と受け取っていいだろう。
命令に従って私は今一度ベットに体を横たわらせた。

(イーピンとは一体誰なのだろうか?私のオリジナルのことだろうか?ヒバリが起床したら聞いてみよう)

15分間の待機省エネモードに移行するため瞼に当たる部分を閉じ、思考を中断させた。


□■□


きっかり15分後。
もう一度ヒバリを起こす。
覚醒しきらない様子で横たえていた身体を起こし、10秒ほどの放心状態の後、60秒ほど私を抱擁する。
ソレがヒバリの日課だった。
私を抱擁する理由はわからなかったが、拒む理由もなかったのでそのまま受け入れている。
理由なき行動をすることが人間たる証であるならばヒバリは間違いなく人間だった。
人工知能にインプットはされていないが、『イーピン』という者に対してもこうしていたのだろうか。
私はその人の代わり、ということになるのか。

「ヒバリ」
「何?」
「『イーピン』とは何のことですか?」
「・・・・・どこでその名前を・・・・?」
「15分45秒前の起床予定時に、私に対してそのような固有名詞で呼んでいました」
「・・・・そう・・・・」

ヒバリは何も応えなかった。
60秒して体を離す。

「髪を梳くから、こっち来て」
「―――はい」

私の髪を櫛で丁寧に梳き、三つ編みに結い上げるのもヒバリの日課だった。
この行為を彼は至極好意的な感情を含有して行うので私は記憶回路を働かせないようにしている。
記憶することをあらかじめ拒否しておけば私はこの行為をトレースすることは出来ない。
人間であれば、覚えるつもりなど無くとも日々の反復行為を覚えてしまうのだろうが、私にはそのようなことは無い。
人間とは不便な生き物だ。

「『イーピン』」
「?ヒバリ?」
「君にこの名前をあげようか。名前があったほうが便利でしょ?」
「私は固体名詞など必要ありませんが、ヒバリが必要だというのなら、登録情報の書き換えを行います」
「そうして。No.18なんて名前じゃ味気ないから」
「わかりました。固体識別名を製造No.18から『イーピン』に書き換えます」
「うん」
「―――本当によろしいですか?」
「君がそんなことを聞くなんて珍しいね。どうしたの」
「この名前を言うたびに、ヒバリの心拍数、および血圧上昇が確認されます。身体的負荷がかかるのであれば別の名前を選択することが勧められます」
「・・・・・そうだね。やめておこう。彼女の名前をつけるなんてあまりにも悪趣味だ」
「固体識別名の変更は続けますか?」
「いや、今はいい。別の名前を考えることにしよう」
「了解しました」

想像通り、『イーピン』とはヒバリにとって特別な人、女性らしい。
自分のボディーが女性体型で作られていたことから推測はしていたが、ヒバリの口から聞くのはこれが初めてだった。
聞いたからと言って特に何かが変化するわけでもなかった。
確かに私は『イーピン』なるものの代理として作られたのかも知れない。
だが、私には『イーピン』の代わりを担うという命令は受けていない。
命令が無い以上、私が勝手に彼女のことを調べ、言動をトレースする理由が無い。
必要があり、ソレが求められているのならば彼女の固体情報がアップデートされるはずだ。
そもそもわざとそれらの情報がインプットされていない可能性もある。
私は自ら動くことは無い。
命令が無いのだから、動けない。
私にあるのはただ一つの命令だけ。

(ヒバリの傍に居ること)

それ以上もそれ以下も無い。
時折私に対して熱い視線を送ってくることがあっても。
私はそれに答える術を持たない。
苦しそうに泣きすがってきても。
差し伸べる手を持たない。

『イーピン』

その固体名詞を呼ぶ限り。
『イーピン』ではない私が答えることは出来なかった。
生きているか死んでいるかもわからない彼女に願うことは酷く馬鹿げた行為だと思う。
そもそも願いなどと言う非論理的行為で事象は解決などしない。
それでも私は願わずには居られない。

(―――どうか、ヒバリの元に彼女が現れてくれますように―――)





儚き夢見るアンドロイド








サイト2周年リクエストで頂いた雲雀→→イーピンな話でした。

イーピンからの矢印が無いことを逆手にとってまさかのヒバリ片思いに仕立てるとか。

しかも研究者パロみたいな仕上がりにするとか。

やりたい放題やりすぎだね!

分類としては第三者視点ヒバピンになるのかな?

アンドロイドはあくまでもイーピンをモデルにしているだけでイーピンそのものではないです。

結局イーピンは生きているのか死んでいるのか。

書いた本人にもわかりません(ひどいな・・・

そんなこんなで、リクエストありがとうございました!!

2010/03/29





※こちらの背景は NEO-HIMEISM/雪姫 様 よりお借りしています。




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