学校帰り、並盛地下モールのさらに地下にあるボンゴレファミリーアジトに足を運ぶのがイーピンの日課だった。
そこが家というわけではないのだが、自分の兄代わり・姉代わりがそこにいるから自然とそうなった。
そのまま泊まってしまうこともあったし、夜になって自分のアパートに帰る事もあった。
まぁその辺はその時の気分次第。
宿題をして、皆の訓練に付き合って、ご飯を食べて。
そういうありふれた生活を送る場所。
イーピンにとってはマフィアの隠れアジトなんて大それたものではなく、ただの共用住宅にしか思えない時が多々あった。
例えば、今目の前にある光景がその一つ。


共有休憩室の戸を開けると、見慣れた後ろ姿があった。
姉代わりの一人、三浦ハルだ。
少しだけ前かがみになってソファーに腰掛けていた。

「ハルさん、ただいまです!」

ハルは、はっ!としてこちらに振り返る。
トレードマークだったポニーテールは今はない。
数年前にばっさりと切り落としてしまって以降、顎先の高さで毛先を切り揃えている髪が揺れた。

「イーピンちゃん。しー。ビー・クワイエット、ですよ」
「?」

振り向き様、人差し指一本を立てて唇に押し当てて見せた。
静かにして、ということらしい。
それが何故なのか検討がつかず首を傾げると、ハルが手招きをして呼ぶ。
なんとなく足音すら立ててはいけないような気がしてそろりそろり忍び足。
もっとも、そんなことをしなくとも平素より足音を殺す独特の歩行をしているのだが、その辺は気分の問題だ。

「どうしたんですか?」

声まで押し殺して喋る徹底っぷりにハルは申し訳なさそうに笑う。

「ごめんなさい。今、獄寺さんが寝ているもので・・・・・・」
「・・・・・・ホントだ・・・・・・」

覗き込んだ先では、獄寺がすぅすぅと規則正しい寝息を立てて眠っていた。
彼のこんな姿を見るのは久しぶりだ。
思い描こうとしてもボンゴレ十代目の右腕として日夜奔走しているか、同じ守護者仲間を叱咤している姿ばかりが先行してしまう。

「・・・でも・・・」

そんな珍しい光景はさておき、イーピンには気になることがあった。

「・・・・・・なんで、膝枕なんですか?」

そう、獄寺はハルの太股を使っていわゆる膝枕状態でソファーに身を沈めていた。
ソファーだってそんなに大きくない奴だから長い足がはみ出している。
顎先だって窮屈そうに下がっている。
・・・・・・正直、とても身体が休まる寝方だとは思えない。
アジトには仮眠室だって備えられているのだからそこで休んだらいいのに。
そこまで時間が取れないにしても、普通に枕を使えばいいのに。
なんでわざわざこんな寝にくそうな格好をしているのだろうか。
イーピンには疑問でしかない。

「ハルもお部屋で寝てください、って言ったんですよ?獄寺さんがこっちの方がいいっていうので」
「ふぅん」

照れくさそうに苦笑気味にハルが答えるが、嫌がっている素振りがないことも不思議だ。
だってあんなところに人の頭があったらこそばゆく感じるに違いないもの。
寝ている人が落ち着かなくなってしまうからきっと身動きだってまともに取れないだろうし、足だって痺れてくるに違いない。
目の前に存在している光景は不可思議の権化だ。

「でも、ハルもこの方が嬉しいのでハッピーです」
「ハッピー・・・・・・・・・ですか・・・」

ますますわからない。
キョトンとしていると、ハルは僅かに肩を竦めて笑う。

「イーピンちゃんは闘える子だからピンと来ないかもしれませんね」
「?」
「私や京子ちゃんは、ツナさんや獄寺さんが闘って傷ついて帰ってくるのを待っていることしかできませんから。だからこうして触れて、体温を感じて、重みを感じて、初めて『無事に帰ってきた』ということを実感できるんです。そうでなければ、自分の妄想と区別を付けられないんです。無事でいて欲しいと願って作り出してしまった幻と現実が曖昧になってしまうんです」
「・・・・・・そんなことがあるんですか?」
「あるんですよ」

イーピンには理解しきれない領域だった。
だって目の前にあるものこそが現実で、幻はどんなに精巧にしたところで幻でしかない。
現実とすり替わることなんてあり得るのだろうか?
しかしハルは「ある」と言い切った。
前線に立つ自分とは違う、帰りを待つ者である彼女達は有るのだという。
全くもって信じられないことだが、彼女たちが言うならばそれは本当に有るのだろう。

「イーピンちゃんも雲雀さんにしてみたらわかるかもしれませんよ?」
「はぁ」

肯定でも否定でもない曖昧な返事を返す。
どう反応すればいいのかが良くわからないのだ。

「獄寺さんなんて、ハルの膝枕じゃないと眠れない〜!なんて言うときだって有るんですから」
「・・・・・・」

想像できない・・・・・・。
あの、あの獄寺がそんなことを?
ますますもって不可思議だ。

「おいこら。なに勝手なことをベラベラ喋ってるんだアホ女!」
「ぷぎゃっ!ひどいです獄寺さんっ!」

いつの間にやら目を覚ましていた獄寺がハルの鼻っ面をぺしりと叩いた。

「せっかく膝を貸して上げたのにっ!」
「うるせぇ!お前がくだらねーことほざいてるのがうるさくって目が覚めちまったんじゃねぇか!」
「くだらないとはなんですか!?ハルはいつも獄寺さんのことを心配してですねぇ!」
「それがくだらねぇってんだアホ女!」
「ああっ!またアホ女って言いましたね!?ハルはアホじゃないです!!」
「じゃぁバカか?バカ女か?」
「むきぃぃぃっ!!好き勝手言ってくれちゃって!ハルは猛烈にアングリーですっっ!!」
「大体なぁっ!・・・・・・!」
「・・・・・・!!」

いつも通りの二人のやりとりが目の前で始まり、自分の居場所はないと判断したイーピンはこっそり共用休憩室を後にした。
扉を閉めた向こう側からいつまでも二人が怒鳴り合う声が聞こえてくる。
そのくせ、ずっと膝枕をしたままのだから仲が良いのやら悪いのやら。

「・・・・・・膝枕かぁ・・・・・・」

ハルに言われたことを思い出す。
そして想像する。
自分が雲雀に対して膝枕をしている図を。
・・・・・・なんだか面はゆい。

何とも言えない感情を胸中でぐるぐるさせながら、イーピンはボンゴレアジトに隣接する風紀財団へと通り抜ける秘密通路へ足を向けた。


 □ ■ □


風紀財団地下アジトの深奥にある雲雀の私室。
部屋の主はいないにも関わらず、そこにイーピンは勝手に陣取った。
そんな芸当ができるのも、そんなことをして雲雀の反感を買わないのも、彼女以外の人間は一人だっていやしない。
人が居ないのならこれ幸いに、と宿題に取りかかる。
鞄から教科書とノートを取りだし、さらさらとペンを滑らせる。
そう難しい問題ではない。
20分も有れば終わるだろう。
終わったら何しよう。
ヒバリさん、今日は帰ってくるのかな?
予定なら夕方くらいに帰るって言ってたけど、あんまり当てにならないしな。
ボンゴレアジトの方は誰が居るかしら?
ランボがいれば新しい技の訓練に付き合わせるんだけど・・・あんまりすると泣き出すからちょっと面倒なのよね。
かといって獄寺さん達の邪魔をするのも悪いし。
ん〜、獄寺さんが居たなら一緒に行っていた山本さんも帰ってるのかな?山本さんに付き合ってもらおうかなぁ。
あぁそれより今日のご飯はなんだろ?
寒くなってきたしお鍋食べたいなぁ。
鳥団子と大根のピリ辛チゲ風とか暖まって良さそうよね。
千切り大根をたっぷり入れた奴。
湯豆腐でも良いけど。
こたつに入りながらハフハフ言いながら食べるの。
って、こたつなんか出してないんだけど。
エアコン利いてるから寒い訳じゃないけど、やっぱり雰囲気って大事じゃない?
夏は扇風機と香取線香とかき氷。
冬はこたつとお鍋とみかん。
これがなくちゃ始まらないわ。
おこたに入ってぬくぬくになってうとうとしている時って気持ちいいのよね。
寝たら風邪引くってわかっているのにあらがえない何かしらの魔力が有るのよこたつには!
こたつを生み出した人ってホント天才。
ノーベル平和賞とかあげたらいいわ。私があげちゃう!
あれこそ人類が生み出した最大の功績よ。

「・・・・・・そろそろツッコんでも良いのかな?」
「ふぇえっ!?」

実に唐突に掛けられた声にビクっ!と身体が跳ねた。
声も裏返ってしまう。

「おもしろそうだから放っておいたんだけど、君っていつもそんなことばっかり考えているわけ?」
「ヒ・・・ひ・ヒ・ヒバリさん!?」
「脈絡がないと言うか、論点がずれているというか。君って自分が何を考えていたか忘れるタイプでしょう?」
「い・・・いつからそこに・・・・・・?」

振り返った先に居るのは雲雀恭弥その人。
というか、彼以外にあり得ない。
その彼が入り口横の襖に背を預ける形で、呆れ顔で、立っていた。

「『終わったら何しよう』あたりから」
「ほとんど始めじゃないですか!?」

というか!声に出てたの!?
頭の中で考えているだけのつもりだったのに!?
もしかして普段からそうだったりするわけ?
一人で盛大に独り言ぼやきまくってたりするの、私!?

「気がついてなかったんだ」
「やっぱりぃぃ!?」

てゆーかこれも声に出てるわけ!?
あぁもう嫌っ!
穴があったら入りたい!!

「私って実はすごくイタイ子だったんですね・・・・・・」
「みんな知ってるから問題ないよ」
「・・・・・・論点、そこじゃぁないです・・・・・」

そして何のフォローにもなっていない。
真っ赤になった顔を俯けながら、イーピンは今度こそ心の中だけで唱える。
膝枕のこと、考えていなくて良かった。
だって、あれは、何というか別次元で恥ずかしい。

「で、こたつだっけ?」
「え、あ、はい」

一瞬、何の話かわからなかったが、私の独り言の話だ。

「残念だけどこたつなんてないよ」
「そうなんですか」
「囲炉裏なら有るけど」
「・・・・・・あぁ、なんか納得できます」

うん。確かにこの人ならこたつより囲炉裏が似合う気がする。

「鍋するの?」
「したい、です」
「じゃ、草壁に頼んでおこうか」
「はい」

ようやく体重を預けていた襖から背中を離し、一度部屋を出ていこうとする雲雀を見て、あっ!と声を上げた。

「何?」

訝しげに振り返った雲雀にとてとて駆け寄って、一言。

「言うの忘れてました。ヒバリさん、お帰りなさい」
「うん。ただいま」

ぽすりと頭に乗せられた掌から伝わる暖かさは、確かな安心感を伴って。

少しだけ、ハルの言っていたことがわかった気がした。

温もりは人の心を解してくれる。
寂しいとか。
悲しいとか。
怖いとか。
そういったものを、どこかに打遣ってくれる。
触れると言うことは、きっとそういうこと。
幻を現実に転化してくれる唯一。
そういうことを必要としている人は確かにいるのだ。

「ピン?」
「ちょっとだけ、こうしててください」

雲雀の胸に頭を埋めるようにして、腰に手を回す。
きゅっと力を込めれば服の上からでもその体温は伝わる。
ゆっくりと脈打つ鼓動が聞こえる。
生の実感。
こうやって確かめる方法は確かに有るのだ。

「・・・・・・寂しかったの?」
「いいえ?」
「じゃぁなんなのさ」
「ヒバリさんを確かめたくなっただけです」
「なにそれ」
「秘密、です!」

私たちには不要の行為なのかもしれないが。
それでも。
してはいけないことではないはずだから。
たまにはこういうのもいいかな、と思う。
目標は膝枕ってことで。

「・・・・・・足痺れるから嫌なんだけど、膝枕」
「あ」

・・・・・・・・・しまった。
また声に出ていたらしい。
というか、私がするんじゃなくてヒバリさんがするんだ。

それはそれで・・・・・・・・・・・・面はゆい。





&・安堵







22222打オーバー御礼リク、「ヒバピン&獄ハル」でした。

仲良しテイスト・接触OK・無邪気に無自覚に振り回したり振り回されたりとのことだったのですが・・・・・・

ちゅうの一つもしてやがりません。さーせん。

獄ハルは初書き!あんまりいちゃいちゃさせられなかった・・・・・・今後の課題!!

こちらの作品はリクエストをくださったさくや様のみお持ち帰り自由とさせていただきます。

リクエストありがとうございました!!

2010/11/11





※こちらの背景は NEO-HIMEISM/雪姫 様 よりお借りしています。




※ウィンドウを閉じる※