拝啓、雲雀恭弥様。
お久しぶりです。イーピンです。
・・・・・・とは言っても、ヒバリさんは私のことを覚えていないかもしれませんね。
私はヒバリさんのことを遠くから見ているばかりだったから、ヒバリさんと直接話したことなんて一度か二度しか無かったと思います。
沢田さんの所に居候していたカンフー服の三つ編み、と言った方がヒバリさんの記憶に引っかかるでしょうか?
もじゃもじゃ頭のランボとよく一緒に居た小さいのが私です(流石にランボはわかりますよね?雷の守護者の彼です)。
突然のお手紙、すみません。
ヒバリさんに伝えておきたいことがあるのです。
ヒバリさんは迷惑に思うかもしれないけど、どうしても伝えておきたいのです。
この手紙は私のエゴで、私が私を救済するためのもので、ヒバリさんにとっては一つも益にならないものだと理解しています。
それでも、私はヒバリさんに自分の思いを伝えておかなくては前にも後ろにも進めないのです。
興味がなければ破り捨ててくれて構いません。
読んでくれなくても構いません。
ただ、私の気持ちがここに在ったことだけは知っておいてほしいのです。
私はずっと、ヒバリさんのことが好きでした。
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長くなりすぎぬよう、かといって不足の無いよう、端的に自分の想いを書き連ねる。
どうにもしっくりこなくて書き直すこと数回。
なんとか形になったそれを丁寧に折り畳み、同じデザインの封筒に差し込んだ。
シンプルなシールで封をして表返すが、宛名欄に書き込む内容は何もない。
宛名を書こうにも、ヒバリさんの住所など知らないので書きようがないのだ。
程なくして、老朽化で音のおかしくなったチャイムが「ピ・ボーン」と一度だけ鳴らされる。
予定よりも30分ほど早いが、忙しい身の上。
このくらいの誤差は予想の範囲内だ。
はい、と短く答えて立て付けの悪くなった玄関の扉を押し開いた。
「行くよ」
扉が開くのと殆ど同時に声がする。
錆び付いた手すりに背中を預けて立ってるその人が上げたものだ。
仕立てのよいことが一目でわかるスーツが錆で汚れることも厭わないあたりは相変わらずというかなんというか。
こちらを見ようともしないその人に、私はやはり「ハイ」と短く返事を返した。
まとめておいた僅かな荷物を手にとって、私は慣れ親しんだ住居を最後にもう一度見回す。
雑多にあった小物はすべて破棄した。
家具も小さなタンスとちゃぶ台が残るのみ。
こちらの処分は大家さんにお願いしてある。
忘れ物をしようにも、この部屋に残されたものは殆ど何もないと言って良かった。
お世話になった空間に暇を告げる。
返る言葉など無かったが、言っておきたかったのだ。
ここへはもう二度と戻ってこられない。
現実的な意味としても、社会的な意味としても。
本当の意味での決別。
平穏無事な生活の思い出の一切を、この部屋に置いていきたかった。
思い出だけは、何に汚されることもなくいつまでも綺麗なものとして置いておけるから。
まるで手紙に封をした時のように、私はそっと扉に手を掛ける。
扉が完全に締め切られる直前、ヒバリさんはぽつりと漏らした。
「あれは、いいの?」
しゃくった顎が指したのはちゃぶ台の上に置かれた手紙だ。
何せ他にこの部屋には何も残っていないのだからそれ以外にはあり得ない。
「ええ、いいんです、あれは──」
あれは、いつまでも大切にしまっておきたい思い出だから。
私が、ただの女の子だったという証だから。
「──ここに、置いていくんです」
言い切ると、一呼吸置いてヒバリさんは「そう」と興味無さ気に呟いて古びて軋み音の途絶え無い階段を一足先に降りていった。
私はゆっくりと。
殊更、ゆっくりと。
扉を閉めた。
「さよなら」
別れを告げる。
余計な言葉など無く、ただただシンプルに、別れを告げる。
それは、
この家との。
この町との。
この恋との。
決別の言葉だった。
初恋の思い出に蓋をした
5月23日は恋文の日らしいです。
そして5月23日の誕生花の一つに「草の芽」があります。
花言葉は「初恋の思い出」というそうで。
二つをくっつけた結果、何とも甘くないヒバピン話になりましたとさ。
2013/5/24
※こちらの背景は
ミントblue/あおい 様
よりお借りしています。