世間一般では4月1日というのは新年度の始まりではあるけれど、学生にとっては春休みの真っ只中。
ツナさんだって、休みなのをいいことにお昼近くまで布団の中でゴロゴロしていた。
だから午前中には春休みの宿題をして、午後になったら起き出したツナさんにランボと一緒に遊んで貰うのが日課だった。
学校のある時ならツナさんは夕方まで帰って来ないから、日の高い内に遊んで貰えるのは嬉しい。
けど、ちょっとだけ寂しいことも有る。
学校が無いから、ヒバリさんに逢えない事だ。
ツナさんの忘れ物を届けたり、ツナさんの所に泣き付きに行ったランボを追いかけたりと、実はしょっちゅう学校に忍び込んでいる。
その度、こっそりヒバリさんの姿を遠目に見に行ったりもしていた。
私は聞き取りこそほとんど問題はなくなったけれど、日本語をまだ上手く話せないから遠くで見ているだけで十分だったのだけれど。
春休みに入ってからというもの、ただの一目すらも見かけていない。
それってやっぱり、ちょっと寂しい。
そんな私の様子に気づいたツナさんが提案する。
「雲雀さんに逢いに行って来たら?きっとあの人のことだから学校にいると思うし」
「!」
なんて魅力的な提案だろう。
でも、学生ではない私が学校に忍び込んだらヒバリさんは怒るかもしれない。
「今更何言ってるの。本当に咬み殺すつもりなら、あの人は女子供分け隔てなく平等に殴ってるよ」
・・・・・・それはそれで、人としてちょっとどうかと思う発言なのだけれども。
「じゃぁ、イーピンの気持ちを伝えて来るって言うのは?まだちゃんと、日本語で伝えたことは無いだろう?」
「くぁwせdrftgyふじこlp;@!?!?!?」
そんな大それたことを出来るわけがない!
大体、私日本語はまだ殆ど喋れないのに!
「大丈夫。たった一言だけだから、それだけ覚えて行ったらいいよ」
でもでもでも!
いきなり唐突にこんなことを言われたらヒバリさんだって困るに違いない。
「こういうのは始めが肝心なんだよ。幸い今日は新年度一日目。新年の誓いなノリで!」
そ・・・・・・そういうものなのかしら・・・・・・?
「ね?覚えるのはたったの4文字。『好きです』これだけ」
「ス・・・・・・スキデ、ス」
「上出来!よしよしじゃぁ善は急げで行ってらっしゃい!」
ポーン、と。
まさしく外に投げ出されてしまった。
「夕飯までには帰って来るんだよー」
なんて、まるでお母さんのように言われてしまった。
バタンと大きな音を立てて閉じられた玄関は引いても押してもまったく動く気配が無い。
どうやら私はヒバリさんの所に行く以外無いらしい。
仕方なく、私は学校に向かって小走りを始めた。
春風吹き抜ける並盛町。
弁髪を揺らしてとてとて走る。
(ヒバリさん、学校に本当にいるのかな?)
疑問符を浮かべながらも、脚は止まらない。
(スキ、デス。スキデス。スキデス。スキ・・・・・・スキ・・・・・・スキ・・・・・・)
折角教えてもらった言葉を忘れないように、何度も何度も頭の中で暗唱する。
「スキ。デス。スキデ、ス。スキ。スキ」
頭の中で言うだけでは発音に不安があって、声に出してみた。
きちんと言えているのかな?
合っているようにも聞こえるし、イントネーションが違うような気もする。
間違ったままヒバリさんに伝えるのイヤだなぁ……。
でも、誰かに聞いてもらうのも恥ずかしいし……うーん。
「・・・・・・スキ。ス、キデ・・・・・・スキデス・・・・・・っ!あいや!」
いろいろと考えていたら、通りの角から出てきた人に思いっきりぶつかってしまった。
ぽてん、とその場に尻餅をつく。
「スミ、マセ・・・・・・」
「わぉ。出会い頭に随分と熱烈な告白だね」
「!?!?!?!?!?!」
ヒバ、ひば、ひば、ヒバリさん!?!?!?!?
ツナさんの嘘つき!
ヒバリさん学校にいませんでした!
道端にいました!
すっごい近所にいました!
ツナさんの嘘つき!嘘つき!嘘つき!!!
「君に逢うのも久しぶりだね」
屈んで、尻餅ついた姿勢のまま固まっている私を抱き起こす。
「ねぇ、もう一回ちゃんと聞かせてよ」
「はわ・・・・・・わ・・・・・・」
「ねぇ?いいでしょ?」
近いちかいチカイ!
ヒバリさんの顔が近い!
目と鼻の先に!語弊無く、目と鼻の先にヒバリさんの顔がある!
近眼の私でもはっきりヒバリさんの顔が見えるくらいすぐ近くにある!
あぁっ!
早く言わないとヒバリさんが機嫌を損ねてしまうかも知れない!
教えて貰った言葉、ちゃんと言わなきゃ!
ヒバリさんが聞きたいって言ってるんだから、ちゃんと言わなきゃ!
「・・・・・・す・・・・・・」
「ス?」
「ス・・・・・・○×#$%☆&▼→〆♪∂※§!」
っ・・・無理!
絶対無理!
言えるワケない!
「え?今なんて?」
「◆@λ″¢ΒΔ∇◇■ξεσっ!」
自分でもワケのわからない言葉が口から羅列する。
まさしくパニック状態!
「ちょっと、なんて言っているのか解らないんだけど?」
だから今まで話したこと無かったんだもん!
話せるならもっと早くにヒバリさんに言ってたもん!
「・・・何やってんだお前ら」
その声は、今の私にとって救いの神のように響いた。
声の方へ振り返れば、目深に被った帽子とクルンと巻いたもみ上げがトレードマークの男が一人。
「!リボーン!」
「やぁ、赤ん坊」
「ちゃおっす」
この好機を逃すまいと、手足をバタバタ動かしてヒバリさんの手から逃れ、リボーンの影に隠れる。
「なんだ雲雀。イーピンにちょっかい出してんのか?あんまり苛めるなよ」
「苛めてないよ。この子が告白してきたかと思ったら急に騒ぎ出しただけ」
「ホントか?苛められてんなら正直に言えよ?」
「μ†Ξ>|■→$Ρ!」
リボーンはこの並盛町で私の言語を聞き取れる人だ。
パニックによって若干乱れているが、きっとわかってくれる。
こんな形で伝えるつもりは無かった、もっと日本語を勉強してから伝えに来るから今日は勘弁してください、と。
それをヒバリさんに通訳してくれるようにお願いした。
「・・・・・・『私はリボーンの5番目の愛人になるのでヒバリさんさようなら』と?」
「っ!?」
「!?▼#☆κα!?」
私そんなこと言ってない!
あっ!リボーンってばものすごく『いい玩具見つけた』って顔してる!
「◆Δμ¢〆%@Ю¥!」
「あ?『ヒバリさんの顔なんてもう見たくない。さっさとどっかいって?』」
「☆$※ξ■¶◇?!」
「あーあー。そこまで言ってやるなよイーピン。流石の雲雀も傷つくゾ?」
私じゃない!私じゃないんですヒバリさん!
これはリボーンが勝手に言っているだけで!
私はヒバリさんのことが大好きで!
ほんとにホントに!
ヒバリさんのことが大好きなんです!!!
「・・・君、いい度胸だね・・・?」
私に言っているのか、それともリボーンに向かって言っているのか。
もしくは私たち2人に向けて?
どちらにしても、ヒバリさんは殺気全開だ。
「やるか?」
「君とはいつかやりたいと思っていたんだ」
「そうか。・・・・・・だが、今日はお預けだ」
「わっ!?」
むんずっ、とリボーンに襟首を掴まれてそのまま放り投げられた。
本日二度目の浮遊感。
そしてぼふんと着地する。
ヒバリさんの腕の中に。
「言いたいことは自分の口で言え。人を使うな」
帽子のつばをクイと引き下げながら、リボーンは踵を返した。
「それから、夕方までには家に帰せよ。ママンが心配するからな」
ツナさんと同じ様なことを言って、通りの向こうに姿を消した。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「・・・・・・で?君はなんて言ってたの?」
といわれても、やっぱり私は日本語が喋れないわけで。
そして今度こそがっちりホールドされて逃げ場なんて無いわけで。
あーとかうーとか精一杯悩んで。
「ヒバリ・・・サン。スキ、デス・・・」
やっとのことで言葉を搾り出した。
「そう」
私の言葉を聞いて満足したのか。
ヒバリさんは笑った。
にっこり笑う、なんてことはしてくれなかったけれど表情が少し柔らかくなったような気がした。
「ところで」
真剣な目をして、ヒバリさん。
「今日はエイプリルフールなワケだけどその辺どうなっているのかな?」
・・・・・・私の気持ちが届くのは、まだもうちょっと先のようです。
新年度なので頑張ってみました。
頑張ったけど、報われるとは限らないのだよ。
エイプリルフールとわかっていてイーピンをけしかけるツナは確信犯です。
リボーン先生はなんやかんやと二人の邪魔をしつつ見守るポジション。
2012/04/01
※こちらの背景は
Sweety/Honey 様
よりお借りしています。