2月14日。
今更、この日がなんなのかと議論をするのもバカらしい。
煮干しの日だろうと。
ふんどしの日だろうと。
遠い昔のどこかの偉い司祭の死んだ日だろうと。
そんなモノはどうでもいい。

恋する女子にとっては『バレンタインデー』ただそれ一色なことに代わりはないのだから。
前日である13日の夜と言えば、まさに決戦前夜と表記するにふさわしい日である。


「・・・・・・・・・というモノローグを入れてみたわけ何だけど」
「え?それ私に言ってたんですか?」

台所で彼女が手を止めた。
鼻の頭に粉なんかを付けているが、残念ながら可愛さの演出にはほど遠い。

「君は何をしているわけ?」
「やだなー。世の中バレンタインですよー?それの準備に決まっているじゃないですか。常識ですよじょーしき」

パタパタ手を振って答える。
ふむ、バレンタイン。
その単語がすんなりと彼女の口から発せられたことは幸いなのかどうなのか。

「常識、ね」

バレンタイン前夜に台所に立つ女子。
例えばそれが、可愛いフリルの付いたエプロン姿だったとしたら。
なるほど。
なかなかそそる格好かもしれない。
慣れないお菓子作りに奮闘する姿などは健気の一言に尽きるだろう。

だか。

しかし。

現実というのはそう甘くはないのが常で。
台所から漂ってくるのは甘いチョコレートの香りでもなく。
砂糖でも、バニラの香りでもなく。

がっつりこってりニンニク臭なのである。

ついでに言えば、彼女が身に纏っているのは頑固な油染みの浮いた楽々軒のバイト服である。

「バレンタインってこんなにニンニク臭漂うイベントだったっけ?僕の記憶が正しいなら、チョコレートとかそういう甘ったるいモノだった気がするんだけど」
「えっ!?ヒバリさんチョコ欲しかったんですか!?」

素っ頓狂な声。
・・・・・・いや、彼女のこう言うところにはもう慣れている。
10年のつき合いというのは伊達ではない。

「いや、要らないけど。甘いの嫌いだし」

欲しいわけでは無い。
彼女がどういう人間かもわかっている。

同様に。

彼女も僕がどういう人間かわかっているのだろう。

元来、バレンタインに贈るモノはチョコレートでなければいけない、などという法律はない。
チョコレート会社の陰謀だ。
ならば、どうして好きでもないとわかっているモノを準備し、好きでもないと公言しているモノを受け取らなければならないのか。
全くもって道理ではない。
そんな理由で、ここ数年チョコレートなど渡されたことも受け取ったこともないのだ。

「よかったー。チョコなんて用意してなかったからびっくりしましたよ」
「チョコを用意しないと、君はニンニクを刻むの?」
「や、そういう訳じゃないですけど」

これはですね、と言いかけたところで蒸し器から蒸気が上がった。

「明後日15日にクラスの子たちとチョコレートパーティーするんです」
「だから、君が作っているのはチョコじゃなくて」
「わかってますよ!いくら私が近眼だからって、コレをチョコと見間違えている訳じゃないです!!」

ぷぅ、と頬を膨らませた。
ふむ。
それはちょっと可愛い。

「だから、みんながみんなしてチョコレート作っても仕方ないじゃないですか。甘いモノ食べたらしょっぱいもの食べたくなるし、 みんなが肉まん食べたいって言うから今年はコレにしたんです。ただ、最近作ってなかったからちょっと練習しておこうかと思いまして」
「こうして13日の夜にニンニク臭にまみれてる、と」
「私は好きですけどね、この臭い。師匠と中国居た時思い出すから」
「ふぅん」
「あ、今ちょっとムッとしました?」
「・・・・・・してない」
「ふふふ、ホントかなー?」

蒸し器の蓋を外せばぶわっと白い湯気が盛大に立ち上る。
もういい頃かな?と一つを取り出して割って見せる。
美味しそうな香りが、鼻をくすぐった。

「はい、ヒバリさん」
「ん」

差し出された半分に口を付ける。
・・・・・・悔しいが美味しい。
彼女の作った肉まんを食べるのは久しぶりだったが、腕は落ちていないようだ。

「どうです?久しぶりに作ったんですけど・・・・・・」
「・・・・・・ま、いいんじゃない?」

僕なりの最高の賛辞である。

「もう、ヒバリさんは素直じゃないんだから」

わかって、彼女も困ったように笑う。

「実は夕飯食べてないんだよね。もう一個ちょうだい」
「ニンニク臭くなっても知りませんよ?」
「余計な奴らが近寄ってこなくて都合いい」
「・・・・・・ヒバリさんのバーカ」
「君に言われたくないよ」

彼女もならって2つ目に歯を立てる。

「明日は、ハンバーグ作りますね。ハート型のやつ」
「普通のでいい」
「えー?私綺麗に焼けるように練習したんですよ!」
「無駄な努力だったね」

最後のひとかけらを放り込み、強烈なニンニク臭と一緒に飲み下した。
どうやら、この臭いは明日いっぱい取れそうにない。






恋心を肉まんで包んでみた







近年は男→女への逆チョコとかもあるので、

ヒバリはイーピンにやきもきしていたらいいと思うの。

イーピン学校じゃモテそうだもの!

そこで、ヒバリが心配しないようイーピンなりに考えた自営策がコレである。

前日にがっつりニンニク臭である。

これで不用意に人が近寄ってくるのを避けるのである。

ヒバリもそれを察して前日のニンニク祭りに付き合ったりしちゃったりして。

ニンニク臭でお互いに牽制し合う。

それが毎年の定番になってたら可愛いなーニヨニヨ

2012/02/13




※こちらの背景は clef/ななかまど 様 よりお借りしています。




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