ぼんやり、窓から校庭を眺めていたら応接室の扉がノックされる。
誰かが訪れる予定もないし、風紀委員の誰かというわけでもないようだ。
黙っていたらもう一度ノック音。

「どうぞ」

端的にそう答えてやると、ゆっくりと扉が開かれる。
扉の向こうから姿を現したのは小さな小さな女の子、イーピン。
カンフー服に身を包んだイーピンは、小さいながらにとても強い意志を秘めた目をしている子供で、時々こうして僕を訪ねてくる。
手合わせをしたり、おやつを食べたりする、まぁそんな関係。
まぁ、それだけならよくあること、なのだが・・・・・・

『ヒバリさん、こんにちは!』
「こんにちは、雲雀さん」

今日は彼女だけでなく、余計なおまけが一匹付いてきた。
そのイーピンを抱き抱えているのは、並中に通う男子生徒だ。
数多く群がる草食動物の一匹で、・・・・・・名前は何と言っただろうか?思い出せない。
ただ、イーピンを居候させている家の息子なので珍しく顔を覚えていた。

「・・・・・・何しに来たの?」

ギロリ、半眼で睨む。
普段であればたったそれだけでも後込みするはずなのに、どうしてか今日はニコニコ笑っているばかりだ。
いや、ニヤニヤと言った方が正しいだろうか?
代わりに、その男の腕に抱かれたイーピンが不安げな表情を浮かべている。

『イーピン・・・・・・迷惑だった?』

中国語を聞き取る耳は持っていないが、おおむねそんなニュアンスの言葉を言ったのだろう。

「君じゃなくて、その後ろの草食動物のことだよ」
「俺は、イーピンが雲雀さんのところに行きたいって言うから連れてきて上げただけですよ?なーイーピン?」
『はい。ここ広いから一人だと迷子になっちゃうそうで・・・・・・助かりました!』

しれっと言いながらも、やっぱりニヤニヤ。
何か・・・・・・企んでいるのか・・・・・・?

「それなら、草食動物はもう僕に用は無いでしょ?さっさと消えていいよ」
「やー!俺もそうしたいんですけど、イーピンが昨日の練習通りに上手くやれるか見守るって約束しちゃったんで、それが終わるまでお邪魔させてくださいよ」
『イーピン頑張ります!』
「・・・・・・練習・・・・・・?」
「昨日すっごい頑張って日本語の練習したんですよ。で、それを雲雀さんに聞いて欲しいって張り切っちゃって」

草食動物の腕から降りたイーピンはとてとて僕の足下に駆け寄った。
小さな手でズボンの裾を引っ張るので屈んでやる。

『あの・・・・・・えっと・・・・・・』
「イーピン、練習通りにやれば大丈夫!雲雀さんだってイチコロだから!」
『っ!頑張ります!』

キュッとキツく目をつぶり、頬をぺちぺち叩いて気合いを入れているようだ。
すーはーすーはー何度か深呼吸した後、まっすぐに僕の目を見据えて大きな声で叫ぶ。

「イーピン!ヒバリサン、スキ!!」
「っ!?」

学校中に響きわたったのではないかと思うくらいの声量で、熱烈な愛の告白。

「ヒバリサン、ダイスキ!」
「ピン・・・・・・」
「ダイダイ、ダイスキ!アイシテル!!」
「・・・・・・ピン・・・・・・?」
「ワタシハ、アナタノモノ!スキニシテ!!」
「・・・・・・」

ん?これは、なんだ?
向こうで草食動物が唇噛んでいるじゃないか。
あれは悔しいとかじゃなくて、笑いを堪える方の噛みしめ方だ。
なおもイーピンの愛の熱弁は続く。

「アナタガ、ノゾムナラ、・・・・・・ガ、ガンバリマス!」
「・・・・・・えっと・・・・・・」
「ワタシガ、コドモデ、マンゾク、サセテ、アゲラレナイ、カモ、シレナイケド」
「・・・・・・イーピンさん・・・・・・?」
「ドンナコトデモ、ガンバリマスカラ!!」
「っっっさわだつなよしぃぃぃぃ!!」

こんな小さい子に何言わせているんだこの男は!
おかげで思い出したくもない草食動物の名前を思いだしてしまったじゃないか!!

「っぁははははっはっ!!!イーピンばっちり!練習通り!それ以上!ブラボー!!」

その場に転がり出しそうな勢いで腹を抱えて笑う沢田。
いいだろう、そんなに咬み殺されたいなら望み通りそうしてやろうじゃないか!

「ちなみに、教えたの俺じゃないですからね?女子たちですから」
「・・・・・・っ」
「イーピン、ヒバリサン、スキ!ダイスキ!」

懸命に、何度も、何度も。
イーピンは教えて貰った言葉を繰り返す。

「〜〜〜っ」

こういうモノは、例えば頬を赤らめて、恥ずかしさを堪えて言われたりすると「可愛い」と思えるモノなのだろうけど・・・・・・。

「ヒバリサン、スキ!」

全力で叫ばれたりすると、なんかもう、こっちの方が恥ずかしくなってくるから不思議だ。

「ちょっと、ピン!わかった!もうわかったから!!」
「イーピン、ヒバリサン、スキ!ダイスキ!!」

止めようにも、イーピンは覚えた言葉を間違えずに言うことに精一杯でこちらの言葉など聞いちゃいない。
イーピンの大声を聞きつけたのだろうか、応接室の扉の向こうがざわざわしている。
流石に僕がいるとわかって中まで入ってくる者はいないが。
もはやイーピンのあられもない雲雀への愛の告白は筒抜けになっている。

どうやったらこの子を止められるのか思案する。
沢田はいまだ腹を抱えて笑っていて使いものにならない。
頼れる草壁は校内の見回りから戻ってきていない。
一体どうすれば・・・・・・。

「バカか雲雀。告白されたらそれに答えてやるのが男ってもんじゃねーか」
「はっ!?赤ん坊!?」
「チャオっす」

一体いつの間にこの部屋に入り込んだのか。
沢田の家庭教師と名乗る赤ん坊が優雅にソファーに腰掛け、ついでにエスプレッソなんてものを飲んでいた。

「イエスと答えるか、ノーと答えるかはお前の自由だが・・・・・・マフィアってのは女に優しい生き物だからな。イーピンが泣くような結果になれば俺の相棒がお前の脳天ぶち抜くぞ?」

安全装置を外した銃口がこちらに向けられた。
告白の返事をしなければそれを撃つと言うことか。
確かにこの赤ん坊は見た目こそ普通の赤ん坊だが、そこに秘めた潜在能力値は計り知れない。
赤ん坊と自分の距離を目算。
避けられない距離ではない。
だが、赤ん坊が脳天ぶち抜くと言ったのならば、是が非でもそれを実現することだろう。

となると、回避するには彼女の告白に答えるしかないわけだが・・・・・・。

ざわつく扉の向こう。
今や扉は細く開けられ、こちらの様子を覗いているではないか。
「馬鹿もぉぉぉんっ!女子から愛のストレートパンチを貰って何も返さんとは何事だぁぁっ!俺は極限ぷんすかだぞぉぉぉぉ!!!」
とか叫んでいる奴もいる。
そいつは隣にいた女子に
「お兄ちゃん、そんな大きな声出したら邪魔になっちゃうでしょ?・・・・・・イーピンちゃん頑張って!もう一押し!」
などと言って窘められていた。

いや、別に彼女へ返事をする事が嫌なのではない。
だが、5歳相手に本気の返答をして伝わるのか?
彼女が僕に対して好意を抱いているのは端々の行動から知ってはいたが、それが恋愛云々なのかどうかは別問題じゃないか。
今言っている言葉だって教え込まれたモノの丸暗記のようだし・・・・・・絶対に意味は分かっていないはずだ。
告白そのものが本心かどうかも怪しくなってくる。
そこまでわかっていて、なおかつこのギャラリー。
ただ、これは、どう見ても・・・・・・。

(公開処刑じゃないか・・・・・・っ!)

「ほらどうした雲雀?早くしねーとやっぱり脳天ぶち抜くぞ?」
「雲雀さん!俺のこと『お義兄さん』って呼んでもいいですからね!」
「さっさとせんかヒバリーっ!」

面白い見せ物を前にしたギャラリーが僕を急き立てる。
やいのやいの、自分の都合のいいことばかりを口にして・・・・・・。

プチン。

頭の中で何かが切れる音がした。

「・・・・・・・・・・・・あぁ、わかった。こうすればいいのか・・・・・・」

そもそも、この僕が誰かに振り回されるなんてこと自体が間違いなんだ。

「ここで群れているギャラリー全員を咬み殺すっ!!!」
「「「ぃぃいいっ!?!?」」」
「一人残らず咬み殺すっ!!!」

愛用のトンファーを取り出し、扉の向こうに嫌というほど群がっているであろう馬鹿共を一蹴するため床を蹴った。

その後ろでは──

「イーピン、ヒバリサン、スキー」

なおもイーピンの告白が続いていた。





ニホンゴ、オボエタ!







・・・・・・・・・ピンヒバ、のつもりで書いてたんだけど途中から完全に迷子だねこれ!

ヒバリもイーピンもお互いに明確な恋愛感情を覚える前の

いわゆる『お友達期間』の二人で

その最中にイーピンからド直球な告白されて

思わずたじろぐヒバリが書きたかったんです。

子供の純真無垢な行動の前ではたじたじになっちゃうよねって

ただそれだけの話のはずが・・・・・・・・・

どうしてこうなった・・・・・・・・・

うーん、でも貧乏性なのでUPしてしまうという。

2012/01/21




※こちらの背景は RAINBOW/椿 春吉 様 よりお借りしています。




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