「・・・・・・本当に帰らなくていいの?」
「うん」
「・・・・・・家族の人、心配しない?」
「するような人たちじゃないし」
「でも・・・・・・」
「どうせ帰ったところであの人たちも居ないんだからどこにいたって変わりないよ」
「・・・・・・そう、かなぁ・・・・・・?」
「いい加減しつこいよ」
「だって・・・・・・」
日付が変わるまで、後一時間程に迫った頃。
何度繰り返したのかも分からないやりとりを再び始める。
大晦日は家族で過ごすものだと思っていたから、どうしてもヒバリ君の主張が受け止めきれない。
「ご両親、帰ってるかもしれないじゃない」
「帰ったところで、僕が居ないことに気がつくかどうか甚だ疑問だけどね」
「自分の子供が家にいなかったら気づくのは当たり前じゃない!」
「・・・・・・イーピンさんはよっぽど幸せな環境で育ったんだね」
自分で持ってきたミカンを机の上で転がした。
「ソレが当たり前じゃない家なんて、それこそ当たり前にいるんだよ」
「・・・・・・」
掛ける言葉が見つからなかった。
当たり前なことと、当たり前じゃないこと。
その基準はどこまでも自分の中のラインでしかないけれど。
でも、それでも。
カルチャーショックというのは、こういうことなのだろう。
私には親はいない。
顔も覚えていないほど小さな頃に死んでしまったらしい。
でも、私には親代わりの人がいた。
いつでも側にいてくれた。
私に家族というものを教えてくれた。
それが『本当の家族』かどうかは分からない。
私自身『本当』がどんなものなのか知らないのだから比較のしようもない。
ただ、私にとっては。
あの人が与えてくれたものが家族で。
私は、間違いなくソレを幸せだと感じていた。
なのに、この子にはいないのか。
両親がいるのに。
本当の血の繋がった家族がいるのに。
家族を教えてくれる人は誰もいない。
親のいない私が家族を知っていて。
親のいるヒバリ君が家族を知らないなんて。
世界はなんと皮肉にまみれているのだろう。
「なんて顔してるのさ?」
「だって・・・・・・」
「気にしてないよ。あの人たちがあぁなのは今に始まったことじゃないし」
・・・・・・でも、とヒバリ君は続ける。
当たり前を当たり前に持っていることを。
煩わしいとすら思えるくらいにありふれていることを。
「羨ましいとは、思うよ」
僅かばかり沈んだ声がそう告げた。
どうして、この子は持っていないのだろう。
ありふれたものを、羨ましいと言った。
ありふれているはずのものを、羨ましいと言った。
それは何と悲しいことなのだろうか。
この子は、まだ高々15歳の子供でしかない。
どれだけ生意気な口を利いたとしても。
どんなに尊大な物言いをしても。
人に飢えるばかりの子供なのだ。
私は小さい背中を抱く。
いつかにそうして貰ったように、そっと包み込む。
「・・・・・・何?」
「こうされると、なんか落ち着かない?」
「・・・・・・別に」
「私は、こうされるの好きだったけどな」
「ふぅん・・・・・・」
──ボーン、ボーン
「あ、除夜の鐘」
遠くの方で音がする。
人の煩悩を退散させる百八つの音。
鐘の音をこんなにも心苦しい気持ちで聞くのは初めてだ。
締め付けられるように痛い。
音を耳にした今、できることなら聞きたくなかったと思う。
払うべき欲とは何だろう?
欲無しに人は生きられるものなのだろうか。
何故欲は厭われる?
今ここで息づく行為こそ、欲の塊だというのに。
誰に願えばいいのかも分からない。
私には信じる神などいない。
神などでなくてもいい。
願いを叶えてくれるなら何だって構わない。
どうか。
どうか。
この子のささやかな望みを、奪わないで欲しい。
当たり前を望む欲を、払わないで欲しい。
私は、そっとヒバリ君の耳を塞いだ。
これっぽっちで鐘の音が聞こえなくなるわけもないのに、塞いだ。
「イーピン・・・・・・?」
「聞かなくて、いいから・・・・・・」
無駄な行為。
滑稽な行為。
分かってなお、私は足掻く。
足掻かずには、いられなかった。
世界の端っこで息を潜める
既に何度の鐘が鳴っただろう。
年が明けるまでもう少しだ。
あぁ、結局この子を家に帰すことが出来なかったな。
無理矢理追い出すことも出来たはずなのにそれすら出来なかった。
放っておくのが忍びなかった、というのはきっと言い訳。
多分。
きっと。
私も寂しかったんだ。
自分の弱さを思い出してしまった今、一人ではこの音を聞いていられない。
誰かを欲してしまう。
もの寂しい鐘の音は、私の弱さを浮き立たせる。
この子に。
子供のこの子にそれを求めるのは筋違いではあるのだろうけど。
今は、許して欲しい。
私の欲も。
この子の欲も。
全部まとめて、許して欲しい。
新年一発目が大晦日ネタという。
これがさかきクオリティー!
ヒバピン年齢逆転パロですよー。
もう一本の大晦日ネタの続きに当たります。
読まなくても問題ないけど、読んでもらえると嬉しいな!
一応この話も31日に書いたものの
どうにもしっくりこなくて何日か寝かしているうちに
「あっ!」と何かを悟って改変改変。
仕上がってみればもう三ヶ日を過ぎていたっていうアレ。
初っぱなからこれとか先が思いやられますね!
執筆 2012/01/04
サイト掲載 2012/01/10
※こちらの背景は
NEO-HIMEISM/雪姫 様
よりお借りしています。