「・・・・・・やっでじまっだ・・・・・・」
張り付くような喉の不快感。
空気の通らない鼻の閉塞感。
体の中でくすぶった熱が重だるくのし掛かる。
無理矢理に体を起こそうとすれば、体中の節々という節々が痛みを訴える。
間違いない。
これは・・・・・・。
「かぜひいた・・・・・・ひっぐしゅんっ!!」
くしゃみをした振動が頭の中で反響し猛烈な痛みに感じられた。
(う〜ん・・・・・・油断したなぁ・・・・・・)
声帯を震わせるだけでも体がきつく、頭の中で思うに留まる。
表面温は熱いのに、体の中は寒い。
ゾクリと背中を駆け上がる寒気をどうにかしようと、とにかく毛布を頭からすっぽり被ってみた。
が、どうにも体が温まる気がしない。
(ついてないなぁ・・・・・・こんな時に)
風邪の原因になりそうな行為については心当たりがありすぎて、逆に検討も付かなかった。
ここ最近、レポートやらバイトやらに追われて睡眠時間は短かった。
調べものをしながら寝落ちしてしまうこともあった。
朝は少しでも寝ていたくって、ご飯を抜くことがほとんど。
加えてこの2・3日での急激な朝の冷え込み。
ほんの少し前までは毛布なんていらないくらいだったのに気づけば毛布一枚では間に合わなくなっている。
もろもろの要因が重なった結果。
私は見事に風邪を引いたというわけだ。
(風邪薬・・・・・・あったかな・・・・・・?)
痛む節々をさすりながら、どうにか薬箱のところまで這って行く。
雑多に薬が入った箱を覗き、一つ手に取り目の高さまで持ち上げる。
ド近眼で霞む視界が、熱に浮かされるせいでより一層定まらない。
(これは・・・・・・胃薬?えっと、じゃぁこれが・・・・・・解熱鎮痛剤。風邪薬は無いのか・・・・・・体中痛いし、鎮痛剤でもいいか・・・・・・)
とはいえ、胃に何も入れずに薬を飲むのは胃が荒れそうだ。
何でもいいから何か食べないと・・・・・・。
(何か・・・・・・あったっけ・・・・・・?)
考えてみれば、最後に買い物に行ったのはいつだったろう?
朝ご飯は食べず終い。
昼食は大学の学食。
夕飯はバイト先のラーメン屋のまかない。
家でご飯を食べるのなんて久しくしていない。
冷蔵庫を開けても、中はがらんとしていた。
ちょっとした調味料と、栄養ドリンクが数本。
後はしなびた野菜が転がっている程度だった。
(我ながらひどい生活・・・・・・)
自嘲して、冷蔵庫を閉じる。
胃が荒れることもお構いなしに水道水で薬を胃に流し込んだ。
(午前中の講義は休もう・・・・・・午後のレポート提出だけはしないとまずいから、14時には学校行って・・・・・・)
回らない頭で予定を組む。
本当は講義だって休みたくはないけれど、こればっかりは仕方がない。
風邪を長引かせればもっと余波が生じてしまう。
(楽々軒のバイトは・・・・・・今日ピンチヒッター頼まれてたっけ・・・・・・)
明日明後日は自分の通常シフトが組み込まれている。
無理をして、というのも出来なくはないが飲食店で風邪引きが働くのを大将が良しとしないだろう。
今日は休ませて貰って、体調が戻れば明日のバイトは出れるかもしれない。
(学校行く前にお店に寄ろう・・・・・・こんな状態じゃ電話も出来ないし・・・・・・)
家を出る時間を逆算して、時計をセットし直してから布団に潜り込んだ。
□■□
一眠りをして体調が少しでも戻っていてくれればと期待したが、そう上手くはいってくれない。
昼前に鳴ったアラームを止めることも億劫で、丸々5分は鳴らしてしまったくらいだ。
不調を訴える体を叱咤してどうにか着替える。
日が高く上り、空気は大分暖まってきたにも関わらず体の芯が冷えてたまらない。
そのくせ頭の奥は高熱の固まりが潜んでいるかのようにボーッとし、思考を鈍らせた。
昨晩遅くまでかかってしまったレポートだけは忘れないよう、バックに納めたのを何度も確認してから家を出た。
ずるずるの鼻をマスクで隠し、重い体を引きずるようにして楽々軒まで歩く。
いつもであれば徒歩15分かそこらの距離なのに、今日はいつになく遠く感じた。
慣れた道の上で何度も立ち止まりながら、ようやく辿り着く。
古めかしいガラスの引き戸をこんなにも重く感じたのは今日が初めてだった。
店の中は、見知った数人のお客さんがいる程度。
昼時の混雑は過ぎた後のようだ。
女将さんがカウンターに腰掛けて常連さんと世間話に花を咲かせている真っ最中だった。
「あら?イーピンちゃん、やけに来るのが早いじゃない」
「おがみざん・・・・・・」
「あらやだ!どうしたんだいその声!」
がらがら声に、女将さんだけでなく常連さんまでもがガタッ!と立ち上がった。
「がぜ・・・・・・ひいじゃったみだいで・・・・・・」
「みたいじゃなくて正真正銘風邪だよ!あーもうこの子ったらこんなになるまでよくもまぁ我慢してたねぇ!」
「あの・・・・・・ぞれで、ぎょうのバイド・・・・・・」
「休みに決まってんでしょう!こんな体で働かせられるかい!さっさと帰って、栄養つけて、暖かくして寝てないとだめじゃないか!
全くこの子は、わざわざそんなことを言いにここまで来たのかい?」
「ずびばぜん・・・・・・」
女将さんは厨房に入っていた大将に事情を告げに行った。
入れ替わり、バイト仲間の子が奥の部屋から出てくる。
「あ、女将さん。なんならあたし夕方まで残りましょうか?どうせ用事ないし。イーピンのシフト18時までだったでしょ?夜バイトの子が来るまでならいけますよ」
「ホントかい?じゃぁ悪いけど、夕方まで頼むよ」
「ありがどうございまず・・・・・・!」
「いいって。年末年始は何かと物入りだから、稼げる時に稼がないとね。あたしも助かるからおあいこってことで」
その代わり、と彼女が耳打つ。
「彼とデートが入った時はシフト代わってね?」
ウインク付きで彼女は笑った。
ハイ、と返そうとしたが喉からは掠れた音しか出てこなかった。
事情を聞いた大将が前掛けで手を拭いながら厨房から出てきた。
「イーピン。お前明日も来るなよ」
「だいじょう」
「きっちり休んで、さっさと治せ。そうしたら好きなだけこき使ってやる。治らんうちは店に顔出すな」
それだけ言って、また厨房の中に引っ込んでしまう。
口は悪いけど、ホントは優しい大将だと知っている。
大将なりの気遣いなのだ。
「うちの人、口が悪くてだめねぇ」なんて女将さんが苦笑した。
「本当、無理しちゃだめだよ?もしどうにもならなかったら何時でも良いからうちに電話掛けるんだよ?」
返事をする代わりに頷いて答える。
常連さんの一人が仕事に戻りがてら車で送ると申し出てくれ、申し訳ないついでに学校まで乗せて貰うことにした。
おかげで提出時間に間に合いそうだ。
正直なところ、自宅からバイト先までの距離を歩くのに思いの外時間がかかってしまったこともあり時間通り着けるか不安だったのだ。
何度も何度も頭を下げた。
「いいって。こーゆーのは持ちつ持たれつ、ってな。こっちだって看板娘の顔が見れねぇんじゃ調子狂っちまう」
常連さんはからりと笑い、「帰りは送ってやれねぇで悪いな。あんまり遅くなるとかぁちゃんがうるせぇんだ。早く風邪治せよ」と言い残して走り去っていった。
(みんな優しいな・・・・・・)
優しい人が多すぎて、どうしていいのかわからなくなる。
(私は、こんな扱いを受けるに値する人間じゃないのに)
風邪を引くと気分まで落ち込んでしまうようだ。
自分がいかに矮小かを思い知らされる。
(今は、早く風邪を治すことだけ考えよう・・・・・・)
無理矢理気持ちを切り替えた。
そうしなければやりきれなかった。
□■□
レポート提出の事務手続きを終わらせ、私は気持ちだけは足早に、けれど実際はのろのろと帰途に着いた。
普段であれば大学からは歩いて20分といったところだろうか。
どうということのない平坦な道だが、今の体には堪える距離だ。
平日の昼最中ということもあり人通りもあまりない。
(どこかで一回休もう・・・・・・)
重だるい体をブロック塀に預けた。
体を小さく丸めてうずくまる。
朝よりも、熱が上がっている気がする。
喉のヒリつく感じも強い。
「・・・・・・あれ?イーピンじゃん。何してんの?」
聞き覚えのある声に、緩慢に首をもたげた。
マスクからあがる息で曇った視界の中に、何者かが映り込む。
「・・・・・・ヅナ・・・・・・ざん・・・・・・?」
学部こそ違うが同じ大学に通う、沢田綱吉だ。
沢田は家庭の事情だかなんだかで長期休学を繰り返しているらしく、彼が今何回生なのかはよくわかってない。
少なくとも自分が入学した時には既に在学していたはず。
そんな人とどんなきっかけだったかも忘れたが、なぜだかツナさんとは仲良くなった。
時々一緒にご飯を食べたり、飲み会に誘ってくれたり、まぁそんなお友達的関係。
「うわっ!?声ガラガラじゃん!?風邪?」
乗っていた自転車から慌てて降りたツナさんに向かい、コクリ、頷く。
「ちょっとごめんね・・・・・・」
うずくまったままの私の額に手を当て、自分の額と比べているらしい。
「熱すっごいんだけど」
「がらだ・・・・・・ぎづぐで・・・・・・」
「そりゃきついはずだよ。家まで送るから、後ろ乗って?」
「でも・・・・・・ヅナざん・・・・・・がっごう」
「あぁ、いいって。俺今日講義ないし。先週まで行ってた教育実習のレポート出しに行くだけ。だから気にしないで、早く乗った乗った」
「ありがど、ございまず・・・・・・」
ツナさんの手を借りて体を起きあがらせ、荷台に腰掛けた。
体が安定したのを確認して、ツナさんはペダルを漕ぎ始るた。
振動は体に堪えたけれど、風を切るのは気持ちよかった。
「実習中に生徒にいたずらされて、いつも乗ってるマウンテンバイク修理に出しててさ。母さんのママチャリ借りてたんだけどちょうど良かったよ」
「どごの、がっごうでずが?」
「母校の並中。イーピンも並中卒だったっけ?」
「ぞうでず」
「今の中学生って相当ませてるよね〜。俺の時ってあんなんじゃなかった気がするんだけどなぁ」
ツナさんの言葉に、私はふとヒバリ君の顔をよぎらせた。
あの子も大概にませていた。
「担当したの3年生でさ。まったく、教育実習生に受験生を見させるなって話だよ。お陰で相当揉まれた・・・・・・。
2年生あたりに回してくれれば俺も気が楽だったのにな。ほら、中2あたりって一番勉強そっちのけの時期じゃん?」
子供のように唇を尖らせながら話しているであろうツナさんの顔を想像して、私は肩を揺らして笑った。
「あっ!イーピン今笑ったろ!?ホント、冗談抜きで大変だったんだからな?」
「ごめんなざい」
「すっごい目つき悪い子がクラスにいてさ。俺が何するでもないのにめっちゃ睨んでくるわけ。
質問でもあるのかと思って聞いたら『君に聞きたいことなんてないよ』とかなんとか言って堂々とふて寝。
そりゃぁ俺だって中学の頃はバリバリのサボり魔だったけど、教師の前で堂々と寝たりはしなかったよ!!」
「わだじも、ぞんなご、じっでまず」
「今はそんな子ばっかりなのかなー?」
そう、何のかもしれない。
私が学生だった頃とは時代も社会も環境も大きく変わってしまった。
あの子が特別なんかじゃなく、今はあれが普通なのかもしれない。
「次の角曲がるからちゃんと捕まっててよ!」
返事の代わりに、ツナさんの腰にしっかりと腕を回した。
それから数回角を曲がり、あっという間に私が下宿するアパートにたどり着く。
「はい、とーちゃく!」
「ありがど、ございまじだ」
「いいって別に。早く風邪治しなよ?」
「はい」
ぺこり、頭を下げて共有玄関をくぐろうとした。
「あ、そういえばさ」
?
ツナさんの呼びかけに体を捻った。
「今日、誕生日なんでしょ?おめでと。年齢は・・・・・・聞かない方がいいのかな?」
「・・・・・・あ」
そうだ。
今日は、11月25日。
私の誕生日だ。
レポートのことで頭がいっぱいですっかり失念していた。
それにしても、ツナさんに誕生日を教えたことがあっただろうか?
わざわざ自分から教えたことはない。
でも、何かの折りに答えたことがあったかもしれない。
別段、秘匿にしている訳ではないからどこかで書類でも見かけたのかもしれない。
それを律儀に覚えていてくれたことは、素直に嬉しい。
「今日は何もあげられるものないけど、今度またみんなで飲み会でもしよっか。京子ちゃんも逢いたがってたし。ね?それまでに体調万全に整えといてね」
「はい。だのじみにじでいまず」
「じゃ!」
ママチャリというオプションアイテムのため、颯爽に・・・・・・とはいかない後ろ姿で来た道を戻っていく。
すっかりその背中が見えなくなったところで私も足を踏み出した。
アパートの階段を登りながら、ぼんやり考える。
(今日、ヒバリ君との約束の日だ・・・・・・)
けれど、こんな状態で逢うわけにもいくまい。
彼は3年生だといっていた。
受験生に風邪を移すなどあってはならない。
(せめて、連絡先だけでも聞いておけばよかった)
そうすれば「逢えなくなった」と伝えることができたのに。
(仕方ない、よね。私が時間になっても来なかったら、きっとすぐにしびれを切らして帰る・・・・・・よね・・・・・・)
彼とは数回、あの図書館で逢っただけ。
自由奔放で、自分の意志に率直すぎるくらいに率直な彼のことしか知らない。
それ以上のことは、何も知らない。
(考えたってどうしようもないわ。今は寝よう。これ以上悪化させたら目も当てられないもの・・・・・・)
今は余計な思考を外に追いやる。
風邪をどうにかすることだけを考える。
(・・・・・・でも・・・・・・)
もしもの可能性が、脳裏をよぎった。
そんなことはないと何度言い聞かせても、どこかでそれを否定する自分がいて。
もう一度空きっ腹に鎮痛薬を流し込んでも。
布団を頭からかぶっても。
彼の後ろ姿が思考に張り付いたまま、剥がれてくれそうになかった。
fever〜+1℃〜
ヒバピン年齢逆転パロだよ!
雲雀15歳(中3)イーピン25歳(大学3回)だよ!
これ、イーピンお誕生日おめでとう話らしいよ!
長くなったので前後編に分けたんだって!
計画性の無さがうかがい知れるね!
だって雲雀が出てきてないという愚考を犯しているもの!
と、自分で自分を罵ったので雲雀が出てこない件については勘弁してやってください><
代わりにツナがハピバってくれたからとりあえずお誕生日話という体は保たれた気がする!
え?無理?(ガーン!)
後半はヒバピンのターン!(になるはず!!!!!)
しばしお待ちくだされ・・・・
2011/11/25
※こちらの背景は
NEO-HIMEISM/雪姫 様
よりお借りしています。