「ねぇ」
黙々と必要項目のメモを取る私を、机にぺったりと頬を付けながら眺めるヒバリ君が声を上げる。
「イーピン、誕生日いつなの?」
「・・・・・・」
「なに?目だけじゃなくて耳も悪いの?」
「いえ・・・・・・」
私が閉口したのはそういう意味じゃない。
もっと別の。
それでいてとても当たり前の理由からだ。
『ヒバリ君・・・・・・ここ、図書館』
「知ってるよ。バカにしてるの?」
『や、だから・・・・・・』
静かにして?
あぁっ!ほら司書のおばさんがこっち見て睨んでるじゃない!
「いいよ。人少ないんだし」
『そういう問題じゃなくて・・・・・・』
確かに平日の昼下がり。
図書館の利用者は数える程度だ。
しかし、だからといって普通に喋るというのははばかられる。
『せめて声小さくして?ね?』
「僕に命令する気?」
『命令っていうか、お願い』
というか、世間の常識だと思うんだけど。
それ以前に、中学生のはずのこの子がどうしてこんな平日昼下がりの市民図書館にいるのか。
はぁ。
仕方ない。
ここは割に専門書の揃えもいい穴場の図書館。
折角の穴場、司書さんに悪印象を与えたくない。
開いていた本にブックマークを挟んで閉じる。
『外、出よ』
有無を言わさず、少年の腕を掴んでエントランスに連れ出す。
ヒバリ君は少しむすっとしたものの、黙って歩いた。
エントランスの一角には、休憩所代わりのベンチが並んでいる。
そこに足を投げ出して腰掛ける。
「もー。折角いいところだったのに!」
やっとのことでお目当ての記述を見つけ、ようやくレポートに本格的に取りかかれる、と意気込んだ矢先にヒバリ君は現れた。
それから無言で私の隣に腰を落ち着かせ、何をするでもなく私の手元を覗いていた。
しばらくして飽きたのか、ぽてっとテーブルに突っ伏して目を伏せた。
眠ってしまったのだろうか?
ほんの少しだけ気にしつつ、大半の意識はレポートと文献に向けた。
ふと気づくと、ヒバリ君は半分だけ、眠たそうに目を開き私を見ていた。
そして、先ほどの台詞である。
「大体、何でヒバリ君がこんな時間に図書館にいるわけ?テスト期間だなんていいわけは通用しないわよ?」
「なんでって・・・・・・」
私に習って、やっぱり隣に腰を下ろしたヒバリ君。
くぁっ・・・・・・と欠伸をして。
「文化祭の準備でたまたま半日だっただけ」
「・・・・・・準備はどうしたのよ」
「そういうのはやりたい奴にやらせておけばいいんだよ」
「そーゆーものじゃないでしょうが。早く学校戻って準備手伝ってきなさい」
「命令の次はお説教?」
「うるさい女だって言いたいの?」
「いや。僕相手にそんなことする生き物がいるんだなって」
「子供が間違ったことしてたら正してあげるのが大人の役目です!」
「子供みたいなナリした君が言うとおもしろいね」
「・・・・・・ヒバリ君は私に喧嘩を売りに来たの?」
「違うよ」
きっぱりと制止する。
眠たげな表情などどこかにうっちゃって。
その声は真剣そのもの。
「君の邪魔しないように待ってあげてたんだよ」
「あ・・・・・・」
だから、黙っていたのだろうか。
私が手すきになるのを黙々と待っていたのだろうか。
この子なりに、一応気を使ってくれたということ?
「ま、待つのに飽きたからやめたけど」
「・・・・・・」
前言撤回。
この子はただわがままなだけだわ。
「で?」
「・・・・・・は?」
「は?じゃないよ。質問の答え」
「・・・・・・何だっけ?」
「・・・・・・はぁ・・・・・・」
深々と。
これ見よがしに。
「そんなことも覚えていられないのか」とでも言うような表情で。
思いっきり溜息を吐かれた。
何よっ!
そこまでバカにすること無いじゃない!
私だってヒマしてたわけじゃないのよ!
調べ事の最中だったんだから!
「誕生日」
「へ?」
「誕生日だよ。いつかって聞いたの。前に逢った時、もうすぐ25になるって言ってたでしょ」
「たんじょうび・・・・・・」
「誕生日も解らないくらいバカなの?」
「失礼ね!解るに決まってるでしょ!?何でいきなりそんなことを聞かれるのかって考えただけじゃない!」
大人をバカにするのもいい加減にして欲しいわ。
「で?いつ?」
問いつめられて、私は口をつぐんだ。
「・・・・・・」
「何でだんまりなのさ」
だって・・・・・・。
タイミング良すぎる。
これじゃ、なんか悪いもの・・・・・・。
「・・・・・・11月・・・・・・25日・・・・・・」
すぐそこに迫った誕生日を告げるなんて、まるで催促しているみたいで気が進まない。
ヒバリ君はエントランスに掛けられたカレンダーを見やり、へぇ、と感嘆の息を漏らした。
「なんだ、もうすぐじゃない」
「そうですよ」
私は唇を尖らせる。
だから言いたくなかったのに。
それに、誕生日を祝おうだとか思う年齢でもなくなった。
ゆっくりひっそりしめやかに過ぎ去ってくれるのを待つだけの日だ。
「予定あるの?」
解ってて言ってるんじゃないかしら?
私にはそんな余裕も時間も無いというのに。
レポート提出だって迫っているし、バイトもしなけりゃならない。
私はこれでも忙しいのだ。
「学校もバイトもあります」
つっけんどんに言い放つと、一呼吸おいてから、あぁ、と妙に納得した声で返される。
「予定なし、ね。そんなことだろうと思ったけど」
「学校もバイトもあるって言ったのが聞こえなかったのかしら?」
「それしか用事がないんでしょ?誰かと過ごすとか、何かに誘われているとか、そんなのが一切無く。そーゆーのは用事がないって言うんだよ。ことさら、誕生日ならね」
「う・・・・・・・・・」
確かに、そうかもしれないけど・・・・・・。
なんか、人に言われると無性にムカつくわ。
「金曜日。ちょうどいいか」
「・・・・・・何が?」
「学校とバイト、何時まで?」
私の問いかけなどさらりと無視。
いちいち怒る気にもならなかった。
頭の中でスケジュールを思い出す。
25日の金曜日はどんなだったかしら?
午前中に講義があって、午後一でレポート提出。
その後、ラーメン屋・楽々軒で18時までピンチヒッターでバイトを頼まれていたはず。
「夕方6時まで」
「じゃ、18時半にここで待ち合わせね」
「なっ!?」
「何?バイト先から間に合わないの?」
「そうじゃなくて!」
「学校終わった後なんだから文句ないでしょ」
「私が言いたいのは、そういうことじゃなくて!」
どうしてわざわざ君と待ち合わせなどしなければならないのかってこと。
それも、自分の誕生日に。
心の声を見透かしたかのように、ヒバリ君はうんざりしたように口を開く。
「わざわざ誕生日に待ち合わせるんだ。そんなものデートに決まってるでしょ?」
「で、で、で、デートぉ!?」
何で私が!?
どうして君と!?
疑問符が沢山浮かんだ。
「寂しい誕生日を迎えるイーピンとデートでもしてあげようかと思ってね」
「余計なお世話よっ!!」
「じゃ、待ち合わせ、忘れないでね」
「ちょっ!?私行くなんて一言も・・・・・・!」
反論の声を聞くこともなく、ヒバリ君は飄々とした態度で建物の外へ出て行ってしまった。
「・・・・・・なんなのよ、もう」
その背中がすっかり見えなくなった頃、我に返る。
「いっけない!私、レポートの途中だったんだわ!」
25日18時半。
それだけをひとまず脳内にメモし、私は慌てて図書館の中に戻っていった。
ちょっと先の約束
久々ですね。
年齢逆転パロです。
時間軸としては『中学生と大学生』の少し後に位置します。
本当は去年の内に書きたかった話なのに、ぜんぜん間に合わなくて一年越しになったとか・・・・・・・・・
そんなことはありませんよ!断じてありませんとも!(苦しい言い訳)
さてさて。
中坊ヒバリと大学生イーピンがこれからどうなるやら。
ゆっくりひっそり見守っていただければ幸いです。
その前に果たして誕生日に間に合わせてお話を書けるのかってほうが問題ですね。
がんばります。
2011/11/14
※こちらの背景は
M+J/うい 様
よりお借りしています。