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五月雨




しとしと、と。
窓を伝う雫を数えようとして、それがなんと無意味なことかと自分を諭す。
窓ガラスの先にある、厚く重苦しい色の雲はしばらくその色を変えそうにも無いし、僅かな隙間すらも作ってくれそうに無かった。
締め切った部屋には閉塞間が満ちている。
雨が吹き込むことを覚悟で窓を半分ほど開けた。

ねっとりとした湿気が部屋に侵入する。

気分は僅かほども晴れなかった。
開けた窓の隙間から手を差し出し、指先に雫を受け止めた。
ぴちゃんぴちゃんと濡らしていく。
冷たさは感じない。
季節のせいもあるのだろうが、体を冷やすほどのものには程遠い。
生ぬるいばかりの空気はより一層気分を陰鬱なものに仕立て上げた。

こんな風に思うのは何故だろう?
どちらかと言えば、雨は好きだった。
五月蝿い声を掻き消して心静かにさせてくれる。
喧騒を飲み込み、本来あるべき静寂を取り戻した並盛は酷く心地良いものだった。
汚れを清浄化させたかのような、澄んだ空気が好きだった。
恵みを受け生命力を増したかのような、青々ともえる緑が好きだった。
香り立つ、土のにおいが好きだった。

それがいつからか、息苦しいだけのものに感じるようになった。

何故だろう。


あ、

そうか。


『ヒバリサン!』


あのこが、来ないからだ。

いつからか僕は、最も嫌っていたはずの喧騒の一部に

恋をしていた。






ピンが来ないことで初めてピンへの恋心を自覚したらいいと思うよ!

ピンを好きになるまでは子供とか小動物とかが嫌いだったんじゃないだろうか。

ピンを好きになって初めてそういうものが好きになったら大層美味しいと思いますハイ。

2010/03/03


※こちらの背景はミントblue/あおい 様よりお借りしています。










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白い世界




目が覚めたとき、何かがぽっかりと抜け落ちたような、そんな錯覚に陥った。
思い出そうとしても、何を忘れているのかすらもわからないのに。
なのに必死に思い出そうと記憶の糸を辿る。
しかしその糸は幾らも行かないうちにぷっつりと途切れてしまっている。
切れている断端を握り締める。
そんなことをしても思い出せるはずも無いのに。

キィ、と少しだけ軋んだ音を立ててドアが開いた。
ソレが記憶の扉であればよかったとどこかで期待していた。
開いたのは部屋の扉だった。
入ってきたのは黒髪の青年。
青年というには少し年を重ねすぎているかもしれない。
誰だったか、と少しだけ首をひねる。
少しだけ困った表情をした青年が、少しだけ困ったように問いかける。

「調子はどうですか?」

優しい物腰の口調に記憶の回路がすぐに繋がった。

「悪くないです。師匠」

ただ、何故自分がココにいるのかだけは思い出せなかった。
記憶に残るものと寸分違わない懐かしい部屋。
日本に渡っていたはずの自分が、何故師匠と過ごしたこの山小屋にいるのだろうか。

「・・・・・師匠・・・・私、何でココに・・・・」
「覚えていないんですか?昨日突然帰って来たのはあなたの方でしょう?」
「・・・・・そう・・・・でしたっけ・・・・・?」
「・・・・日本にいる間、何か大変なことがあったのでしょう?」
「・・・・・・・・・・・・・・」

わからない。
そうかもしれない。
そうじゃないかもしれない。
日本にいる間、確かに楽しいことばかりじゃなかった。
一人前になる!と師匠の反対を押し切って単身日本に渡ったものの暗殺相手を間違えた。
それから身を寄せる場所も無い場所で過ごす毎日。
いつしか沢田さんの家でお世話になることなって、温かい家と兄弟同然の愛情を貰った。
沢山の知り合いも出来て、沢山の大変な事件に巻き込まれて。
そして
そして・・・・・・

「・・・・・・っ・・・・・!!」
「イーピン?」
「・・・・あれ・・・・・なんで・・・・・?」
「どうしたのですか?」
「思い・・・出せない・・・・・・」
「・・・・・・・・・・」
「大切な・・ことが・・・・。忘れちゃいけない人が・・・・・いるのに・・・・・なんで・・・なんで・・・・」
「・・・イーピン。今はまず身体を休めなさい。まずはそれからです」

ベットに腰掛、優しく頭を撫でてくれる。
昔にも、こんなことがあった気がする。
でも、それは、師匠じゃなくて・・・・・・・・誰か、別の・・・・・・・・

「ダメです!だって!だって・・・・・・私は忘れたことを覚えている!!この胸の空白を知っている!
時間が経てばそれすら忘れてしまうかもしれない!覚えていたこそすら忘れてしまうかもしれない!
そんなのダメです!!絶対・・・・ダメです・・・・・・・」
「イーピン・・・・・」
「誰だろうと私の記憶を消すだなんて許さない。この記憶は私の物で、この痛みは私は私のもの!!
絶対に誰にも、たとえあの人にだって消させやしないっ!!」
「!?あなた記憶が・・・・・」

驚いた表情で師匠が問う。
だが、私は思い出したわけじゃない。
私の記憶の中に、振り返る人の影が残っていただけ。
まるで記憶を上書きで消そうとするように顔だけ塗りつぶされた人の姿。
ぽっかりと空いた空間はやたらと不自然で。
無理矢理行われた記憶の改ざんであることは明白だった。

「絶対に思い出してやる・・・・・!!」

そしてあの人を殴ってやる。
私を甘く見るなと、その体に教え込んでやる。
心配する師匠をよそに、私は心に堅く誓った。


□■□


『ピンのこと、頼んだよ』
『―――本当に、貴方の記憶を封じてしまって良いのですか?』
『・・・・・忘れた方がいいんだ』
『この子は忘れることを望んではいないと思いますよ』
『それでも、忘れた方がいいんだ』
『分かりました。でも覚悟はして置いてください』
『・・・・・・何の?』
『もしこの子が貴方を思い出したら間違いなく一発ぶん殴られると思いますから』
『・・・・・望むところだよ』

男はまるでそんな日が来るわけないと嘲笑うかのように去っていった。

今目の前で決意を固めた子の姿など知りもせず。

(ほら、言ったでしょう。この子は決して弱くない。
 だって、私が手塩にかけて育てた最後の弟子なんですから)

風はこれからどうやって弟子を援護してやろうか、あの自分によく似た男にどうやって報復しようか、と画策を始めたのだった。






ピンを暗殺者から足を洗わせようとするヒバリさんの独りよがりなお話。

てか風初書き。キャラが未だにつかめない。

でも風はイーピンが(親子愛的な)好きで、雲雀のことを少しだけ嫌っているといい。

娘を取られる心境になってるんだぜきっと。

2010/03/14


※こちらの背景はミントblue/あおい 様よりお借りしています。










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住めば都




「・・っ、はっ!・・・・・はっ!!」

ものすごい勢いで手を引かれ、走る、走る。
数時間前から空を暗く覆う雲はとうとう大粒の雨を零し始めた。
逃げる私たちの痕跡を消してはくれるが、同時に体力も猛烈な勢いで奪われる。
鍛錬によって鍛えた体にもこれは堪える。
ましてや水分を含んで重くなったドレスともなればなおさら。
だが今ココで脱ぎ捨てるわけにも行かない。
自分たちの行く先を知らせるようなものだ。
どんなに邪魔になろうとも、このまま逃げるよりほかはない。
段々と荒くなる呼吸に気がついたのか、走りながら前を行く男が振り返る。

「悪いけど休んでる暇なんて無いよ」
「だい・・・・じょうぶ・・・ですっ!」
「ん、いい返事だ」

スピードを緩めることなく視界の悪い山道を走る。
追手をかく乱するためにあえて道なき道を選ぶが故に、先ほどから草木の切っ先が肌を打つ。
既に身に纏う煌びやかなドレスはあちこち引っ掛け破け始めている。
多分体中傷だらけに違いない。
こんな姿を見たら両親は発狂するかもしれない。
なんて思いながら、それ以上に自分の行動に既に発狂しているかもしれないと思い直す。
悪いことをしたとは思っている。
だがそこに後悔は無い。
自分を貫くことの大切さを教えたのは彼らだ。
決して許してはくれないと思う。
でも、認めてはくれると確信している。
だからこうして逃げ出すことに迷いはなかった。

小一時間も走り続けた頃、ようやく森を抜けきった。
開けた視界と重なるように、空も明るさを取り戻し始める。

「抜け・・・ましたね・・・」
「少し行ったところに山小屋があったはずだから、そこで少し休もうか」
「はい」

濡れて重くなった服と、疲労で重くなった四肢を引きずって歩みを進めた。
男の言葉通り、15分も歩くと山小屋が見えた。
先ほどの雨の後にもかかわらず煙が上がっていないところを見るとどうやら先客もいないようだ。
一応警戒して、男が先に中を覗き込む。
人の気配も人影も無いことを確認すると、少しはなれたところで待機していた私を手招きした。

山小屋に入り何はともあれ火を起こす。
多少しけってはいたが何とか火が付き、パチパチとはぜる音に体は徐々に温まっていく。
小屋内が少し温まったところで、絞れそうなほどに雨を吸ったドレスを脱ぎ捨て、躊躇することなく火にくべた。
代わりに、持ってきた数少ない荷物の中からこれまでのものと比べれば明らかに質素で粗悪な上着を取り出し頭からずっぽりそれを被る。
黙ったまま自分の行動を眺める男は、ドレスがもう取り返しのつかない状態になったところで口を開く。

「・・・・良かったの?それ・・・・」
「えぇ。もう私には必要のないものですから」
「もう戻れないよ」
「戻るつもりがあったら、今ここにいませんよ」
「・・・・・正直、君を連れ出したことが正しかったかどうか僕にもわからない」
「それは私も同じです。でも、連れ出してもらえなかったらきっと私は一人でも城を出ていたと思います」
「随分はっきりとした物言いだね?」
「だって・・・・・だって、ヒバリさんがいない国なんて、だだっ広い牢屋も同じですから」
「ピン・・・・・」
「私は、安寧とした暮らしよりも、貴方と共に居たい。それだけです」

つい数時間前まで、国民1万を背負う責任の下にいたお姫様は。
ただの女として、たった一人の罪人の手を取った。






雰囲気パラレル。

罪人で脱獄犯の雲雀とその国のお姫様のピン。

二人で駆け落ちとかね。こういうときは女の方が踏ん切り早いと思うの。

そういう話もいいんじゃないかな!

2010/03/15


※こちらの背景はミントblue/あおい 様よりお借りしています。










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背比べ




ひとつ、ふたつ、と指を辿らせ数を数える。
数を重ねるごとに少しずつ上へ上へと登っていく。
それが私の成長の証。
貴方への募る想いの証。
それは決して比べるべきものじゃぁない。
比較対象なんてありもしないのだから。
だけど感じる。
ひとつ印が増えるごとに確実に大きくなるこの想い。
嬉しい。
ドキドキする。
はるか上に印された場所に届くまで後どのくらいだろう。
ずっと昔から決めていた。
貴方の身長に追いついたとき、この想いを伝えようって。
すっと前から決めていた。
あとちょっと。
あとすこし。
はやくはやく。
気持ちばかりがはやる毎日。
はやく、その日が来るといい。




一本、二本、柱に刻まれた印を指で辿る。
印の始まりは驚くほど下からで。
ゆっくりと、でも確実に上に上にと伸びている。
それが君の成長の証。
対して変わることなく同じ位置に刻む僕の印。
君が目標にしている僕の高さ。
君への募る想いの印。
それは決して比べるべきものじゃぁない。
比較対象なんてありもしないのだから。
だから僕はあえて嘘を刻み込む。
君が気づくまでは、ココに刻まれたものだけが真実。
だから感じる。
ひとつ印が増えるごとに待ち望む日が確実に近づくのを。
嬉しい。
ドキドキする。
君がココにたどり着くのは一体いつだろう。
僕は知っている。
君が、僕の身長に追いついた時に想いを告げようとしていることを。
僕はその日がくるのを待ち続けようと心に決めた。
あとちょっと。
あとすこし。
はやくはやく。
気持ちばかりがはやる毎日。
はやく、その日が来るといい。

早く来てくれないと困る。
そうじゃないと。
僕の方から言ってしまいそうだ。






小さいながらに『告白するならあの人に釣り合う人になってから』とか

考えてたら可愛いなぁww

ヒバリさんはいつでも準備万端ですよ!

ちなみにヒバリさんから言わないのは、先走って言ってしまうと

『私とヒバリさんじゃぁ釣り合いません』って断られる可能性があるから。

「ほら、ピンて変なところで意固地だから」by雲雀

2010/03/17


※こちらの背景はミントblue/あおい 様よりお借りしています。










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損得




「あたしもほしいーっ!」
「ピンはもう食べただろ。これは僕の」

義妹に横取りされそうになったおやつを慌てて頭の上に掲げた。
誕生日は半年くらいしか変わらないはずなのに、義理の妹のイーピンの精神年齢はきわめて低い。
対して義兄の僕は年齢の割に大人びてしまっていることを自覚している。
まぁ、そんな些細なことはこの際どうだっていい。
今は自分のおやつを死守することの方が大切だ。

「二種類あったからピンに先に選ばせてあげただろ。今更文句言うなよ」
「だぁってぇ〜」

そっちの方が美味しそうなんだもん、なんて、自分の分を全部食べてっから言うなよ。
だからはじめっから半分ずつにしようって言ったのに。
駄々っ子みたいなことを言わないで欲しい。

「おにぃちゃん、おねがい〜」

そんな目で見られたって、これは僕のなんだからあげないよ。
欲しけりゃ自分が食べた分を僕に寄越しなよ。
・・・・・そんなことできやしないだろうけど。
あまりに五月蝿いから僕はその場でおやつを食べることを諦めた。
二階の自分の部屋に引っ込むことにしよう。
この子の前じゃろくに落ち着いて食べられやしない。

「おにぃちゃん、おねがいぃ〜」
「・・・・・・・・・・・・」
「おにいちゃぁん」
「・・・・・・ちょっと、歩けないんだけど・・・・・?」

絡みつくようにぴったりと足にまとわりついてくるものだからまともに歩くことも出来ない。
僕だって流石に人一人引きずって歩けるほど力持ちじゃないんだ。

「・・・・・・・はぁ・・・・・」

結局、こうなってしまうのか。
思わずため息が出る。

「・・・・・少しだけだよ」

仕方無しに自分のおやつをピンにも分けてやることにした。
そうでもしなけりゃこの子は離れてくれないだろうし、仕方がない。
義兄だなんて、損ばっかりだ。
僕がいっつもこうやって貧乏くじを引かされていることを両親は知りもしない。
気づきもしないで「いい子で留守番できたのね」なんて暢気なことを言うんだろう。
ほんと、馬鹿な奴ばっかりで嫌になる。
おやつのドーナツを手で割って、小さい方の欠片を差し出す。

「はい。コレで我慢してよね」

流石に大きい方寄越せなんて言わないよね?
ありえそうなだけにちょっと身構える。
だが―――

「おにぃちゃんありがとぉ」

駄々っ子は一体どこへ消えてしまったのかと思うくらいニッコリ笑って、ドーナツの欠片を受け取った。
屈託の無い純真無垢な笑顔。
・・・・・僕がこの子をいつも振り払えないのは、この笑顔に弱いからだ。
ニコニコ満面の笑みのピンの頭をくしゃくしゃっと撫でてやると、くすぐったそうに身を捩った。

「一緒に食べようか」
「うん!」

義兄はいつも貧乏くじを引かされて損ばかり。
でも。
この笑顔が見られるから、±0ってことにしておいてあげよう。

雲雀は心の中でそっと思った。






義兄妹パロ、幼少期とかマニアックやなお前!

年齢どのくらいかな?6歳くらい?

6歳にしては大人びてる雲雀と

6歳にしては精神年齢低すぎなイーピン。

義兄は義妹を鬱陶しいと思いながらも笑顔にやられていればいいと思います。

2010/04/04



※こちらの背景はミントblue/あおい 様よりお借りしています。

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