(くだらない)

心の中で唱えるのは何度目だろうか。
7月に入ると街は一様に七夕モードに切り替えられた。
商店街に飾られた織姫と彦星を模したイラストプレートが吊り下げられ、家々には小さいながらも笹飾りが見受けられる。
それらを見るたび、悪態をついた。

実体のないものに祈って何になるというのか。
そんな無意味な行為に何故こんなにも人は参加するのか。
まったくもって不愉快な時期だ。

「・・・・・・あの・・・・・骸様・・・・・・」
「どうしました?クローム」
「いえ・・・・・その・・・・・・」
「どうしたんですか?遠慮なく言ってくれていいんですよ?」
「・・・・・・・・・・・」

優しく問いかけてみてもクロームは言いにくそうに口を閉ざしたままだ。
この子は元々それほど口数が多い方ではないし、喋るのもあまり得意ではない。
無理強いしては余計に話しずらくなるだろう。

「少し疲れましたかね。休憩しましょう」
「はい」

優しく笑いかけるとようやくクロームもわずかばかりの微笑みを返す。
(感情表現の乏しい彼女にとってはこれが最上級の笑みであることをココに付け加えておく)
そんなわけで適当に喫茶店を見繕う。
カラン、と古風な音を立てて扉を開くとコーヒーの香ばしい香りが鼻をくすぐった。
店はそれほど混んでおらず、僕等と同じようなカップルが4組、テーブル席で談笑していた。
マスターと思われる人がどうぞ、と奥の席に促した。

「っ・・・!?」

一歩足が止まったのを見られたのかマスターはどうかしましたか?と問いたずねるが、何でもありませんと丁寧に返した。
出来ることなら別のテーブルにして欲しいところではあったが、テーブルはココ以外空いてはおらず、かといってカウンター席では人見知りの激しいクロームは居心地悪くなるだろう。
仕方なしに案内されるままに一番奥のテーブル席に腰を下ろした。
テーブル横に笹竹が置かれたテーブルに。

出来るだけ表情には出さないように気をつけながらメニューに目を落とす。
クロームはこういったところでメニューを選ぶことが苦手なので、というよりも意思主張が苦手なので選ぶのは僕の役目。
もちろんクロームが好きそうな物を的確に見繕って、だ。
手を上げてマスターを呼び、ケーキセット二つでダージリンとブレンドコーヒーを頼む。
ちなみにクロームが紅茶で僕がコーヒーである。
それらが出てくるまでの間、あれやこれや僕が一方的に話してはクロームは楽しそうにコクコク頷く。
周りから見れば異質なのだろうが、これが僕たちにとっての普通なのだ。

そうこうしている内に注文の品が届く。
持ってきたのは先ほどのマスターではなく、ウェイトレスだった。
何を言うまでもなくクロームの前に紅茶を置いた観察眼は賞賛に値するだろう。
しかし、その後の行為はいただけなかった。
ケーキと飲み物を並べ終えるとついで色紙とペンを二人のちょうど真ん中に置いた。
どうやら七夕ということで客に願い事を書いてもらうというサービス(僕にとってははた迷惑な話でしかないが)を行っているのだという。
ソレを飾って出来たのが奇しくも僕等の横にある笹竹なのだそうだ。
確かに改めて見やれば、店内の雰囲気に合わせているのか短冊以外の飾りをしていない質素なものだった。
よろしければ願い事を書いて吊るして上げてください、と丁寧な物腰で告げるとウェイトレスはカウンターの中に帰っていった。
一度だけテーブルに置かれた短冊を憎憎しげに見やった。
まったくこんなものを押し付けられても・・・・・、と胸中でごちり、冷めないうちにと一口コーヒーを啜ったところでクロームが口を開く。

「あ・・・・あの・・・・・」
「なんです?」
「骸様は七夕は・・・嫌い、なんですか?」
「・・・・どうしてです?」
「ずっと険しい顔をされていたので・・・・・・」
「そう・・・・でしたか。それは失礼なことをしましたね」
「いえ・・・・・・・」

表情には出していないつもりだったのだが・・・・
無口な分、人の雰囲気に敏感な彼女はそれとなく悟ったのだろう。

「もしかして・・・・先ほど言いかけていたのはそのことですか?」

無言でコクリ頷いた。

「そうですね・・・・・・。僕は対象のいない信仰ほど無意味なものは無いと思っていますからね。七夕に対して価値を見出せないだけです。好きか嫌いかで聞かれれば、興味がないとしか答えられませんね」
「そう・・・・・ですか・・・・・」

心なしかシュンとしたようでただでさえ小さな体が更に一回り小さくなったように感じられる。
そのためとってつけたように言葉を続けた。

「―――ただ」
「?」
「その考えを人に強要しようとは思いませんよ。もしクロームが何か書きたい願いがあるのなら折角ですから書いてみたらどうです」

言ってやると早速クロームはペンを手に取った。
もしかしたら今日一日、笹飾りを見るたびに短冊を書く機会を伺っていたのかもしれない。
クロームの方をずっと見ていたら願い事も書きずらかろうと、さりげなく視線をそらすと否が応でも笹竹が目に留まる。
仕方なしに眺めやれば健康安全・家内安全、アレが欲しいこれが欲しいと欲の限りが記されていた。
普段神の存在などこれっぽっちも信じていないだろうに、まったく都合のいいときだけ媚び諂う。
まったくもって人間とは欲深い生き物だ。

(・・・おや、これは・・・・)

そんな中、一枚だけ目を引くものがあった。
名前も何もなく、ただ一言「神に救いを」と書かれた短冊。
敬虔なキリシタンだろうか?
神に神のことを願うなど若干的外れのような気もしないではないが。
これを書いた人のことをほんの少しだけうらやましく思う。
自分に持てなかったものを持っているから。

あの、とか細い声を耳が捉えて再びクロームの方に向き直る。
見ればまだ短冊には何も書かれていなかった。

「骸様は・・・・・願い事とか・・・・ないんですか・・・・?」
「ありますよ。ただそれを見ず知らずの他者に託すような願いでないだけです」
「・・・・・・」
「もしも、僕にもこの人のように信じるべき『神』でもいたら違ったかもしれませんけどね」

先ほどの短冊をチョイ、と指先でいじる。
神様が居れば・・・と願ったころもあった。
そんなもの当の昔の話だが。
しかし、それはもう悔やんでも遅い。
今更不平を垂れたところでどうにもならないこと。
別に構わないのだ。
神など居なくても。

僕には、『この子達』がいるのだから。

「クローム」
「はい」
「クロームには、信じるべき神は居ますか」

静かに問う。
そして彼女は静かに答える。

「・・・・・・・・はい。骸様」
「そうですか。それなら




君は願え




僕には出来そうもありませんけどね」


きっと貴方は気付いていないだけ。
私に居場所をくれた貴方は、神様そのもの。
その居場所を、これからも私に与え続けてくれますか?

『―――これからも貴方の側にいたい―――』








てなわけで2009七夕企画第4弾は骸髑でした。

髑髏ちゃん喋ってくれないから書きにく・・・・げふんげふん。

何気にこんなにも骸髑なのは初書きなので二人の関係とかいろいろ模索中。

雰囲気だけは壊さないようにしたつもりだけどこれ惨敗な気がするよ。

神様は居ないと思っている骸と、骸を神様と思ってる髑髏が書きたかっただけなんだ。

2009/07/04





※こちらの背景は NEO-HIMEISM/雪姫 様
よりお借りしています。




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