晩ご飯の準備をしていると、妹の沙織がやけににこにことした笑いを浮かべながら近寄ってきた。

「おねぇちゃ〜ん?」

などと切り出す時の話のネタは決まっている。
またなにやら余計なことを言ってくれるのだろうと察しがつき、調理の手を止め、胸中でため息をついた。

「・・・・・・何?」
「今日は何月何日でしょうか!?」
「・・・十一月二十二日でしょう・・・?」

カレンダーを思い出す。
なんということも無い平日の日だ。
だが沙織はまるで今日こそが人生最良の日だとでも言わんばかり。

「そう!その通り!そして十一月二十二日はなんと!1・1・2・2の語呂合わせで『良い夫婦』の日なのです!」

やたらとテンションの高い声でそんなことを宣った。
何かと思ったら、やっぱりそういう類の話だった。
正直・・・・・・もう、うんざりである。

「結婚していない私には関係ありません!」

語調強く言い切ってやった。
沙織の言葉を無視して料理の続きに取りかかる。
ボールに割入れた卵を菜箸で撹拌。
いつもより余計にかき混ぜてしまっているのは気が立っているせいだ。

「お姉ちゃん、何も今年に限った話じゃなくてさ〜。せめて来年にはそういうささやかな世間のイベントを仲睦まじく楽しめる相手をだねぇ?」
「・・・・・・言う相手を間違えてるんじゃないの?」
「と、言いますと?」
「何年経っても煮えきらない唐変木に言ってやりなさいって言ってるのよっ!」

手にしていたボールを調理台に叩きつける勢いで置いた。
中身が跳ねてテーブルを汚してしまったけれど構うものか!

「私だっていい加減この歳になれば焦りの一つだってあるのよ!でもあの人はそんな素振り全然見せやしないし、そもそも付き合っているのかどうかすら怪しい関係をいつまでもいつまでもっ!あの人にその気が無いってはっきり言ってくれるなら私だって新しい良い人見つけるわよっ!!」

日頃の、いや、積年の鬱憤がここぞとばかりに爆発した。
流石の沙織ですら、私の希に見る怒りに一歩後ずさりしたほど。

「・・・・・・・・・まさかそこまでとは・・・・・・」

おもむろに、沙織はポケットに入れていた携帯電話──それも私のものを取り出し。
掲げられたそこには、通話中の文字。

「だ、そうですけど?何か反論はあります?タタルさん?」
「・・・・・・え・・・・・・?」

そして。
そこに表示されているのは紛れもなく《桑原 崇》の名前。
外部スピーカーに設定されているのか、聞き慣れた声は若干のノイズを挟みながらも確かに私の耳にも届いた。

『ひとまず肝に銘じておくとだけ言っておこう。今彼女は肝の気が高ぶりすぎていて冷静な話などできそうも無いからな。日を改めるとしよう』
「出来れば今日中の方がありがたいんですけど。幸い明日は祝日ですし、私お姉ちゃんに怒られそうだし」
『それは沙織君の自己責任というものだろう』
「ちょ・・・・・・沙織・・・・?」
「今なら私の代わりにお姉ちゃんの手作り晩ご飯が食べられますよ?」
『・・・・・・それは君はその場から逃げる、ということかい?』
「だって〜。二人の邪魔をしちゃ悪いですし?」
「沙織・・・・・・あなた、何を・・・・・・」
『・・・・・・わかった。今からそちらに向かおう』
「そうこなくっちゃ!」

ひゅぅ!と口笛を一つ鳴らして携帯電話を私の手の中に押しつけた。

「じゃ!後はお二人でごゆっくり〜」
「ちょっとっ!?これはどういうことなの!?沙織っ!!」

私の声などまるで聞こえていないかのような軽い足取りで部屋を出ていき、仕舞には玄関が閉まる音がした。

「・・・・・・・・・」

完全に状況に取り残された私と。
未だ通話中の携帯電話。
恐る恐る、口元に寄せ。
恐る恐る、声を発する。

「あ・・・、あの・・・・・・タタル・・・・・・さん・・・・・・?」
『そういうわけだから今からお邪魔するよ。小一時間もあれば着けると思う』

訳もなく言ってくれたかと思うと通話はそこで途切れた。

この唐突極まり無い事態を理解するのに私はその場で立ち尽くし。
優に一分後。

「やだっ!こんなことしている場合じゃないわ!?お料理しあげて、お化粧し直して、服だって着替えないと!!リビングの掃除もしないと!」

怒濤の勢いで支度を開始するのだった。

そしてきっかり一時間後。
普段より三割ほど豪華な晩ご飯と、家では絶対に着ないよそ行きのワンピースに身を包んだ私ができあがっていた。





いいふうふになるひ






妹にせっつかれてようやくゴールインが見えるといいなぁ。

早くくっついてしまえ!

2010/11/22





※こちらの背景は ミントblue/あおい 様 よりお借りしています。




※ウィンドウを閉じる※