夏と言ったらお好み焼きだろjk @






一定のスピードを保ち、全自動で走行している車。
運転席には私服に身を包んだ年下の上司、常守朱が座っている。
オート運転なのをいいことに、常守は窓の外で流れていく景色ばかり見ていた。
そんな常守を横目に見つつ、俺は行き先も解らぬまま助手席に座っていた。



遡ること約2時間前。
本日非番のはずの常守からコールが入った。
半年ほど前の記憶を脳裏によぎらせつつ応答すると、開口一番に

『お好み焼き、食べに行きましょう!』

などと言うではないか。
一体何の冗談かと思った。
わざわざ非番の時に掛けてきて言う内容とは思えなかった。

時折、常守は外に出れない執行官を外食に連れていってくれる。
先週は六合塚と唐之杜を連れてスイーツバイキングに行っていたはずだ。
だからこうした誘いがあることはそう珍しいことではないが、大抵は事前に断りを入れてくる。
少なくとも、昨日は仕事場で顔を合わせていたんだ。
突発的に決めたのではない限り、昨日のうちに何か一言あっても良かったはず。

「・・・・・・何かあったのか?」

嫌な予感、とでも言うのだろうか。
普段とは違う常守の動向に何かしら違和感を覚えた。
何らかの事件にでも巻き込まれたのだろうか。
それとも、話しにくいことでもあるのだろうか。
助けを求められているのなら、俺には一体何が出来るだろうか。
考えうる最悪の事態を想定しながら、俺は常守の言葉を待つ。

『へ?いや、だからお好み焼きを食べに行きましょうって、ソレだけですよ?』
「・・・・・・」
『狡噛さん?こーがみさーん?聞こえてますかー?応答願いまーっす!?』
「・・・・・・聞こえている・・・・・・」
『あ、良かった。そうしたら、30分後くらいに迎え行きますから準備しておいて下さいね!それでは後ほど』
「お、おいっ!?常守?常守っ!?」

通信はほぼ一方的に打ち切られた。
一体なんだと言うんだ。
大体、俺は行くだなんて一言も返事していない訳で。

・・・・・・とりあえず、スーツはやめておこうと思った。



あえて空調を効かせずに、車の窓を全開にして走る。
常守の短い髪の毛が風に流れて、時折耳がちらりと覗いた。
普段から生っ白い肌をしていると思っていたのだが、数週間続く暑い日差しを受けて焼けたのだろうか?
想像していたよりも赤みが差している。
などという些細な観察をするのにもそろそろ飽きてきた。
いい加減に頃合いだ。
俺は常守の意図を問いただす。

「どういうつもりなんだ?」

こうして車を走らせ続けてもう1時間は経っている。
しかし目的地へはまだ着く様子もない。
何をしたいのか。
どこへ連れていきたいのか。
何かしらの回答をくれてもいい頃合いだろう。

「どういうつもりって・・・・・・」

常守がゆっくり振り返る。
外をずっと眺めていたせいだろうか?
右頬だけ赤みが差している。

「だから、お好み焼き食べに行こうって言ったじゃないですか。聞いてなかったんですか?」

逆に小首を傾げて聞き返されてしまった。
どうにも白を切っているわけでもなさそうだ。
常守はとにかく嘘が吐けない。
驚くくらい嘘が下手だ。
よもやポーカーフェイスの作り方を覚えたというわけでもないだろうから、多分本当にお好み焼きを食べに行こうとしているらしいことは理解できた。
だが、どうして1時間以上も車を走らせる必要がある。
店など都内で十分事足りるだろう。

「お好み焼きを食べる為にあんたは一体どこまで走るつもりなんだ。もう神奈川に入っちまうぞ」
「いいんですよ。最近お気に入りのお店があるんです。ちょっと遠いから休みの日にしか行けないのが難点ですけど」
「・・・・・・あんた、正気か?」
「え?」
「熱でもあるんじゃないのか?こんなクソ暑い日にこんなところまで車走らせて、あんたはどうしてわざわざンな熱いモン食いに行こうとしてるんだ」
「解ってないですねぇ狡噛さん」

こんな日だから食べに行くんですよ。


日差しを受けながら、常守はふわり笑って言う。
それきり、常守は先ほどと同じようにまた窓の外で流れていく風景に視線を戻してしまった。

何なんだ?
その言葉の意味は俺には全く理解できなかった。
だがそれ以上の回答を常守から得られそうにもなく、俺は諦めてシートに背中を沈めた。
そのうちどこかには着くんだ。
黙って待つしかない。
常守に倣うように、俺も流れる風景に視線を送った。

会話のない車内を本日のニュースが自動再生で流れる。

本日の予想最高気温は37度、20日連続で35度越えになるだろうとのこと。
昨日のUターンラッシュの影響はまだ一部で続いており、高速道路では10km程度の渋滞が何カ所かで発生しているらしいこと。
どこぞの科学者が脳を一部機械化することに成功したらしいこと。
学生の夏休み期間中に併せて、郊外にある人気のテーマパークが学生割引を開始するらしいこと。

どれもこれも俺たち刑事課に関係しなさそうで、この分なら今日勤務の縢あたりは相当暇を持て余していることだろう。
興味を引くようなニュースは無かったが車内唯一の音源として、俺も常守もニュースを流し続けた。


それから30分以上は走っただろうか。
退屈さに意識が少しうつらうつらしてきたあたりで車は脇道に入り込み、ゆっくりと停車した。
ようやく目的地に着いたらしい。
何も言わずに車を降りた常守からワンテンポ遅れて、俺も車外に出る。
頭上でぎらぎらと輝いている太陽が眩しい。
南中にはまだ至っていないようだった。
となると本日の最高気温にはまだ到達していないと言うことで、これ以上暑くなるのかと思うと気持ちがげんなりする。
輪を掛けて、常守はこのクソ暑い中でクソ熱いお好み焼きなんぞを食べようとしているわけで。
考えただけでも汗が滲んできた。
店の駐車場であろう場所には、俺たちの乗ってきた以外の車はない。
それはそうだ。
こんな中で誰が食べると言うんだ。
わざわざこんな、神奈川くんだりまで来て・・・・・・。

・・・・・・神奈川・・・・・・?

俺はハッとあることに気づいて顔を上げた。

「狡噛さん。行きますよ」
「・・・・・・おい、常守・・・・・・どういうことだ・・・・・・?」
「どうしました?」
「ココは・・・・・・」

持ち上げた視線に飛び込む看板。
こじんまりとした一軒家。
一般家庭の一階部分を改装して作ったらしい店の入り口。
思わず言葉に詰まった。
意地悪く笑って、常守は答える。

「だから、お好み焼きを食べに行きましょうって私何度も言ったじゃないですか」

ほら、置いて行っちゃいますよ。
執行官が一人で出歩いてたら私が大目玉食らっちゃうんですからね。
なんて。
全然困っていない口振りで俺を呼ぶ。
だが、俺の足は動かない。

「こんにちはー!」

慣れた様子で暖簾の先の引き戸を開ける。
二呼吸ほど挟んで、店の奥からだろう、女の声が聞こえた。

「ハイハイ。いらっしゃいませ・・・・・・って、あらまぁ朱ちゃんまた来てくれたの?おばさん嬉しいわぁ」

覚えの、ある声。

「此処の味がすっかり気に入ってしまいまして」
「こんな暑い中ありがとうねぇ。ほらほら、早く中に入んなさい。綺麗な肌が焼けちゃうわよ?」
「あ、待って下さい。今日は職場の同僚も連れてきたんですよ」
「同僚?とかいって、本当は彼氏だったりするんじゃないの?まー!今の若い子は隅に置けないわねー」
「カっ・・・・・・っ!?やっ!あのっ!別に、あの人は彼氏とかそういのでは無くてですねっ!?」
「いいのよいいのよ。恥ずかしがらなくても。おばさんだって朱ちゃんくらいの年の頃はお父さんと大恋愛したもんよ?ホラ!そこのお兄さん。そんなところに突っ立てたら暑いでしょう?早くこっち来なさいな!!」

暖簾の向こうから、俺を呼ぶ。
女性、といっても50代半ばに差し掛かるおばさんと表現する方が的確なその人は、愛想の良い笑顔を俺に向けた。
あちらからは逆光になって見えなかったのかもしれない。
しかし、俺にははっきりと見えた。


お好み焼き『とも代』と書かれた暖簾のその先。


そこにいたのは、4年ぶりに見る母親の姿だった。









フォロワーさんによる「狡噛母・とも代はお好み焼き屋をやっているに違いない!!(妄想)」

って発言がすんげー面白くてすんげー納得してしまって、気づいたらとも代妄想に便乗して書いてたっていう。

そんなこんなで狡噛とも代さんのお話。

こんな時期に書いているけれど諸般の事情で季節は夏ですそこんとこよろしく。

2013/01/10






※こちらの背景は Sweety/Honey 様 よりお借りしています。




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